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INTERVIEW

トップインタビュー西原孝至(映画監督/『わたしの自由について SEALDs 2015』『シスターフッド』)- 社会を大きく変えることはできなくても、映像で社会に少しでも揺さぶりをかけたいし、それが芸術の一つの役割でもあると思うんです。

社会を大きく変えることはできなくても、映像で社会に少しでも揺さぶりをかけたいし、それが芸術の一つの役割でもあると思うんです。

2018.10.13

 2018年、世界中で起こり始めた「#MeToo」運動を契機に、真の男女平等、誰もが生きやすい社会にするために、多くの人々が声を上げ始めた。財務省の福田事務次官によるセクハラ問題の時も安倍政権の対応の鈍さが目立ったが、こうした旧態依然の日本社会の中で、市民レベルで広がった「#MeToo」運動は着実に社会を変えつつある。戦争法案反対に立ち上がった学生団体SEALDsを追った『わたしの自由について SEALDs 2015』や、盲ろう者の生活に密着し人間の尊厳を写し撮った『もうろうをいきる』など、社会の動きを敏感に捉えたドキュメンタリー映画で定評のある西原孝至監督が、このほどフェミニズムをテーマにした最新作『シスターフッド』を完成させた。12月にはLOFT9で先行上映を控える西原監督にこれまでの歩みを語っていただいた。(INTERVIE:加藤梅造)

歴史的場面を記録した『わたしの自由について SEALDs 2015』

 
──それまで劇映画を撮っていた西原監督がドキュメンタリー映画『わたしの自由について SEALDs 2015』を撮ったきっかけを教えて下さい。
 
西原:2015年頃から、東京に住んでいる若い女性たちの生き方をオムニバス的に紹介するドキュメンタリー映画を作ろうと動き出して、誰かいいモデルがいないかリサーチをしている時に、SEALDsの前身団体であるSASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)の動画を見つけたんです。
 僕はデモとか全然行ったことがなかったんですが、安倍政権になってからの社会状況にはやっぱり危機感があって、社会運動をしている女性にすごく興味を惹かれた。それで映画の登場人物として撮影させてもらえないかと思ってSEALDsにメールを送ったんですが、全然返信がないので、どうしようかなって思ってた時に、官邸前で集団的自衛権容認に対する抗議行動があることを知って、とりあえずカメラを持って撮影しに行ったんです。その日に初めてSEALDsの奥田君に会って話をしました。
 
──その翌月からSEALDsは毎週金曜日に国会前で「戦争立法に反対する国会前抗議行動」を始めますが、第1回目は雨が降って500人も集まらなかったことを僕もよく憶えてます。
 
西原:そうでしたね。それ以降は毎週国会前に行ってましたが、撮影をしているうちに、抗議の参加者がどんどん増えていって、新聞やテレビなど様々なメディアがSEALDsを取り上げるようになった。最初は一人の女性にスポットを当てるつもりだったんですが、7月頃になると、当初の企画は一旦保留にして、SEALDsだけで一本の映画にしたいなと思い始めました。最近の日本で、学生主導の社会運動がこれだけ大きなムーブメントになることはなかったので、これを記録に残すことはすごく意味があるだろうと。
 
──確かに毎週倍々で参加者が増えていく様子は、何か時代の大きな波が起こっているのを感じました。西原監督はタイミングよくそこに居合わせ、歴史の証人になってしまった。
 
西原:まさに「時代に巻き込まれた」という表現が合っていると思います。僕にとっても、最初に彼らが抗議している姿を見た時はとても新鮮な驚きでした。ああ、遂にこういう学生が出てきたんだなって。
 
──現場で撮影している人も多かったし、ネットにもたくさんの動画が上がりましたが、結局、映画になったのは西原監督の作品だけなんですよね。
 
西原:それがちょっと不思議ですよね。2012年に起こった官邸前の脱原発抗議の記録は小熊英二さんが映画にしていますが、2015年の戦争法案反対については今の所この映画だけですから。やっぱりそこには、政治的なテーマを映画にするのが難しいという日本の事情があります。まず資金が集まらないから、自主制作でやるしかないという。
 
──かつては、三里塚闘争を撮った小川紳介監督の一連の作品や、水俣病のその後を撮り続けた土本典昭監督の作品などもありましたが。
 
西原:その時代を象徴するような映画は数は多くないかもしれないけど、ずっと作られてますよね。例えば60年安保闘争なら大島渚監督の『日本の夜と霧』とか。そういう作品があるからこそ、僕らは今の時代に当時の状況を知ることができるわけです。
 
──ドキュメンタリーは被写体との距離感が難しいとよく言われますが、『わたしの自由について』は、西原監督と学生たちとの距離感が絶妙だなと感じました。
 
西原:それも偶然なんですが、たまたま僕がSEALDsのメンバーたちと気が合ったんでしょうね。年齢は10歳ぐらい離れてますが、なんとなく友達になれそうな感じだったし、ある部分では彼らに対してすごく尊敬の念を持つことができた。それが、この映画を作れた一つの要因でもあります。
 
──SEALDsみたいな学生が出てきたことの背景には、日本が2011年に東北の震災を経験したというのがあると思うんです。
 
西原:もちろん震災は僕にとっても大きな体験で、一人の人間として、自分が映像を作る意味をすごく考えました。震災以降、日本の社会が大きく変わりましたが、残念ながら日本は悪い方向にいっていると思います。そんな状況に対して、社会を大きく変えることはできなくても、映像で社会に少しでも揺さぶりをかけたいし、それが芸術の一つの役割でもあると思うんです。
 
──ちなみに映画の反響はどんなものでした?
 
西原:SEALDsのことをニュースやテレビで観た人は多くても、彼ら一人一人の思いまでを知ることはなかなかできなかったと思うので、映画でそれを伝えることができたのがとてもよかったなと。あと、戦争法案は通ってしまいましたが、あれだけ多くの人が反対の声をあげていたということはどうしても記録に残したかったし、あの場に参加してた人の中にも同じ思いを持っている人がたくさんいて、映画にしてくれてありがとうと言われたことが本当に嬉しかったです。

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光と音のない世界『もうろうをいきる』

 
──2017年には目が見えず耳も聞こえない盲ろう者たちの日常を追ったドキュメンタリー『もうろうをいきる』が公開されました。この作品はどういった経緯で作られたのですか。
 
西原:もともと僕が発案した企画ではないんです。映画会社シグロの山上さんがバリアフリー上映というのをずっとやっていて、その流れで目と耳に障害のある盲ろう者のドキュメンタリー映画を一緒に作らないかという話になった。それで企画を進めていく中で、ちょうど撮影に入る前に相模原市の津久井やまゆり園殺傷事件が起きた。だからこの作品は、映画を作る意義をものすごく考えたし、事件を風化させないという意味でも、自分の中で大事な作業だと思いました。
 
──この映画は封切り以降、全国各地で自主上映がされていますね。
 
西原:去年の夏から公開しているんですが、自主上映は今でも続いています。最近は多様性という言葉もよく使われますが、世の中には本当にいろいろな人がいて、いろいろな生き方があって、その人がその人であることがまず素晴らしいということを大切にしたい。健常者と障害者とか、マジョリティとマイノリティとか、僕たちはつい分けてしまいますが、本当はそういう壁を無くして共生できる社会、その人の人生そのものを祝福するような作品にできたと思います。僕もこの映画を撮るまでは、盲ろう者のことをよく知らなかったし、福祉が全然いき届いてない所があるのも初めて知ったので、そういうことを考えるきっかけになったらいいなと思って上映活動を続けています。

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LIVE INFOライブ情報

 
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西原孝至監督作品上映会
Takashi NISHIHARA FILMs TOKYO MONTHLY
 
●10月22日(月)『Starting Over』上映
 ※トークゲスト:牧村朝子(タレント, 文筆家)
●11月22日(木)『もうろうをいきる』上映
●12月22日(土)『シスターフッド』上映
 
会場:LOFT9 Shibuya
東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 1F
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