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【ライブレポート】阿佐ヶ谷ロフトA「毒母ミーティング2〜信田さよ子先生をお迎えして〜」 2012.11.01

dokuhaha_6.jpg2012年9月13日(木)阿佐ヶ谷ロフトA
「毒母ミーティング2 〜信田さよ子先生をお迎えして〜」
【出演】小川雅代(『ポイズン・ママ』著者)/ 田房永子(『母がしんどい』著者)
【ゲスト】信田さよ子(原宿カウンセリングセンター所長)
【司会】北原みのり(ライター&ラブピースクラブ代表)



 2012/9/13(木)、阿佐ヶ谷ロフトAにて毒母ミーティング2〜信田さよ子先生をお迎えして〜が開催された。

 先立って2012年6月に行われた第一回毒母ミーティングはイベント開催後に賛否両論を巻き起こし、それ自体が毒母問題が理解を得ることの難しさを体現していた。
 参加者からの「こうして毒母問題を抱える娘が集まれる場所があるのは有り難い」、また「批判に言い返すことができず消化不良だった」という声にも答えるかたちで決まった今回の「毒母ミーティング2」。
 登壇者による数々の名言を振り返りつつ、イベントの模様をレポートします。

 今回の登壇者は前回に引き続きポイズン・ママ 母・小川真由美との40年戦争(文藝春秋)の著者・小川雅代さんと、母がしんどい(新人物往来社)の著者・田房永子さん。

 司会は今年4月に刊行した毒婦。木嶋佳苗100日裁判傍聴記(朝日新聞出版)が話題の北原みのりさん(ライター/ラブピースクラブ代表)。「ポイズン・ママ」「母がしんどい」の常軌を逸したような毒母の行動をときに爆笑しながら読み、自分と母との関係とは違うけれど「なんだかすごく分かった。」と言う。「それを『分からない』と切り捨てたりとか、『母の文句を言うな』としか反応しない人が少なくないことこそが、母娘問題の難しさかと思います。今日は母と娘の関係についてもっとみなさんと話したいと思ってきました。」

 メインゲストの信田さよ子さん(原宿カウンセリングセンター所長)は母が重くてたまらない(春秋社)等の著書で母娘問題に悩む娘たちから厚い信頼を寄せられているカウンセラー。信田さんの登場に客席からは熱烈な拍手が起こる。
 「一回目の噂は聞いていて、どうして私を呼ばないんだ!と思っていました。今日は仕事帰りでハイテンションなので失言多謝。」と早速ノリノリのご様子。

○回覧板としてみんなに見てもらえるには本しかない

dokuhaha_1.jpg まずは第一回「毒母ミーティング」を振り返り、イベント後によせられた批判について語った上で、「友達とかからも『なんでそんなにお母さんの事を嫌うの?』『育ててくれたんだし。』ってさんざん言われたと思うけど、それに対してはどんな風に返してました?」と北原さん。

小川「本を書く前は言われてたんですよ。『親なんてそんなもんだよ』『親に対する気持ちは複雑だからね』とか。そういう話って聞きたくないのかリミッターかかっちゃうみたいで、これはもうちゃんとリポートとして提出しなきゃ分かんないなと。回覧板としてみんなに読んでもらうには本しかないなと思って。(『ポイズン・ママ』を)書いた後は友達は一切言わなくなりました。『こんなひどいと思わなかった。僕の発言であなたを傷つけていたかも、ごめんなさい。』とまで言ってくださる方がいて。でも、ネットとかの一般の声だと批判はどうしてもありますね。」

田房「(本を書く前と書いた後は)全然違うと思います。出版までに4年くらいかかっちゃったから…漫画だから、下描きを描いてペン入れして、と何回も同じ話を読まなきゃいけなくて、その度に吐き出して、カタルシスみたいな感じでその作業は結構良かったです。最初下描きとか描いている時点では読み返す度に怨念が出てきちゃって、辛くて描けなかったりとかもあったんだけど、3,4年経つと人の話みたいに読めるし、気が楽なときに読むと『何だこの人』って笑っちゃって。本を出して良かったかは一言では言えないけど、描く作業は本当に良かったと思う。」

○『親のことを悪く言っちゃいけない』という言葉と戦って来た

dokuhaha_2.jpg 母について言及することで自分が傷つくこともある。信田さんも批判にさらされながら、長くお母さんの問題を世にアピールしてきた。

信田「元は、1996年の『アダルトチルドレン』(=AC/くわしくはこちら)という言葉からですね。お酒の問題があるお父さん、もしくはお母さんのもとで良い子として育って、大人になってから色んな問題が出てくる。そういうACの人達のカウンセリングを1990年頃からやってきて、不思議なことに気がついたんですよ。それは、当のアルコール問題のお父さんはそんなに大きく後々まで覆いかぶさるような問題ではない、ほとんどの人が抱えているのがお母さんの問題だったんです。一見被害者である『飲んだくれのお父さんと結婚して殴られ、暴言を吐かれ、よよと泣き崩れ、こんな人生を送るはずじゃなかったのに、という可哀想なお母さん』こそが子供にとってどれだけ重くて大変だったか。『母が重くてたまらない』の企画のときも、私は普通のことじゃん、母が重いのはあたりまえじゃーん、と思っていたんです。でも本が出たら結構反響があったので逆に驚いて。私は特殊な社会を生きて来たんだなと、世間ではお母さんの事を悪く言っちゃいけないんだと、気がついたんですね。それから15年以上、『親のことを悪く言っちゃいけない』という言葉と戦って来たという意識があります。世間の常識とはいかに残酷なものか、特に家族の中の子供に対して常識は絶対に味方をしない、親の味方をする。だから、子供の味方をする言葉を作らないといけないし、子供の味方をする本を書かないといけないし、何かあったら子供の立場に立たなければいけないというのが、私のカウンセラーとしての至上命題です。」

 そして震災後の「絆」という言葉に結びつけられた「強制された家族愛」の期間を脱した今、このようなイベントや毒母本の出版により娘たちがやっと声をあげられるようになったことを歓迎して、
「言っておきたいのは、親のことをバッシングしているのではない、ということ。いままで言えなかった親への思いを言いたいだけなんです。」
 と話した。

○簡単に「許せ」なんて言って欲しくない

dokuhaa_3.jpg信田「許すっていう言葉は簡単に言うべきじゃないと思ってるんですね。鶴見俊輔さん(1922- 思想家、評論家、哲学者)という偉い評論家の方がいるんですが、彼はずっと若い頃からお母さんのことを批判し続けているんです。僕は彼女を絶対に許さない、って。彼も許した方が良いのは分かっているし、許したら自分が楽になれると分かっていながら、絶対に安易には許さないというポジションを持ち続けているのは、本当に偉いなと思います。許しというのは許せないことは絶対に許さないという、その果てにあるものですからね。そんな簡単に許せなんて言って欲しくないなって、はっきり思います。」

 この言葉に田房さんが「カウンセリングとかどこ行っても『許せ』って言われます。いま目からうろこですよ。」と答えると、信田さんは「そんなの『うるせー』って言ってやればいいのよ!」と一喝。

信田「私は二人子供を産みましたけど、子供に許さないって言われたら、私は、許して欲しいと思う。でもね、世の中が息子や娘に『お母さんを許せ』ということは許さないですよ。許されなかったことが、親として良かったなと思い、それを受けるのが親だと思うんですよ。私は子供を育てたなんて思っていない。育ったと思っているんです。」

○加害者は加害記憶を喪失する

 毒母問題の時代背景を考えると、「団塊の世代の女性」が抱える問題がある。
 田房さんが読者からもらうメッセージで共通しているのは団塊の世代の母をもつ娘が受けてきた「股裂き教育」だという。

田房「結婚は絶対にしなさい、子供を産まないと一人前の女になれない、という一方で、離婚しても生きていけるように手に職をつけて一人で食えるようになりなさい、という教育。でもその二つを両立するのはすごく難しくて、頑張りすぎてそれに縛られちゃってると思うんですよね。」

信田「摂食障害の娘をもつお母さんたちってまさにそうなんですよ。『先生、やっぱり女も経済的自立ですよね。だから娘には絶対に大学には行って欲しいんです』『でもね先生、やっぱり女の幸せは結婚ですよね。それに子供も生まなくちゃ』と言うので、ではあなたは結婚して幸せだったんですか、と聞くと、う、と詰まって『まあ私は私ですけれど』って言うんですよ。」

田房「自分がこうやりたかったっていうのと、これがダメだったって言うのがそのまま娘にいっちゃってるんですよね。」

信田「敗者復活を全部やらせるんですよね、娘に。」

 また、毒母をもつ娘は子供をつくることを怖がっている人が多い。

田房「私は今自分が母親になって、前は怖かったんですけど今はあんまり怖くなくて。もうしょうがないなって思っている。お母さんみたいになりたくないっていう気持ちはあるんだけど、それって整形をしないで顔をお母さんに似ない様に保つような感じだと思うんですよ(変顔)。それは出来ないから。精神的な整形はできないから、それは娘から見たらお母さんずっと変な顔をしているなっていうことにしかならないと思うんですよ。結局はおかしいお母さんになる。だったら自然体で、やっちゃったことは後で謝れば良いかなと。やっぱり謝って欲しいっていうのはすごく大きいんです。謝ってくれたらどれだけ良いかっていうのは毒母をもつ人たちのテーマだと思うんですよね。」
 しかし信田さんによると「加害者は加害記憶を喪失するという法則」があり、「365日どんなチューブで歯磨きしたかなんて覚えていない」のと同じくらい、母は娘にしたことを覚えていないと言う。

北原「母親としては覚えていないこととか、悪いと思っていない、良かれと思ってやっていることを謝るのはすごく難しい。娘はごめんなさいと言うだけで救われるというけれど、なかなか謝れる母親はいないと思うんですよね。」

信田「それには二つ可能性があって、一つは娘が首をつるとか生きるか死ぬかという状態をつくると、死なれちゃ困るからごめんね、って言うんですよ。もう一つは、本や何かで『親は良かれと思ってやっても子供は傷ついていることがあるらしい。そういうときは悪いと思っていなくても親が謝った方が良いよ』というような外部の基準があると、『そうか』っていう風になるんですよ。」

田房「母の日みたいに『母が娘に謝る日』を国が作ってくれれば良いですよね(笑)。」

○父親の役割は母親を支えること

dokuhaha_4.jpg 第一回「毒母ミーティング」でも話題に上った「父親からの手紙」問題を経て、話題は父親と家族の関係に。

北原「父親は不思議ですよね。時々、父親が家族を皆殺しにする事件が起きるじゃないですか。あれ、何ですかね?」

信田「家族は自分のものだという私物化、所有感覚があるんだと思うけど、その感覚ってある世代から先はなくなると信じたいですよね。夫たちが母親の役割を少し分担する様になって、決して家族は自分で所有出来ない、妻も子供も所有出来ないと思うようになれば、というのが希望的観測です。」

北原「母親の役割、父親の役割、って単純化されて言われることが多いと思うんですけど、信田さんはその役割って何だと思いますか?」

信田「父親は母を支える役割ですね。子供に人生の指針を示すなんて必要は無いんです。母親の役割は、わがままをやることかな。そのわがままは子供を傷つけないんですよ。あんたのためにやったなんて思っちゃだめ。」

 信田さんのこの言葉には、田房さん、小川さんも大きくうなづいていました。

○アンケートより

 休憩を挟み、イベント後半は客席からのアンケートトーク。今回も答えきれないくらいのたくさんの質問・メッセージを頂きました。

質問:『自己肯定力がとても弱く、他者に救いが求められない。他者に救いを求めるときどんな気持ちでしたか?』

田房「私は、どうしても無理だ、実家にいる方が死ぬから、ってなって、人に頼る罪悪感より危険度が上回っちゃったので。(他者に救いを求めるには)いくとこまでいかないと、っていうのはあるかも知れない。」

小川「私は今完全に絶縁で5年ちょっとになるんですけど、なんでそうなったかっていうのは、母のせいでパニック障害になっちゃって、13kg痩せて、寝たきりになって一年半仕事出来なかったんですけど、そんな間も電話が鳴り続けて『まー(小川さんのあだ名)、気合いよ、気合い』とか、パニック障害になった人に一番言っちゃいけないことを言うんですよ。こういう病気になったからってパンフレットも送ってるのに、娘を追い込むんですよね、自殺に。そこでようやく、絶縁になりました。」

信田「みなさん生きるか死ぬかで出てるんですよね。」

小川「家から出ようと思ってもまず保証人の件でひっかかるんですよね。今はお金を払って『代行保証人』というのを使っているんですけど。あと、これは私の限られた例だと思うんですけど、書類に家族の名前を『小川真由美』と書くと『こんな大女優、そばにいてあげないと駄目じゃない』と不動産屋の個人的な感情で引っ越し禁止にさせられたり(笑)」

質問:『いつも母が気になってしまう。遊びに行ってもいつ呼び出されるかと気が気でない』

小川「分かります。いつも頭の上あたりにお母さんがいる気がして何も楽しめない。」

田房「お母さんに楽しみな出来事を事前に潰されすぎて、緊張感はすごくあります。今でも旦那に対しても『あ、なんか言われたらどうしよう』って、体に染み付いている。普通は何も心配しないでお母さんと遊んだりできるんだろうけど、お母さんを呼ぶと周りの人にも迷惑がかかるかもと思って、お母さんの事を嫌いじゃないのに避けないといけなくなる。読者からの声でも多いのが、彼氏にお母さんを紹介出来ないから結婚の話が進まないっていう。」

信田「モンスター系の母の『猛獣から目を離せない』という心配と、もう一つは可哀想な風をしていて『母には私しかいない。私が母を捨てたらどうなるんだろう』と心配にさせて母親から離れられないというパターンもありますよね。よくあるのは心臓系ですよ。左の胸が痛いとか、呼吸が…とか。」

田房「その心臓が痛い系のお母さんは、実際に離れると弱ったりするんですか?」

信田「全然そんなことないですよ。ぜんっぜん。でも一緒にいて目の前で見ている人には信じられないことですよね。それって薬とかアルコールに似ているんです。何十年も親しんで来たお酒を絶対やめられるはずないわ、って思うけど、強制的に離れると、無くても生きられるじゃん、と多幸感が襲ってくることがあるんです。だから、無理矢理離れてしまうというのもひとつの手ですよね。娘の『母には私しかいない』という思いと、母の『あの子は私がいないと』というのは表裏一体になっているんです。お互いに自分がいないと、と思っているんだけど、それでメリットを得ているのは母親だけで、娘は苦しいだけなんですよ。母親は苦しくないんです、目の端から快楽が漏れているんですよ。名女優なんです。」

質問:『母を恨んですっきりしたいけれど、父が真犯人のようにも思う。さらに父をそうさせた時代背景を思うと思考停止してしまう』

信田「本当にお母さんのことを思っているんですね。こんなに母親思いの娘達はいないと思いますよ。」

北原「その母親思いの裏には、男の社会に対してのおかしいなっていう直感とか、これは理不尽だよなっていう男女関係とか夫婦の関係があるからだと思うんです。母だけを恨んですっきりして逃げようって思いたいけど、私の場合は母を父親のもとに置いていていいのか、って苦しかったです。」

信田「斎藤環さんは母と娘は身体でつながっているから切り離せないと言っていて、そういう面もあるかもしれないけれど、私は母と娘は『同じ女として同じ苦しみを味わっているでしょ』という『同類感』が分ち難くさせてるんじゃないかなって思うんですよ。」

北原「そうなんですよね、私は母親が恋人みたいな感じでくるので、本当に『セックス出来ない恋人』みたいなんだなって思うと、どうしたら良いのか分からなくなる。」

質問:『母は現在75歳。毒母は団塊世代の母より一世代前から始まっていたのでは?』

信田「70代の毒母は娘に嫉妬がある人が多いんですよ。娘が幸せになるとウエディングドレスの裾を引っ張って足をひっかけるような。芸がないんです。団塊世代はもっと芸があるんですよ。私達世代の女性というのは世代的な恨みがあって、男女平等が嘘ばっかり、っていうのを嫌という程味わって来たから、その恨みを男に対してじゃなくて娘を使って晴らした。代わりに社会に復讐してちょうだい、でも私の様にちゃんと女として結婚して子供生むんだよ、という股裂きをやるとか。いずれ私は団塊世代が犯した罪みたいな本を書きたいと思うんだけど。」

北原「私の母も団塊です。私は母親の言うことに答えなきゃと思って、社会的に自立して、性の問題もちゃんとやって、立派な娘だなと思うんですよ。母の思い通りになんて生きたくないのにそうなっちゃってるんだなと思ったときに気持ち悪くなったりぞっとするような気持ちになるじゃないですか。私は一回だけ母にすごく切れた事があって、私は大学入試で津田塾に行きたくて、誰にも相談しないで津田塾を受けたんです。そうして受かった日に、母が私に言った言葉が『子供のときから津田塾に行って欲しかった』って。私ね、発狂しちゃって。でも自分でなんで発狂してるのか分からなかった。その気持ちって『乗っ取られる』怖さなんですよね。」

田房「そうそう、横取りなんですよ。」

信田「それは、母親の欲望の代理であるってことだよね。自分はいつも母の欲望の代理でしかないということ。母親はそういうことしょっちゅうやるよね。」

質問:『母に感謝しているところもあり、最近まで仲良し親子だと思っていた。しかし日常生活の中で母に憎しみを持ってしまい、その憎しみに罪悪感をもつ自分が嫌』

信田「とけた魔法は二度とかからないということですよね。シンデレラの馬車と同じで、かぼちゃになったら二度と馬車にはならない。仲良し親子というのは母も望んで娘もその方が楽だからそう思っているけれど、母の愛は所有感の表れだったという事実は、持ち続けるしか無い。逆に言えば、魔法がとけたのは受け皿が出来たからなんです。これだけのイベントが行われたり、本が出たり、当事者の勇気ある発言があるからこそ魔法がとけるので、そうしてネットや何かでつながっていく。私は最後は数の勝負だと思っているんですね。一人だと負けているんだけれど、ここに100人いるとしたら、100人の味方がいると思えば常識が何でもやっていけるじゃないですか。こういうつながる機会を捉えて、ネットというすごい武器を使って対抗勢力を作って行くのが現実的ではないかと思います。あらゆる母は毒母である、という新たな常識を作れば良いということですね。」

質問:『毒親から自信を持てないようなメッセージを受け続けて自己評価がとても低い。「見捨てられ不安」がある。どうやって克服すれば良いのでしょう?』

dokuhaha_5.jpg小川「私も見捨てられ不安は過剰なくらいにあります。それはしょうがないなと思って。私も暴言とか吐いちゃうけど、それで離れて行く人は離れて行くし、残った人は本当に付き合いやすい人だけでその方が楽だろうと今は思っています。」

田房「私は今もぎんぎんにありますよ。旦那にぶちぎれるときとか、結局私の事好きじゃないでしょ、見捨てるんでしょという怒りなんです。見捨てられたくなくて旦那を蹴飛ばしたのに、蹴飛ばしたら見捨てられるじゃないですか。この渦からどうやって脱出すれば良いんだろうと思って色んな本を読んでいるんですけど、自分は絶対将来旦那のことを杖で叩くおばあちゃんになるな、と思って。見捨てられ不安を解消するのが人生のテーマかもしれないです。」

信田「私は『自己評価が低い・高い』という言葉は一度も使ったことはないんです。何かの結果自分の中に生まれたものを問題にしてしまうと、それに捕われてしまう。いままで正当に評価されてこなかったから、他人の評価が正当なのかどうか分からない。わざと悪い事をして、これでもあなたは私を評価するのかと試しているんですよね。毒母を持つ娘のパートナーは、パートナーである女性からかなり暴言暴力を受けていると思うんです。生まれて初めて自分を承認してくれる人に出会うと、人はその人に対してこれでもかと暴力をしがちになる。それを肯定してしまうとDVを肯定することになるからね、それはまずいことだと思わないといけない。試したくても別の方法で試すようにした方が良いです。その不安はなかなか消えないし、10年経って消えるかどうかですけど、多分ね、毒母たちは母になることでそれが消えたんですよ。彼女達自身も母から承認されて来なかったけど、母になることで自分が全能の存在になれるから、解決しちゃったんです。そうすると娘はまた苦しくて、パートナーにこれでもかこれでもかとやると。ずっとそれが世代間連鎖してしまう。だからあまり「見捨てられ不安」という言葉は私は使わない方が良いかなと。一番良いのはこういう場やグループに出て、家族以外の人に認められる機会をもつことじゃないかなと思うんです。私はネットの効果はすごいと思う。孤立しがちな弱者である人たちがつながるツールとして、facebookとかtwitterとかは大事です。それを活用して、大丈夫ですよって言ってくれる人を、たくさん見つけると良いと思います。」
 

 「毒母」を生み出す社会や時代背景にも言及し、これからの世代に向けた希望となる言葉もたくさん聞けた今回の「毒母ミーティング2」。信田さんのおっしゃっていた「数の勝負」で、「母が重くてたまらない」と当たり前に声を上げられるようになるまで、「毒母ミーティング」は続けて行きます!

(阿佐ヶ谷ロフトA 児玉)

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