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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】大和(2004年9月号)- 桜の花、有刺鉄線、そして突き抜ける青空

桜の花、有刺鉄線、そして突き抜ける青空

2004.09.01

叙情性豊かな日本語詩に沖縄の伝統楽器・三線を採り入れた"三線パンク・ロック"でその名を馳せた大和が、シングル『空隙の向こう/月桃の花』と初のフル・アルバム『永遠と一日』で劇的な進化を遂げた。もはや三線云々といった狭義では語ることのできない、より幅広い層にアピールするだけのポピュラリティを内包するまでに至ったのである。まさに第1期大和の集大成と呼ぶに相応しいこの記念碑的作品群について、唄と三線/ギターの俵積田 等に話を訊いた。(interview:椎名宗之)

バランスよく共存するバンドの多面性

──先行発表されたシングル『空隙の向こう/月桃の花』で、それまでの“三線パンク・ロック”と謳われた路線からより普遍的なロック色を強めた方向へサウンド面 での変化を遂げたと思うんですが、これには何か転機となる出来事があったんですか?
 
俵積田:そう訊かれることが多いんですけど、特にはないんですよ。ごく自然な形で、やってみたらこうなったというか。自分が三線から離れてギターを持ったことが一番大きいとは思うんですけど。それによってバンドとしてのできる幅が広がったんだと思います。
 
──でも、三線という楽器はヒトシ君にとってアイデンティティとも言えるものですよね。それを一旦外してしまおうと思ったのは?
 
俵積田:大和の色といえば三線だと僕自身も思っていたんですけど、これまではとにかく曲の中に(三線を)どんどん入れちゃえ、みたいな感じだったんです。三線という楽器に対して凄く失礼な使い方だったのかもしれないですけど、これからは“渾身のこの1曲!”みたいな、例えばTHE BOOMでいえば〈島唄〉のような、バンドとしての代表曲で三線を採り入れたいと思うようになったんですよ。より要所要所で三線を際立たせたい、っていうか。
 
──初のフル・アルバム『永遠と一日』は、まさに第1期大和の集大成という趣ですね。これまでのシングルやコンピ収録曲も収められて、多分にベスト盤的な要素もあり。
 
俵積田:そうですね。集大成的要素と、これからへの一歩を少しでも感じさせる内容にしたかったんです。手応えは自分でも充分にありますね。これは売れるんじゃないかと(笑)。
 
──それに見合う内容だと思いますよ(笑)。ジャケットにすべてが集約されていますよね。桜の花と、有刺鉄線と、突き抜けるような青空と。甘美さ、痛みや切なさ、孤立感、それでも前を向いていこうという強い意志。そういった様々な感情が入り組んだ、曲調的にも非常にヴァラエティに富んだ内容になっているんじゃないかと。
 
俵積田:うん、全くその通りです。バンドの多面性を象徴しているジャケットになってますね。内容としては、アナログ盤のA面 、B面のような振り分けを敢えてしてみたんですよ。最初の〈サヨナラデキソコナイノボク〉から5曲目の〈月桃の花〉までが“これからの大和”、6曲目の〈大人の世界〉から最後の〈諸君~立ち上がれ日本人~〉までが“今までの大和”みたいな感じで。
 
──〈シャボン玉〉と〈諸君~〉なんて、同じバンドの歌とは思えないくらい対極にありますよね(笑)。『永遠と一日』というタイトルも対比の言葉で、そうした大和の二面 性、多面性をよく表していると思いますが。
 
俵積田:そういう対比できるタイトルをずっと考えていて、レコーディングの合宿先で同じタイトルのギリシャ映画のビデオを見つけたんですよ。“これだ!”と思って。それだけ貰うのも何なので、一応映画もちゃんと観て(笑)。
 
──そうしたバンドの多面性は、三線の要素を減らしてどんなスタイルの音楽をやっても大和は大和なんだ、という境地に達したからこそですよね。
 
俵積田:そうですね。何をやろうが最後は大和のスタイルになるというか。ただ思いついたことをやっているだけなんですけどね(笑)。
 
──既発曲もリミックスもしくはアルバム・ヴァージョンで収められていますが、中でも3曲目の〈足踏み行進曲〉。シングルでは弾き語りヴァージョンで、今度のアルバムではバンド・アレンジが施されていますが、僕はこの曲こそが大和の転機を告げるものじゃないかと思うんですよ。ヒトシ君のごく私的な弱さを吐露する歌だけれど、と同時に誰しもが共感し得る普遍性をも伴っていると思うし。
 
俵積田:バンドを始めた頃に比べたら、今のほうが気持ち的には楽なんです。以前は“進め!”だの“立ち上がれ!”だのと聴き手を鼓舞するような歌を唄っていて、そう唄っているからには自分でもその責任を取らなきゃと思っていたんですけど、実際は暗くて内に籠もったりもするわけです。ただ、〈足踏み行進曲〉のような歌が生まれるようになって、今のほうが無理なく自然体でいられるんですよ。曲作りに関しても、今までは1曲の中で最後まで完結させないといけないって思ってたんです。“~であるべきだ!”みたいに。でも今は“この先どうなるんだろう?”のまま終わってもいいんだなと考えるようになって、逆にそっちのほうがリアルかなとも思うんです。
 

小さな子供からお年寄りまでが唄える“いい歌”を

──要するに『空隙の向こう/月桃の花』以降の大和の“スケールアップ感”っていうのは、地に足の着いた、より等身大な歌に昇華したということに尽きると思うんですよ。「立ち上がれ日本人!」と唄っているのは“デキソコナイノボク”ですよね。自身の不甲斐なさと対峙して、さらにそんな自分と決別 しようとする強さ。“デキソコナイノボク”に“サヨナラ”を言うわけだから。
 
俵積田:確かに、弱さを見せられるようになったことは大きいですね。この『永遠と一日』を作り上げたことによって、自分でもこれからが凄く楽しみなんですよね。一気に先が広がった感じがしてるんですよ。
 
──音源でこれだけ成長の跡が著しいわけだから、自ずとライヴでも徐々に変化の兆しがあると思いますけど。
 
俵積田:ステージングとか選曲とかではそんなに悩まなくなりましたね。お客さんをどう楽しませるかっていうのもメンバーとよく話し合って日々考えてもいますし。今の自分の課題としては…MCかな。僕は余り巧く喋れないほうなんで(苦笑)。ただ正直な話、自分は今までライヴを楽しんだっていう感覚がないんです。ライヴ中は必死なんですよ。必死だから楽しむ余裕がない。周りも何も見えない。楽しむためにはどうすればいいんだろう? と思ってしまうんです。
 
──じゃあ、ライヴの合格点も相当基準値を高く設定しているんですね。
 
俵積田:まだまだですから。反省材料がなければ成長もないし。苦手としてるMCにしても、だったらライヴで喋らなければいいじゃんと自分でも思うんです。思うけど、それじゃ逃げになるんですよ。MCに限らず、“できないならやらないほうがいいんじゃないか?”っていうのは自分にとって逃げなんですよね。だから、“できるようになるためにはどうすればいいか?”って考えるんです。普通 に到達点を目指していてもそこへは行けないと思ってて、本来の到達点よりもさらに高めの目標値を視野に入れないとダメなんですよ。
 
──カテゴライズとしてのパンクにはもう関心ないですか?
 
俵積田:それは初めからこだわってないですね。観てくれた人、聴いてくれた人が判断すればいいと思ってるんで。例えば誰かに“大和はヒップホップだ”って言われたら、こっちも“ああ、そうなんだぁ”って素直に思うし(笑)。CD屋で大和のCDがどのジャンルのコーナーに置かれようが構わないですしね。“青春パンク”と呼ばれても別 に否定はしないし、“あれは演歌だろ”って言われてもいいし(笑)。
 
──最終的に大和の進むべき方向性はどんなところだと考えていますか?
 
俵積田:“いい歌”ですね。教科書に載るくらいの“いい歌”。そのために音楽をやっているわけではないですけど。ちっちゃい子供からお年寄りまでが唄える歌を唄いたいんですよ。それがポップに繋がると思ってるし、万人に受け入れられる状況にも繋がるんだと思います。
 
──世代を超えた普遍的なもの、音楽的な懐の深さは大和の大きな特徴だし、この『永遠と一日』でやっとそのスタートラインに立てた気がしますね。
 
俵積田:まさにそう思いますね。曲作りに関してはこれからもその時々に浮かんだものを形にしていくだけなんですど、早く次の作品に取り掛かりたい気持ちはあります。最終的には『紅白』出場を目指してますから」。
 
──エッ、それは本気の話で?
 
俵積田:ええ、これは冗談じゃなくて。いや、最終的じゃなくてそれも通 過点に考えないといけないんですけど、今見えている明確な目標はそこですね。親孝行をしたいんですよ。そのために今はいろいろと迷いながらもがいて苦しんで…
 
──その苦悶の末に〈サヨナラデキソコナイノボク〉のような名曲が生まれるならば、これからもヒトシ君にはどんどん迷い続けて落ち込み続けて頂きたいですね。
 
俵積田:それはキツイっすね……(笑)。
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