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鈴木賢司(Rooftop2018年3月号)

 10代の頃から天才ギター少年として脚光を浴び、1983年にアルバム『ELECTRIC GUITAR』でソニーからデビューして以降、グローバルに活躍するロンドン在住のギタリスト、Kenji Jammerこと鈴木賢司。1998年からはシンプリー・レッドのギタリストとしてミック・ハックネルから絶大な信頼を得ている彼が、今年はデビュー35周年を記念したイベントを母国である日本で一年を通じて開催するという。その第1弾であるトークショー『Talking about Rock Guitar』に続き、3月23日(金)に下北沢シェルターで行なわれる第2弾イベント『ROCK'N'ROLL FORCE』の開催に向けて、在英30年を迎える鈴木にメール・インタビューを試みた。(interview:椎名宗之)

本当にラッキーだった35年の音楽人生

──1月にネイキッドロフトで行なわれた『Talking about Rock Guitar』をやってみていかがでしたか。

賢司:日本にはたまにしか帰省せず、30年間という長い間じっくりと日本に腰を落ち着けて活動をしていなかったにもかかわらず、たくさんの人たちが集まってくれたことがとても嬉しく、驚きでもありました。トークショーイベントという形式に賛同して出演してくれたうじきつよしさんと佐藤タイジにも大感謝です。

──今年はデビュー35周年&渡英30周年を迎えるということで、一年を通じて日本で記念イベントを開催するそうですが、どんな意図があるのでしょうか。シンプリー・レッドの再結成プロジェクトがひと段落したことも関係していますか。

賢司:シンプリー・レッドは一旦世界ツアーに出てしまうと、2年間はスケジュールを拘束されてしまうので、シンプリー・レッドが世界ツアーをやらない今年2018年は日本で自分のデビュー35周年、渡英生活30年を祝うことができるという絶好のチャンスだと思いました。

──『Talking about Rock Guitar』で自身のキャリアを「ラッキーだった」とおっしゃっていましたが、改めて振り返ってみてどんな35年間でしたか。

賢司:19歳という若さでメジャー・デビューして、23歳で渡英したあと30年も海外でギタリストとして世界中のオーディエンスの前で演奏してきたという事実は、本当にラッキーなことだなと思います。

──この35年の間で賢司さんに絶大な影響を与えた人物、あるいは運命を変えた人物を3人挙げるとすれば誰になるでしょう。

賢司:月並みな答えで恐縮ですが、両親と、奥さんです。この世に生をもたらせてくれたのが両親で、結婚してからずっと身の回りの世話をしてくれているのが奥さんなので。もう1人挙げるとすれば海外の音楽を聴くきっかけを作ってくれた実兄でしょうか。

──賢司さんが『PURE ROCK』に出てくる人形・ガスの兄貴の声を演じていたり、実は『笑点』の出演歴があったり、『Talking about Rock Guitar』では意外すぎるエピソードが披露されていましたが、そういった知られざるエピソードが他にもあれば教えてください。

賢司:自分が渡英する前は亡くなった尾崎豊と呑み友達で、彼を誘ってまだ西新宿にあった頃のロフトによく呑みに行ったりしてました。吉川晃司も同世代で、ギタリストとして誘われたこともあるのですが、僕がちょうど渡英を決心した頃だったので、「僕よりもっと君に合うギタリストがいるよ」と布袋(寅泰)さんを紹介したのも僕です。それがCOMPLEX結成につながったみたいですね。

──ジャック・ブルースに渡英を勧められるも梯子を外されたような形になったり、この35年の間には挫けそうになる局面もいくつかあったかと思いますが、そうした難局をどう打破していきましたか。

賢司:僕自身、熱いロックンローラーとは全く正反対のボーッとしたタイプの人間なので、気合いで乗り切るとかは一切せずに流れに身を任せてきただけなんですよね。英国人がよく口にするスローガンの一つに「落ち着いて、やることだけやろう」っていうのがあるのですが、偶然自分の性格に合っていたみたいです。もしアメリカに渡っていたら、こんな性格では生きてゆけなかったかもしれません。

──帰国したときに感じる、日本の音楽シーンや日本のミュージシャンの特性、あるいは欧米と比べて足りない部分とはどんなところですか。

賢司:音楽は味覚と一緒で、味わう場所によって変わってくるものだと思います。西洋の味付けをそのまま日本で食べても、日本の湿度が高いせいで「こってりしすぎ」に感じてしまうように、違う場所に違う味の音楽があるということを世界中をツアーして回って痛感しました。だから足りない部分というのはないと思います。足りないというよりも、必然的に違うものが生まれて育つのが当たり前だと思います。

 

頭の中にはいつも音楽が流れている

──20代の頃に西新宿にあったロフトへよく呑みに行かれたそうですが、どんな思い出がありますか。

賢司:先ほどの質問でも答えたように、自分が渡英する以前によく呑みに行ってました。1985年くらいでしょうか。当時、自分のライブをアナーキーのベースの寺岡(信芳)さんに手伝っていただいたりしていたので、アナーキーやARBなどの打ち上げに参加させていただいてました。去年亡くなられた社長の小林シゲさんがまだカウンターの中で働かれていた頃です。4、5年前に再会したばかりだったので、彼が亡くなられたことが本当に悔やまれます。

──『Talking about Rock Guitar』の最後に「反原発のテーマ曲を」ということで「サマータイム・ブルース」を披露されていましたが、日本の原子力政策についてはどうお考えですか。

賢司:地震列島日本にこれだけの数の原発があることはクレイジー以外のなにものでないと思っています。しかしこれは日本だけの問題ではありません。実際、英国でも1980年代に原発事故がありました。なぜこんなに危険なものが世界中に存在しているのか、誰もはっきりとした答えを言うことができない。ということは、我々は明らかに何者かによって支配されているということは明らかなのでは? と思う次第です。

──『Talking about Rock Guitar』で「お前はお前のままでいい」「自分らしく突き進んでいくこと」を渡英して学んだとおっしゃっていたのが印象的でしたが、デビューから35周年を迎えたいま、創作活動やプレイの原動力となっているものとは何ですか。

賢司:ジャック・ブルースが生前、「小鳥に鳴くのをやめろと言っても、誰も止められないだろう」と言っていましたが、頭の中にはいつも音楽が流れているので、どうしてもギターを弾いてしまうのです。最近ではギターが手元になくても、ラップトップで何かしら音楽を創作しています。

──還暦を迎えるまでに成し遂げたいことはありますか。

賢司:ロンドンはいつも雨がしとしと降り、その間は家の中に引きこもりがちなので、還暦までにもっと健康な体を取り戻したいと切に思っています。

──3月23日(金)に下北沢シェルターで行なわれる『ROCK'N'ROLL FORCE』はどんな内容になるのでしょうか。

賢司:いま出演者の間で、どんな内容にしようかメールで打ち合わせしています。とても興味深い演目がそれぞれのメンバーから出てきているので、とても楽しみです。

──最後に、『ROCK'N'ROLL FORCE』へお越しになるお客さんに一言お願いいたします。

賢司:1月にネイキッドロフトで行なったトークショーではアコースティック・ギターを抱えてのイベントになりましたが、それをエレクトリックに持ち替えて、ドラムス(椎野恭一)とベース(トシ笠原)にも参加していただく形でのライブです。酸いも甘いも知った熟年プレイヤーたちによるギグなので、一体何が起こるかわからない、予定調和とは正反対の夜になると思います。楽しみにしていてください。僕自身もどうなるか、とてもワクワクしていますので。

 

Live info.

ROCK'N'ROLL FORCE
出演者:G. 鈴木賢司(シンプリー・レッド)/G. うじきつよし(子供ばんど)/G. 佐藤タイジ(シアターブルック)/B. 笠原敏幸/Dr. 椎野恭一
オープニングアクト:SAKi & the factor
2018年3月23日(金)下北沢シェルター
OPEN 18:30 / START 19:00
前売 3,000円 / 当日 3,500円(共にドリンク代別)
チケットはe+、ローソン(L:73203)、シェルター店頭にて発売中
問い合わせ:シェルター 03-3466-7430