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映画「誰がために憲法はある」いまの世の中の流れに対して、映画は何もしなくていいのか?

2019.04.27   CULTURE | CD

誰がために憲法はある
2019年4月27日(土) ポレポレ東中野ほか全国順次公開

出演:渡辺美佐子
監督:井上淳一
「憲法くん」作:松元ヒロ
音楽:PANTA(頭脳警察)

いまの世の中の流れに対して、映画は何もしなくていいのか?

 元号が平成から令和へと変わるこの時期、1本の興味深いドキュメンタリー映画が公開される。タイトルは『誰がために憲法はある』。ヘミングウェイの代表作『誰がために鐘は鳴る』をもじったタイトルからもわかる通り、戦争と平和をテーマにした非常に硬派な作品だ。
 先日、NHKの世論調査で「平成はどんな時代だったか?」という質問に対し、多くの人が「戦争がなく平和な時代」と答えていた。もちろん世界に目を向けると、第二次世界大戦後も朝鮮、中東、ベトナム、アフガン、イランなど多くの国・地域で戦争が繰り返されてきたが、そんな中、日本が(国連PKO参加やイラクへの自衛隊派遣などはあったものの)これらの戦争に参戦しなかったのは、「二度と戦争をしてはいけない」という多くの国民の思いと、その理念となっている日本国憲法があるからだろう。
 日本国憲法の三本柱は「国民主権、戦争放棄、基本的人権の尊重」だ。これは、アジア太平洋戦争という惨渦が政府と軍部の暴走によって引き起こされたという反省のうえに作られている。憲法の前文はまさにこの考えを高らかに宣言しているのだ。
 近年、安倍政権は2020年に改憲を目指すと躍起になっているが、自民党の改憲案を読むと、それが現行憲法の理念を180度変えるような大きな変更であることが分かるだろう。ぱっと見はわからないような細かい言葉の修正や追加であるが、彼らが目指しているのが「国民主権の縮小、戦争放棄の無効化、基本的人権の制限」であることは明らかだ。安倍首相は「日本を普通の国にする」と言って憚らないが、彼らの言う「普通の国」とは「普通に戦争ができる国」ということなのだ。
 
 「いまの世の中の流れに対して、映画は何もしなくていいのか?」
 井上淳一監督がこうした現状に危機感を覚え、憲法をテーマにした映画を作ろうと思ったのは3年前のことだ。秘密保護法、共謀罪、安保法制といった戦争に繋がる法律が次々と強行採決され、沖縄の辺野古では新しい基地建設が強引に進められる状況に井上監督が黙っていられなかったのは、彼の師でもある故・若松孝二監督の「映画を武器に世界と闘う」という言葉が常に自分の脳裏を過るからだ。
 そして井上は1つのアイデアを思いつく。お笑い芸人・松元ヒロのレパートリーである『憲法くん』を映画化できないかと。日本国憲法を擬人化し、ユーモラスに演じるこの一人語りでは、憲法くんがこう言う。
「わたしというのは、戦争が終わった後、こんなに恐ろしくて悲しいことは、二度とあってはならない、という思いから生まれた、理想だったのではありませんか」。
そして、「わたしの初心、わたしの魂は、憲法の前文に書かれています」と憲法前文を暗唱するのだ。
 
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 映画化にあたって、この難しい朗読劇を演じることを引き受けてくれたのは、今年87歳になる渡辺美佐子だ。映画『ひめゆりの塔』でデビューし、ドラマ『おしん』『ムーの一族』などでも知られる大女優の渡辺は、「大変だけど、いいわよ」と快く引き受け、憲法前文を含む膨大な台詞を暗記し、映画の中で力強く朗読している。ふだんなかなか読む機会のない日本国憲法だが、彼女の朗読を聞いていると、その理想の高さ、美しさ、気高さに圧倒されるだろう。
 
 映画では「日本国憲法」の他にもう1つのテーマが設定されている。それは「原爆の記憶」だ。井上は「憲法くん」の撮影作業をしていく中で、渡辺が仲間の女優たちと一緒に35年の長きに渡って原爆体験の朗読劇を続けていることを知ることになる。そしてこの朗読劇が出演者の体力的な問題から今年(2019年)で幕を閉じるということも。これを撮らない手はない。こうして井上は、憲法と原爆体験の2つの朗読を1本の映画にすることを構想したのだ。
 渡辺がこの朗読劇を始めたきっかけは、あるテレビ番組のご対面企画の中で、自分の初恋の人が、疎開先の広島で原爆の犠牲になっていたことを知ったからだ。激しいショックを受けた彼女は「何かしなくては」と思い立ち、1985年から広島と長崎の原爆を体験した子供達の手記をもとにした朗読劇「この子たちの夏」に参加する。2008年からは女優18人で、新たな朗読劇「夏の雲は忘れない 1945・ヒロシマ ナガサキ」に取り組んできた。
「水をください」
「おかあちゃん、助けて」
原爆の犠牲になった子供たちの最期の声を再現する朗読劇では、公演場所になる学校の生徒もプロの女優たちに混じって朗読に参加する。こうして70年以上前に戦争で命を奪われた子供の言葉、記憶が次の世代の子供たちに受け継がれていく。
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 『誰がために憲法はある』は4月27日から全国で上映が始まる。偶然にも元号の変わり目に公開されることになったのは、この映画がある種の使命を帯びているかのようだが、上映期間中に迎える5月3日が、現行憲法で迎える最後の憲法記念日にならないように、井上はこの映画に次のような思いを込めている。
 
 憲法は誰のためにあるのか。憲法は誰のために生まれたのか。その「誰」には、生者のみならず、戦争の犠牲になった死者たちも含まれるはずだ。いまはただ、ひとりでも多くの届かない「誰」かに届くことを願うのみである。
 
(TEXT:加藤梅造)
 
【INFORMATION】
ポレポレ東中野にて上映期間中トークイベント開催!(すべて10:30の回上映後)
4/27(土)【初日舞台挨拶】 ゲスト:渡辺美佐子(本作出演・女優)×井上淳一(監督)
4/29(月) ゲスト:PANTA (本作音楽・頭脳警察) ※ミニライブあり
5/1(水)【天皇即位の日】 ゲスト:鈴木邦男(評論家・一水会顧問)×井上淳一(監督)
5/2(木) ゲスト:渡辺美佐子(本作出演・女優)×井上淳一監督
5/3(金)【憲法記念日】 ゲスト:馬奈木厳太郎(本作製作・弁護士)×井上淳一(監督)
5/4(土) ゲスト:堀潤(ジャーナリスト)×馬奈木厳太郎(本作製作・弁護士)
5/7(火) ゲスト:前川史郎(「原水協通信」編集長)×井上淳一(監督)
5/9(木) ゲスト:松元ヒロ(スタンダップコメディアン)×井上淳一(監督)

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