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トップ編集無頼帖「伝説になっちゃだめなんだよ」から10年

編集無頼帖

「伝説になっちゃだめなんだよ」から10年

2021.02.22

このあいだキングレコード映像制作部のHさんと電話で話していて、Hさんも制作委員会の一人だったbloodthirsty butchersのドキュメンタリー映画『kocorono』(川口潤監督作品)の劇場公開から気づけば10年経ってましたねと言われてハッとした。そうだった、たしか公開日は2011年2月5日だったはず(自分の誕生日の3日後だったので)。
 

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2010年の暮れに新橋と銀座のあいだにあった高架下の試写室で初めて観て、観賞後にすごいものを観てしまったと呆然としながら試写室を後にしたこと。
 
公開初日に今はなき渋谷のシアターNでメンバーの舞台挨拶で司会をやらせてもらったこと(その後、これまた今はなき吉祥寺のバウスシアターでも舞台挨拶の司会をやらせてもらった)。
 
映画の制作にも宣伝にも何も関わらなかったのに、エンドロールになぜか自分の名前がクレジットされていたのを不思議に思ったこと。
 
パンフレット掲載用に原稿を依頼されて拙文を1ページ目に載せてもらったこと。
 
公開記念のトークライブを3月にネイキッドロフトで予定していたが、公開からひと月後に東日本大震災と原発事故が起こり、監督から「こんな状況下で人前で飲みながら話をするなんてとてもできない」と言われたこと(結局、監督のギャランティを被災地に寄付することを条件に出演してもらった)。
 
そのネイキッドロフトのイベントで、吉村さんから弾き語りの前に被災された方々へコメントしたいので文面を考えてくれと急に言われて慌てて用意したこと。
 
公開のタイミングに合わせて、吉村さんの誕生日に吉村さんと監督と中込パイセンの鼎談をシアターNの事務所でやったが、取材後もつい飲みすぎてしまい、遅くなって施錠されたビルから出られなくなったこと。
 
自分の両親と妹を妻の親族に合わせるために札幌に出向いた日がたまたま『kocorono』の札幌公開初日で吉村さんと小松さんが舞台挨拶で来札していて、親族対面後にスピリチュアルラウンジへ行ってソロ弾き語り出演していた吉村さんに挨拶したこと。
 
…とまあ、いろんなことを思い出す(書こうと思えばまだある)。
 
まだ吉村さんは存命だったし、当時は新作『NO ALBUM 無題』と『kocorono完全盤』をリリースしてしまった後のバンドの動きを追って何になるんだとか生意気にも思ったけれど、当たり前のようにブッチャーズが存在していたもう二度とない季節を記録した貴重な映像となってしまった、今となっては。
 
あの頃、当たり前のように「明日ライブだよ」とか「いまフリーダムにいるよ」とかメールをもらっていた頃のことを、『kocorono』本編やDVDの特典映像で吉村さんが話すシーンを観るたびに思い出す。
その意味で記録映像の強さを感じることもあるけど、それよりも自分のやったインタビュー記事、活字からその当時の景色、その場のやり取りを鮮明に思い起こすことのほうが多い。
 
吉村さんとぼくの関係は、たしかにプライベートでもよく飲んではいたけれども、基本はあくまでインタビューされる側とする側だった。最後までずっとそうだった。だから今もそのままでいいんだと思っている。
 

PROFILEプロフィール

椎名宗之(しいな むねゆき):音楽系出版社勤務を経て2002年1月に有限会社ルーフトップへ入社、『Rooftop』編集部に配属。現在は同誌編集局長/LOFT BOOKS編集。本業以外にトークライブの司会や売文稼業もこなす、前田吟似の水瓶座・AB型。

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