妖怪、動物、比喩を経ていまのスタイルに
──アルバムの構成もよく練られていますね。バンドの持ち味がよく出ている「きみのことを思い出して眠れなくなった」から始まって「月見公園放送局」まで緩急のついた流れで聴かせて「今夜わここまで」といったん終わって、最後に「などわ」をボーナストラックとして着地させるという。
たつ子りん:このなかで言うと「河童」と「などわ」はもともとあった曲なんです。曲が出揃ったときにワーイ! と騒ぐような曲がないなと思って「河童」を引っ張り出してきたのかな。ぼくらはメンバーがかなり変わってるんですけど、「河童」はぼくとサコしかいないころにやってた曲なんです。当時は妖怪シリーズと銘打って、書いてくる曲はぜんぶ妖怪の名前縛りだったんですよ。
サコ:水曜日のカンパネラみたいな曲縛りね(笑)。
──動物シリーズというのもあったそうですね。
たつ子りん:妖怪シリーズが先で、妖怪だとあまり共感を得られないということで動物シリーズを始めたんですよ。これでもいちおう売れる気はあったんですけど(笑)。
──「河童」は曲名に反して「合羽」のことを唄っているのがユニークですね。
たつ子りん:最初はもう完全に河童のことを唄ってたんですよ。当時はまわりが青春パンク一色で「みんなでがんばろう!」とか唄ってたなかで、ぼくらは等身大の河童を応援する歌を唄ってた(笑)。今回収録するにあたって、他の曲の歌詞とあまりにかけ離れていたので歌詞を書き直したんです。それで雨合羽の内容にしたんですよ。
──「松本大洋の漫画みたい」はスピッツや槇原敬之を彷彿とさせるポップなメロディで、バンドにJ-POP的要素の含有率が高いことを感じますね。
たつ子りん:自分としてはビートルズのイメージだったんですよね。「松本大洋の漫画みたい」というタイトルは、大塚さんに初めて会ったときに言われた言葉なんです。「見た目が松本大洋の漫画みたいだね」って言われて、それがきっかけでできた歌ですね。おかげで大塚さんには印税の話をされてます。「あれはおれが言った言葉だから何%かよこせ」って(笑)。
──はははは。だけど本当にいい歌が多いですよね。童謡みたいに一度聴けばすぐに覚えられるし、つい鼻歌で唄いたくなります。
サコ:たつ子りんはいつもいい曲を書いてくるし、いい曲じゃなければ「これは良くない」とぼくもはっきり言うんです。今回もいい曲が揃ったと思うし、不満があるのは「東海道本線」で静岡駅が入ってなかったことくらいですね(笑)。
──曲の良し悪しのジャッジはどんなところですか。等身大の気持ちで唄っていないとか、単純にメロディがいまひとつとか?
サコ:ポップさは重要だし、歌詞の内容的にウチに合ってるかどうかも大事ですね。まぁ、初期に動物の歌を唄ってたので何の説得力もないですけど(笑)。
たつ子りん:むかし「おにぎり」って歌をつくったときは猛反対されましたね。
サコ:したした。あと「マグロ」も反対した。
たつ子りん:ライブの最後にみんなで合唱できるような、「リンダリンダ」とか「ロックンロール・オールナイト」みたいな曲をつくってくれと言われて「おにぎり」をつくって、反対されたので「おむすび」って曲をつくったんですけど、それもダメって言われて(笑)。
──妖怪、動物に続く食べ物シリーズですか。
たつ子りん:それは比喩シリーズですね。お客さんの声援をおにぎりにたとえて、声援も炭水化物もエネルギーになるぜ! みたいな(笑)。でもそのシリーズも長続きしませんでしたね。人間の生きることの真理について唄っていたんですけど。
トム:絶対に唄ってないだろ(笑)。
──妖怪、動物、比喩のシリーズからよく一人の人に向かって唄いかけるいまのスタイルに進化できましたね(笑)。
たつ子りん:むかしの片鱗はいまもありますけどね。「ドッペルゲンガー」とか。
冷蔵庫にあるものだけで料理するような曲づくり
──「ドッペルゲンガー」もいい歌ですよね。大切な「きみ」が自分とよく似た鏡のようだという。全体的にピュアなラブソングが多いですね。
トム:そうですね。たつ子りんはロマンチストだよね。
たつ子りん:♪デーデッ、デデッ。
──ああ、スターリンか(笑)。一時期、妖怪や動物の歌ばかり唄っていたのは、照れ隠しみたいなところもあったんですか?
たつ子りん:照れ隠しをしている作品をつくっているという、さらに俯瞰で見てた感じですね。「などわ」とかはタイトルを意味不明な呪文にして照れ隠しをしている作者を描いてる、みたいな。
──複雑ですね(笑)。呪文といえば、「真夜中のラヴレター」では「臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在」とか「インシュウシンカンズィトウソウゲンミン」といった謎の言葉が羅列されていますが。
たつ子りん:あれはちょっとふざけちゃいましたね。呪文しか入ってないような歌をつくろうと決めたら、そこから何とかいい歌風に聴こえるものにするやり方をむかしからしてたんですよ。たとえばタイトルを「でんぷん」に決めて、そこからどうやってでんぷんにたどり着く歌にするのかとか。お腹が空いたら機嫌の悪くなる女の子が「今日の給食、何かな?」と考えてる。その娘が喜ぶご飯だったらいいなと思う。で、「でんぷんカモーン!」みたいな(笑)。「ドッペルゲンガー」も最初にタイトルを決めて、そこから自分がどうやってドッペルゲンガーの歌にするのかを楽しんでたんです。
──ちょっと大喜利みたいですね。
たつ子りん:そうですね。冷蔵庫のなかにあるものだけで料理をつくるみたいなものです。
──なるほど。「月見公園放送局」の「月見公園」とは、清水区の市街地中心部にある実在の公園だそうですが、「東海道本線」然り、地元愛を包み隠さずに出していこうという意図があるのですか。
たつ子りん:地元愛はほとんどないですね。ただ、自分の思い出を振り返るとどうしても地元が出てくるんです。東京へ来てから夢を見つけたわけじゃないし、そうなると必然的に地元の話になりますよね。
──歌詞に実在する場所が出てくるとリアルですよね。「ROGUE 1」の「早めに新宿に向かって開演時間まで、近くのマクドナルドで過ごすことにした」というフレーズは、西武新宿駅前のマクドナルドのことなんだろうなと思ったり。
たつ子りん:いや、思い返してみたら、開演時間まで近くのマクドナルドで過ごしたのは新宿ジャムだったんです(笑)。まぁ、いろんな話がくっついてますよね。
──清水から東海道本線に乗って3時間以上かけてたどり着く新宿ロフトには、やはり格別の思いがあったのでは?
たつ子りん:上京して何年か経って思うのは、地元から東京へ行く行為はいまならアメリカへ行くのと同じくらいの感覚だったし、当時はそれくらい気を張って東京まで出かけてましたね。言葉の通じない所へ行くみたいな感じでしたから。
貴文:ぼくとトムは千葉なので、そういう感覚はなかったですね。東京はすごく近かったし。
たつ子りん:千葉でも東京でも、電車が止まるスピードが同じじゃないですか。静岡まで行くとほぼ止まってますからね。電車がホームに来るスピードがまず全然違うし、山手線みたいに電車の数がすごいあるわけじゃないし。
サコ:山手線なんて新幹線みたいだなと思ったもんね。車両が長いから(笑)。静岡の私鉄の電車は車両がすごく短いんですよ。
──武志さんはどちら出身なんですか。
たつ子りん:みんな知ってる滝沢村(現在は滝沢市)。
サコ:何県か言え。
ゴッサム武志(drums, percussion):東北の岩手県で、盛岡市の隣にあるんですけど。岩手山のふもとです。
──青森県の近くですね。ということは、「わどな」や「などわ」という言い回しは武志さんの方言がヒントになっているとか?
たつ子りん:いや、当時、方言の本から面白い言葉を選んでつくったんですよ。だから武志は一切関係ないです。ノット・スペシャルサンクスです(笑)。