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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】NUMBER GIRL(2005年4月号_1999年12月の復刻)- 当時26歳の向井秀徳による貴重な肉声

当時26歳の向井秀徳による貴重な肉声!

2005.04.01

 2002年11月30日、札幌PENNY LANE24でのライヴを最後に7年間の活動に終止符を打ったNUMBER GIRL。あれから2年と4ヵ月、バンド結成から10年を迎える今年、彼らの過去の音源・映像をコンパイル・発掘し、リリースしていく"omoide in my head project"がスタートする。シングルのカップリング曲まで網羅した2枚組ベスト『OMOIDE IN MY HEAD 1 ~BEST&B-SIDES~』が既にその第1弾として先月リリースされているが、今夏には、膨大に残されたライヴ音源からベストな演奏・楽曲を選りすぐった『OMOIDE IN MY HEAD 2 ~記録シリーズ~』のリリースも決定している。
 このプロジェクト始動を記念して、NUMBER GIRLが初めて本誌の誌面を飾った1999年12月号のインタビュー記事を再録した。この年に行われたライヴ・シリーズ"DISTORTIONAL DISCHARGER"の最終日、渋谷クラブクアトロでのライヴをそのまま収録した『シブヤROCKTRANSFORMED状態』リリ ース時、パニックスマイルと共演した新宿ロフトでの"FUNCLUB 6"告知を兼ねた記事であり、当時26歳の向井秀徳による貴重な肉声である。(text:椎名宗之)

 福岡出身の4人組「NUMBER GIRL」が、今年最も勢いのあるバンドのひとつであることに異論はないだろう。初期衝動そのままに突っ走る轟音サウンド、心をかきむしるヒリヒリした言葉、それらが渾然一体となったライブは、筆舌に尽くしがたいエネルギーを放出し、オーディエンスも全身でそれに反応する。よりダイレクトな音で聴く者を圧倒するNUMBER GIRLは、同時に「少女」特有の捉えがたい、不思議な存在でもあるような気がする。12月16日にライブ・アルバム発売と新宿ロフトでのライブを控えるNUMBER GIRLの向井氏に直接お話を伺ってみた。(interview:加藤梅造)

日常を大らかに生きる

──12月16日にライブ・アルバム『シブヤROCK TRANSFORMED状態』が発売になりますが、リリース・ペースが速いですね。
 
向井:そうですねぇ、だいたい2ヵ月に1枚出してますね。
 
──忙しいですか?
 
向井:でも無理はしてないから。まぁ、同じ時期に作ったものが多いので、それを分割して出したという感じですね。
 
──今回はライブ・アルバムということですが、やっぱり出したかったんですか?
 
向井:これはライブ・アルバムを出したいということで作りました。あくまでライブの疑似体験ではなく、その日のドキュメンタリーとしてひとつの作品になっていると思うんです。もちろん、通常のアルバムも、スタジオに入って録音したひとつのドキュメントと考えているんですね。
 
──なるほど。今回CDジャケットに『毎日中学生新聞』のライブ・レポートの記事がそのまま使われていますが、観た人にとっては確かにひとつの事件ですよね。
 
向井:そうですね。この新聞は中学生向けに書かれているので凄く判りやすいんです。それで、読んですぐジャケットにしようと思いました。
 
──この新聞の記事に、「日常に生きる少女」演奏前のMC【註1】が引用されてますが、これがちょうどCDの音に対する捕捉になっていて、非常にいいと思いました。
 
向井:そうですね。
 
──僕は、今までロックとかライブというのは非日常の体験だとずっと思ってたんですが、NUMBER GIRLの「日常に生きる少女」を聴いて、ちょっと認識が変わったんです。そうか、ロックも日常なんだなぁ、と。
 
向井:僕は、より非日常の世界に入り込むことが多いんですけど、それがロックや音楽にはいかないですね。ロックに対して現実逃避したり幻想を求めたりというのは、自分としてはあんまりしっくりこない。もしそうしたって、現実は確実にあるわけで、その中で生きてるというのを大らかに認めたいですね。
 
──「日常」には、ひとりで映画を観に行く日常もあれば、テレビを見て風呂に入る穏やかな日常もあるけど、NUMBER GIRLの歌詞によく出てくる「軋轢」や「妄想」や「フィードバック」といった、キツイ日常の部分もあるわけですよね。
 
向井:そう、だから「日常に生きる少女」では、ある意味、そういう女の子が羨ましいなと思ってるかもしれないですね。もちろんキツイ日常もあるんでしょうが、それでも大らかに生きている。僕もそうありたいと思ってるんだが……それも僕の妄想なのかもしれないです。
 
──そういう、大らかに日常を受け入れる存在というのが、具体的に「少女」なんですか?
 
向井:いや、それはあくまで象徴ですから。例えば、39歳のある貿易会社に勤める、小学生の子持ちのお父さんでもいいんです。
 

まとまらない状態こそがリアル

──NUMBER GIRLの曲や、ライブのMCでは、いろいろな架空の人物の物語が語られますが、向井さん自身のことはあまり語られないですね。
 
向井:そこにおいては、あまり語る必要はないと思いますね。逆に俺の中を出して、それを誰かが聞いて、果 たして面白いんだろうか? と思ってしまいますから。
 
──NUMBER GIRLは、よくエモーショナル系とか言われて、抒情的な捉えられ方をされますが、僕はNUMBER GIRLの曲には、あまり向井さん自身の感情が見えてこないんです。むしろ自己滅却の方向性が強いというか。
 
向井:(笑)。それはありますね。要は、確実に自分が見た風景なり、自分が思ったことなんですけど、そこに自分を出さないというのは、別に僕の話を聞いて欲しいわけじゃないということですね。凄い醒めた部分もあるし、自分を出したいということもあるし。要は、これひとつというのはないと。かなり混乱してるぞ、と。で、それが当たり前のことだと思いますね。まとまらない状態こそが、その人のリアルじゃないかなと思いますねぇ。
 
──それは歌詞だけじゃなくて、バンド・サウンドとしても、きっちりまとまったものではない感じがします。
 
向井:まとまる以前の状態を出したいと思います、それが気持ちいいですからね。
 
──ただ、あまりバラバラでもダメでしょうし、その辺のアンサンブルはうまくいってますか?
 
向井:偶然にもそういうバランスは取れてると思います。そうしようと思ってもできないし、自然にそうなってるという感じです。
 

「全身焦燥家」として

──12月に「全身焦燥家」というタイトルのツアーをやられるんですが、これも面 白いタイトルですね。
 
向井:(笑)。そうですね。単なる思い付きで付けたんですが。
 
──これは原 一男監督の『全身小説家』【註2】のもじりだと思いますが、僕はあの映画を観て、主人公・井上光晴の小説家としての生き方のエネルギーの凄さに圧倒されたんです。で、「全身焦燥家」として生きるのも結構大変じゃないかな、と思ったんですが。
 
向井:井上光晴さんのように、あそこまでアグレッシブに生を全うするということが、そう誰にもできることじゃないから、僕は憧れもするんですが、あの映画は、それを客観的に見据えたところで成り立ってるじゃないですか。僕は、あの「見据えた視線」が凄い好きなんです、ドキュメンタリーとして。だから、NUMBER GIRLの歌詞にも、そういう見据える視線というのが出てるかもしれないですね、遠巻きから見てる感じが。ただ、その中に入っていきたいという思いもあって、その両方ですね。
 
──両方の視点でバランスを取っているんですか?
 
向井:バランスというかねぇ、もっとフラフラしてる感じです。凄い揺らいでる感じですねぇ。
 
 
【註1】会場にいたあるお客さん(ヤヨイちゃん)の日常風景を向井氏が思い付くままに語った言葉が、記事中に書かれている。
【註2】原 一男監督が、小説家・井上光晴の生活を追ったドキュメンタリー映画(1994年公開)。井上光晴が死の直前まで自身の生を激しく燃焼させた姿は、多くの人の心を捉えた。
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