一体何処まで自己新記録を塗り替えていくのか。純真な歌がギッチリと詰まった傑作をコンスタントに発表し、ことごとく前作を凌駕した新しい作品を我々に提示し続ける怒髪天。『オトナマイト・ダンディー』と題されたフル・アルバムもまた、昨年4月に発表した『プロレタリアン・ラリアット』のクオリティを容易に突き抜けている。結成四半世紀の祭典モードだった昨年はライヴ動員の激増と大幅なメディア露出に沸いた1年だったが、聴き手の情感ド真ん中に訴えかける歌をこしらえることは決して疎かにしなかった。そのことを『オトナマイト・ダンディー』は如実に物語っている。日々の生活の中で巻き起こる喜怒哀楽を軽やかにしなやかに描写した歌々は大いなる人間讃歌であり、日常という名の壮大なドキュメンタリー映画に伴走する妙味に富んだサウンドトラックである。そのサウンドトラックの音楽監督はギターの上原子友康で、ここ数年の彼の曲作りに対する貪欲さ、スキルの向上、ライヴ・パフォーマンスに向かう意識の変化が近年の怒髪天を着実に好転させている気がしてならない。予想外の着地点に到達する曲作りの化学変化やどんな楽曲をやっても不朽の"JAPANESE R&E"となるのは代替不可の4人が携わるからこそだが、その根幹を成すのは間違いなく上原子の存在である。本誌では彼にスポットを当て、『オトナマイト・ダンディー』の制作過程と怒髪天という深遠なる小宇宙の如きバンドの核心に迫った。(interview:椎名宗之)
何をやっても怒髪天らしさが出る
──遂に明後日発売となる『オトナマイト・ダンディー』ですが、シングルにもなった『オトナノススメ』の録りから含めると割と長いスパンで完成に至ったことになりますよね。
上原子友康(以下、友):長かったね。『オトナノススメ』の録りが去年の7月だったし、曲作りから含めると1年近く経ってるかもしれない。矢継ぎ早に曲を書くペースにはもう馴れたよ。今もまさにその時期なんだけど、新しいアルバムが出る頃にはもう次の作品用の曲を作るパターンがここ何年も続いてるしさ。そのサイクルが出来てるから、曲作りがそんなに大変だとは思わなくなった。レコーディングが終わったと同時にやりたいことがまた出てきちゃうんだよ。いろいろとやりたがりなんだね。
──高橋竹山とストラングラーズが奇跡の融合を果たした『GREAT NUMBER』、サンバのリズムを基軸とした『セバ・ナ・セバーナ』等々、楽曲のレンジがグンと広がった『プロレタリアン・ラリアット』を発表して以降、作風がより一層自由になった手応えはありますか。
友:『プロレタリアン・ラリアット』は確かにヴァラエティに富んだ曲が揃った作品だったけど、あそこから一気に曲の振り幅を広げた意識もないんだよ。曲調としては昔から自由にいろんなことをやってるしね。まァ、今回は今まで以上に自由な作品になったとは思うけどさ。多分、同じタイプの曲ばかりやってると飽きる性分なんだろうし、"何かないかな?"って常にアイディアを模索してるんだよね。
──友康さんの"1人ミクスチャー感覚"が年々大変なことになっているのを感じるんですが。
友:怒髪天を特定のサウンド・スタイルでやろうとは思ってないし、結局は自分が楽しみたいだけなんじゃないかな。リフが8ビートの曲だけをキッチリやっていれば格好イイかな? と思う時もあるんだよね、ロック・バンドとしては。でも結局、ドリフ的な要素を採り入れた曲もやりたくなっちゃうし、そういうのをやってると『ド真ん中節』みたいな王道もやりたくなる。全部を引っくるめて自分達と言うか、それが正直な自分達の姿なんだよね。どんなタイプの曲をやっても「怒髪天だね」って言われる域を真剣に目指していきたいしさ。
──全員が楽器を置いてタキシード姿で合唱するなんて、怒髪天にしか成し得ないことですからね(笑)。
友:あれはちょっと一線を越えたよね(笑)。でも、この4人が集まって何かを表現すれば、それが自ずと怒髪天になるんだよね。何をやっても怒髪天らしさが出るんだよ。
──本作の選曲は、友康さんが用意した数多くの楽曲の中から純粋にトライしてみたい楽曲を他の3人が"怒髪天らしさ"はさておきでチョイスしていく手法だったそうですね。3人と言うか、2人だと思いますが(笑)。
友:そうだね(笑)。アルバムはいつもコンセプト立てて作ってないからいろんな曲があって、スタジオでメンバーやスタッフに聴かせて反応の良かった曲を練り上げていくスタイルは昔から変わらないんだけど、今回は増子ちゃん(増子直純)が唄ってバンドで鳴らした時の絵が想像しづらい曲ばかりをみんなが選んだんだよね。今回用意した30曲くらいの中で、『俺ときどき...』とか『ふわふわ』とかが選ばれるのが俺は意外だった。みんながあまりやりたがらないと思ったし、何より増子ちゃんが歌詞を付けづらいと思ってたからね。いつもなら「これはムリだね」「違うよね」っていう曲をみんなが面白がってくれたって言うか。
──『俺ときどき...』は安全地帯のサード・アルバム辺りを彷彿とさせるアーバンなアコースティック・ナンバーですけど(笑)。
友:作ってる時は全然そんな意識はなかったんだけどね(笑)。自然にイイなと思ってさ。
──個人的には『俺ときどき...』と『オレとオマエ』にまず惹かれまして。『オレとオマエ』はかつての『友として』や『あえて荒野をゆく君へ』の世界観を踏襲した友情の絆を描いた歌なので、一発で心を鷲掴みにされたんですよ。
友:その2曲は今回のアルバムを象徴してると思うよ。『オレとオマエ』は80年代っぽい8ビートのポップな曲にしたくて作ったんだけど、サビの"オーレと、オマエ"っていう部分は最初に"オーオオ、トゥナイト"って唄ってたんだよね(笑)。何が"トゥナイト"なのか自分でもよく判らないんだけど(笑)、デモの段階ではいつも適当なことを唄ってるからね。旧友との固い絆を唄ったテーマは従来の増子ちゃんの確たる世界観なんだけど、それをああいう曲調に乗せて違う響きに聴こえてるのがイイなと思ってさ。"オーオオ、トゥナイト"が"オーレと、オマエ"になった時は"やった!"と思ったし、あの部分が実は今回のアルバムの中で俺が一番気に入ってるところなんだよね。
──それは20年以上育み続けてきたソングライティング・チームの結束力の賜物なんでしょうね。
友:だと思う。増子ちゃんからは「"オーオオ、トゥナイト"が耳にこびりついて、もうそれしか付けられないよ」って言われたけど(笑)、ちゃんとした歌詞にしてくれたからね。
シミも坂さんも腕を上げたと思う
──デモはいつもどれくらいまで作り込んでおくものなんですか。
友:最近はけっこうカッチリと作ってるかな。簡単にドラムを打ち込んで、ベースも弾いて、"ラララ..."ってメロディを唄ったりして。特に今回の収録曲はコードとメロディだけだと伝わりづらいと思ったし、リズムとベース・ラインがあって初めて1曲みたいな感じだったから、割とちゃんと作ってみたんだよね。『武蔵野流星号』みたいな曲だったらコードと"ラララ..."だけでみんなも雰囲気を掴んでくれると思うけど、『ふわふわ』みたいな今までにないタイプの曲は作り込んでおく必要があった。『ふわふわ』はベース・ラインから出来たような曲だしね。
──そう、本作はベースとドラムの音がいつにも増して凄くいいと思ったんですよ。あれは何故なんですか?
友:プレイヤーがイイんじゃないかな?(笑) エンジニアの人は『全人類肯定曲』辺りからずっと同じなんだけど、今回はどのパートもよく録れてるね。特にシミ(清水泰而)は腕を上げてると思うよ。ベース・ラインはシンプルなんだけど、ぶっとく支えてる感じが前作くらいから強くなった。『アフター5ジャングル』や『俺ときどき...』とかのベース・ラインも格好イイし、コピーしたくなるベース・ラインが実は凄く多い。『俺ときどき...』はベースとドラムだけを聴いててもノレるよね。
──『アフター5ジャングル』のように文字通りジャングル・ビートのナンバーは今までありそうでなかったですよね。
友:やってそうでなかったね。一時期はアダム・アントとかにハマってて、ジャングル・ビートはいつかやりたいと思ってたんだよ。あの曲は坂さん(坂詰克彦)がよく頑張ってるね。ここ1、2年くらいで坂さんのプレイ・スタイルや音の鳴りが変わった気がする。坂さんは自分からそういうことをあまり言わないけど、坂さんなりに追求してるんだと思う。その代わり、よくスティックを飛ばすけどね。この前の練習の時なんて、メガネのレンズまで飛ばしてたから(笑)。叩いてたスティックが自分のメガネの裏から当たって、レンズだけポーンと5メートルくらい飛んでたよ(笑)。曲の初めで飛んじゃったみたいで、練習だからそこで止めてもいいのに、そのまま3曲くらい通しで叩いてたね(笑)。
──リズム隊が着実にスキル・アップしているのが如実に伝わるアルバムだとも言えませんか。
友:ホントだね。何年か前と比べると、曲が形になるのが凄く早くなってるしさ。前はレコーディングする頃になってやっと形になるのが普通だったんだけど、今は真っ新な新曲でも最初のリハで録りに入れるくらいのレヴェルにすぐなるからね。
──シミさんと坂さんの話が出たので増子さんについても伺いたいのですが、今の歌唱力と歌詞の表現力を友康さんはどう見ていますか。僕は『ド真ん中節』の質実剛健な歌詞の世界と凄味を増した唄いっぷりに堂々たる風格を感じたのですが。
友:今回で言えば『悪心13』や『アフター5ジャングル』もそうだけど、俺が最近作るのは歌詞をイメージしづらいメロディが多いと思うんだよ。『ヤケっぱち数え歌』も"ダララダララダララダララ..."って続いていく曲だしさ。歌詞をどう乗せてくるかな? って思ってるところに"これを乗せてきたか!"って驚くことが多いよね。『オトナノススメ』や『ド真ん中節』、『武蔵野流星号』みたいにずっとやってきたスタイルの曲はパーッと情景が浮かびやすいけど、歌詞を書くのが難しい曲が今回は多かった気がする。でも、付けづらいと判ってるのにそういう曲をあえて選んだように思うね。だから、歌詞が上がってくるのが凄く楽しみだったよ。『ヤケっぱち数え歌』みたいなハード・ロック調の曲とかさ。
──ああ、『ヤケっぱち数え歌』は友康さんの中でハード・ロックなイメージだったんですか。僕は歌詞の世界観も相俟ってブルース・ロックっぽいなと思ったんですよ。
友:ああ、ホント? 俺の中では70年代のハード・ロックなんだよ。キッスとかあの辺の。2人のギタリストが同じフレーズを延々弾いてるムダな感じって言うか、同じフレーズ弾くなら1人でイイじゃんっていうのが昔のハード・ロックには多いじゃない?(笑) ああいうのをやってみたくて。そんな曲に数え歌をぶつけてくるんだから増子ちゃんは凄いよ。最初に歌を合わせた時は感動したもんね。
──考えてみれば、数え歌というのも今までの怒髪天の曲にありそうでなかったですね。
友:初だね。増子ちゃんもずっと数え歌みたいな曲をやりたいって昔から言ってたけど、それにハマる曲がなかったんじゃないかな。それが今回、何故かこのハード・ロック・ナンバーに白羽の矢が立ったという(笑)。