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INTERVIEW

トップインタビュー山本兵衛(『サムライと愚か者』監督)

隠蔽、嘘、忖度──真実よりも組織が優先される日本社会

2018.05.30

 いま「オリンパス事件」を憶えている人がどれだけいるだろうか? 2011年、経済雑誌FACTAがオリンパスの企業内で行われていた不正経理をスクープしたことで明らかになったこの事件は、世界の株式市場に激震を与え、海外でも大きく報じられた。しかし、当時この事件に対して日本国内の報道と海外での報道には大きな隔たりがあった。海外では「日本企業史上、最長期間に渡った最大の粉飾決算事件」(ウォール・ストリート・ジャーナル)と呼ばれ、リーマンショック以来の大きな経済スキャンダルと捉えられていたが、国内では当時の社長だったイギリス人マイケル・ウッドフォードの解任劇として報じられた。世界を揺るがす経済スキャンダルが、単なる日本のいち企業のお家騒動として矮小化されていたのだ。

 「オリンパス事件」を題材にしたこのドキュメンタリー映画は、事件の中心人物であるマイケル・ウッドフォードをはじめ、事件をスクープした記者や、海外メディア、オリンパス元専務らに、名門企業の中で一体何が起こっていたのかを丹念に取材していくことで、当時の会社の危機的な状況の中で、2つの大きな価値観の対立があったことを明らかにしている。それは、大きな不正に対し、信念と勇気を持って立ち上がったサムライと、疑問を抱くことなく卑怯にも不正を幇助したイディオット(愚か者)の対立として映画のタイトルに表れている。そこから浮かび上がるのは、グローバル化が進む現代社会において、なぜ日本のメディアは「忖度」し、「自主規制」を課していくのか、そして事件の「その後」を報道せず、全てが風化し「なかった事」にして「忘れていく」メディアの在り方と国民の「無関心」さだ。

 監督の山本兵衛が、この忘れられかけたオリンパス事件を今あえて取り上げることで問題提起しているのは、権威に対する脆弱さと偏狭的なまでの価値観、責任の所在を常に曖昧にするという、日本社会にずっと蔓延している社会構造だ。そして、いままさに森友学園問題、加計学園問題でも繰り返されているこうした隠蔽体質は、あらゆる分野でグローバル化が進む世界の中で、日本が確実に取り残される元凶になっていると警鐘を鳴らしているのだ。紆余曲折の末にこの映画を完成させた山本監督に話を伺った。(TEXT:加藤梅造)

 

間違った判断が詰まった箱を誰も開けたくない

 

 いまオリンパス事件を憶えている人は少ないが、監督はなぜこのテーマで映画を撮ろうと思ったのだろうか?

 

山本:僕自身も当時そういう事件があったなあという程度の記憶しかなかったんです。当初はイギリス人のマイケル・ウッドフォードが日本の伝統ある大企業の社長に就任した事から生じた文化の衝突を日本人側からの視点と外国からの視点の両方から描いたら面白いんじゃないかと思って制作を始めたのですが、撮っていくうちにもっと根深い問題があることに気づきました。それは、権力が道徳や倫理観をいかに腐らせるかということ。他にも日本のメディアの特殊性や閉鎖性など、日常からは遠い世界の事件に見えて実はすごく身近な問題がたくさん潜んでいることが分かったんです。

 

 事件はオリンパスで長年に渡って秘密裏に行われていた損失隠し・不正経理を経済誌がスクープしたことに端を発する。当時、社長に就任したばかりのイギリス人、マイケル・ウッドフォードは雑誌を読んですぐに前社長であり会長の菊川剛に、記事の内容が本当なのかどうかの説明を求めたが、なんとウッドフォードは突然解任されてしまう。解任理由はウッドフォードの独断的な経営手法にあるとされ、事件の真相について説明されることは全くなかった。


マイケルウッドフォード.jpg

山本:普通に仕事している人だったら誰でも経験しているようなことですよね。既得権益者たちが自分の権力を守ろうと奔走している間に状況はどんどん悪化していくという。映画の中でFACTAの阿部編集長が「既得権を守るために船を沈めている。愚者の船」と表現していますが、身近でも起こりうる問題であると同時に日本全体がそうなっているとも言えます。今回あまり描けなかったのですが、一番の犠牲者はオリンパスの社員達や一般の株主達なんです。会社で長年に渡るトップの不正が発覚して大騒ぎになったあげく、結局何も変わらなかった。こんな結末でいいのか?と問われれば、誰もがこれでいいとは言わないと思うんですが、実際の社会では政界でもスポーツ界でも同じようなことが起こっています。グローバル社会ではとっくに通用しなくなったやり方がいまだに温存されている日本社会の縮図のようだと。

 

 突然の解任に納得しないウッドフォードは、少数の協力者と共にスキャンダルの解明に奔走する。東京地検特捜部を始め、イギリスのSFO(重大不正捜査局)や米FBIも捜査に乗り出し、オリンパスに第三者委員会の調査を要求。多くの海外投資家もウッドフォードの復帰を期待した。国内からも多くの支援を得たウッドフォードだったが、しかし、結局彼がオリンパスに復帰することは叶わなかった。事件に関係した何人かの人物は辞任、逮捕されたが、事件のことを何も知らないという人物が新たに社長に就任し、オリンパス自体は上場廃止を免れて会社はそのまま温存されたのだ。

 

山本:ファイナンシャルタイムズ誌のジョナサン・ソーブル記者が言ってますが、「間違った判断が詰まった箱を誰も開けたくない」んです。開けたら誰かが責任を取らなければならないから、問題と責任はどんどん先送りされてしまう。それは日本社会全体の風潮でもあるのです。でも、本当にこのままでいいのか。原発の問題もそうだし、核兵器も同じですよね。日本は被爆国なのに核兵器禁止条約に署名しないってすごい矛盾だと思うんですが、アメリカの核の傘にいる現状では仕方がないんだって言い訳している。問題の本質には誰も触れたくないんです。

 日本はみんなで一丸となって国のため会社のためにがんばりましょうとやってきて、ある所までは上手くいきましたが、今至るところでそれがうまく機能しなくなっている。裸の王様を守れと一丸となってやってきたのが、今はそういう時代ではなくなっている。


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サムライなのか、愚か者なのか

 

 映画のタイトル『サムライと愚か者』は、ウッドフォードが、「正しいことが行われることを願って」協力してくれた一部の同僚達をサムライと称する一方で、「何も知らなかったと言い訳をする卑怯で臆病な」役員たちをイディオット(愚か者)と批判した言葉から付けられた。しかし山本監督は、作品を作る過程で別の捉え方をするようになった。「事実を犠牲にしてまで忠実に会社に尽くした役員達、違法であると知りながら不正会計処理を実行した社員達、彼らが会社を護るために忠実に尽くしたサムライであることは間違いない」、そして彼ら多数派にとって「自分の意見を主張し続けて、空気を読もうとしないウッドフォードは愚か者と見なされ、征伐された」のだと。

 

山本:日本人はよく自分達の集合的な存在を描く時にサムライという言葉を使いますが、侍というのは当時の特権階級だったわけで、よく言われるように正義感や忠義心が本当にあったのかどうか疑問ですよね。サムライは日本人の浄化された理想像に過ぎず、本当はただの愚か者なのかもしれない。自分を捨てて殿のために命を差し出すことがそんなに素晴らしいことなのかと。特にいろんな価値観がぶつかり合うグローバル社会の中で、個人として企業のために筋を通しましたっていうのがもはや通用しなくなっているんじゃないか。ただ、この事件の皮肉な所は、どちらの側も会社のためにと思ってやっている所ですね。


FACTA記事.jpeg

 最初に事件をスクープしたジャーナリスト・山口義正は、この事件によって海外では「一人ひとりは優しくて優秀だが、集団になると腐敗して暴走を始める」という日本人観ができあがったとコメントしている。

 

山本:僕が映画を撮り始めて最初に衝撃を受けたのが高山社長の記者会見の場面だった。あの会見の時点では日本のメディアも何かおかしいぞと気づいていて、結構厳しい質問をしているんです。ところが、司会者が「今日は新社長就任のおめでたい場なのでそういう質問は控えて下さい」と遮り、某新聞社の御用記者が「今後の抱負は?」といった当たり障りのない質問をするという茶番劇をやっているんです。あのやりとりを見ていると、これが日本のトップの企業なのかと愕然とします。

 

 今や、こうした茶番劇は日本のいたる所で見られる光景となっているが、だからこそ、真実を明らかにするというジャーナリズムの使命がますます必要になっているのは間違いない。と同時に、一つのテーマを掘り下げることが可能なドキュメンタリーの役割も重要になっていくだろう。

 

山本:本来、ジャーナリズムには中立性が求められますが、今後はジャーナリズムと言えども記者の個人的な視点がますます必要になると思っています。もちろん映画は、それがフィクションだろうとドキュメンタリーだろうと、映像作家の視点で撮られている以上、中立性が保たれているはずがないんですが、じゃあ中立性がない所で作品を作る価値はどこにあるのかというと、それは作り手の責任だと思うんです。この映画はウッドフォード側からの視点が多く、役員やウッドフォードに反対する側の視点が少ないと批判されるかもしれないけど、たとえ一方的であっても、僕は今回オリンパスで起こった事件をきちんとそのまま伝えることに価値があると思っています。ジャーナリズムとしては公平性を欠くかもしれないけど、このストーリーを語ることに価値があるかどうかは、僕がフィルムメーカーとして責任を負うかどうかです。

 いま日本ではまだまだですが、世界ではドキュメンタリーという表現手法が注目されている状況なので、日本でもいろんな人がどんどん作っていって欲しいですね。

LIVE INFOライブ情報

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サムライと愚か者 -オリンパス事件の全貌-
シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
 
 
監督・編集:山本兵衛
企画:チームオクヤマ
制作:VESUVIUS/POINT DU JOUR
共同制作:ZDF(ドイツ) ARTE(フランス) BBC (イギリス) SVT(スウェーデン)DR (デンマーク)
エグゼクティブ・プロデューサー:奥山和由 キャサリン・ブリンクマン ニック・フレイザー ケイト・タウンゼント アクセル・アルノ メッテ・ホフマン・メイヤー 
プロデューサー:リュック・マルタン・グセ  山本兵衛
共同プロデューサー:デボラ・バリヤス
撮影:関根靖享 
カラリスト:ギレルモ・フェルナンデス
音楽:ピエール・レフェブ(Saycet) 
配給・宣伝:太秦
【2015/ドイツ・フランス・イギリス・日本・デンマーク・スウェーデン共同制作/カラー/16:9/5.1ch/79分】
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