打ち込みと生音を共存させる楽しさ
──前半に打ち込みを多用した曲が続く分、『ポラリス』のように生音の凄味を発揮した曲が余計に際立ちますよね。
ミヤ:打ち込みの反動で生音を活かした曲を作りたくなったんですよ。やっぱりバンドですからね。前作の『球体』でもオーケストラをフィーチャーした曲があって、そこではバンドに力点を置いたんです。バンドを押してオーケストラにぶつけて、それはそれで格好いい形になったんですけど、『ポラリス』のアレンジの方向性は僕等がオケバンになるイメージだったんですよ。それは凄く面白かったですね。
──かと思えば、『ライオン』のようにストレートなハード・ロック然としたナンバーも健在で。
ミヤ:『球体』からの流れを引っ張っているのは『ライオン』くらいですね。それくらい『球体』との違いを出せればいいなと思ったんですよ。『ライオン』は『球体』の頃からあった曲で、そろそろ陽の目を見てもいいかなと思ったし、今回みたいなアルバムの中でバランスとして必要だと思ったんですよね。
──『球体』は楽曲のクオリティ的にもバンドのスキル的にもあの時点での集大成と呼べる作品でしたが、そのレヴェルを乗り越えるひとつの突破口がデジタルなアプローチだったということでしょうか。
ミヤ:『球体』の時にデジタルな方向性にしようと思ったんですけど、作っていったら身体が自然とバンド寄りに向かってしまったんですよ。ってことは、まだデジタルには行くなよってことなのかなと思って。『球体』を完成させてツアーをやって、ようやく来たるべき時が来たと言うか。その間にいろいろと経験も積めたし、引き出しも増えたので、新たなトライアルをするなら今だなと。
──昨年から今年にかけて『フリージア』、『ジオラマ』、『約束』とシングル・フォーマットのリリースが続いたのは、今後の方向性を見据えて実験的なことをしてみる意味合いもあったんですか。
ミヤ:そういう部分もありましたね。ただ、『フリージア』に関して言えば、その時点にあった曲の中では新しい方向を向いていた曲だったので、“今出さないでいつ出すんだ!?”っていう意識もありました。『球体』の後に出すシングルとしては凄く良かったし、『カルマ』に入れることはあっても『球体』には入れたくなかったんですよ。1年前に出した曲だけど今回の『カルマ』を最終的に引っ張ってくれる力があると思ったし、“Karma Edit”として入れて結果として良かったですね。
──『アイアムコンピュータ』はレディオヘッドの『OK COMPUTER』にも通ずる世界観を持った楽曲ですが、コンピュータが万能であると信じて疑わない今の世の中に対して疑問を呈しているようにも思えます。
ミヤ:疑問を呈すと言うほどのものじゃないですね。僕自身も普段からコンピュータに依存しているし、それがないと進まないことばかりだし、否定するつもりはまるでないんです。ただ、それで大丈夫かな? ってふと感じたことを歌詞にしたまでなんですよ。自分達で作った便利な機械のはずなのに、それがないと生活が回らなくなるような今の時代に思うところがあって書いた曲ですね。子供に向けたものなのに、実は凄く怖い結末が待ち受けているおとぎ話ってあるじゃないですか。そういうイメージで歌詞を書きました。
──歌詞の中に“0と1”の論理…コンピュータの二進法について触れている部分がありますけど、ムックの音楽性もバンドの姿勢も決して二進法にはなり得ないからこその妙味があると思うんです。デジタルとアナログのどちらか一辺倒に偏ることなく程良いブレンド感覚で独自の音楽性を打ち出しているし、自主企画の『えん』では異ジャンルのバンドを招聘して果敢に壁を突き破ろうとしているじゃないですか。その姿勢が今回の『カルマ』の楽曲や構成に如実に表れていますよね。
ミヤ:僕等はギリギリ70年代生まれで、いろんなジャンルの音楽を聴いてきたこともあるし、もう少し若ければまた違ったアプローチになっていた気はしますけどね。でも、デジタルとアナログを共存させる今回の作業はやっていて凄く楽しかったです。デジタルな曲をアナログ・テープで録ってみたり、デジタルなものを敢えて逆のアプローチで攻めていくことで面白くなったりすることもあったので。
曲を見つめ直す時間が必要だった
──レコーディング・スタジオが音の実験室になるような感じですね。
ミヤ:前からそんな感じなんですよ。いろいろと試してみるのが好きなんです。頭の中が混乱するし、体力的にもキツイですけど、好きでやってることだから乗り越えられるんですよね。
──とは言え、今回もアレンジが相当練り込まれているし、それ相応の時間と労力が掛かったんじゃないかと思いますけど。
逹瑯:でも、歌録りも割とスムーズだったんですよ。
ミヤ:今回は割と健康的なスケジュールを組んだんです。やれることは前もってやっておこうというスタイルで。連日連夜、朝までレコーディングが続くと後々に響いてきますからね。今回のレコーディングは、やって止まって、やって止まっての繰り返しで、期間が凄く長かったんですよ。それもあったし、好きなだけ時間を使っていると体力的にも厳しい上に効率も悪くなるので、キッチリと時間を決めて曲作りに入ったんです。午後1時から始めて11時には終わるっていうロック・バンドっぽくないスケジュールだったんですけど、それが良かったんですよ。曲を見つめ直す時間が凄く必要だなと思ったし、今回はこれまでになく変わったことをやっていたので、そういう時間がないと不安でしたからね。
──ノイジーなギター・サウンドとデジタルなディスコ・ビートが融合した『ケミカルパレードブルーデイ』みたいな曲が一番手こずったんですか。
ミヤ:いや、あれはそれほど時間が掛かりませんでした。作曲期間の最初の頃に出来た曲だったし、イメージもちゃんと掴めていたので。
──逆に、逹瑯さんが切々と唄い上げる『羽』のようにシンプルの極みを行くような曲は?
ミヤ:あれも3時間くらいで出来た曲なので、それほど苦労しませんでしたね。意外と時間が掛かったのは、音のイメージから作った『アイアムコンピュータ』みたいな曲なんですよ。あの曲は漠然とした音の感じや怖い童話っぽいイメージが事前にあったんですけど、いざ音色に変換する段階になってかなり苦労しました。レコーディング期間中は日々アップデートの連続で、歌やベースを録っている時はデモの状態だったんです。その作業の合間に新たな歌詞が浮かんだりもしたし、徐々に徐々に作り上げていった曲ですね。
──事前に用意していた歌詞がガラッと変わることも多かったですか。
ミヤ:今回はあまりなかったです。仮歌詞っていうのを最近は付けるようになって、その仮歌詞が割といいと言うか。曲のイメージを伝えやすくするために付けた歌詞なので、凄く純粋なんですよ。逹瑯の曲も、『A.』とかはほぼ仮歌詞のままですからね。僕が書いた『ライオン』もそんな感じだったし。
逹瑯:最近はマニュピの人と一緒にデモを作るようになったので、スタジオから家に帰って聴き直しながら仮歌詞をじっくり考える時間があるんですよね。
──『約束』を筆頭に、『零色』、『A.』、『堕落』と、逹瑯さんが作詞・作曲を手掛けた楽曲はどれでもスタンダード性の高いものばかりですよね。それと相反するかのように、ミヤさんが実験性に富んだユニークな楽曲を持ち寄っているように思えます。
逹瑯:僕自身は打ち込みとか音ネタを探すのが得意じゃないし、打ち込みテイストの曲はあまり作らなかったんですよ。逆に、“こういう曲があってもいいかな?”っていう感じで作っていたので、その結果なんじゃないですかね。
──デジタル・サウンドに呼応して、敢えて無機質に唄ってみたり意識はしましたか。
逹瑯:デジタル・サウンドかバンド・サウンドかっていう分け方よりも、曲の色で唄い分けていますね。デジタル要素の強い曲でもアッパーな曲でも、メロディと歌詞の兼ね合いで唄い方も変わってくるんですよ。
──ネガティヴな“無い”をポジティヴな“ない”で打ち消して“君がいない愛はない”と唄う『零色』は、歌モノとしてのクオリティの高さとデジタル・ビートの試みが理想的なバランスで溶け合って昇華していますよね。
逹瑯:最後に潔く終わるのがいいなと思って。もうちょっと聴いていたいなってところでスパッと終わる曲にしたかったんですよ。
決してひとつになりきれない音楽性
──そういう細かい曲の繋ぎまで熟考されたのが随所に窺えますね。
ミヤ:『球体』の頃から各自でデモをしっかり作るようになって、一度作った構成をさらに練り込むことにしたんです。『零色』ももうちょっと尺が長かったんですけど、よりシンプルに聴こえるようにしたんですよね。デモ作りのお陰で、自分達の曲を客観的に見ながらバランスを整えるのがやりやすくなったんですよ。それを踏まつつ、今回は曲を見つめ直す時間があったのが功を奏したと思います。
──デモを作ることで楽曲の青写真が各自明確になったわけですね。
ミヤ:前は何もない状態から曲作りをしていましたからね。“ラララ…”のメロディからコードを起こして、スタジオで“せーの!”で作っていたし。今はある程度アレンジが固まった状態をさらに詰めていくので、悪く言えばまとまりが良くなりすぎちゃう部分もあるのかもしれないけど、今回の『カルマ』みたいに実験精神に富んだアルバムにはそういうアプローチが凄く活きたと思います。逆に、前のやり方で取り組んでいたらもっと試行錯誤をしなくちゃいけなかったかもしれないです。
──数ある新曲候補の中から採用に至るジャッジのハードルは年々高くなる一方ですね。
ミヤ:それが本望ですね。各自の持ち寄った曲がどう転がるか判らないマジックもそれはそれでいいんですけど、作品の方向性に照準を合わせて自分の入れたい曲を持ち寄って、そのクオリティを上げていくのが今は理想なんです。
──今回、スタジオでバンド・マジックが生まれて劇的に変化した曲はあるんですか。
ミヤ:意識的に変化させたのは『蛍』ですね。各自打ち込みっぽい曲を持ち寄ろうということでSATOちが持ってきた曲なんですけど、リズムが打ち込みっていうだけで、メロディと打ち込みの関係性があまり見えなかったんですよ。だったらそれを逆にバンドっぽくしたほうが格好いいなと思って。
SATOち:バンド・サウンドに切り替えてからテンポも上がったし、曲の締まりは良くなった気がしますね。
──これだけ多種多様な音楽的要素を採り入れた楽曲を量産しながら、ムックという軸がまるでブレないのは凄いことですよね。
ミヤ:ホントはもっとブレたい気持ちもあるんですよ。何をやっても意外と収まりのいい感じになったりするので。それはそれで個性だし、いいかなと思う部分もあるんですけど、昔からひとつの音楽性になりきれないんです。まぁ、それを楽しんでやっているので、このままでいいのかなとは思うんですけどね。
──一定の場所に甘んじることなくジャンルの境界線を突き破っていくのがムックの本懐だと思うし、そのスタンスは不変なのでは?
ミヤ:だと思います。それでもう13年間やってきてますからね。
──ツアー・タイトルにもなっている『Chemical Parade』なんですが、『ケミカルパレードブルーデイ』に“ざわめくフロアと繋いだ温もり”という歌詞がある通り、ライヴで育んだオーディエンスとの絆を糧にバンドの歩をさらに進めていくという意味ですか。
ミヤ:自分の実体験とか、見えた景色や空気感を歌詞にしたまでですね。ただ、ライヴであれクラブであれ、気持ちが昂揚して熱が上がる瞬間っていうのは目に全く見えないけれど、やっぱり最高な瞬間じゃないですか。それを体感できるのはその現場しかないし、結局はライヴというその場限りの空間をみんなで共有したいんですよ。そこへいざなうために曲作りをしてレコーディングをしていると言っても過言じゃないですね。
──従来のイメージを如何に覆すかに腐心する作品作りは今後も続いていきそうですね。
ミヤ:同じテイストの作品を作りたくはないので、また違った作風になると思います。ただ、その前に『カルマ』の曲がライヴで変化していくでしょうね。音源でドラムとベースが打ち込みなのが、ライヴでは生音に置き換えたりするので。どう変化するかはやってみないと判らないですけど、それも含めてライヴというその場限りの空間を楽しんでもらえたら嬉しいです。