昭和九十年というパラレルな世界、もうひとつの平成二十七年を描くことで浮き彫りとなる現世の闇と病。アーバンギャルドのキャリア初となるコンセプト・アルバム『昭和九十年』は、極めてポップなニューウェーブ・サウンドを基軸とした多彩かつ高水準の楽曲を触媒として、交錯する過去と未来、虚構と現実、生と死をリアルに描写した壮大な組曲のような作品だ。硬軟織り交ぜた楽曲にはユーモアというスパイスが絶妙のブレンドで配合されているものの、戦時下で廃墟となり、街には幽霊が溢れ返り、空飛ぶマッチ売りの少女が火をつけて回る昭和九十年の東京がいつしか絵空事には思えなくなる。我々の生きるこの浮世がもはや戦後なのか戦前なのか分からなくなる怖さもある。音の細部にまで遊び心のトラップを仕掛けるなどエンターテイメント性に富みつつも、現代社会に対する警鐘、鋭い批評性を突きつけるのがアーバンギャルドの流儀であり、どれだけ控えめに言っても傑作であるこの『昭和九十年』には彼らの真骨頂が余すところなくパッケージされているのだ。(interview:椎名宗之)
今ある現実は建前とは全く違う姿かもしれない
──昭和九十年というパラレル・ワールドを描くことで現世をあぶり出すという本作のコンセプトは、東日本大震災と福島の原発事故以降の日本が置かれた状況、右傾化する現政権に対する危機感から生まれたものですか。
松永天馬(vo):そうですね。震災以降、「建前」と「本音」がぱっくりと分かれてしまった印象があるんです。原発のことでも戦争法案のことでもメディアは建前しか伝えなくなって、その建前がまるで絵空事と言うか、液晶の中の出来事のようで全くリアリティが感じられない。そんな現状に対して、今の日本の置かれた現実を真実に近づけたような世界観として昭和九十年というパラレルな現代を想定してみたんです。みんな液晶の中にリアルなものが存在していると思い込んで建前しか見てないけど、今ある現実はそれとは全く違う姿かもしれない。そんな危機感を描いたつもりなんです。
──「コインロッカーベイビーズ」が収録されていた『少女KAITAI』の制作段階からそういった本作の構想があったわけですね。
松永:フル・アルバムはこういうもので行こうと考えていました。『少女KAITAI』には「原爆の恋」という僕らなりの反戦歌も入ってるし、今回とつながるテーマですね。
──「ラブレター燃ゆ」に登場するマッチ売りの少女が「昭和九十年十二月」にも出てきたり、「くちびるデモクラシー」に「ラブレター燃やすな」という歌詞があったり、楽曲が相互に関係し合うのがコンセプト・アルバムならではの面白さですね。
松永:一枚のアルバムの中で、同じモチーフを別の曲で出すのはこれまで禁じ手にしていたんですよ。曲の印象がダブらないようにしたかったので。今回は逆に、「ラブレター燃やすな」と唄う「くちびるデモクラシー」から「ラブレター燃ゆ」につながっていくように、全体の統一感を出すことを意識しました。これまでのアルバムもコンセプチュアルではあったんですけど、ここまで世界観を統一させたアルバムは初めてですね。
浜崎容子(vo):今回でフル・アルバムとしては7枚目になるんですけど、バンドって長年やってくるとテクニックに走ったり、無駄なものがだんだん削ぎ落とされてシンプルになったり、総じて大人っぽくなるものじゃないですか。それがアーバンギャルドの場合、初期衝動みたいなものが毎回アルバムの中で違う形として生まれてる気がするんです。今回は7枚目だから今までとは違うアプローチになるかな? と思ってたのに、今までのアルバムの中で一番濃いものが出来上がってしまって(笑)。これまでやってきたいろんなことをもう一周するのではなく、スピード感や勢いがどんどん増して、音楽性や曲の世界観がどんどん濃くなってきてるのがこのバンドならではだと思うんです。
──今回、ここまで完成度の高い作品を生み出せたのは、今年の4月に正式メンバーとなったおおくぼさんの力も大きいですか。
浜崎:凄く大きいです。今回のアルバムはおおくぼさんが入ったからこそ出来たと言っても過言ではないので。
──本作の支柱となる10分近い大作「昭和九十年十二月」もおおくぼさんによる作曲ですしね。
おおくぼけい(key):サポートとして2年くらいやってきた中で、アーバンギャルドはもっとこうしたらいいんじゃないか? って思いを抱いてたところもあって、それが正式にメンバーとなったことで意見できるようになったんですよね。まだ耳打ち程度ですけど(笑)。
──瀬々さん作曲のナンバーも完成度が高いし、作曲面でもメンバー4人の持ち味が良いバランスでブレンドされた作品と言えますね。
松永:今年の春に出した『少女KAITAI』は収録した5曲のうち1曲がリミックスで、あとの4曲はメンバーがひとりずつ作曲したものだったんです。そういう各人のカラーを出す作品だったので、4人それぞれの個性を上手く使い分けられるようになったのかもしれません。今までも全員が作曲してる作品はあったけど、今回は個々人の世界観が絶妙なバランスで出せたんじゃないかと思います。
──収録楽曲はコンペ方式みたいな感じなんですか。
松永:いや、最初に僕が企画書みたいなもの書いてプロジェクトを立ち上げるんですよ。仮のタイトルがあって、そのタイトルの曲は瀬々さんに頼もうとか依頼するんです。サウンド面に関しては僕が漠然と考えてることを言う場合もあれば、本人がそのタイトルからインスパイアされたものを独自に考えてくれることもありますね。
──今作はやはり、「昭和九十年十二月」が出来てからアルバム全体の方向性が掴めてきた感じですか。
浜崎:「昭和九十年十二月」が出来たのは最後のほうだったんですよ。
松永:制作をし始めたのは最初の段階で、完成したのが最後だったんです。いろんな曲の歌詞を書いていくに従って、最終的に「昭和九十年十二月」の歌詞でアルバム全体の帳尻を合わせたと言うか。