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INTERVIEW

トップインタビュー寺尾紗穂(CD『楕円の夢』、新書『原発労働者』発売記念インタビュー)

誰かと出会うこと。それは『彼ら』が『あなた』になるという、簡単で単純で、でもパワーが満ちてくるような、あたたかな出来事。

2015.08.06

私がシンガーソングライター寺尾紗穂の歌を初めて聴いたのは、2011年9月11日、新宿アルタ前の街宣車の上で彼女が歌う姿だった。この日は新宿で反原発デモが開催され、デモの後にアルタ前で集会が開かれた。福島第一原発事故からちょうど半年後、原発に反対する数千人の人達で東口広場は埋め尽くされ、警察も大量に動員された結果、現場はかなりの騒乱状態になっていた。そんな混乱の中、デモの主催者や柄谷行人らのスピーチ、「デモ隊の諸君!君たちは路上の花だ!」から始まった、いとうせいこう×Dub Master Xによるポエトリー・リーディングなどに混じって、一人の女性シンガーがクラリネットの伴奏と共にアカペラで唄を歌い始めた。それが寺尾紗穂の「私は知らない」という曲だった。

「原発の日雇いで 放射能で被曝したおじさんが 虫けらみたいに弱るのを 都会の夜は黙殺する」

被曝労働者のことを歌った歌が新宿のビル街に響き渡る光景は、原発を批判するアジテーションとはまた違った種類の、とても切実な感情を聴く者に抱かせた。実際、私はこの歌が忘れられず、その後何度も彼女のライブやCDで「私は知らない」を聴くことになるのだが、後で知ったのが、この曲が原発事故の後に作られた曲ではなく、2010年には既にライブで演奏していたということだった。2012年の東京新聞で寺尾はこの曲について次のように語っている。

「あの歌が2010年にできていたことの意味を考えると、歌い続けなきゃと思います。原発の問題は、3・11後にガラッと変わったのではなく、前からずっとあって、ずっと見なくちゃいけなかったことですから」

学生時代にたまたま山谷の炊き出しに行ったことがきっかけでホームレスの問題に興味を持つようになったという寺尾は、自身の音楽活動の一環としてホームレス支援のイベント「りんりんふぇす」を主催している。もともと原発にはそれほど関心を持っていなかったが、ある時ふと被曝労働者について調べているうちに報道写真家・樋口健二の著書『闇に消される原発被曝者』を読んで大きな衝撃を受けた。原発で働く被曝労働者の中には山谷や釜ヶ崎のようなドヤ街から流れてきた土方経験者が少なくないということを知ったからだ。

山谷、土方、日雇い、ドヤ街、そして原発

寺尾の中でこれらはすべて繋がり、決して無関心でいられないテーマになっていた。被曝労働の悲惨な実態を知るにつけ、今まで何も知らなかった自分に対し「怒りと恥ずかしさとがこみあげた」と言う。
「人を踏んづけて生きているとはこのことだ。人の健康を蝕み、時に命を奪いながら作られた電気で自分は生きている」と、彼女は激しく自分を責めた。

 今年になって発売された寺尾紗穂の2つの作品も、彼女のこうした活動の延長線上にあるもので、その1つは3年ぶりのニューアルバムとなる『楕円の夢』、もう1つはノンフィクションの新書として刊行された『原発労働者』。

『楕円の夢』は、終わった愛への苦い想いや、恋愛一歩手前の純情な恋心など、彼女一流の繊細なラブソングの他、死んでしまった人や心を病んだ友達への強い共感をそっと寄り添うように歌った曲など、彼女ならではの優しさと強さに満ちた作品が並ぶ。表題曲「楕円の夢」では、アルバムを貫くコンセプトとして、中心が1つの完全なる円の世界と、複数の焦点を持ち、ゆるやかに形を変えることができる楕円の世界とを対比させ、曖昧さや様々な価値観が共存する社会を肯定している。

『原発労働者』は、寺尾が全国の原発労働者を訪ね歩き、彼等の貴重な体験談を集めたルポルタージュで、樋口健二の仕事を彼女なりに受け継ぐ決意で執筆されたものだ。
「今から私がスポットをあてるのは、チェルノブイリや福島のような大事故となった非常時の原発ではなく、平時の原発で働き、日常的な定期検査やトラブル処理をこなしていく人々だ。社会にとっての原発、ではなく、労働現場としての原発、労働者にとっての原発、といった角度から、原発をとらえなおしたい」と執筆の動機を記しているが、このスタンスは、彼女の歌がそうであるように、現場の人の隣に寄り添い、小さな声に耳を傾けるという行為そのものである。
 
現在、路上生活者と元路上生活経験者で構成された舞踏グループ「ソケリッサ!」と一緒にアルバム発売記念ツアーの真っ最中である寺尾紗穂に、『楕円の夢』と『原発労働者』についてお話を伺った。(INTERVIEW:加藤梅造)

歌というのは自分だけでなく他者の感情も体験するメディア

 
──ニューアルバム『楕円の夢』の1曲目は唯一ピアノの伴奏だけで歌っている「停電哀歌」ですが、一番静かなこの曲で始まるのは意外でした。
 
寺尾 レコーディングのエンジニアの方はこの曲がラストになると思ったらしいですが、最後だとちょっと地味すぎるかなと。オープニングにした方が聴く人の耳を引き付けることができるんじゃないかと思って。電気がぱっと消えて、それから始まる感じがいいかなと。
 
──確かにこれからコンサートが始まる感じがしますね。この曲は北杜夫の詩(『うすあおい岩かげ』収録)に寺尾さんが曲を付けたものですが、北杜夫さんが詩集を出していることはあまり知られてないですよね。
 
寺尾 私もたまたま図書館で見つけて読んでみたんです。この詩を読んだ時に、明るさと闇、油煙が立ちのぼっていく感じ、嗅覚、それに心の揺れが絡んでいる感じがして、いろんな五感を刺激する詩だなと思いました。
 
──2曲目の「迷う」ではエレピと電子音のみの静寂な世界観に引き込まれます。
 
寺尾 前作と比べて一番大きな変化は、フェンダー・ローズを弾いている曲が増えた所です。前作では生ピアノと電子音を融合させていたんですが、今回、ローズでやってみたらどうなるのかなと。
 
──次の「風と小説」は伊賀航さんのベースとあだち麗三郎さんのドラムとのトリオ編成ですね。
 
寺尾 今回のアルバムでは、あだちさんと伊賀さんと私の3人でやる曲を増やしたかったんです。この2人とは息が合うというか、ライブでやっていると一人でやるより盛り上がりますね。当たり前か(笑)。音が単純に1が3になるんじゃなくて、私の1の音が2になるみたいな。2人から引き出されるものがありますね。
 
──「朝になる」も同じトリオによる演奏で、詞は松井一平さんが書かれてます。
 
寺尾 一平さんはすごいゆっくりな人なんです。(2人で一緒にやった)ライブペインティングのイベント用に一平さんの詞に私が曲を付けたんですが、一平さんから曲が早すぎて絵が描けないって言われました(笑)。この曲はへんな曲というか、メロディがあまり残らない感じがするんです。でもタワレコの推し曲に入ってたので、聴きやすい曲なのかなって思いました。レコーディングの時はすごく楽しくて、死ぬ直前も思い出すんじゃないかと思います(笑)。
 
──確かに軽快で楽しい曲になってます。
 
寺尾 あだちさんの作る音の感じがすごく変で、そこに伊賀さんのベースが合わさると余計変になる。レコーディング中はずっと笑ってました。曲の中に1つのキャラクターが見えてきて、そのキャラクターについて話しながら進めてたんです。最初機関車のイメージで、でも飛んだり跳ねたり。太ってるよねとか、大股で歩いてない?とか(笑)。
 
──「いくつもの」は“死んだあの子に手紙を書きたい”というフレーズが心に残りますが、これは具体的な人を思い浮かべて書いた曲なんでしょうか?
 
寺尾 死んでしまった友達は数としてはそんなにいないんですが、なんとなく思い出していたと思います。ちょうどこのCDをマスタリングしていた日に(ジャーナリストの)後藤健二さんが殺されたことを知って、それからはこれを歌うと後藤さんの事しか考えられなくなってしまいました。
 
──寺尾さんのエッセイ『愛し、日々』の中で、寺尾さんが「骨壺」という曲を初めてライブで歌った日に、いつも観に来ていたファンの秋色さんという方が骨壺になってライブ会場に来ていたという、偶然なのか因果なのか説明がつかないようなエピソードが載っていますが、そういう歌と現実のシンクロニシティみたいなことってよくあるんですか。
 
寺尾 最近、あるお母さんが子供を虐待で殺してしまった事件があったと思うんですけど、そのニュースを聞いた後に家でピアノを弾いていたら、そのお母さんの気持ちがどんどん自分の中に入ってきたことがあったんです。その時、歌というのは自分だけでなく他者の感情も体験するメディアなんだなって思いました。自分が作った曲なんだけど、それはもう自分を離れていて、その器にいろんな人の感情が入ってきたものを自分が歌うことで、その人の感情を追体験するような。
 

自分で動けることは動きたいなって思ってます

 
──「リアルラブにはまだ」は「朝になる」と同じくとても軽快な曲ですが、友達以上、恋愛未満という男女の微妙な関係を歌った詞がいいですね。
 
寺尾 ある知り合いの男友達が「リアルラブには怖くて進めない」ってことを言っていて、リアルラブってなんだろう?と。リアルラブって日常であまり使わない言葉だから、おもしろいなと思って作りました。その友達はけっこう軽い感じの人なんですが、リアルには踏み込まないで恋人未満の方が関係が続くってことなのかな?
 
──曲のアレンジを「森は生きている」が手がけていますが、寺尾さんの歌にぴったりな演奏になってます。
 
寺尾 この曲のおかげでミュージックマガジンが(CDレビューで)9点付けてくれたんじゃないかな(笑)。すごくラジオ映えする曲で、いろんな所で流してもらいました。
 
──まさに寺尾さんのお父さんである寺尾次郎さんが参加していたシュガー・ベイブから連なる70年代のシンガーソングライターやシティ・ポップ系の音楽を彷彿とさせますが、こうした音楽性は自分の中にもともとあるものなんですか?
 
寺尾 大貫妙子さんのレコードは子供の頃に何枚か聴いていましたが、ちゃんと聴くようになったのは、大学時代にバンドを始めて周りの人から吉田美奈子さんや矢野顕子さんに似てるねって言われてからです。よく70年代ぽいって言われるんですけど、自分としては「ああ、そうなんだ」って(笑)。シュガー・ベイブは家にサンプル盤があったので普通にいい曲だなと思って聴いてました。その影響もあるのかな?
 
──「私の好きな人」は本当に寺尾さんらしい、他者に対する優しさに溢れた曲で、私は最初に聴いた時に思わず泣いてしまったんですが、これも具体的な人を思って書いた曲なんでしょうか?
 
寺尾 心を病んでいる人が周りに多いというのもあるんですが、具体的には母の知り合いに車椅子の方がいて、その人の前向きな生き方をイメージしています。
 
──歌詞の中の“私はあなたになれなくて さいごはいつももらいなき”という部分に胸がぎゅっとなるのですが、共感して寄り添ってみても最後は泣くことしかできないという、どうにもならないもどかしさが伝わってきます。
 
寺尾 どうにもできないこともあるんですが、でも、自分で動けることは動きたいなって思ってます。池の上のボブテイルっていう店の店長さんが2010年に自殺したんです。すごくお世話になっていた人だったんですけど、いくつか精神病を併発していて、その人が亡くなったことは私の中で大きいですね。「私は知らない」の中でもその人のことを歌っています。以前、読売新聞のインタビューで記者の人に、この歌の最後の節で場面がぱっと引いて月から見たもう1つの視点が入っている所が楕円っぽいと言われたんですが、ああ、そうかなと思いました。つらいんだけど、それだけじゃなくてもう少し長い時間軸で見るとまた希望もみえてくるような、そういう複数の視点を歌っています。
 
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楕円の夢/寺尾紗穂

Pヴァイン・レコード / 3,024yen

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(収録曲)
1. 停電哀歌
2. 迷う
3. 風と小説
4. 朝になる
5. いくつもの
6. 愛よ届け
7. リアルラブにはまだ
8. 私の好きな人
9. あの日
10. 楕円の夢

原発労働者/寺尾紗穂

講談社現代新書 / 821yen

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(目次)
序 章 三十年間の空白
第1章 表に出てこない事故
第2章 「安全さん」が見た合理化の波
第3章 働くことと生きること
第4章 「炉心屋」が中央制御室で見たもの
第5章 そして3・11後へ
第6章 交差した二つの闇
終 章 人を踏んづけて生きている

LIVE INFOライブ情報

8月15日 仙台
楕円の夢ツアー
 
8月22日
楕円の夢ツアー
 
9月6日 福岡
楕円の夢ツアー
 
9月19日 世田谷区民会館
戦後70年 音楽は自由をめざす
共演:佐藤タイジ、他 →詳細
 
9月20日 高知
楕円の夢ツアー
 
9月21日 神戸
楕円の夢ツアーファイナル
 
9月26日 鳥取
楕円の夢ツアー追加公演
 
9月30日 代官山晴れたら空に豆まいて
”to Exit”〜終夜灯〜
共演:小谷美紗子 →詳細
 
10月4日 青山梅窓院
りんりんふぇすvol.6
 
10月25日 島根
共演:向井秀徳
 
10月31日 新潟
 
12月26日 永福ソノリウム
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