Rooftop ルーフトップ

INTERVIEW

トップインタビューmaster+mind presents 景夕&靖乃(Kra)×seek&S(Mix Speaker's,Inc.)【完全版】

この2バンドが揃ったら、もはや何が起こるか分からない!!
当日の奇跡&軌跡の瞬間を、見逃すな!

2018.01.05

音楽人生を決意したタイミングやきっかけ

——音楽という人生で突き進もうと決意したのは、いつ頃だったんですか? そう思ったきっかけとなる出来事があったらそんなエピソードとかも教えて下さい。

seek:20年近く音楽をやってたら、いろんなタイミングでその岐路みたいなのもあるやろしね。

靖乃:都度都度でマインドが揺れたタイミングも各々あるだろうし。

seek:でもその都度っすよ。51%やりたかったからやってるだけの話で。

——51%?

靖乃:そうそう。辞めたい方が51%になってたら辞めてたかもっていうだけの話(笑)。

seek:もーしんどいっていうのは、やっぱり何度もありましたし。格好よく、「いやもう決めたんで、俺はずっと10代の頃から変わらず」っていう感覚ではなかったし。むしろ人よりもその感覚が薄かった方やと自分では思ってるんで。最初は、職業にならへんのやったら、やるべきではないみたいな発想やったから。

靖乃:バンドやろうって舵切った流れとかっていう話を聞かせてもろてても、結構ドライな感じっていうか、客観的に見てて、自分の立ち位置やキャラクターで「これやったら、やってもやれなくはないかな」みたいなとこやんね。気持ちに突き動かされて、「俺、もうどうしてもやりたいからやんねん!」っていった人をサテライトですごい見てて、「ああいう人がおんねんやったら、俺こういう立ち位置やったらやれるかもな」みたいなところから始まってるって、前に言ってたから。

seek:「周りも大学行ってるし、22歳までは好きなことをやってみよう。それで飯食えてないんだったら辞めよう」って思ってたら、「あっ、21歳でご飯食べれてる。続いてもた。25歳で食べれんようなった。どうしよう!」みたいな(笑)。結構浮き沈みは、やっぱりありましたけど。その都度、51%やりたいが勝ってるから続けてるんかもなあっていう感じはしてますけど。バンドを19歳くらいで始める時に20代後半のビジョンなんて見えてなかったし。今でこそこんくらいの世代のバンドマンの方が多いから、なんとなく「続けててもいいのかな、俺?」って思ってるけど、本来やったら、「えっ、まだバンドやってんの!?」みたいな年齢に思われるなって。

靖乃:何だったら、30、40歳になって、生きてんのかどうかをあんまり考えてなかったっていうね。

seek:ヴィジュアル系をスタートした時に、僕らが見ていたX JAPANとか、LUNA SEAがその歳やったからやと思うんですけど。それより上になるイメージがその時に持てないというか、気が付いたらその時のLUNA SEAのメンバーさんとか、X JAPANのメンバーさんより歳が上になってるな、みたいな。

靖乃:憧れた人が、そのタイミングで40、50歳じゃないから、それをリアルにイメージできないみたいなのはあったのかもね。

seek:あったし、多くの人がそうなのかもしんないですけど、やっぱりこの歳になってくると、明らかに俺より才能あるのになっていう人がどんどん辞めていくから、あれがいつも不思議な気持ちになりますね。自分が、「俺、バンドやるぜ!」って10代から思ってたタイプで、今も残ってるんやったら分かるんですけど、「やれるんやったらやります」みたいな立ち位置やったはずなのに、「あれ? 気が付いたらどんどん周りに人がおらんくなってるぞ」みたいな。

靖乃:後輩ちゃんたちがいっぱいできてきたら、「僕、seekさんを見てバンド始めたっす!」みたいな感じの子たちが、普通にでかいライブハウスをソールドアウトしてたりとかすんの見るとね。

seek:不思議やなとは思うんですけど。もっとストイックやったり、もっと才能ある人って、いっぱい見てきたなあ、みたいなのはいまだに思うんですけどね。本来、続けるべき人間ではないのかもって思う時はありますけど。

靖乃:Sさんは?

S:僕はとにかく、飯が食えないバンドをずっと続けていたんですが、結構運がいいなと思うのは、東京に出てきて3つ4つのバンドをやってきたんですけど、全部のバンドで解散して新しく組むごとに、いやらしい話ですけど動員が増えていったんですね。最初のバンドでは、解散ライブはイベントでしかできなかったみたいなのが、その次のバンドでは、解散でワンマンができるようになって、その次のバンドで東名阪でワンマンができるようになって、解散がO-WESTでできるようになってみたいな。解散はするんやけど動員が増えていって何となく続けれるってなって、ミックスになって初めてご飯が食べれるようになってからじゃないですかね。仕事としてバンドをやれるっていう喜びというか、そういうのを知れたのはミックスからですね。だから逆に仕事としてやるっていう風に自分の中で思ってからは、自分の軸があったとして、その軸がぶれなきゃなんでもいいやっていう考えになったって感じはあります。ミックスになるまではただただ運が良くて、どっかでヘコむみたいなことがなく、動員が増えてきたからちょっと名前も売れてきて、続けられてただけっていう感じですね。

景夕:似たようなところがある気がして、Kraはずっとやってましたけど、10代のバンド始める前は、バンドやるんだったら、それが絶対売れるだろうし、みたいな感じで思ってたし。さっきの話じゃないですけど、30歳とかになったら、その売れたお金で悠々自適に暮らしてるんじゃないかな、みたいなのもあったんですけど、Kraを始めてみて、事務所の中では、最初は宣伝してもらったりとかなかったんですよ。だから同じ事務所の周りのバンドは宣伝とかいっぱいされてていいなって。でも悔しいから、何とかそれよりも上に行ってやろうみたいな気持ちが、最初はあったんですね。そこから何回も挫折もしつつ、「ああ、Kraダメかも」って思いつつも、その度に社長だったりとかが励ましてくれて。4年目5年目くらいの時かな、親に「あんた、いつまでやってんの?」って言われて。O-EASTとかでワンマンをやっても、どんどん動員が下がってきてる状態だったので、「25歳くらいの歳で、辞めようかな」っていう頃に、メジャーの話が来て。その前にちょうどPS COMPANYのツアーみたいなのがあって、そこでお客さんが観てくれるようになって、動員が増えたんです。その時にまず、辞めるきっかけを1つ失って、そこからは、爆売れはしないけどお客さんの動員は下がらないで上がってくっていうKraの状態だったんですね。増えてるからちょっとずつやっていこうっていうのが数年続いていって、なんか停滞し始めたなって時に、舞っちょ(Kraの前Gt)が辞めたんですよ。自分が辞めるなら、2回目はそこだったんですよ。30歳になる手前だったし。でも「いや、まだKraは残したい」って思って。その時はまだ、これで食ってくっていう感情でも多分ないんですよ。何とか残したいっていう目先しか見てなくて。それからタイゾ(KraのGt)が入ってきて、そこからも紆余曲折で一気に動員も下がって。「いやでも、何とかやってれば、何とかなるだろう」っていうところからやってったら、今なので。そうなると今度はもう、今まで働いたことのない人間が、音楽を辞めて他のことで食べていけるわけでもないんで。会社にも就職できるわけでもないし、この年代まで働いてないってなったら、もうこれでいくしかないんだっていうところではありますね。だから、「これで食っていこう!」じゃなくて、「これしかない!」って。

靖乃:すがってるって感じでね。

景夕:うん。何とかもう。

seek:でも、腹をくくるタイミングじゃないですかね。

景夕:そうですね。

——靖乃さんは?

靖乃:人生の岐路としては、新潟に住んでた時に大学に通ってて。もともと工業高専から、技術科学大学っていう大学に行ったのも、車を作る人になりたかったからで。軽音部で演奏してたりドラム叩いたりしてるのは、楽しいけどずっと趣味でしかないと思ってたし、自分がプロになれるとは思ってないし、みたいなのがあって。

seek:モータースポーツが好きになったのはそこからなんすか?

靖乃:モータースポーツは、子供の頃からずっと好きで。そっちの人になりたかったから工専入ってるし、大学行ってるしっていう。

seek:へー!

靖乃:うちはおとんが車の整備士をやってたから、小さい時から家に車がいっぱい転がってて、小さい時からずっとハンドル握って遊んでてみたいな。チャリンコに乗れるようになったら、妹と弟を捕まえて「レースするよ」って言って、俺のエゴに付き合わせたりとか(笑)。ミニ四駆走らせて、ラジコン走らせてっていうのからずっとやってて、俺は多分そっち側の人になんねんけどってやってた中で、ドラムはドラムで楽しくてってやってたのが、大学が3年生に編入で。編入してすぐオリエンテーションみたいなのでいろいろ説明を受ける時に、大学の先生が、「君たちはいろんな夢を抱いてこの学校に入ってきたと思いますが、その通り行くとは限りません」ってバッサリ言い始めて。「おいおい、どういうこと?」みたいな。「車を作りたいと思ってここに入ってきた人もいるでしょう。車をデザインする人もいれば、例えばガラスやタイヤの側の部分とか、そういう部品部品をデザインする人もおれば、そういう部品の製造過程の工場のラインを設計するみたいな人もいるのです。そういう人たちがみんな集まって一個のものを作れるようになるんだけどね。だから必ずしも君たちが、やりたいと思えることにつくかどうかは分かりません」みたいな話になって。それでそのまますぐ教室に移って。もう大学の3年生やし専門的な学校やから、一般教科の授業もなくはないけど、そういうのは少なくて、どっちかっていうと研究室に配属されて、教授や助教授について、卒論に向けての研究をどんどんしながらレポートを上げていくっていうのが主になっていくと。それのためには、各教授が持ってる研究のテーマがあるから、まずはみんなの希望を聞こうみたいになって。みんなはやっぱり車関係が好きで入ってきてるやつが多かったから、例えば車の空力がどうのとか、ドアミラーの流体力学がどうのみたいな研究テーマのとことかは、バッて人が殺到するんやけど。俺はそっからちょっとあぶれて(笑)。そん中で選択肢は二つですと。定員が4人のところの研究室に5人で争うか、誰も手を上げなかった、シールドって分かるかな? 地面の中に、土管の怪物みたいな機械をグゥーって入れて、トンネルを掘っていく直径10mくらいある機械があるんやけど、それを研究してる全く不人気の研究室の席が空いてて、そこを自分で選択するかですってなって、「いや、俺は絶対車のやつがやりたいし」って言ったら、周りにおるこらもみんな「いや、俺も絶対これやで」みたいになって。そうしたら、「どうする? あみだくじにする? じゃんけんにする?」ってなって。「ちょっと待って下さいよ、先生。俺は今20歳やん? 今ここでこれを選んだら、俺のこの先の人生、全部ここに決まるってことですよね?」って言ったら、「まあ、基本は一緒だから」って苦笑いされたんですよ。「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、違うやん!」って言って(笑)。「人生を通して研究をテーマにするっていうやつを、今ここでじゃんけんで決めろってことなん?」って話をしてたら「まあまあ、基本は一緒だから」って同じことをずっとリピートされて、「もう意味分かれへんからいいや。俺シールドでいい。ただ行かへんけど」って言って、何かね、尖り始めた(笑)。「もういいよ、いいよ。好きな子全然そっち行きな。俺は別に何でもいいや」って。そっからね、「あれ?」って思い始めて。より自分で、自分がやりたいと思ったことを具現化して行けんのは、ひょっとしたらバンドかもって思って。でもバンドの方でもちゃんとやったことがないから、多分、逃避したのかもしれへんけど。で、1回そのタイミングを経てすぐに淡路に帰って、親に「これこれこうで、ありがたいことに大学まで入れてもらいましたけど、ちょっと休学をさしてもらってバンドをやってみたいんですけどいいですか?」みたいな。「は?」ってなって(笑)。

seek:なりますね。

靖乃:そうそう。「へ? 何を言うてるの、お前」ってなって。「今までは、親が期待かけてくれるのも含めて、それに答えるんのもいいんやろな、なんて思ってたけど、俺は今こっちがやりたいっす」って伝えたら、「おお、分かった」って。「その代わり、自分のことは全部、自分でやれよ」って言われて、「それはもう当たり前だから大丈夫っす」って啖呵切って、新潟に戻ってすぐ、「ごめん、お金足りひんくなったんやけど」とかって連絡したりはしてたけど(笑)。

seek:そこはやっぱ新潟に戻るんすね。

靖乃:新潟に戻ったね。そこでたまたまKraの前にやってたバンドのメンバーが、バイトを通じて仲間になり始めてて、どうやら長岡に住んでるからっていうので。

seek:なるほど。じゃあ、バンドもなんとなく形が見えてき始めてたみたいな?

靖乃:そう。それもBreak Outとかに出てた、そのメンバーの前身バンドというかメタルバンドみたいのがあって、ゲンさんのところ(R.I.P)でやってたり。で、「1回そのバンドを解散して、新しくもうちょっと濃いヴィジュアル系のバンドをやりたいと思ってんねんけど」っていう話をしてるところに、ちょうど俺友達になってたから、「ドラムやってんねんやったら一緒にやれへん?」って誘ってもらったのとタイミングが全部シンクロしてて。そこからはずっとラッキーでしかないかなって。

seek:それも縁ですね。

靖乃:それもね、そのタイミングで俺がそこにおれへんとっていうね。

seek:そうですね。そっから普通に一から自分でバンドのメンバーを集めてっていうタイミングともまた違うっていうことですもんね。

靖乃:うん。それでやり始めてすぐの時から、新潟ではずっとゲンさんのところでお世話になってたし、そのバンドの時にそれこそseekさんもそうだし、Kagrra,とかデュール(Dué le quartz)とかと対バンをしたりっていうので繋がってて、東京に来てからもPS COMPANYに口を利いてもらったんは、亡くなっちゃったけど一志(Kagrra,のVo)やから。いまだに女雅(Kagrra,のBaで、現NAOKI)と一緒に何かをやってるとかっていうのも、全部その辺から出来上がってて。

seek:そういう繋がりというか、縁というかでいってるとこは多いですよね。いろんな人と約束をたくさんしてきたなっていうのはあるんで、その約束をちゃんと果たさないとな、みたいなのはやっててありますよね。

靖乃:今になってみると、辞めてった人とか、辞めざるをえなかった人とかの分も、おこがましいかもしれへんけどちょっと背負ってんのかもしらんとは思うかも。長なりましたね(笑)。

seek:めっちゃええ話やないですか。

靖乃:ごめんね、話が壮大になっちゃった(笑)。

seek:ROCK AND READみたいになってた(笑)。

一同:(笑)

 

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LIVE INFOライブ情報

Shinjuku Loft「master+mind」presents【Rock is Culture 2018】

2018年01月11日(木)新宿LOFT

OPEN 18:15 / START 19:00

前売り 4000円 / 当日 4500円(共にドリンク代500円別)

※未就学児童入場不可

【出演】

Kra / Mix Speaker’s,Inc.(A→Z順表記)

【前売りチケット:発売中!】

・ e+一般(Bチケット)

・ LOFT店頭(Bチケット)

・ ローソン(Cチケット/L:72902)

【入場順】

1. Aチケット(e+プレオーダー/受付終了)

2. Bチケット(e+一般・LOFT店頭)の並列

3. Cチケット(ローソン)

【主催・企画・制作】

新宿LOFT / master+mind

【協力】

ライカエジソン / 自主盤倶楽部 / ZEAL LINK / ブランドエックス / little HEARTS.

【お問い合わせ】

新宿LOFT 03-5272-0382

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