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INTERVIEW

トップインタビュークボケンジ - かの地・富士吉田にて出張遠征するメレンゲクボのソロライブ『クボノ宵』。その真意を語る

かの地・富士吉田にて出張遠征するメレンゲクボのソロライブ『クボノ宵』。その真意を語る

2019.03.02

 メレンゲのクボケンジが不定期に行なっているソロライブ『クボノ宵』。彼の歌とギターを中心にサポート等も交えてプレイされるこのライブは、アコースティックスタイルでのライブとトークが楽しめることで、メレンゲとはまた違った趣きもあり人気も高い。
 普段のライブ会場とは違い、カフェ等の身近な距離で伝えられるアットホームさも魅力な同イベント。今回はその出張版『夕方5時のチャイムからのクボノ宵~supported by 路地裏の僕たち』が山梨県富士吉田市民会館にてななわれる。富士吉田と言えばクボとも大変親交の深かったフジファブリックの故・志村正彦の生まれ故郷。クボも毎年、志村の墓参りを欠かさないと言う。その辺りの所縁も含め実現した今回のライブ。通例の『クボノ宵』が、かの地でどのような趣きと融合を魅せるのか? 興味もつのる。
 そんなクボに今回の出張公演について。彼にとっての志村や富士吉田という街について。そして、そこで行なうことの意味や意義、意気込み等を深く濃く語ってもらった。[Interview:池田スカオ和宏]

発端は「フジファブリックの志村の両親や友人たちにも是非『クボノ宵』を観てもらいたい」だった

──まずは、なぜ今回、『クボノ宵』を山梨県の富士吉田で演奏することに至ったのか? から教えて下さい。

クボ:富士吉田は、とても仲の良かったフジファブリックの志村の生まれ故郷でもあるじゃないですか。実は僕、毎年彼のお墓参りに行っているんです。今年で9回…。その際に志村の実家にも伺わせていただくこともあったりして。

──お墓参りはお一人で?

クボ:一人の時もあれば、志村とも仲の良かったギタリストの曽根(巧)君と一緒に行ったりとまちまちですね。行った際に、志村のご家族や知人の方にもご挨拶をしたり、その時に自分の近況等も伝えているんです。そんな中、「ここ何年か一人でも弾き語りやライブを行なったりしている」的なお話しもしていて。対して向こうのご両親も「観に行きたいなぁ…」なんて返してくれたりして。僕もお父さんやお母さんにも実際にそれを是非観ていただきたい気持ちは常にありつつも、いかんせん東京まで来ていただくのも忍びなくて。それもあり、「この辺りでも出来る場所があったら是非やりたいですね」なんて話をしていました。

──では、クボさんの想いとしては…?

クボ:富士吉田まで行き『クボノ宵』を演奏する。その気持ちが強いです。『クボノ宵』は身軽でフットワーク軽くどこでも行きやすいですからね。「やれる場所があるなら是非やってみたい!!」そんな気概でした。富士吉田はいい街だし。好きだし。

志村には自分の精神状態等を頼っていた面が多いにあった

──志村さんとクボさんは、生前よりかなり深い間柄でしたもんね。元レーベルメイトでもあり、ライブもよく一緒にやっていたし。

クボ:お陰様でかなり仲良くさせてもらっていました。勿論そんな繋がりもあり、なにかの縁を感じて今回は行なう面もあります。

──クボさんにとって志村さんはどのような存在でしたか?

クボ:年齢は違えど同級生感覚でつきあわせてもらっていました。当時は自分の精神状態等を頼っていた面が大きかったし。それは亡くなってから気づいたことでしたが…。

──それは主にどの辺りが?

クボ:相談とか愚痴をこぼしたりとか…。それが気安くできた数少ない友人でした。お互い同じ境遇だったし…。

──「同じ境遇」…ですか。

クボ:僕らはバンドでは作詞/作曲を担当していたし、ボーカルだし、どうしてもスポークスマン的な存在やバンドを背負っている立場や立ち位置じゃないですか。その辺りで凄くシンパシーを感じていました。志村以外には、そこまで色々と話したり、愚痴をこぼしたり、相談する相手はいなくて。基本、友だちが少ないので、僕(笑)。

──同じ立場や境遇だからこそ分かり合える部分もあったでしょうね。

クボ:そこで話して救われたり、楽になったことも多々ありました。なので、亡くなって以降はガクッとなりましたもん。凄くしんどくなった。以降、自分の中でも丸々生き方自体変わりましたから。

──それはどのような変化が?

クボ:“ああ、もうこれからは自分一人で色々な問題を解決していかなくちゃならないのだな…”って。

──逆に一人で生きていかなくちゃと強くなったりは?

クボ:勿論、そういった面も芽生えさせてはくれましたが、彼が居なくなってしまったことで、一人で考えることも増えたので。ホントにしんどくなる部分も大きくなって。志村が亡くなって以降、彼のような自分の心の拠り所になってもらえる存在のミュージシャン仲間は、今のところ自分の中では現れてないですね。

──ミュージシャンとしての志村さんはいかがでしたか?

クボ:大好きでした。尊敬していたし。いかんせんあの才能は羨ましかった。稀な才能を持っているヤツだな…とはずっと感じていて。でも、一緒にいる時はホント、普通の友達関係でしたよ。一緒に買い物に行ったり、「メシ行こうや」「呑み行こうや」的な間柄でしたから。SONG-CRUX(ロフトプロジェクト内のインディーズレーベル)でレーベルメイトになって以降ですけど。僕らロフトで出会った者同士ですから。

一時は「これから何を歌ったらいいのか?」も分からなくなってしまったぐらいのショックだった

──メレンゲでもクボさん個人でもかまいませんが、志村さんの言葉で何か印象深かったことはありますか?

クボ:僕らが志村に抱いているフジファブリックのメロディラインや独特性ってあるじゃないですか。対して、実は彼はけっこう正当なメロディラインを好んでいたのが印象深かったですね。僕と志村の作る楽曲ってわりと対照的だったりするじゃないですか。そんな中、当時の僕らの作る音楽を、「いいなぁ。俺もこういった正統的なメロディラインを描けたらな…」なんて言ってくれていたんです。

──そこで惹かれ合ったりしていたのでは? 無い者同士と言うか…。

クボ:今振り返るとそうだったのかな…って。僕からしたら志村の作るメロディラインって誰にも真似が出来ないぐらいのオリジナリティがあって個性的で。あれが作れたのはあいつしかいなかっただろうし。逆に俺みたいなメロディラインを羨ましがってくれるなんて、人間分からんものだな…って。当時は「何を言っているのだろう、こいつは(笑)」なんて感じで話しを聞いていました。意外でしたが、普遍的なものに対する憧れが強かったのかもしれません。実際、それに向けて努力もしていたし。

──割と後年はその辺りのテイストも現れ出した曲も多く出されていましたもんね。

クボ:当時は「あの頃に話していたことを形にしだしたな…」なんて、それらの曲を聴いていました。

──ライブも頻繁に一緒に行ってましたよね、主に初期の頃になりますが。

クボ:一番想い出に残っているのは、亡くなる3か月ぐらい前に、僕らのワンマンの際にゲストで出て1曲一緒に歌ってくれたことがあって。あれは志村からいきなり連絡が来たんです。「出演して僕の曲を歌いたい」と。それまでそんなこと一度も無かったですからね。シークレットとして、アンコールの前ぐらいに出て歌ってもらったんです。ホントあの時にそんなことを言ってくれたのが今でも不思議で。僕がその春に「うつし絵」って曲をリリースしたのですが、その曲を驚くぐらい誉めてくれて。「凄く良い」って。

──では、ライブではその歌をご一緒に?

クボ:いや、そうではなかったんですが。当初は「それを歌いたい」的なことを言ってくれて。結局、当日は違う曲を一緒に歌いました。でも、「ライブには絶対参加したい!!」と強く言ってくれて実現したのが印象深いです。それからその1ヵ月後ぐらいにフジファブリックとロフトで2マンを行なって。それが11月で。で、12月には亡くなってしまったので…。それまではお互い自分たちの活動もあり、なかなか昔ほど接点が持てなくなってきたのに、その3ヵ月が逆に凄く濃厚で。なんか昔みたいな感じが蘇ってきた、「じゃあ、これからまた一緒に!!」なんて思っていた矢先の出来事でしたからね。自分としても驚いたのと同時に、再び一緒に色々と出来た、あの3ヵ月が不思議でした。「えっ!? この前まで元気やったやん!!」って。それ以降、僕自身、音楽を作るのもしばらくはしんどくなってしまいましたから。

──それは?

クボ:親友と呼べる人間が亡くなるなんて経験、それまでしたことがなかったんです。いなくなって精神的にホント困りましたね。あの時ほどの失った感じや喪失感は今の所ないです。逆にそれ以降、ショックや衝撃に対して不感症になっちゃった部分もあったりして。それこそあの時は、「これから何を歌ったらいいのか?」も分からなくなっていましたから。これまで、愛だ、恋だを歌ってきたのが、ふと気づくと、今、そんな感情無いじゃんと我に返ったり。そこから死生観みたいなものを考えるようになっちゃったんです。実際、当時はそっち方面の楽曲もありましたから。ああいった曲は、自分とガチで向き合う中からじゃないと生まれない側面もあるので、そう数多くは作れない。

──そこからの復帰は?

クボ:立ち直るのにはかなり時間を要しました。お陰様で今ではそれまでと変わらない感じまで持ち直しましたけど。本当に当時はしんどかった。「俺はこの先、どういったことを歌ったらいいのだろう…?」とまで行きましたからね。

基本はいつもの『クボノ宵』を富士吉田でやる気概。そこまで特別なことは、あえてやらないつもり

──実際に会場の富士吉田市民会館を下見されていかがでした?

クボ:椅子席で映画館みたいな会場で。普段の『クボノ宵』の会場の雰囲気とはまた全然違った雰囲気なので緊張しそうです(笑)。普段の『クボノ宵』はライブハウスやカフェでやっていますから。見られている感もですが、市の施設みたいなところで演奏する独特の緊張感はあります。公共の施設を使った『クボノ宵』。それはそれで不思議な感覚ではありますね。できるだけキチンと変な感じにならないようにしたいなと(笑)。

──タイトルの『夕方5時のチャイムからのクボノ宵』もいいですね。

クボ:そこでやるよって意味を含め、このタイトルにしました。でも、やるのはお昼の2時ぐらいからなんです(笑)。基本は普段やっている感じを富士吉田でもそのまんまやりたいなと考えているので、そこまで特別なことは、あえてやらないつもりです。勿論、当日は志村の曲やまつわる曲、彼とのエピソードを話したりするのかもしれないけど、基本的には、それをやりに行くわけではないので。

──では、「クボケンジ、志村正彦を大いに歌う」的な内容ではないと。

クボ:そうです。親友・志村の育った街で、クボケンジがソロのライブを行なう。そんな認識でお願いします。そこは勘違いして欲しくないことも含めて強く言いたくて。あとは是非、僕の音楽を好きな人にも一度富士吉田という街に来て欲しいというのもあります。自分の親友だった男が育った所を一緒に見てもらいたい。もちろんその逆に、志村を通して僕を知ったり、好きになってくれた方もいると思うので、そういった方も是非。夕方までには終わるので、土曜日だし、そのあとは是非富士吉田という街を楽しんでもらいたいです。

──富士急ハイランドで遊んでもいいし。

クボ:僕も一度は富士急ハイランドに行ってみたいんですよね。高速に乗っている時に車からは見るんですけど、実際に入ったり、遊んだりしたことは一度も無くて。

──日本屈指の絶叫マシンが色々と揃っていますよ、あそこは。

クボ:いやー、僕、絶叫マシン系はあまり得意ではないですよね。でも入ってはみたい。

──観覧車でもスケルトンで足元が透明でそこから地上が丸見えの所もあったり。

クボ:いやいや、僕、そっちの方がイヤです。それなら絶叫マシンの方がまだいい。絶叫マシンは言っても一瞬の恐怖じゃないですか。対して観覧車は滞在時間が長い。しかも、そんなスケルトンなんてずっとその高いところの恐怖を味わってなくちゃならない。そっちの方が僕的には断然キツいです(笑)。

これを機に『クボノ宵』もどこか趣きのある色々な場所で出張遠征してみたい

──当日はどのようなライブにしたいですか?

クボ:いや、逆にいつも通り、普段通りの『クボノ宵』を魅せれたらなと。特別な土地なので、自然と特別なものになってはいくでしょうが、あまり最初から「今回はスペシャルだから」と臨みはしないです。

──それは、あえて?

クボ:それもあります。正直、特別なものにしようと思えばすることもできます。でも、それだと『クボノ宵』の主旨とも違うし、元々やろうと思い立ったキッカケもそのような面ではなかったですから。志村のお父さん、お母さんや、周りの友達にも自分のライブを是非見てもらいたい、そこが発端なので。今回は富士吉田という意味深い土地でやりますが、あえてそうさせてもらいます。

──当日、楽しみにしていることはありますか?

クボ:ライブも早目に終わるので、時間があれば、久しぶりに街を色々と散策してみたいですね。あとは富士吉田に訪れる度に眼前にドーンと構えている富士山。そこにはいつか登ってみたいですね。まっ、登るとは言っても別に頂上を目指すわけではなく、何合目かくらいまでは登ってみたいなというレベルですけど。志村も昔から何度か登ったことがあるみたいだし。僕、修学旅行で5合目までは行ったことがあるんです。あと僕、最近キャンプグッズを購入するのにハマっていて。

──キャンプですか? 意外です。

クボ:とは言え、買って揃えるだけで、実際にキャンプはまだ一度も行ったことがないんです。

──とりあえず集めて満足、みたいな?

クボ:いやいや、実際にやるつもりではいます。今ソロキャンプってあるじゃないですか。あえて孤独を楽しむ、みたいな。あれをやりたくて。あれって、アウトドアというよりかは、究極のインドアな行動の気がして。ホント一人になれるでしょうから。そこで火を興して、コーヒーを淹れて、みたいな。それを富士山で行なうのもいいかもしれない。

──今後も『クボノ宵』は、これを機に地方にも出張に出たりは?

クボ:したいですね。特に今回みたいな公共の施設でやってみて、それが面白かったり、自分にとっての可能性があったら、是非今後もそのような場所でやりたいです。以前に一度、旧京都府庁でライブをやらせてもらったことがあったんです。それは古く戦前からある建物で。あれが凄く想い出深くて。なので今後はカフェやライブハウスだけでなく、そういった変わった建物や土地、趣きが印象深い場所でも是非やりたいです。

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LIVE INFOライブ情報

2019年3月9日(土)「SHINJUKU  LOFT  KABUKI-CHO 20TH ANNIVERSARY PRE-EVENT 夕方5時のチャイムからのクボノ宵 supported by 路地裏の僕たち」

出演 クボケンジ(メレンゲ)

料金 前売り 4,500円(D別) 

※SOLD OUT!!

会場:山梨県 富士吉田市民会館小ホール

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