世界観とアプローチが異なるコルツとマックショウ
──今回のモッズとのスプリットCDとツアーを発展させて、フル・アルバムを作ってみたり、両者主催のフェスをやってみたり、何らかの形で次の展開につながると面白いですね。
KOZZY:そうなるといいよね。そこにいまの時代のルーキーを巻き込むのも面白いだろうし。
──モッズがスカーフェイスを立ち上げてコルツを巻き込んだように、いまやコルツがルーキーを巻き込む時期になったのかもしれませんね。
KOZZY:そうかもね。僕らがB.A.D RECORDS UNITEDを始めたのは間違いなくスカーフェイスの影響だし、B.A.Dからコルツのオリジナル・アルバムをようやく出せたのは感慨深いことなんだよ。マックショウはシンプルなロックンロールだから時間も割けるんだけど、コルツはちゃんとやりたいと思うと、その3倍くらいの時間がかかるんだよね。
TOMMY:コルツとマックショウはレコーディングのアプローチが全然違うよね。その違いが何なのかは自分でもよく分からないんだけど。
KOZZY:マックショウの場合はロックンローラーとしてのグルーヴ感やOKラインがあって、曲にしろ歌詞にしろマックショウなりのOKラインをクリアできていればいいんだよね。それと比べてコルツは音数も多いし、もうちょっと複雑なんだよ。「ちゃんとコルツらしくあるのか?」っていうメンバーにしか分からないバランスやOKラインがあるわけ。
TOMMY:そういうのは頭で考えてできるものじゃない気がするよね。
KOZZY:うん。「YAMA-CHANGはちゃんとYAMA-CHANGであるか?」とか、「JOHNNYがJOHNNYであるか?」っていうのが大事。「僕がちゃんとコルツの岩川になってるか?」とかさ。その絶妙なミックス感がみんなの待っててくれたコルツだし、コルツならではの痛快な感じを出すのが重要なんだよね。だから誤解を恐れずに言えば、楽曲とかアレンジ自体はそんなに重要じゃない。僕が「こういう感じでやるよ」って簡単なデモを作っていくんだけど、そこから大きく変わることはないし、レコーディング自体は早いんだよ。「Boys From The County Jail」だって、僕がスタジオでメンバーに唄って聴かせれば自ずとコルツの世界観になっちゃうし。
──それも四半世紀におよぶファミリー感が為せる業なんでしょうね。
KOZZY:コルツのメンバーにはミュージシャンとしてのエゴが全くないんだよ。ゴキゲンな空気感で演奏したいとか、バンドの世界観を良くしたいくらいの欲しかない。お客さん目線でやってる部分も大きいしね。
TOMMY:だけど、今回の『BASTARD!』はすごくコルツらしいと自分でも思う。「ああ、まだこういう感じもいけるんだ?」って思ったしさ。
──この先もコルツの活動はマイペースなままですか。
KOZZY:ここで無理にペースを早めてもねぇ……(笑)。
TOMMY:自分たちの首を絞めるだけだから(笑)。
KOZZY:せっかくこうしてアルバムを出せたことだし、年内にまたツアーをやりたいとは思ってるけどね。もうひと山作って25周年を総括してもいいんじゃないかって。
──ここまで来たら、もはや解散する必然性は皆無ですよね。
KOZZY:まるでないよね。
TOMMY:何が解散なのかがよく分からないもんね(笑)。
KOZZY:どれだけスパンが空くか分からないけど、また次のアルバムを出したいしね。さすがに来年はちょっと難しいけど、コルツの一番分かりやすいところを凝縮させた『BASTARD!』みたいなアルバムを作れたのは自分でも嬉しい。今回、古い曲を入れてみて再確認したんだけど、僕がスクエアなロックンロールの曲を書かなくなったのはコルツがきっかけだったんだよね。いわゆるロックンロールの鋳型には当てはまらないし、何のことを唄ってるのかよく分からない曲もあるけど(笑)、伝わるものはちゃんとあるから面白い。
──ちなみにマックショウは今年で15周年ですよね。
KOZZY:そうだね。世界観に制約のあるマックショウは、それはそれで好きなんだよ。曲を書く難しさを楽しんでる部分もあるしさ。今年はマックショウの活動を減らしてコルツを多めにやりたいと思ってるんだけど、その代わりマックショウでも何かイレギュラーで面白いことをやりたいんだよね。ネタはいくらでもあるし、やりたいことは尽きない。だから懲りずにいろいろと仕掛けていくよ、今年も。