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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】 KEITH (ARB / Groovin')(2005年12月号)- 新宿LOFTの深夜番長、かく語りき!

新宿LOFTの深夜番長、かく語りき!

2005.12.01

 遂に来月早々より新宿LOFTはオープン30周年のアニヴァーサリー・モードに突入し、1月16日~22日の1週間は〈SHINJUKU LOFT 30TH ANNIVERSARY"ROCK OF AGES 2006"〉と題されたスペシャル・イヴェントの第1弾が開催される。中でも、1月21日に行なわれる『1985年X月X日 西新宿LOFT』は特に見逃せないイヴェントと言えるだろう。国鉄服に逆立てた髪というパンキッシュなスタイルと辛辣でストレートな独自の音楽性で衝撃を与えたアナーキーの仲野 茂、そして石橋 凌と共にARBという日本が誇る至宝バンドを4半世紀以上続けてきたKEITH。新宿LOFTを語る上で絶対に欠かすことのできない、西新宿時代のパブタイムにおける数々の伝説を作り上げた両者がプロデュースする如何にもLOFTらしいスペシャル・イヴェントである。  今月のプレミアム・インタビューはその一方の雄、誰からも"新宿LOFTの番長"と称され、ファンはもとよりミュージシャン、関係者などから世代を超えて慕われ続けているKEITHの登場であります。(interview:椎名宗之)

LOFTに行けば必ず誰かがいた

──新宿LOFTが来年30周年を迎えるんですが、KEITHさんからするともうそんなに経つのか!? という感じですか?
 
KEITH:そうだね。LOFTには途中から参加したって言ったらおかしいけど、'78年くらいから付き合うようになって。最初はお客さんとしていろんなバンドを観にLOFTへ出入りするようになった。まだ店の中央に巨大な潜水艦のオブジェがあった頃でね。その頃からLOFTというライヴハウスには凄く憧れがあったから、初めてARBとして出演した時はとても緊張したよね。今でも変わらず緊張するけどね。
 
──LOFTの歴史を紐解いていくと、誰しもが口を揃えて「打ち上げの主はKEITHだった」と仰るんですけど(笑)。
 
KEITH:いやいや(笑)。でも、打ち上げの席では自由にやらせてもらえたね。よく怒られはしたけど(笑)。楽器はあったし、他のバンドのメンバーもしょっちゅう揃ってたから興に乗るとセッションしたりして、本当に楽しくてしょうがなかった。それこそ朝の7時くらいまで宴が続いてたよ。
 
──ARBがLOFTに出始めた頃のスケジュールを見ると、今のようなオムニバス・ライヴは少なくて、圧倒的にワンマン形式が多かったですよね。
 
KEITH:そうそう。ワンマンが多かったからライヴ自体も割と早く終わるんだよ。だから凄く長い時間呑むことになるんだよね。あの頃はLOFTのスタッフも打ち上げに参加して一緒によく呑んだね。ステージの上ではライバルだけど、打ち上げではその垣根を超えて仲良くやってた。お互いいろんな情報を交換したりしてね。
 
──当時はLOFT以外にそういうコミュニケーションの場が少なかったんですか?
 
KEITH:屋根裏、ラ・ママ、エッグマン、ルイードとか他にもライヴハウスは色々とあったけど、やっぱりLOFT独特の行きやすさがあったよね。俺達の後の世代は、俺達が騒いでるのを見て「LOFTは怖くて気やすく入れなかった」なんて言うけどね(笑)。俺達の頃はLOFTに行けば必ず誰かしらそこにいたからね。
 
──KEITHさんは当時“LOFTに住んでいる”という表現がむしろ適切だったと伺ってますが(笑)。
 
KEITH:そうだね、あの頃は特にね(笑)。打ち上げで騒ぐのはしょっちゅうだったし、店側から何度も「オマエらもう来るな!」って言われてたよ、余りに酷かったから(笑)。
 
──高橋まことさんが話していたんですが、「KEITHは理不尽な怒り方はしなかった」と。みんなが楽しく呑んでいる席で、その場の空気を乱すような輩には容赦なくブチ切れたと聞きました。
 
KEITH:そうだね。仲間内ではヘンなキレ方はしなかったけど、せっかくみんなで楽しくやってるところで気分を害すような騒ぎを起こすヤツにはガツン! とやった。今だともう見せられないようなことをしてね。それこそ(平野)悠さんが植木を持ってその人のところへ謝りに行ったこともあったね(笑)。
 
──そんな往時のLOFTを牛耳っていた(笑)KEITHさんと仲野 茂さんが共同プロデュースするスペシャル・イヴェントが来月控えていますが、サブタイトルは『1985年X月X日 西新宿LOFT』。“1985年”と年代を特定しているのは何か意味があるんですか?
 
KEITH:いや、特に深い意味はないんじゃないかな。茂が一番LOFTで遊んでたのがその年なんじゃない? あと、JOE(G.D.FLICKERS)やあっちゃん(ニューロティカ)がLOFTに出入りするようになったのが多分その辺りなんだと思うよ。
 
──ARBがそれまでの事務所だったシンコー・ミュージックから独立して、ロック・バンドとしての姿勢を強く打ち出していったのが'79年10月。それ以降、頻繁にLOFTへ出演するようになりましたよね。
 
KEITH:そうだね。3人になってからのARBは、LOFTでライヴをやり続けていくことで音楽性も変わっていった。LOFTで観たいろんなバンドに刺激を受けたしね。東京ロッカーズのような独自のムーヴメントもあって面白かった。その頃知り合った連中の中には、今も個人的に仲のいいヤツが一杯いるよ。
 
 

待ってくれるファンの為に叩き続けたい

──ARBとしてLOFTでライヴをやった中で、とりわけ印象深いものは?
 
KEITH:やっぱり、再結成して最初のLOFTかな('98年1月14日『ARB IS BACK』)。またLOFTに戻って来れたという気持ちが凄くあった。それまではLOFTに出るのが当たり前だったのに、バンドが解散して8年間のブランクがあったからね。もうARBとしてLOFTでライヴはできないと思ってたから、またLOFTのステージに立てたことが凄く嬉しかったよ。
 
──『LOVE THE LIVE '90 TOUR』の際、日本武道館でのライヴの翌日にLOFTへ出演('90年1月12日)したことがありましたが、そんなケースはARB以外に考えられないですよね。
 
KEITH:結局みんな、バンドが大きくなるとLOFTに寄り付かなくなるんだよね。新宿ではなく、六本木、赤坂方面に行っちゃうから(笑)。でも俺達は違った。LOFTの歴代スタッフが俺は好きだし、プライヴェートでもよく遊びに行ってたしね。そういう信頼関係があったからこそ、武道館の翌日にLOFTでライヴをやることがごく普通にできたんだと思う。LOFTのスタッフはライヴの意見を色々言ってくれたりして、そういうのがあったから凄く繋がりが深かった。今の他のライヴハウスは単なるハコ貸しになってる処が多いでしょう? だから、バンドもそのハコを利用してステップを踏んだらそのハコには寄り付かなくなるんだよ。ライヴが終わったらヨソへ打ち上げに行っちゃうとかね。そうすると何も面白くないし、そのハコでライヴをやる意味がまるでない。
 
──KEITHさんのように30年近くロックの最前線で活躍している方から見ると、昨今のライヴハウス・シーンはどう映っていますか?
 
KEITH:どうなんだろうねぇ…。中には強いこだわりを持ちながら一生懸命やってるバンドもいるんだろうけど、何となくどこか醒めてる印象を受けることは多いかな。何のためにバンドをやってるのか? と思うことはあるね。要するに、何が何でもバンドをやるんだという必然性を余り感じない。今は稼ごうと思えばいろんな仕事があるし、遊ぶ手段も一杯あるからね。俺達の世代は、音楽がなければどうしようもない連中がゴロゴロいた。俺なんて今でもそうだけどね(笑)。最近はまた一から一生懸命やり直そうとしてるけど。
 
──SHYさん、寺岡信芳さんと始めたGroovin'は、ARBとはまた違った小回りの利くバンドですね。
 
KEITH:そうだね。また初心に戻って始めたバンドなんだ。車で全国を移動して、自分達で楽器を運んでセットして。ブッキングもすべて自分達でやってる。そういうのはまた凄く刺激になるし、今のシステムとかいろんなことが判って勉強になるよ。1月にLOFTでやる時は“Special Groovin'”という編成で、LOFTに縁のある面々で固めてみようと。ゲストも多彩で、特選ゲタカルビとSpecial Groovin'の振り分けが大変だよね(笑)。
 
──茂さんプロデュースのLOFT恒例企画『THE COVER』の拡大版という趣ですよね。
 
KEITH:うん、まさに。それぞれの曲をやりながらゲストが入っていく趣向だね。本当は花田(裕之)達も呼びたかったんだけど、前の日にROCK'N'ROLL GYPSIESのワンマンがあったり、色々と時期が重なっちゃったんだよね。
 
──1976年~1985年の間に初出演して頂いたアーティストは、来年の1月~4月までにスペシャル・イヴェントを行なうことになっているんですけど、やっぱりLOFT最初の10年間は特に濃い方々が集中しているんですよね(笑)。
 
KEITH:そうだろうね(笑)。そういう濃い人達を当時のLOFTが受け容れてくれてたんだよ。その頃は金もなかったけどツケで呑ませてくれたしね。俺なんか自分で一升瓶を買ってきて置いてたりしてね(笑)。だから溜まり場にしやすかったし、一緒に遊んでたからこそ今でも結束が固いんだと思う。今も会えば昔のままだし、何も変わってない。あと、あの頃一緒に呑んでた人達って、不思議と今もこの世界に残ってるのが多いよね。それも何だか面白いね。
 
──30年近い歳月が経ってもなおKEITHさんがスティックを握るのは、ドラムを叩き続けることに強い意義を感じているからでしょうか?
 
KEITH:そうね、やっぱりファンの人が待ってくれてるからね。あと、自分の中でも色々と波があるけど、今もなお“叩きたい”っていう欲求が絶えずあるからだろうね。もっともっとやりたい、タイコを叩きたいんだよ。1曲の中にもドラマがあるように叩けるテクニックを身に付けたいね。やりたいことはシンプルなんだけど、やればやるほど難しくなっていく。だから今は基本に戻って頑張ってるよ(笑)。ジャズの世界には70歳を過ぎても現役で叩いてる人がいるけど、ロックの世界はまだまだでしょう? 日本のロックとなると余計に。この間ね、ストラングラーズのジャン・ジャック・バーネルが来日した時に話を聞いたら、ジェット・ブラックって68歳なんだって。それを聞いてまだまだ俺も行けると思ったよ。でも、ジェットも最近は喘息の他に糖尿も患ってるみたいで、いつ叩けなくなるか判らないって言うから、今はその座を密かに狙ってるんだけどね(笑)。
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