Rooftop ルーフトップ

INTERVIEW

トップインタビュー【Brain Police Road to 50th Anniversary PANTA(頭脳警察)暴走対談LOFT編】第7回 町山智浩(映画評論家)×切通理作(評論家)【前編】 - PANTA、「元祖オタク」に認定! 衝撃のアフター6の壮絶なアフタートーク!

PANTA、「元祖オタク」に認定! 衝撃のアフター6の壮絶なアフタートーク!

2019.04.10

 今年の12月に結成50周年を迎える頭脳警察。PANTAと縁の深い面々をゲストにお招きし、頭脳警察とPANTAの知られざるエピソードを明らかにする連載対談の第7回は、米国カリフォルニア州バークレー在住の映画評論家・町山智浩、ポップカルチャーを幅広く評論する気鋭の論客・切通理作が登場。映画、バイク、戦闘機、果てはPANTAの父親の謎の仕事に至るまでテーマは乱脈を極め、暴走対談LOFT編史上もっとも暴走っぷりの激しい縦横無尽トークが炸裂した奇跡の一夜をここに再現します。(構成:椎名宗之)

今拓海がつないでくれた縁

──TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の「ビヨンド・ザ・カルチャー」で町山さんが頭脳警察の魅力を思い入れたっぷりに語ったこと(2018年12月3日放送、「町山智浩 presents もうすぐ結成50周年!『頭脳警察』歌謡祭2018」)が今回の対談につながったそうですね。

PANTA:うん。自分もリアルタイムで番組を聴かせてもらったけど、すごかったね。民放のラジオで夜の8時に「世界革命戦争宣言」がかかっちゃうんだから(笑)。

町山:「戦争しか知らない子供たち」も「銃をとれ」もかけました(笑)。

切通:「世界革命戦争宣言」はラジオで流れることはおろか、聴くこと自体が大変だったじゃないですか。

PANTA:ホントだよ。TBSラジオの局長のクビが飛ぶんじゃないかとヒヤヒヤしたね(笑)。

切通:曲をかけて何の問題もなかったんですか?

町山:うん。何の問題もなかったのが逆に怖いね(笑)。

PANTA:町山君とは今日が初対面で、いつかじっくり話をしてみたいと思っていたんだよ。

町山:実は僕、PANTAさんとは何回かお会いしてるんです。

PANTA:エッ、ホントに!? それは失礼しました(笑)。

切通:町山さんが『宝島』の編集者時代、PANTAさんにインタビューをされてるんですよね。

町山:そう、『反逆の軌跡』の頃に。インタビュー記事は無署名だったんですけどね。当時の僕はまだ大学を出たてで、インタビューするにも『ミュージック・ステディ』の初代編集長だった市川清師さんや『宝島』の編集長だった関川誠さんといった偉い方に横に付いてもらっていたんです。だからPANTAさんは僕のことをバイトの小僧だと思っていたんじゃないでしょうか(笑)。

──切通さんとPANTAさんにはどんな接点があったんですか。

切通:最初にお会いしたのは、今拓海さんというライターを介してですね。今さんがPANTAさんのファンクラブの会報に『R☆E☆D(闇からのプロパガンダ)』の詞に出てくる単語についての解説を書いていたり、自費出版で『クリスタルナハト』の用語集を作っていたんですよ。僕は高校時代からPANTAさんが好きで、でも『クリスタルナハト』にしても一度聴いただけじゃわからない言葉がたくさん出てくるんですね。それがどういう文脈のどういう言葉なのかを今さんが解説していたんです。町山さんがアメリカへ発つ送別会で今さんと初めてお会いして名刺交換したら、『クリスタルナハト』の用語集を書いていた人だ! と意気投合しまして。その後、たまたま今さんの紹介でPANTAさんとお会いできたんですが、その時にPANTAさんが『エヴァンゲリオン』の話をバンバンしまくっていたんです。それで当時進めていた『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』という『エヴァンゲリオン』の評論本にPANTAさんの章を作らなきゃと思って、今さんにライターになってもらって、PANTAさんに共著者になっていただいたんです。そう言えば、町山さんもラジオで「『エヴァってPANTAっぽいよね』とPANTAさんのファンがよく言う」と話してましたよね。

町山:うん。ナチのオカルティズムとかグルジェフの超人思想とか、そういう世界に近いって言うか。

切通:エヴァがブームになった頃、『エヴァンゲリオン用語集』とか無版権でいろんな著者が出していたじゃないですか。あの一連の本は今さんが書いていた『クリスタルナハト』用語集にそっくりなんですよ。

町山:今さんはものすごいオタクで、とにかく調べることが大好きなんです。ストーンズでも一冊本を出しましたけど(『ザ・ローリング・ストーンズ〜「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の聴き方が変わる本』)、それは完全に陰謀論なんですよ。ストーンズの歌詞を深読みしすぎて、全然違う話になっちゃってる(笑)。

切通:今さんは、PANTAさんの「ネフードの風」を聴いてパレスチナの取材に行くことを決意したんですよね。

PANTA:アラビアのロレンスの研究のために、ずっとロンドンに住んでいてね。

町山:実は僕がアメリカへ行くのを決めたのも、今さんに留学を勧められたからなんです。全然英語ができなかった今さんがいきなりイギリスへ行って、いつしか英語で取材ができるようになったと聞いて、「まっちゃんも向こうへ移住したほうがいいよ」って言われて行くことにしたんですよ。

PANTA:今拓海がイスラエルへ行った時、彼が銃を持った現地の兵士とケンカしちゃってさ。それを止めたのがカメラマンのシギー吉田なんだけど。

切通:「ネフードの風」を発表した頃のPANTAさんはたしか日本を出たことがなかったんですよね?

PANTA:なかったね。会いたかったらそっちから来いという毛沢東思想で生きていたから(笑)。

切通:面白いですよね。PANTAさんがネフド砂漠のことを想像で書いた曲を今さんが聴いてパレスチナへ取材に出かけて、その後にPANTAさんがイラクへ行ったわけですから。

PANTA:アンマンからバグダッドまで1,000キロの道程をGMCで移動した時、「ああ、これがネフド砂漠か…」と感慨に耽ったんだけど、全然ネフド砂漠じゃなくてさ(笑)。だけど月がすごく大きいのが印象的だった。砂漠じゃなくて土漠だったけどね。

町山:今さんは3年前(2016年)に肝硬変で亡くなったんですけど、僕らがこうして集まれているのは今さんがつないでくれた縁ですよね。

PANTA:彼のことを話さないと話が進まないよね。

切通:今さんの追悼会でもPANTAさんが「ネフードの風」を唄われましたね。あれはとても感動的でした。

このアーティストの関連記事
松本ロフト
LOFTX Koenjoy
ロフトアーカイブス
復刻
lpo
lpo