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 『第3回全日本フォークジャンボリーの真実 〜現場からの報告〜』【前半】

#1 『第3回全日本フォークジャンボリーの真実 〜現場からの報告〜』【前半】

2019.02.17

『第3回全日本フォークジャンボリーの真実 〜現場からの報告〜』その1
2018年11月25日(日)ROCK CAFE LOFT is your room
【講師】牧村(第1サブステージ)憲一
【ゲスト】上條G.G(メインステージ進行補佐)俊一郎
 
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年月が経つと観客動員数が増えていく

牧村:今日は『第3回全日本フォークジャンボリーの真実 〜現場からの報告〜』ということで、メインステージの進行補佐をされていた上條俊一郎さんにお越しいただきました。僕らの間では“G.G”(ジジ)と呼ばれています。

上條:よろしくお願いします。

牧村:今日は、『第3回フォークジャンボリー』の本当の話をします。本や雑誌などを見ると30000人が集まったイベントなんて書かれていますが、当時、僕が聞いたのは18000人、ピーク時で20000人を超えたかなというくらいだったと思います。年月が経つと、人数がだんだん増えていくんですよね。この時、メインステージは10000人くらいが何とか見られる感じで、PAだって極めて出力の低いものだったんです。他に、第1サブステージ、第2サブステージというものがありました。だいたい、100人くらいずつお客さんが入る小規模なものでした。けれど、第1サブステージで吉田拓郎が唄った時に、観客が1000人以上に膨れ上がった。これが伝説のようになっていて、「ここにいた人たちはその夜、メインステージをのっとった」と、まるで見てきたかのように言われ、書かれていますが…今日はメインステージで進行をやっていたG.Gがいて、サブステージの拓郎のバックで「人間なんて、ラララ〜」と1時間以上、追っかけコーラスを唄っていた僕がここにいるわけですから、事実はどうだったのかをお話しします。3つのステージ、まずは椛の湖前のメインステージ。そのメインへの道筋にフォークを中心としたサブステージと、演劇をやっていた黒テントがあります。黒テントのことは、ほとんど書かれていないです。そしてもうひとつ、ロックのサブステージがありました。そのサブステージを運営していたのは、はっぴいえんど、はちみつぱいを擁した「風都市」というグループで、リーダーが石浦信三さんです。フォークのサブステージは「音楽舎」がコントロールをしていたのですが、運営は後藤由多加さんです。後藤さんはこの年の11月、僕も参加した「ユイ音楽工房」を立ち上げることになるので、「風都市」「ユイ音楽工房」「音楽舎」と日本のフォーク・ロック界の主たる陣容が揃ったんです。G.Gはメインステージにいつから入っていたんですか?

上條:前日の昼くらいから準備をしていました。

牧村:ということは、中津川には合わせて3日間いたということですね。メインステージの簡易プログラムがあるので、見てみましょう。(プログラムを見ながら)8月7日、これは初日ですが、メインステージ16時のところに「トン・フー子」と書いてあります。五つの赤い風船というグループの東祥高さんと藤原秀子さんですね。この年、風船のリーダー西岡たかしさんが渡米中だったので、五つの赤い風船の代わりに「トン・フー子」という名前で出演していたんですね。ところが、G.Gの記憶によるとオープニングは頭からがっつり決めようということで、DEWというグループだった?

上條:そういう記憶だったんですよね。DEWというのは元ブルース・クリエイションだった布谷文夫さん率いるバンドで、一発目にやってもらおうということだったはずなんです。

牧村:次に、小野和子、はしだのりひこの新グループのクライマックス、五輪真弓。クライマックスが「花嫁」を唄っていた時は、お客さんはみんな静かに聴いていましたか?

上條:そうですね。平和でしたよ、何の問題もなく(笑)。

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ニューカマー・三上寛を隠し玉に

牧村:紅白歌合戦にも出ていたこういった曲が唄われていても、初めは騒ぎも起こらなかったと。このクライマックスのあとに五輪真弓がデュオみたいな形で出ていて、次はガロですね。まだヒット曲がない時代で、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの「ティーチ・ユア・チルドレン」のカバーを演奏していました。次の武蔵野タンポポ団というのは、高田渡さんを軸にして複数のメンバーが入れ替わりながらやっていました。初日のメインステージで力を入れていた場所と、出演アーティストはどのように考えていたんですか?

上條:初日は隠し玉として夜中の24時くらいに三上寛が入っていますが、この当時はほとんどの人が三上寛を知らなかったんです。1971年のお正月明けくらいに、『週刊明星』の方が1枚のレコードを持って「とにかくすごいのがいるんだけど、唄う場所がない」と音楽舎を訪ねてきました。持ってきたのは日本コロムビアレコードから出た『三上寛の世界』というアルバムだったんです。僕らも初めて聴いて、なんじゃこりゃ! と驚いて、ライブを見に行ったらギター一本でもやっているので、ならば出演してもらえそうだなと思いました。僕の上司だった高木照元とは、『フォークジャンボリー』までは存在を隠しておこうと決めたんです。前の年は加川良が飛び入りみたいな形で出演をしたり(「教訓1」を唄った)、遠藤賢司が「夜汽車のブルース」を唄ったりして、この二人がニューカマーとしてすごくウケたので、1971年の時は三上寛を隠し玉にしようと考えていました。実際、メインステージでの1曲目「夢は夜ひらく」がすごくウケたので、これはいけるなとついニヤニヤしてしまいましたね。

牧村:話は戻りますが、前年、1970年に注目を浴びた加川良さんのことをもう少し聞かせてください。

上條:加川さんは京都の大学時代までは赤いミリタリールックで、GSでアニマルズとかをシャウトしていた人なんです。その後、アート音楽出版というところのスタッフになり、高田渡に出会って影響を受けました。1970年のメインステージ音源から「姫松園」を聴いてみましょう。この曲ですが、当時、大阪には加川さんとか落語家さんとかが住んでいたアパートがあったのですが、いま聴くとこの曲は、完全に3回目の『フォークジャンボリー』を見越した感じの歌になっていますね。

バックはこの時だけの臨時編成バンドで、ドラムスを叩いているのは福岡風太(野外コンサート『春一番』プロデューサー)、ベースは村上律、ギターが中川イサトです。

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食べ物もなければトイレも足りない悲惨な状況

牧村:『フォークジャンボリー』の会場っていうのは屋根もなくて、地面は赤土なんですね。一回でも雨が降ればベトベトになって乾かないっていう劣悪な場所で、48時間も滞在するということは、人を変えてしまいますよね。

上條:実は、このイベントは「SL急行が止まるし、暑かったら湖で泳げます」という詠い文句だったんです。映画にもそのシーンが映っているんですが、第2回までは椛の湖で泳げたんです。でも第3回は、開催2、3日前に台風が来て水かさが増してしまって、当日、急に遊泳禁止になってしまったんです。そこから、お客さんが「言っていることが違うじゃん」という感じになったんですね。僕が会場に入った時、湖にボートが浮かんでいたんです。何だろうと思ったら、制止を聞かずに服を着たまま飛び込んでしまった人がいて…高校生だったんですが、その方が亡くなって…警察も「絶対に遊泳はダメだ」という形になったんです。

牧村:椛の湖って人口湖なんですよ、いわば貯水池。だから雨が降って水かさが増したら濁ってしまうし、赤土で汚くなってしまうんです。しかも、第3回はそれまでの倍以上の人が来てしまったので、食べ物もなければトイレも足りないという悲惨な状況だったんですね。とにかく着いた瞬間から途方にくれるような場所なんです。ムッシュかまやつさんがご自身の本の中で、「2日目のサブステージで、吉田拓郎のマネージャーが岡林信康を超えるために酒樽を持ってきて客にふるまって、酔わせて盛り上げた」というようなことを、冗談を交えて書かれているんですが、酒樽なんてとてもじゃないけど運べるような環境じゃないんですよ。…1日目の夜に話を戻しますが、三上寛さんのあとは小林啓子さん、その後は太鼓が入るんですよね。

上條:御陣乗太鼓という、佐渡の勇壮な太鼓ですね。1日目の締めを岡林信康ということだったんですが、前年に岡林信康 with はっぴいえんどという形は解消していたので、バックはドラムが戸叶京介、ベースが高中正義、キーボードが柳田ヒロというグループでやっています。岡林信康はこの時、何だか調子が悪かったんです。第1回が終わってから知られているように失踪して、戻ってからはっぴいえんどとアルバムを作って元気に活動していたんですが。

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吉田拓郎一派が岡林信康の追放を企てた!?

牧村:正式記録の中で、メインステージに遠藤賢司、はっぴいえんどが出ているのに、プログラムには記載されていないんです。初日の第1サブステージのフォークステージはアマチュアに解放していて、ギャランティをもらえる人は一切出ていません。ロックのサブステージは初日から運営されていて、乱魔堂、岡林信康、加川良、岩井宏、かねのぶさちこ、友部正人、遠藤賢司、トリがはっぴいえんどで、いかにも風都市の構成だったと言えます。三上寛、小林啓子、御陣乗太鼓、デキシーキングス、吉田拓郎、六文銭、岡林信康というのは、当時進行をしていた白井さんとG.Gの間ではプランニングがもともとあったんですか?

上條:白井さんともうひとり、五つの赤い風船のマネージャーをやっていた今井さんという方がいたのですが、むしろ演出は今井さんがやられていた記憶ですね。

牧村:吉田拓郎一派が岡林追放をねらったと書かれていることもありますが、音楽舎の側からはそんな感じは…?

上條:なかったです、なかったです! その後のことですが、ユイは設立してすぐは全国のスケジュールを切るということができなかったんです。それで、音楽舎がブッキング制作を請け負っていたんです。白井さんはツアー責任者で、それで家が建ったという噂も(笑)。

牧村:そこに政治的な何かがあったのかという噂については、この時のメイン担当をしていた、音楽舎の事実上のナンバー2の白井さんが吉田拓郎ツアーを担うということで、ここに潰そうとかいう陰謀説は成り立たないと思いますね。初日のトリが岡林信康ということで、30分くらいのステージだったんですが、お客さんの反応もすごく和やかだったんですよね。

上條:ただ、岡林自身が納得していなかったところがあったみたいです。

──そして、2日目の第2サブステージでの吉田拓郎。「人間なんて、ラララ」を延々と1時間以上にわたって唄うということから、例の事件(?)が起こるが、それは次回に。

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後半に続く

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