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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】ロフト席亭・平野 悠(2005年7月号)- 私にとってのプラスワン

私にとってのプラスワン

2005.07.09

私にとってのプラスワン

hirano.jpg斉藤娘からロフトプラスワンオープン10年記念号だから「創始者のお前が何か書け」と言う指令が私に下った。確か、この店は10年あまりの海外生活を終えて日本に帰ってきて、しばらくして私が50歳の時に始めたんだよな。「よくあんな誰も考えつかないような店を作りましたね」って人から言われるけど、適当にやっていたらあんなんなっちゃったんだ。まさかその間「トークブーム」とか「face to face」なんて言葉がはやるとは思っても見なかったよ。こんなわけのわからん店、最初は「ぴあ」とか「東京ウォーカー」とかの情報誌はスケジュール載せてくれなくってさ。仕方がないので有料広告をうったのが、「噂の真相」「創」「ガロ」「模索舎月報」(当時この辺が一番安かった)だったっけな。なんともサブカルというか、間違ってもメインカルチャーじゃない。こんな雑誌読んでいて広告見て店にやってくる奴はロクな奴じゃないよ。うさんくさい奴らばかり(笑)だ。わたしゃ「OLさんが楽しく来れる空間」を目指していたのに……

当時この店の適当に考えたコンセプトは誰も理解してくれなくってさ~。ロックのロフトの連中も「このおやじ一体何をやらかすんだろう?」って好奇の目で見ていただけだった。わたしゃ、もう60歳、今更10周年記念なんて言われても、悪いけど「だから、なんだって言うの?」って感じしかないな。プラスワン10周年って言われてもたいした「感激」はないんだよ。

それより風俗が駆逐され警察権力支配の「戒厳令下」、私が大好きな人情あふれる歌舞伎町の行方の方が心配だよ。これからいろいろな利権団体が沢山入り込んで来るんだろうな。勿論、石原慎太郎のカジノ構想を先頭に警察も天下り団体もゼネコンもヤクザも……奴らは歌舞伎町をツインタワーにして「賭博の町」にしようっていうテーマで動いているんだと思うよ。

更に私のテーマはどこに「死に場所を探すか」の方が重要なんだよ。宮崎学から「平野、最後は一緒にパクられて終わろうぜ!」ってよく言われるのだけど、それって一花咲かせた事になるのかな? それにしても、我ながら思うよ。プラスワン……「変な空間作ったよな~」って……。今でこそめったにないけど、当初はいろんな出演して欲しい著名人に電話して企画書送って出演交渉すると「なに~! 私に酒の席で喋れって言うのか、バカにするな!」って何度言われたか?

「私の講演料は1時間30万円です。払えますか?」なんて言われて、もう「そんな偉い奴なんか来なくっていいよ」って思った。それでも、このお化けみたいな怪物プラスワンはどんどん増殖していった(これにはやはりインターネットの普及でネットでスケジュールが読めるって言うのが一番力になったと思う)。初めは採算なんか度外視して自分の秘密の「遊び場所」を作ったつもりが、今じゃ、歌舞伎町のコマ劇場の横にデンとかまえていて、歌舞伎町の移り変わりを沢山見てきたよ。お客も沢山はいるようになったし。でもね~、イベントって30人ぐらいのお客しか入らない怪しげな、唐沢俊一さんがいつも言っているB級文化(サブカル)トークや、出し物がスリルな何が起こるかわからない予定調和無しのイベントが一番面 白いんだよ。だからわたしゃプラスワンは卒業して、お客が30人以下、町に棲息するいぶし銀のキワモノの達人たち……全く無名の人たちも表現できてそれでも店は潰れないで成立する一一そんな挑戦として「ネイキッドロフト」(新宿コリアンタウン)を作ったんだけど、ここもいずれは「商業主義」に走るんだろうな。さて、わたしゃ、もう私の任務であったネイキッド・テツオ店長教育係は卒業して次の事を考えているよ(笑)

お祝いコメント

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(プロデューサー・シンスケ横山)

いつも我が新宿ロフトプラスワンに御来場して下さってる皆さん、本当にありがとうございます。今、なんだか「はや10年!?」と「もう10年!?」が頭の中で交差してる感じです。オレがロフトプラスワンのプロデュースに関わる様になってから、もう7年以上が経ちます。最初参加したいと思った理由は、なんだかジャンルレスで何でも好きな事が出来そうだし、もし失敗してもその晩飲んだら忘れられそうだったからです(笑)。でも“出会い”という意味では有名タレントからSM女王まで(笑)、ホントウチ程様々な世界の人達と出会える場所はそうは無いのではないかと、そしてその色んな人達との出会いが、仕事より何より自分の心の財産になってるなあ、というのを最近しみじみ有り難いと感じます。これからも色んな“出会い”を求めて、皆さんロフトプラスワンに遊びに来て下さい。LOVE&PEACE。

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(店長・天野宇久)

十周年なんてたんなる通過点だぜ。などといきがってみたって、こうして今日ロフトプラスワンがあるのは出演者の方々、創設者の平野悠、歴代の店長およびスタッフ、そしてお客さんのおかげです。ほんとにありがとうございます。
 思い起こせばたんなる酔っぱらいの客だった俺が、いつのまにかスタッフとして働くことになり、気がつけば店長になってる。これを一番不思議に感じているのは俺自身です。まともじゃいられないけど、まともじゃないとやってらんない。微妙にバランス取りながらこれからも精進していきます。今後ともプラスワンをよろしく。

(プロデューサー斉藤友里子)

18歳。遊びに来たら知らぬ間にシフトが入っており、それから10年近くが経ってしまいました。 私の人格は大丈夫なんでしょうか。心配になります。 おしっこおじさんのおしっこショー、宇宙人(ジェフ・ミルズ)、うんこ湯豆腐(未遂)、怒号、殴り合い、議論一一富久町時代はあまりの非現実な情報過多でフラッシュバックのようにしか覚えていません。ほどなくして正式入社となり、歌舞伎町移転。移転しての最初の担当はなぜかフェラチオ選手権。その後、大きく言えば初期歌舞伎町はこれまた濃度の高い情報過多で嵐のようでした。どのイベントが好きかと言われると「あなたの子供の何番目が好きですか」と聞かれているようで、答えられませんが、出てほしくて願って、公式イベントをやらせてくれた平成ガメラシリーズのイベントの一年間。ボケ老人になってもうれしく覚えていると思います。 しかし、よく生きてこれたと思います。 九死に一生は何度もあったと思います。 (歌舞伎町店が鍾乳洞になった水漏れ事件もありました) 思い起こせばラッキーだった。 全ての青春をこの店にかけて、後悔はありません。 それにつきます。 ただ、人格形成に良い影響が下ったかどうかはわかりませんが……

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(プロデューサー・加藤梅造)

この10年間でロフトプラスワンでは一体何人の人がしゃべったのだろう? またそれを聞いた人の数は? いずれにせよ気の遠くなるような数になるはずだ。毎日行われているプラスワンのトークを聞く機会に恵まれた僕が思うこと。それは、世の中には実にいろいろな表現があり、考え方があり、趣味趣向があり、性癖があり、流儀があるといった多様性についてだ。例えば「首都高で料金を払う必要はありません。なぜなら…」って話を聞いて「なるほど~」と思ったり、「私はピチピチのラバーで全身を覆うと興奮してくるんです」って言われて「そ、そうなんだ、ハハハ…」って不思議に思ったり、ほんといろんな発見があってとても楽しい。そして自分の考えることなんて、実にちっぽけな井の中の蛙なんだなあって思うのだ。
 もしプラスワンの命題というのがあるとしたら、それは「タブーなき言論空間」というのに尽きるのだと思う。最近は、言論弾圧や表現の規制などが知らない間に法律でじわじわと固められつつあるが、どんな表現も基本的にはすべてオールOKであるべきなのだ。  10年後のロフトプラスワンは果たしてどれほど自由な表現ができるのだろうか。それを目標にスタッフ一同がんばりたいと思う。

 

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『LOFT/PLUS ONE 10周年記念パンフレット』

7月中旬発売予定 A4変型/全88頁 
予価1000円(税込)
編集・発行:LOFT BOOKS

95年7月から現在までの10年間、3650日の全スケジュールを完全収録。唐沢俊一、鈴木邦男、リリーフランキー、サエキけんぞうなど、超強力人気レギュラー陣のインタビュー。舞台裏を徹底解剖したコラム「PLUS ONE in the deep」。松尾スズキ、三浦和義、セイジ(ギターウルフ)などなど、100人以上からのコメントもぎっしり。プラスワン疾風怒濤の3650日が詰まった完全保存版必至の一冊。しかも全冊シリアル番号入りです!

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