フレンチ・ポップスへの回帰とフランス・ギャルの死
──「キスについて」もそうですが、今回はおおくぼさんが作曲した曲が過去最多で収録されていますよね。
松永:今回はサウンド的にも、おおくぼけいの加入に負う部分が大きかったと感じます。
──サポート時代から7年、正式メンバーになって3年、おおくぼさんの存在が3人と互角になったのを感じますが。
浜崎:単純におおくぼさんがいい曲をつくるからですよ。
松永:デモの投稿数がいちばん高いのもあります。とにかくたくさん持ってくるんですよ。
浜崎:同じ曲のタイプA、タイプBみたいなのもありますからね。
松永:そのモチベーションが今回は実を結んだところがあるんじゃないですかね。それに、おっしゃるようにおおくぼさんは後から加入したメンバーで、対バンとしてアーバンギャルドを5年くらい見ていたので、客観的に「アーバンギャルドってこういうバンドだよね」みたいなことをけっこう言うんですよ。
おおくぼ:「アーバンギャルドでこういう曲を聴きたいとみんな思ってるのにやってないよね」とか。
松永:そういうファン目線みたいなものがおおくぼさんにはあるんです。今回のアルバムは10年を振り返るような内容になったから、彼の第三者目線的なものが有効に発揮された部分があるんじゃないかと思います。
浜崎:あと、これまでのアーバンギャルドはバンドとしての見え方をすごく気にしていたと思うんです。たとえばメンバーが全員作曲ができるとか、そういう部分をアピールしたいみたいな。でも個人的に言えば、ボーカリストとして純粋にいい曲を唄いたい気持ちがいつからか芽生えてきたんですよね。仮に私が3曲つくるのをお願いされても、どうしてもできないときがあるんです。そこでなんとか頭を振り絞ってつまらない曲をつくるくらいなら、他のメンバーが用意したいい曲を唄いたい。おおくぼさんが書いてきた「キスについて」はまさにそんな曲で、ボーカリストとしてどうしても唄いたかったんですよ。曲が良ければ自分の曲じゃなくてもいいという心情の変化もこの10年のなかにはありますよね。こうして10年やってきたことが自信になってきているから、作曲の部分で必要以上に自己アピールをしなくてもいいんです。
──任せるところは任せて、楽曲全体のクオリティのさらなる底上げを図ったわけですね。新作を聴く限り、その目論見は成功したと思います。
松永:「キスについて」の歌録りをしていたとき、たまたまKERAさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)がいらっしゃったそうなんですよ。レコーディングのスタジオが同じだったみたいで。
浜崎:そのときは私しかいなくて、KERAさんがこっちの部屋に遊びに来てくれたんです。そこで「これ何の曲?」って訊かれたので「アーバンギャルドがアルバムを出すんですよ」って答えたら、「エッ! アーバンってこんなにいい曲やるの!?」って言われて(笑)。
──アーバンギャルドの楽曲にどんなイメージを持たれているんでしょうね(笑)。
松永:ガチャガチャしたうるさい曲ばかりだと思われているんじゃないですかね(笑)。
──浜崎さんが作曲した「あたしフィクション」はフレンチ・ポップスを下敷きにしたキラキラとして胸がキュンとくるメロディで、初期のアーバンギャルドを彷彿とさせる部分もありますよね。
浜崎:アーバンギャルドがいわゆる少女三部作を発表したころはフレンチ・ポップスのテイストを入れていたつもりだったんです。フレンチ・ポップスと渋谷系とナゴム系を混ぜ合わせた作り方みたいな(笑)。
おおくぼ:メジャー・デビュー以降、そういうフレンチっぽい曲が少なくなったんですよね。
松永:10周年記念アルバムの1曲目にどういう曲を置きたいかと考えたときに、フレンチ風の曲はむかしいくつかあったけど、バキバキのテクノポップでフレンチの曲はまだやってないなと思って。それでそういう曲が得意な浜崎さんにつくってもらったんです。
浜崎:「夢見るシャンソン人形」みたいな曲をつくってくれと言われて。「あたしフィクション」の原曲は、実は何年か前につくってあったんですよ。そのときは「ちょっと弱いね」とスルーされちゃったんですけど。
松永:ちょっとメロディは変えてるよね?
浜崎:もちろん変えてるし、おおくぼさんが「こっちのほうがいいんじゃない?」と言ってくれた案とかもいろいろ入れてみたんですけど、寝かせておいてちょうどいいタイミングだった気がします。今回はそういう復活曲がいっぱいあるんですよ。
松永:BPMをちょっと落としてみたら馴染んだとか、僕がその曲に見合う歌詞を見つけたとか、そういうことですよね。
おおくぼ:要するにその当時のモードじゃなかったんだろうね。
浜崎:そうそう。当時はあまりポップな路線じゃなくて、メジャー・デビュー以降はバンド感を強く打ち出していましたからね。
松永:たとえばむかしで言えば「女の子戦争」とかあの辺の曲は僕もいまでも好きなんですけど、ライブでやるとサウンドが薄くなっちゃうんですよ。
浜崎:緩急がないというか、盛り上がりそうで盛り上がらない。
松永:だからライブを踏まえた技術や音響的な知識を持ったうえでフレンチのバキバキした曲をつくろうってことで「あたしフィクション」ができたんです。あと、ちょうど「あたしフィクション」の歌録りをしている最中にフランス・ギャルが亡くなってしまって。
──「バースデーソング」でも「フランスギャルは好きさボンボン」と唄われたフランス・ギャルが。
松永:彼女の代表曲である「夢見るシャンソン人形」では自分のことを音の出る人形、つまりレコードだと唄ってるんですよね。それになぞらえて、「あたしフィクション」でもアーバンギャルドが10年間ともにしてきた少女はあなたのなかにあるただの歌だよと言ってあげたかったんです。