Rooftop ルーフトップ

INTERVIEW

トップインタビュー島キクジロウ(the JUMPS / 島キクジロウ & NO NUKES RIGHTS)×ISHIYA(DEATH SIDE / FORWARD)×遠藤妙子「"REAL VOICE REBEL ON" コロナ禍の時代に響かせなければいけない音楽、叫ばなければいけない言葉とは何か」(前編)

コロナ禍の時代に響かせなければいけない音楽、叫ばなければいけない言葉とは何か
【前編】“社会に逃げるな、自分と闘え”から“自分に逃げるな、社会と闘え”へと変化した時代に

2020.10.07

ROCK'N'ROLLERにしてROCK'N'LAWYER(LAWYER=弁護士)、島キクジロウ。DEATH SIDE、FORWARDで国内外のハードコアに影響を与え続けるISHIYA。
Rooftop編集長から配信トークライブの話をいただき、この2人の話を聞きたい! この2人を対談させたい! 生の声を聴いてもらいたい! と去る7月14日に島キクジロウ氏とISHIYA氏を招いてトークライブの配信を敢行! コレがまさに2人ならではの濃い話で大変面白く興奮。このままではもったいない! と、ここに再現。ご視聴された方も改めて読んでいただけたら嬉しいです。
個々のやり方で権力と闘え。個々のやり方で繋がっていけ。(text:遠藤妙子)

*この記事は2020年7月14日(火)に下北沢Flowers Loftで行なわれた無観客配信トークライブ『ロフトーク〜島キクジロウ×ISHIYA "REAL VOICE REBEL ON"〜』を再構成したものです。

2人の自主企画『JUST A BEAT SHOW』と『BURNING SPIRITS』

遠藤:ロフトーク、ルーフトッププレゼンツ『REAL VOICE REBEL ON』、始まりました。タイトルは響きでつけて文法的にどうなのか分かりませんが「反逆者の真実の声」って感じで。ライターの遠藤妙子です。今日はあたしが絶対にやりたい対談ってことで、島さんとISHIYAさんというすごい2人を。まずは島キクジロウさん。

島:島です。よろしくお願いします。

遠藤:ISHIYAさん。

ISHIYA:ISHIYAです。とりあえずビールください(笑)。

遠藤:島さんはthe JUMPS、島キクジロウ& NO NUKES RIGHTSで活動するバンドマンであり、原発メーカーや国と闘う弁護士でもある。ISHIYAさんはDEATH SIDE、FORWARDのボーカリストとして日本のハードコアを牽引し、海外にも多くのファンがいる。またライターとしても活躍中。そんなお2人に話を聞きたいわけですが…、今コロナ禍で、生活の中に政治がグイグイ入ってきてることをみんな実感していると思うんです。音楽は政治と関係ないとか言ってられなくなってきた。ジャンルを超えたレベルミュージックが必要という感じにもなってくるのではないかと。そこでずっとレベルミュージックをやっているお2人に、どうやって貫いてきたのか。どんなふうにレベルミュージックをやるようになったのか。これまでと今とこれからを、音楽と社会のことを軸に、伊藤耕さんの裁判についてもお伺いしていきたいなと。ふぅ~、喋りきった(笑)。よろしくお願いします。お2人は面識は?

ISHIYA:俺は昔、『JUST A BEAT SHOW』を観に行ったことがあります。

島:そうなんだ? 場所は?

ISHIYA:屋根裏だったかな。グレリチ(グレイトリッチーズ)、THE TRASHが出るんで行ったんです。

島:屋根裏って渋谷のでしょ。

ISHIYA:そうそう、渋谷です。

遠藤:『JUST A BEAT SHOW』は島さん企画でthe JUMPSが中心バンドで。なんと今も続いてるんですよね?

島:基本的に2002年の300回で一区切りつけて…。

ISHIYA:300回!

島:そこで一応終わりにしたんだけど、その後、たとえば震災の後に石巻でやったり、なんか特別な意味のあるときだけやろうかって。そんな感じですね。

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遠藤:当時からのバンドもしぶとく残ってますもんね。あたしは同世代だから嬉しい。

島:しぶとい奴ばかりでびっくりするよね(笑)。ISHIYA君は何年生まれ?

ISHIYA:俺は1967年です。

島:じゃ、俺と5つ違いか。観に来てくれた頃は高校生?

ISHIYA:高校は途中でやめちゃったんで。年齢的にはそれくらい。18くらいです。何度か行ってますよ、たぶん。

遠藤:ISHIYAさんも企画といえば『BURNING SPIRITS』。

ISHIYA:始めたのは1988年かな。最初は鉄アレイと。企画は俺とカツタでやってたんです。2人でやるときもあれば各自でやるときもあり。前は月1回でやってたんだけど、今は年3回くらいかな。毎年8月に新宿LOFTで『BURNING SPIRITS~CHELSEAの日~』ってCHELSEAの命日にやってるんだけど、今年はコロナ禍でライブじゃなくてトーク配信で…。

遠藤:なんかすごい大勢集まるんだよね。ISHIYAさんが司会進行? 大変だぞー(笑)。

ISHIYA:打ち合わせからメチャ楽しい(笑)。まあ、ライブできなくて残念だけど。

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島:『BURNING SPIRITS』はもともと新宿ANTIKNOCKで?

ISHIYA:最初はANTIKNOCK。それからはもういろんなとこでやってます。基本的にはANTIKNOCKとLOFT。

遠藤:『JUST A BEAT SHOW』は渋谷屋根裏からスタート?

島:いや、ホントの最初は新宿ACB。当時は新宿Rock Club ACBって名前だったの。5階くらいにあって。

ISHIYA:5階に? へー。

島:THE MODSが3DAYSだか4DAYSだかをやったときに、初日で床が抜けそうになって、下の階がビリヤード場でさ、抜けるー! って大騒ぎになって(笑)。

ISHIYA:それで今の地下に移ったんだ?

島:それがきっかけみたい。俺がACBに行ったのは、1982年、19歳だったかな。デモテープ持ってってライブをやって。ACBから、「オマエはもうちょっと勉強したほうがいいから、タダにしてやるから毎日ライブ観に来い」って言ってくれて。

ISHIYA:いいねえ。昔のライブハウスってそういうとこあったんだよね。

島:定期的にやるようになって。ライブのタイトルつけなきゃって『JUST A BEAT SHOW』ってつけて。そんなこんなでACBでやってたんだけど店長が変わり、俺らもACBではやらなくなり。ちょっと間があいて渋谷の屋根裏でやるようになった。で、改めて『JUST A BEAT SHOW』のイベントの趣旨を考えよう、俺たちのやり方を考えていこうってなって。渋谷の3回目くらいでTHE BLUE HEARTSが出て。

 

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