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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】Good Dog Happy Men(2007年9月号)-様々な角度からのラブソングを綴った三部作の第二章、 『the GOLDENBELLCITY ep2』

様々な角度からのラブソングを綴った三部作の第二章、 『the GOLDENBELLCITY ep2』

2007.09.01

世の中に「ラブソング」と呼ばれるものは数え切れないぐらいにあるが、その中で"愛は素晴らしいものではない"と歌ったラブソングはなかなか見つけることが出来ない。Good Dog Happy Menがお届けする三部作の第二章『the GOLDENBELLCITY ep2』では、どれも素敵な「愛についての音楽」が歌われているが、ただ優しいだけのラブソングはない。「愛というツールでは決定的な答えを共有できるとは思っていない」と門田匡陽(Vo/G)が言われているように、ソングライターである門田が初めて表現する純愛、愛欲、性愛、偏愛と、様々な角度から綴ったラブソング。現代における一番リアリティーのあるラブソングが誕生した。(interview:椎名宗之+やまだともこ / text:やまだともこ)

ラブソングの答えはひとつではない

──ep1のテーマが「生きること」だったのに対して、ep2のテーマは「愛」ということですが、Good Dog Happy Menがやる以上は、一筋縄ではいかない「愛」の表現がなされていますね。

門田:実は「愛」というのは当たり前のことを当たり前に感じる上での「愛」っていうツールだと思うんです。愛至上主義じゃないですけど、愛は絶対に素晴らしいものという感覚の上でラブソングは成り立っていると思うんです。でも、所謂商業音楽というのは惚れた腫れたでしかラブソングが存在してないんですよね。俺はそこに対する違和感をすごく感じているんです。今の音楽シーンに始まったことではないんですけど、俺にとって当たり前の事って惚れた腫れたとかじゃなくて、例えばやれるかやれないか。これを愛と言うなら愛かもしれないけれど、細分化していくと愛って言葉にもいろんな要素が入っていると思うんです。そのひとつひとつの要素に焦点を絞りたかった。だから『Natural Born Queen』(M-2)とか『吐息達の棲み家』(M-3)は、ラブソングのカテゴリの中にこういうものも入れちゃっていいの?っていう感じにはなってますけどね(笑)。

──世の中に溢れかえっているラブソングからはリアリティーを感じないということですね。

門田:例えば「あなたを守りたい」という詞があったとして、「守る」ってどんな意味なんだろうって考えると難しすぎるんです。「守る」っていう感覚を歌にするときに、どうすればいいんだろうって思っちゃうし、リアルではないというかわからないんです。好きだっていう感覚を表現すると、『Natural Born Queen』とか『吐息達の棲み家』のほうが俺にとってわかりやすい。

──光と影があるとしたら、影を見ざるを得ないフォーカスの絞り方ですよね。

門田:そうですね。例えばプラトニックな恋愛があるのかと言ったら絶対にないですよね。プラトニックな恋愛なんて見たことないし、存在するとも思ってない。これが普通だと思うんです。世間一般のラブソングを聴いて胸をときめかせている男の子や女の子がSEXしないのかと言えば絶対してる。はっきり言って、俺たちの方がぜんぜんやさしく歌ってると思いますよ。

──「守る」と言っても、世の中のラブソングが歌っているような綺麗なものばかりではないですからね。

門田:具体的に、日常生活を続けていくことが守るという行為なのか、それとも銃弾が飛んできたら守るということなのか、簡単にそんな言葉を使うなよって思うんです。だから「愛」という言葉を自分たちなりに正したい思いがあるんです。『Twice Birds' Singing』(M-1)と『Groria streetから愛を込めて#2』(M-4)だったら、「愛」のいい面を歌っているのが『Twice Birds' Singing』で、悲惨な面を歌っているのが『Groria streetから愛を込めて#2』って捉えられるかもしれないけど、俺としてはどっちも価値は一緒。『Twice Birds' Singing』で歌ってる「愛」が素晴らしいことではないんですよ。

──そういう姿勢があるから歌詞もストーリー性を重んじて、暗喩的な表現を敢えてするのかもしれないですね。ところで、『Twice Birds' Singing』は、日常的な愛が歌われた歌ですよね。

門田:そうなんです。そう思ってもらえたら嬉しいですけどね。やさしい歌っていうわけではないんです。

──街の港の方から視界が開けてきて壮大なストーリーが始まるのかと思ったら、ハッピーとは言えない2羽のつがいの鳥のお話で、捉えようによっては重い曲だと思ったんですよ。

門田:この鳥は今もつがいで存在しているのか、それとも過去につがいとして存在していて喪失した1羽の追憶の歌なのかで捉え方が違うと思うんです。俺は、愛というツールでは決定的な答えを共有できるとは思っていないから、答えはどちらでもいいんです。聴く人の答えがないとただの原理主義になっちゃう。俺の答え以外のものが存在しないとラブソングではない。ラブソングで答えを作ってしまったら、それはただのエゴだと思うんです。それは公共の場でやることではないと思う。前回のインタビューで「伝承されてく音楽をやりたい」っていう話をしたんだけど、伝承されているものって筋書きはあっても答えは絶対にないんですよ。グリム童話は筋書きはあっても、それで何を得るかは読んでる人次第。

──起承転結の“起承転 ”までで、“結”は受け手次第であると。

門田:だけど、今世の中に溢れている音楽には“結”しかないんですよ。音楽に限らず、どの文化もそう。題名だけで話が全部終わってるものばかりでしょ。だからこれは“結”の文化に対するアンチテーゼなんです。

──『the GOLDENBELLCITY』は聴き手が想像力を働かせて聴くべき曲が集まっていますし、そういう意図の元に制作されていますからね。

門田:変な言い方かもしれないけど、俺は考えない人には聴いてもらわなくていいと思ってるんです。

──続く『Natural Born Queen』にはいろんな楽器が詰め込まれていて、情報量の高い楽曲で相当な音数がありますね。

門田:そうなんですよ。音がいっぱい入っていて、詞は肉感的なことを歌っているんです。「俺は君とやりたいんだけど」って。その成功率を高めるためにいろんな言葉を使う(笑)。そういった事を表現するときに、ロックンロールのリズムはすごく便利なんです。

──“礼儀正しく犯行声明”という言い回しがとりわけ耳に残りますね。

門田:それ、大地(Dr.)も言ってました。昔読んだ本に「男はタフじゃないと生きられない、優しくないと生きる資格はない」って言葉があって、素敵な表現だなって思っていたんです。だから俺は君とやりたいっていうことも礼儀正しくアプローチをしたいっていう思いがあったんだけど、この曲では善悪がどうでもよくなってくるんですよね。公共の場にスプレーで好きな人の名前を書くとかって世間一般ではいけないことだし、この詞に出てくる女の子が現実逃避のためにプロパンガスを吸っているとか、俺はいけないと言われていることに興味があるんです。

──いけないことについ吸い込まれる力ってありますよね。

門田:ミュージシャンは人間の模範じゃなくていいと思っているんですよ。やりたいって思うことは普通じゃないですか。でも、なんでやりたいのかということを歌ったのが『吐息達の棲み家』なんです。『Natural Born Queen』だけじゃ、俺のやりたいは説明しきれないんです。好きになった人を独占したいんじゃなくて、その人が、どんな声になるのかとか服で隠している所の色とか匂いとか秘密を知りたいんです。だから思春期も性に全然興味がなくて、今もそんなにないから風俗に行く気も起こらない。ただ、その人と仲良くなってそれ以上のことを知りたくなったらすごくやりたくなる。

──本質が隠れているものの中にあるからそういう欲求が生まれるんじゃないですか? 秘密を知りたいっていうほうがよっぽどエロティックですからね。これは、『the GOLDENBELLCITY』で言うとどんな場所にあるような棲み家なんですか?

門田:どうなんでしょうね。 『the GOLDENBELLCITY』のep1とep2は定点観測だから、全部街の同じところにある。だから、自分の中では『Natural Born Queen』でやりたい盛りの奴らがいて、『吐息達の棲み家』のような奴もいてっていう風に分けてもいいと思う。でも説明しきれない性の“畏怖”を表現している2曲です。

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