トップ > ニュース > 憂歌団のメンバーが新宿LOFTに集結

憂歌団のメンバーが新宿LOFTに集結 2010.11.23

kimura_atsuki.jpgkantaro_uchida.jpg日本を代表するブルース・バンド、憂歌団のメンバーが一堂に会すイベントが来たる12月2日(木)に新宿LOFTで行なわれる。出演は、木村充揮、内田勘太郎(ゲストにTHE BACK HORNのTHE BACK HORNの菅波栄純と岡峰光舟が出演)、花岡憲二のプロデュース・ユニットほか。もしこの顔触れに島田和夫が何らかの形で参加することになれば、1998年12月に東名阪で行なわれた憂歌団の冬眠宣言ツアーから実に12年振りに不動の4人が揃うことになる(現在のところ、島田の参加は未決)。
ちなみに、本誌2010年3月号のインタビューで木村は無期限活動中止中の憂歌団についてこう答えている。

──憂歌団は活動休止になって12年が経ちましたが、復活の予定はないんですか。
木村:うん、今んところはね。
──内田勘太郎さんはネイキッドロフトで定期的にアコースティック・ライヴを行なっているのですが、動向が気になったりしませんか。
木村:それこそ去年、活動休止になって初めて会いましたわ。京都の磔磔いう所で有山と勘太郎がライヴをやってるのを見に。有山が「木村、来いよ」言うからね。あいつも気を遣って、「勘太郎に言うたら気にするから黙っとくわ」って(笑)。勘太郎がいい加減なギターを弾いとったらイヤやなって思うたら、いい感じで弾いてんなぁ思うてホッとしましたよ。憂歌団は4人のもんやから、4人が集まらなやる気もないし、同じことをしたくもないからね。それよりもお互い違うことやってて、誰かしらが「おう、ちょっと集まってやろうか」ってなれたらええねんなと思って。ベースの花岡(献治)には「60になったらおまえから声を掛けろ」って言われてるんですけどね。60までまだだいぶあるなぁ…思うてたのに、気がついたらあと4年ぐらいになってきたんやけど(笑)。

なお、今月25日(木)に情報解禁となる出演者の追加情報もあるとのこと。果たして、まさかのまさかは起こり得るのか!? 今後の動向に要注目だ。

憂歌団(ゆうかだん):プロフィール
メンバーは木村充揮[当時は秀勝](vo, g)、内田勘太郎(g)、花岡憲二(b)、島田和夫(ds)の4人。1970年頃に大阪で結成。バンド名は「ブルース・バンド」の邦訳で、内田勘太郎が考案。
73年頃から京都で巻き起こったブルース・ムーヴメントのなかで、他のエレクトリック・ブルース・バンドに混じりアコースティックな持ち味を発揮。1975年10月にトリオレコード内のレーベル、ショーボートからファースト・シングル『おそうじオバちゃん』を発表するも、「掃除婦に対して差別的な歌である」との理由により放送禁止処分を受ける。同年11月にファースト・アルバム『憂歌団』を発表し、この頃から東京でもライヴを敢行。それ以降、マディ・ウォーターズやRCサクセション、シーナ&ザ・ロケッツ、ビギンといったアーティストたちとのジョイントやCM音楽の制作、はたまたアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌を手がけるなど幅広く活動する。
聴く者の背筋を震撼させるような圧倒的なライヴ・パフォーマンスを展開し人気を博し、後年にはストレートなブルースのみならず、ブギウギやレゲエ、カリプソ、沖縄音楽などにも接近して音楽性の幅を広げた。1998年にバンドの冬眠を宣言、同年12月に名古屋、大阪、東京で最後のコンサートを行なっている。