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INTERVIEW

トップインタビュー映画「追憶」小栗謙一監督インタビュー

1944年9月、パラオ諸島に浮かぶ美しい島、ペリリュー島で何があったのか? 残された映像と証言から浮かび上がる戦争の現実

2016.11.10

 パラオ諸島の南端に位置するペリリュー島。戦後70年となる2015年に、天皇、皇后両陛下が戦没者追悼のために訪問したことで、この小さな島の名は再び多くの日本人に知られるようになった。1944年9月、日米が激しく激突し、日本軍1万人、米軍1千人を越える膨大な犠牲者を出した「ペリリューの戦い」は、その過酷さ故に戦後ほとんど語られることはなく、長いあいだ忘れられた島と呼ばれていた。
 両陛下のペリリュー島訪問の報を受け、映画プロデューサーの奥山和由と小栗謙一は、日本軍の守備隊長だった中川州男大佐の伝記を手がかりに、この島で何があったのかを映画化する決意をする。当時を知る島民、アメリカ軍元兵士、そして日本軍の帰還兵らの証言を集めながら、米国防総省から貴重な映像資料を取り寄せ、ペリリューの戦いをドキュメンタリーとして現在に浮かび上がらせた。この圧倒的な史実を前に私達一人一人は何を考えるべきなのか。
「戦場は、人が人を殺す場所でしかない」と言う小栗監督にお話を伺った。(INTERVIEW:加藤梅造)

戦争というのがどのように始まるのか、どのように人は死んでいくのか

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──今回どういう経緯でこの映画を撮ることになったのですか?
 
小栗 それはやはり、去年4月、天皇、皇后両陛下がペリリュー島を訪問されたことですね。戦争に関連するいろいろな場所がある中で、何故、戦後70年の節目にペリリュー島が選ばれたのか。その時に奥山和由さんから電話があったのですが、同じことを感じていたらしく、ペリリュー島ってどう思う?って聞かれた。その日のうちに会って映画化の話になったんですが、その時奥山さんが持っていらしたのが「『愛の手紙』〜ペリリュー島玉砕〜中川州男の生涯(升本喜年著)」という本だったんです。
 
──原作としてこの本が下地になりつつも、映画は様々な人達の証言や貴重な資料映像などで構成された重層的なドキュメンタリー作品になっています。資料集めなどかなり苦労されたのでは?
 
小栗 最初に防衛省にあたってみたんですが、あまり資料は残ってなかったんです。そこで中川大佐の地元である熊本の陸上自衛隊第八師団に行ってみたら、戦後独自に作った資料がありました。しばらくしてアメリカの海兵隊歴史部のアーカイブにかなりまとまった資料があるのがわかったんですが、そう簡単には貸せないと言われて(笑)。米国防総省と1ヶ月半ぐらいやり取りしてようやく借りることができたのですが、それはもう驚きの資料映像でした。
 
──こんな言い方も変ですが、まるで戦争映画のように迫力のある映像ですよね。
 
小栗 普通、こういった記録映像って、いつどこで撮ったものなのかよくわからないのですが、この資料映像には撮影日や場所、カメラマン名など、すごく正確にペリリュー島の戦いが記録されていたんです。映像に加えて、当時ペリリューで実際に戦ったアメリカ兵士が生存していて、彼らの話も聞くことができました。撮影を進めていく中で僕自身が1つ1つ発見していったように、この映画を観て下さる人にも同じような発見があるんじゃないかと。戦争というのがどのように始まるのか、どのように人は死んでいくのか。そして戦争というものは、誰かが得をしたとかいうものではなく、すべてが無くなってしまうものなのだと。今回ペリリュー島の現地の人であるローズ・テロイ・シレスさんにお話を聞けたのですが、彼女が言った「戦争が終わったら、もう何もない」という言葉は、本当にそうだったと思います。自分たちの家も、耕した畑も、飼っていた動物も何もなくなった。何もないどころか死体だらけだった。そして今まで親しくしていた日本人の代わりにアメリカ人がやってきた。自分の人生って何なんだろう?と思いますよね。
 
──ローズさんの悲しげな表情が言葉以上に多くを語っているようでした。
 
小栗 映画の中で彼女の気持ちをナレーションで説明することはしたくなかった。映画って感じるものだと思うんです。観る人が10人いれば、10通りの感じ方があるものだし、それを1つのナレーションで押しつけたくはない。ナレーションで説明するのはドキュメンタリーでやりがちなんだけど、極力それを排して、その代わりに本物の映像と体験者の生の声を感じてもらうように作りました。
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単に「戦争はよくない」って言葉で言っても表層的にしか残らない。

──そんな中で、美輪明宏さんのナレーションがずっしりと響きました。
 
小栗 映画で使った昔の映像はほとんどアメリカのアーカイブだったので、どうしてもアメリカ側の視点になってしまう。だからこそ、美輪明宏さんの心からの声が、日本側の声として重要な意味を持ち、バランスを取っていると思います。
 
──美輪さん自身は普段から戦争がどれだけ悲惨なのかを語っておられますが、この映画の中ではそういった分かりやすいメッセージは出てこないですね。
 
小栗 単に「戦争はよくない」って言葉で言っても流れてしまうだけで、表層的にしか残らない。だからそういう言葉は使わなかった。それは映像から感じて欲しい。第二次大戦に突き進んだのもそうですが、日本人って誰か優秀な人が筋書きを書いて、みんながその通りに進めていくことが得意なんだと思うんです。選択肢をなくして1つの答えに誘導することを日本はずっとやって来たんですね。受験勉強なんかはその最たるものです。でも「この美しい景色は」と言われて、ああそうだなって思う人もいれば、その景色を怖いと思う人がいるかもしれない。今の時代はすべての人が違う考えを持っていて、それを1つ1つ丁寧に考えていくことが大事なんだと思います。
 
──確かに観客に委ねる部分が大きいと思いました。この映画を観て、戦争は嫌だと思う人もいれば、日本軍は立派に戦ったと思う人もいるんじゃないかと。
 
小栗 もちろんいるでしょう。僕自身も観客の一人でしかない。この映画を観てこう思いますという考えはあるけど、隣に座っている人は違う感想を持つかもしれない。それでいいんじゃないかって思いますね。
 
──かつて小栗さんが製作と撮影をした映画『リーベンクイズ(日本鬼子)』は、元日本兵が中国大陸でいかに残虐な行為をしたのかを加害者自身が語るという衝撃の作品でしたが、証言者が事実を淡々と語っている所を記録するという手法は、実は今回の『追憶』と同じだなと思いました。
 
小栗 僕も同じだと思います。『リーベンクイズ』の松井稔監督と僕は同じ年で、ある作品で助監督時代に知り合ったんです。その後はずっと飲み友達でした。ある日、松井が、証言者の人たちが高齢でどんどん死んでいってしまうから今のうちに証言を撮って残しておきたいと言ってきた。だけど金がないと言うので、じゃあ俺でよければ手伝ってやると言って、彼が望んでもいないのに(笑)僕がカメラを回したんです。
 映画に出てくる元日本兵は、戦後中国に抑留されて帰国したため「中国に洗脳された証言者」というレッテルを張られていた人たちなんです。大抵の人はそうだと思いますが、自分がした悪事って話したがらないものです。だから彼らも最初は「日本軍がこんなことをした」って他人事のように言うんです。だからそういう話じゃなくて、「あなたは何をしたのか」だけを話してくれと。「あなたはどうやって中国人を殺したのか、何人殺したのか」自分のしたことだけを話してもらいました。そういう話に嘘はないと思うんですね。もちろん、あんな非道いことをしたのは日本兵の中でもごく一部だったでしょう。でも事実としてあったんです。その事実こそが戦争を語る時に重要なんだと思います。『追憶』も同じで、すべての戦争がこうではないけど、戦争というのは究極まで行くとこうなるんですよと。そういうことが伝わっていけばいいなと思います。
 
──戦後70年以上がたち、私もそうですし、若い人にとってもリアリティはほとんどないですが、だからこそ事実を知らないとまずいですね。
 
小栗 戦争には何の益もないですから。ペリリュー島は一見美しい島ですけど、実際今でも不発弾だらけでとても戦前のような暮らしができる場所ではありません。そして、日本はその加害者なんだと。今の人にとって、いくら自分がやったことではないとしても、それを関係ないと言えるのか。僕はそういうことを言いたいんです。でも映画の中でそれを言ったら誰も観てくれないですから(笑)。パラオに泳ぎに行って「あ、そういえばここ映画で観た所だ」って、そう思ってくれる人が一人でも二人でも増えればいいなって思います。
 
──ちなみに『追憶』というタイトルは誰が決めたんですか?
 
小栗 それは奥山さんです。最初聞いた時は、ちょっとロマンチック過ぎかなと思ったんだけど、今ではとてもいいタイトルだと思ってます。それは僕だけの想いじゃなくて、いろんな人の戦争に対する想いがあって、それぞれの追憶(メモリーズ)があるということだし、結局、一人一人があの戦争を考えていかないといけないんだと思います。
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LIVE INFOライブ情報

(公開情報)
追憶
11月5日(土)より東京都写真美術館ホールにてロードショー/Denkikan、千葉劇場ほか全国順次公開
 
製作:奥山和由
監督:小栗謙一
語り:美輪明宏 
ピアノ:小林研一郎
原案:升本喜年「愛の手紙」〜ペリリュー島玉砕〜中川州男の生涯(熊本日日新聞社刊)
企画制作プロダクション:チームオクヤマ 制作:KATSUーdo
配給:太秦
製作:吉本興業
 
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