前作『Macka Rocka』から約2年半振りとなる杉本恭一のニュー・アルバム『7↓8↑』(ナナハチ)は、今年50歳を迎えた杉本の気負いのない歌とギターが絶妙なバランスでブレンドされた逸品だ。キャッチーで尺の短い楽曲が畳みかけるように連射されるのであっという間に大団円を迎え、何度でも繰り返し聴きたくなるスルメ・アルバムなのである。ただし、軽快で耳心地の良いコーティングこそされてはいるものの、実は深みのあるテーマがさりげなくも見え隠れする楽曲もある。この巧妙なサジ加減が実に粋なのだ。「五十にして天命を知る」とは仰々しい言葉かもしれないが、少なくとも杉本は音楽に導かれて生きていることを充分理解している。だからこそ彼はこの最新作でも自身のロックを何の迷いもなくぶちまけているのだ。しなやかで艶やかだが、ちゃんとアクもあってざらついている。歪でもある。こんな五十路のバンドマンがいる限り、日本のロックは安泰だ。(interview:椎名宗之)
バラエティに富んだ作風も「ごく普通のこと」
──今回のアルバム、まず『7↓8↑』というアルバム・タイトルから面喰らいまして。“七転び八起き”とか“七転八倒”という言葉を連想したんですが、単純に通算7作目となるソロ・アルバムってことなんでしょうか。
杉本恭一(以下、K):そうだね。7枚目、8曲入りってことで(笑)。同じようにバカなことを考えていたのがカサビアンで、彼らの新作はアルバムのトータル・タイムがタイトルなんだよね(『48:13』)。あと、単純に“7”と“8”は好きな数字なんだよ。でも、仰る通り“七転八倒”の意味だとイヤだから矢印をつけて、“七転び八起き”的にしようと。その矢印に従うと“6”と“9”で“ロック”になるっていう。
──ああ、なるほど!
K:まぁ、全部後づけのこじつけだけどね(笑)。
──そういう軽くて深いタイトルのニュアンスはアルバムの内容にも通じるところがありますよね。
K:今回は何かしらのコンセプトを決めて制作を進めることもなく、自由に作ろうと思ったんだよね。だから象徴的なタイトルをつけるよりも、こじつけくらいでちょうど良かった。
──3月のバースデー・ライブ『KYO1 / KYO50』同様、50歳を迎えた記念作みたいな位置づけは?
K:いや、本来は去年の年末のツアーに合わせて出そうと思ってたんだよ。でも制作が遅れて、次はバースデー・ライブに合わせて出そうと思ったらそれも遅れて、結局5月に出ることになった。
──じゃあ、割と準備期間はあったということですね。
K:ホントは2年に1枚くらいはアルバムを出したいと思ってるんだけど、気がつくとあっという間に3年くらい経っちゃってるんだよね。
──最近だとスキップカウズの25周年記念シングル3部作をプロデュースしたり、ご自身の作品以外にも精力的に活動を続けていますしね。
K:たまにそういう仕事もしてるけど、やっぱりライブが立て続けにあるからね。ライブのためにも新曲が欲しくなるタイミングが2年くらいで来るんだよ。
──今回は基本的に有江嘉典さん(b)、中畑大樹さん(ds)との3ピース編成で制作に臨んだんですか。
K:うん。「海月達の踊り」だけ奥野(真哉/key)に参加してもらったんだけど。
──ライブでも競演している強力なリズム隊だけあって、息の合ったアンサンブルが存分に楽しめますね。
K:大樹は前作(『Macka Rocka』)でも1曲参加してくれたんだけど、彼はここ数年いろんなサポートをやってるから、その進化ぶりを実感したね。
──収録曲はどれも単調になることなくタイトかつシンプルにまとまっていて、トータルで30分程度の作品ですが、これは意図したところなんですか。
K:パンク世代のせいなのか、もともと長い曲があまり好きじゃないんだよね。パンクに染まる前、高校生の頃はツェッペリンとかやたら長い曲も聴いてたんだけどね。レピッシュの初期はそこそこ長い曲が多かったけど、個人的には3分半くらいの曲、昔で言う歌謡曲サイズが好きなんだよ。
──アコースティック・スタイルの「Tomorrow never knows」、ソリッドなロック・テイストの「Ferris wheel」、パンキッシュにグイグイ攻める「Go on」、しっとりと歌を聴かせる「Composition」、サイケデリックなアレンジが施された「海月達の踊り」と、楽曲はバラエティに富んでいるものの、ちゃんと一本筋の通った作風に仕上がっているのが見事だなと思って。
K:この世界に入ってからいろんな音楽的要素を取り入れているイメージを勝手に持たれてるんだけど、自分のなかではこれがごく普通なんだよね。それを「バラエティに富んでいる」って周りから言われるのも理解はしてるし、今回はそれはそれでいいだろうってところで作り始めてみた。普通にやるとこうなっちゃうって言うかね。
──レピッシュはもとより、これまでにanalers、屑、華恭、ANABAと数々のプロジェクトがあったわけで、そのなかでソロ名義のアルバムを7枚も出すなんてかなりのハイペースですよね。
K:そうだね。30の頃に1枚目(『ピクチャーミュージック』)を出して、もう一度ソロで動き出したのが40になってからだったのかな。ソロ名義でやる時は、「これは○○風でやろう」とか「こんなジャンルで行こう」とかの発想はないんだよね。ガーッと書き溜めた曲のなかから絞り込むわけだけど、その絞り込む基準がちょっと変わってるのかもしれない。
音楽があるからこそ自分は生きていられる
──1曲目の「Tomorrow never knows」は軽快なリズムでひた走るフォーキーなポップ・チューンで、去年のアコースティック・ツアーの経験も反映されているのかなと思いましたが。
K:アコースティック・ツアーは単身だったんだけど、1曲くらいは狭いスタジオでセッション的な曲を録ろうと思って。大樹はパーカッションをやるのがあまり好きじゃないタイプだから、スネアだけ叩いてもらうことにして。
──音はバッキバキのアコースティック・パンクでめちゃくちゃ格好いいんですけど、唄われているのは「汗水流したら風呂とか入るだけさ〜」という実にくだけた歌詞で(笑)、そのギャップもたまらないんですよね。かと思えば、「Ferris wheel」は観覧車をテーマにした情景が目に浮かぶ詩的な歌詞で、振り幅が大きいですよね。
K:自分じゃよく分からないんだよね。それも自分にとってはごく普通のことだから。
──3人のスリリングなアンサンブルの妙味、凄味をとりわけ味わえるのはファンキーなロック・チューン「天国ロックショー」なのかなと。名だたるロック・スターが天国でバンドを組んでいるという歌詞もユニークで。
K:「天国ロックショー」はベースの難易度が相当高いんだよ。打ち込みでデモ・テープを作ってる時に「これはとんでもなく難しいだろうな」と思ったんだけど、有江君ならできると思ってそのままにしたんだよね(笑)。実際、できたんだけどさ。
──ジミヘン、ジョン・ボーナム、ジョン・レノンに混じって上田現さんの名前があったのが心にくいなと思って。
K:まぁ、あれだけ近くて大きな存在が亡くなってからは死というものが凄くリアルになってきて、自分が好きだったミュージシャンも次々と亡くなっていくじゃない? 去年のMAGUMIのバースデー・ライブの時かな、奥野が「最近は向こうのほうが楽しそうだなぁ」って言ってて(笑)。それがこの歌詞を書くきっかけになった。
──アコギを基調としたメロウな曲調の「Composition」は、恭一さんの音楽人生をさりげなくも端的に唄い上げた1曲ですよね。
K:うん、そうだね。格好悪い話だけど、音楽があるからこそ自分は生きていられるって歌だよね。
──自分自身を組み立てているのは音楽という“成分”(composition)であると?
K:“作曲する”という意味の“compose”から発展して「Composition」にしたんだよね。タイトルは凄く悩んだんだけど。
──こういう真摯なテーマの曲は、恭一さんなら照れもあって爽快なパンク・チューンに仕立て上げそうな気もするんですけど、ここまでじっくりと唄い上げる流麗なアレンジになったのが意外だったんですよね。
K:アコースティック・ツアーをやってる時って、一番の武器は言葉になるじゃない? そういうことを経験したことによって作風がちょっと変わってきてるのかもしれないね。バンド・サウンドにのって唄ってる時と比べて唄い方も言葉の出し方も変わってくるし、新たな発見をすることも多いんだよ。
──しかもこの「Composition」のボーカルがいつになく艶やかで、男の色気を感じるんですよね。
K:それ、中込(智子/音楽ライター)も言ってたなぁ(笑)。意識して唄い方を変えたわけじゃないんだけど、この曲は去年の年末のツアーでも先行して唄ってたんだよね。その時に唄い方が定まっちゃったのかな。いつも新曲を録る時は何パターンか唄い方を試すんだけどね。どの唄い方が合うのか、エンジニアの(松本)大英と意見を交換したりして。
──歌詞のユニークさという点では、その次の「土足で上がったその靴をまず脱げ!」が最も際立っていますよね。
K:うん。「Composition」の雰囲気を思いきりブチ壊す曲だね(笑)。
──土足で踏み込むようなマネをする輩には普段からバシッと言ってやろうという気持ちが常にあるんですか。
K:あるねぇ。中込には「オヤジ!」って言われたけど(笑)。まぁ、そういう礼儀を失ったことをされる機会も最近は少なくなったけど、たまにそんな目に遭うとやっぱり不愉快だよね。
──歌詞のなかでは、南から来た人、北から来た人、西から来た人に対して「おまえ誰?」と突き放しているわけですが、恭一さんと同郷の人に対しては多少優しく接するものなんですかね?(笑)
K:どうかなぁ。熊本には「肥後の引き倒し」(ひいきの引き倒し)という言葉があるくらいだから、身内の人間には逆に手厳しくなるかもしれないね(笑)。