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編集無頼帖

HARAKIRI KOCORONO

2019.08.26

IMG_2982.JPGエムオン!のナンバーガール特番(アーカイブ映像の一挙オンエア)で個人的に楽しみにしていたのは、ナンバーガールには申し訳ないのだがブッチャーズとのツアー『HARAKIRI KOCORONO』のドキュメンタリー、『HARAKIRI KOCORONO TOUR 2000 at 長野CLUB JUNK BOX』と『HARAKIRI KOCORONO TOUR 2001』の2本だった。

2001年のドキュメンタリーは当時、VHSに録画して横浜は平沼橋の一人暮らしの部屋で何度も何度も繰り返し見て、いつか土佐高知で新鮮な戻り鰹を食べるのだと意を決したomoide深い1本だ(いまだドラゴンホース坂本の故郷である高知には行けていない)。たしかシンコーをクビになって、ロフトに拾われた頃だったと思う。

『HARAKIRI KOCORONO』というくらいだから、ブッチャーズは『kocorono』収録の不朽の名曲と、〈新曲〉として「燃える、想い」を披露する(長野のほう)。ソレダケでもうセンチメンタル過剰である。
吉村さんのギターは、サニーデイ・サービスの『LOVE ALBUM』のステッカーが貼ってあるオレンジのテレキャスター。
おれんなかでは吉村さんのギターといえばジャズマスターよりもこっちのイメージ。

この『yamane』発表の前後というのがちょうど仕事でもブッチャーズとご縁が生まれた頃で、当時は仕事上の付き合いと言うよりもただのファンで、純粋なファンでいられた最後の時期という意味でもomoide深い。
『yamane』は『youth(青春)』を例外とすれば今でも一番好きだ。極私的感覚で言えば『yamane(青春)』って感じ。

IMG_2983.JPG2000年のナンバーガールは『SAPPUKEI』の時期だから、当然そこからの曲が多い。ダントツで聴くのはインディーおよびメジャーのファーストか渋谷のライブ盤ばかりなので、『SAPPUKEI』の収録曲はやけに懐かしく響く。
でもやっぱり「はいから狂い」とかいま聴いてもサイコーだし、彼らの奏でる「プールサイド」は本当に美しい。

この頃の吉村さんは茶髪で迷彩の帽子を時折被っていて(よく覚えている)、あの人懐っこい笑顔とか、ちょっとはにかんだようにもぞもぞと話す姿を見て、お盆はとうに過ぎたけど、夏の暑い盛りに吉村さんが一瞬だけこちらの世界へ帰ってきてくれたような気がした。旧い友達と再会したような感覚。

当時、あまりに着倒して首がヨレヨレになったので捨ててしまった、〈HRKR KCRN〉の文字がフロントにプリントされたTシャツが今モーレツに欲しい。

PROFILEプロフィール

椎名宗之(しいな むねゆき):音楽系出版社勤務を経て2002年1月に有限会社ルーフトップへ入社、『Rooftop』編集部に配属。現在は同誌編集局長/LOFT BOOKS編集。本業以外にトークライブの司会や売文稼業もこなす、前田吟似の水瓶座・AB型。

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