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【イベントレポート】音楽航路Vol.2 〜ベルウッド・レコードと荻窪ロフトの時代〜 @Rock Cafe Loft ベルウッド・レコードはアシッド・レーベル?

2018.11.12

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(写真左:加藤梅造 三浦光紀 平野悠)

LOFT創設者 平野悠 本人が身を乗り出して”音楽を語る”このイベント。ロックカフェロフトで開催している音楽航路シリーズ!

10月29日(月)に第2回を迎えました。

前回に続き、聞き手・DJは、LOFT現社長 加藤梅造。

そして、今回のゲストは 音楽プロデューサー 三浦光紀 さん!

ベルウッド・レコードの生みの親にして、レーベル業界の異端児(?)。

イベントでは終始、落ち着いた口調と柔らかい仕草で、トークを進める三浦さんの姿が印象的でしたが。はっきりと声に出したのは、この尖った気持ち。「僕は、商業主義の犬が作ったようなレコードを作るのはやめようと思って。」そう、ビシッと一言。…格好良い!! 僕の脳に、うんと刺さりました。お客さんも、思わずニッコリ。みなさん、納得した表情で笑います。

ベルウッド・レコードの”第一期”を中心に広がる今回のトーク。高田渡の「しらみの旅」から始まり、はっぴいえんど、あがた森魚、はちみつぱい、矢野顕子…。そして、高田漣の「文違い」にたどり着きます。

終演後のフリートークは、お客さんも交えて盛り上がりました。

みんなベルウッド・レコードが大好きなんです! ほうずりもクスクスとこぼれ落ちそう。

さて。今回のトークテーマは「ロフトに所縁のあるベルウッド・レコードの音楽」について。2時間のトークに、12曲のセレクト。最後にはベルウッドのこれからについて話していただきました。

今回、トークの一部をここで公開します! 必読です。

・ロフトとベルウッドの関係って?

・あがた森魚のロック

・アメリカから持ち帰ったサイケデリック

・「もう、音はサイケデリックじゃなきゃダメだなと。」

・「JAPANESE GIRL」アメリカレコーディングと平野悠

・高田蓮とベルウッドレコードこれから
 

ロフトとベルウッドの関係って?

平野:今日のメインパーソナリティーは、ハイ!三浦さん。三浦光紀さん。三浦さんはよく分からないけど、何した人だっけ。」

会場:(笑)

加藤:三浦光紀さん、よろしくお願いします!

三浦:三浦です。今日はありがとうございます。ロフトとベルウッド・レコードはすごく縁が深いんですよね。1974年からベルウッドのホーボーズコンサートに出てくだっさった人たちをみんな、平野さんが面倒みてくれたんです。もとは1973年の1月から12月までの間に、池袋のシアターグリーンで、ホーボーズコンサートを毎月1回やっていて。それで、その年に僕が辞めるハメになったもんですから、あとを引き継いでもらいました。それから、平野さんにはずっとお世話になっていて、今日まであるというわけです。よく生き残ってるよね、しかし(笑)。

平野:47年もやってるんだよ、こんなこと! なんだかよく分からない。

三浦:失敗の連続で生き残るって素晴らしいです、うん。だから、今日はロフトに関係のある人を中心に音楽を聴いてもらおうかなって思ってます。

平野:うん、それでね、72年の時にね。俺たちはずっと音楽を聞いていたわけじゃないですか。日本語ロックなんてないって言われてる時代で。英語で歌わなければ世界に通用しないって言われていた、縛りのあった時代。そこいらで、俺たちは好きな日本語で歌うんだよ!そうやって出たのがはっぴいえんど。それを拾ったのがあんたでしょ。すっごいんだよな、これが。

あがた森魚のロック

三浦:僕がベルウッド・レーベルを作ろうと考えている時に、大瀧さんはフィルスペクターの音作りの話をしてくれて。高田渡さんからはフォークウェイズを研究するように勧められたんです。それで、僕はやっぱり、言葉とサウンドが重要なんだなと思った。で、僕は当時、アメリカの知性と言われていたヴァーヴァンク・サウンドにハマっていたので、それをベースに音作りをやろうと考えました。

会場:あ〜。

三浦:うん。あと、その頃、はっぴいえんどの他にもう一つバンドはいないかなと探していてね。それで、僕が録音してきた、第3回 中津川フォークジャンボリーの音源を聴いていたところに『赤色エレジー』が流れてきたんですよ。僕は、ショックで。こんなボーカルはなんなんだ!と。それであがたさんに声をかけたんですよね。そこから、はちみつぱいとか、あがたさんとか、友部さんに恭蔵さんとか、みんなが僕のうちに出入りするようになって、いろんなレコードを聴いて。当時一番ハマってたのは、フェアポート・コンヴェンションだったんです。あがたさんのアルバムを作る時にはそのサウンドが頭から離れなくて。そこから作ったのがこれから聴いてもらう『大道芸人』です。

ーあがた森魚「乙女の儚夢」より「大道芸人」

三浦:やっぱね、あがたさんってロックなんですよ。だってこれ完全にサイケデリックだもん。とにかくこの人にしか出せないボーカル。とんでもないなと思いましたね。

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平野:俺がよく覚えてんのは、下北ロフトであがたがやった時だね。

三浦:『日本少年』の?

平野:いや、その前。『赤色エレジー』が大ヒットした頃。その頃は、ロックもフォークも市民権も何もない、ほんの一部の人が聞くだけのサブカルの時代。そこで、初めてウチで記者会見をやった。」

三浦:やりました、記者会見やったんですよ(笑)。

平野:あの頃は、僕らの扱うミュージシャンで女性誌に乗るなんてのはあり得なかったよね。

三浦:うん、いなかった。

平野:それで、あがたがヨレヨレのジーパンに、下駄履いてくるんだよ(笑)。記者会見にね。それで、みんなに『やっぱりサブカルですね。』って言われたのをよく覚えてますけどね。

三浦:あれ、意識して下駄はいたんじゃなくて。あれしかなかったんですよ。

平野:だからね、むちゃくちゃなんだよ(笑)。

アメリカから持ち帰ったサイケデリック

三浦:これから聞くのは、はっぴいえんどのアメリカレコーディングの中から鈴木茂さんが作った『さよなら通り3番地』。僕は『録音をとにかくアメリカでやろうと。』大瀧さんに言ってね。彼らはそこでヴァン・ダイクとリトル・フィートに会って、覚醒したし。僕にとっても思い出深い曲です。

ーはっぴいえんど「HAPPY END」より「さよなら通り3番地」

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平野:それまでのはっぴいえんどのミキシングにはこういうのなかったよね。すごくファンキーな感じがしてる。

三浦:そうですね。今まで流した音を聞いてもらって分かると思うけど、ほとんどサイケデリックなんだよね。海外ではベルウッドはアシッドレーベルで通っているし。

もう、音はサイケデリックじゃなきゃダメだなと。

三浦:この話してもいいかなって思うんだけど。僕、大学生の頃、よく新宿のディスコに踊りに行ってたんですよ。そこで知り合った黒人の方が、ベトナムの脱走兵だったんですね。彼にベトナム戦争のことを聞いたら、僕が想像していた戦争ではなくて。有色人種は最前線に配属されて、とにかく敵味方なんて分からない。その恐怖を和らげるために、コカインとかLSDをやっていて、夜は眠れないから、マリファナを吸って寝る。そんな話を聞いたら、どういうものかって興味持ちますよね。そしたらね、LSDをくれたんですよ。

会場:(笑)

三浦:それでね。当時は、1968年の頃はLSDは禁止されていなくて。禁止されていないならいいかとやってみたら、今まで、聞いてた音はなんだったんだってくらいに、音が全く違って聞こえたんですよ。そこから僕の人生は変わっちゃった。もう、音はサイケデリックじゃなきゃダメだと(笑)。

一同:ハッハッハッ(笑)

三浦:それで、レコード会社に入って日本の歌謡曲とかグループサウンズを聞いたら、なんだこの音はと。やっぱり、あの音を再現するにはレーベルを作って、自分の思うミュージシャンと一緒にやらなきゃいけないなと思ってね。僕にとってLSDは、人生を変えてくれた、恩人です(笑)。

平野:壊れたって言った方がいいんじゃないですか?(笑)。」

(三浦さんが笑い、頷く。)

三浦:それでね(笑)、これから聞いてもらうのは細野さんの『薔薇と野獣』。僕は、細野さんとこのアルバムのシングル盤は何にするかって話したときにね、『恋は桃色』がいいんじゃないかなと思っていたんですけど。細野さんはこの『薔薇と野獣』が一番気に入っていましたね。

ー細野晴臣「HOSONO HOUSE」より「薔薇と野獣」

平野:三浦さん。こんな難しい、サブカル作って売れると思った?!

三浦:うーん。商業主義の犬じゃないからね、僕は。文化的価値のあるものを作りたいと思ってました。

平野:偉そうにまたもう(笑)。

三浦:やっぱり、その中心は細野さんですよ。細野さんが日本の音楽を作ってきた。人間国宝は細野さん。間違いない。これは時代が経てば経つほど分かりますよ。

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「JAPANESE GIRL」レコーディングと平野悠

三浦:アッコちゃんにはベルウッドのホーボーズコンサートにも出てもらっていて。高田渡さんの『自転車にのって』のコーラスまでやっているんですね。当時は鈴木顕子です。だから、ベルウッドなんですよ、名前が。鈴木ですから。

会場:お〜〜!

三浦:それで、このアルバム(「JAPANESE GIRL」)。アッコちゃんと海外でレコーディングしようって話をしたら、最初、ザ・バンドとやりたいって言うんですね。で、バンドは75年の時には解散するって噂があったんで、僕は、『バンドよりも良いバンドがいるよ。』と。そう言って聴かせたのが、リトル・フィート。そしたら、『私もこっちの方がいい。』って。それで、彼らに音を送ったら、一緒にやってもいいことになりまして。ロサンゼルスまで行きました。そこに平野さんも一緒についてきてるんですよね。

会場:??(笑)

三浦:アメリカ行ったことなかったんですよね?(笑)

平野:おいら27歳ですからね、アメリカ行ったことないんだよ。アメリカ行きたくってしょうがなくってさ。要するに、この連中についていけばどうにかなるって思って。でも、俺はスタジオなんかほとんど行かなくって、ピンク映画ばっかり観てて。すごいんだあ、あの頃のイッチバンのハードコアエロ映画。だから、俺はあんまりアッコちゃんのレコーディングには付き合ってないんだよ。

会場:(笑)!

ー 矢野顕子『JAPANESE GIRL』より『気球にのって』

三浦:日本に帰ってから、T・ボーン・バーネットに送ったんですよ、このアルバムを。聴いてショックだったって言っていましたね。

高田漣とベルウッド・レコードのこれから

三浦:なんで漣チャンが最後なのか。僕は、『ナイトライダーズ・ブルース』で出している漣チャンの音が、ベルウッドの将来の音だと思うんです。それに、このアルバムを細野さんに聞かせた時に、『大滝のデビューアルバムを連想させる。』って話していて。漣ちゃんはベルウッドの申し子なんですよ。お母さんの腹のなかにいる頃からベルウッドに出入りしてたから。

平野:(笑)

三浦:漣ちゃんは加川良さんのアルバムで、赤ん坊の時の声が入ってるんです。(ー 曲は「子守唄を歌えない父親たちのために」)そこで、デビューしている。だから、僕の後、もしベルウッドをやるのであれば、漣ちゃんに引き継いでもらいたいなと思っています。これから、流す曲は「文違い」って曲なんですけど。このバックやってるのが、細野さんと茂さんと林さんなんですよ。お父さんは、細野さん、茂さん、松本さん、大滝さん。40年以上経って、この曲に繋がったという、一つの大河のような流れがある。それを是非ここで聴いていただきたい。

平野:つまり最後に仕掛けたのが漣ちゃん?

三浦:そう、漣ちゃん。聴いてください。

ー高田蓮「ナイトライダーズ・ブルース」より「文違い」


そして、トークの終了後は 質問・フリートーク。


たくさんの方がマイクを片手に、自分の思うことを話しました。

「ほら、他に話したい人いないの。遠慮するのは勝手なんだけどさぁ。」と、悠さんは一言。

ここでドッと会場を沸かせたのは、シュガー・ベイブをバックバンドに、大瀧詠一の曲を歌った経験のある方の話。当時の荻窪ロフトを思い出し、「懐かしさの極みで聞いてました。」とニコリと笑ったその方は、大瀧詠一さんの「誰か僕の曲をここで歌わないか。」という誘いに応えて、「楽しい夜更かし」の替え歌を歌ったそうです…! 貴重なお話をありがとうございます。

余談ですが。この時、サイケデリックな爆音とお酒に心臓をバクバク鳴らせていた僕は、いざ、マイクを振られても、「あの..! すっごく感動しました!」なんて、アガってモノが言えない始末…。もっと伝えたいことはあったんだけどなぁ。悔しい。…でも、あぁ、そうか。きっと! 感動が全て。直接伝えることができて嬉しいです。

その帰り道はなんとなく「風来坊」を聴きながらJRに向かいました。歩幅は広くなって、少し大股に、「ふ〜・らい・ぼ〜♪」このリズム!

レポートの締めとして、今回、三浦さんに選んでいただいた12曲を下に紹介します。

次回の「音楽航路vol.3」は12月5日(水)ゲストは 音楽評論・翻訳家の 室矢憲治 さん!

是非、Rock Cafe Loftにお越しください! また、お待ちしています!

【プログラム】

 音楽航路Vol.2  〜ベルウッド・レコードと荻窪ロフトの時代〜

1.高田渡「しらみの旅」

2.大瀧詠一「びんぼう」

3.あがた森魚「大道芸人」

4.はっぴいえんど「さよなら通り3番地」

5.細野晴臣「薔薇と野獣」

6.はちみつぱい「夜は静か通り静か」

7.加川良「かかしのブルース」

8.矢野顕子「気球にのって」

9.高田漣「文違い」

フリートーク

10.はっぴいえんど「さよならアメリカ さよならニッポン」

11.あがた森魚「僕は天使ぢゃないよ」

12.友部正人「一本道」

文・ 指中晶夫 (ネイキッドロフトスタッフ)

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