子どものころ、元気で明るくイタズラ好きで好奇心旺盛、親分肌で面倒見が良く、弱虫や輪の外の友達まで引っ張りこんで一緒に遊ぶガキ大将が近所にいなかっただろうか。勉強はからっきしだけど腕っぷしは強い。お調子者だけど友情に厚くて憎めない。泣き虫の友達をどうにも放っておけない。イギリス人の歌の主人公はそんな近所のガキ大将がそのまま大人になったような感じがするのだ。金にも境遇にも恵まれない、うだつのあがらぬバンド生活を送る日常だけど、根拠のない自信と夢と希望だけはある。九回裏、二死満塁の絶体絶命のピンチでも一発逆転ホームランを打とうとする心意気は充分にあるが、特大の空振りだってオッケー。尻餅をついてズッコケても、それで見る人が笑顔になるなら万事オッケー。それよりきみは大丈夫? こんな情けない男でもなるようになってるんだから、きっときみも大丈夫だよ! バッチコイで笑っていこうぜ! イギリス人の歌はそうやってぼくらの背中を押してくれるのだ。そんな彼らの最新アルバムのタイトルは『SMILE』。これほどまでに言動が一致した純朴なロックンロールが他にあるだろうか。笑顔は人に広がっていくし、大切な人と笑みをシェアすればもっと笑顔になれる。イギリス人は知っているのだ。笑顔とロックンロールが世界の共通言語であり、人の心も氷もとかすパワフルな武器であることを。(interview:椎名宗之/photo:丸山恵理)
ロフトに気に入られたのは才能があるから!
──ロフトレコードからリリースの打診があったとき、率直なところどう思いましたか。
黒沢ビッチたつ子りん(vo):「こいつらはもう自力じゃ売れないから手を差し伸べてやろう」って感じだったんじゃないですか?(笑) 最悪売れなかったらロフトから出す手もあるっていうのは、6、7年くらい前に大塚さん(新宿ロフト店長の大塚智昭)から言われてたんですよ。それから事務所を紹介されたり、自分たちでレーベルを探したり転々として、その結果「やっぱり売れないな」と判断されたんじゃないですかね。
──ロフトは以前からイギリス人のことをだいぶ贔屓にしていましたけど、なぜそこまでかわいがられたんだと思いますか。
たつ子りん:やっぱり才能じゃないですか?(笑) まず曲がポップだし、歌詞にひらがなが多い。だから小学生からF3層まで老若男女に受け入れられやすいし、さらにメンバーのキャラクターも濃くて棲み分けができてる。それで溺愛されたのかなと。
トムソンガゼル(bass):あと、お酒を呑むのがかなり好き。
たつ子りん:だけどお金を払うのはキライ。
サコ(banjo, mandolin):それはみんなそうだろ!
──先行配信されたシングルの「などわ」は既発曲でしたが、新曲で勝負したい気持ちはありませんでしたか。
たつ子りん:特に考えなかったですね。今回はあれよあれよと作業を進めなくちゃいけなかったし、シングル向きのいい新曲ができるかどうかもわからなかったし。でもいいタイミングでこの「などわ」を元にした映画(若林美保、渋川清彦の主演映画『などわ』)ができるということで、最初はそのサントラを作らないか? って話だったんですけど、予算の関係でアルバムも出さないと元が取れないってことになって。で、それならアルバムも出しますか? って感じだったんですよ。
──それから「などわ」以外の『SMILE』の収録曲をダーッと書き上げていったと?
たつ子りん:曲をつくりだしてレコーディングを終えるまでが2カ月くらいだったんです。
サコ:すっげぇ大変だった。いままでのレコーディングでいちばん大変だった。
たつ子りん:仮に10曲入りだとして10曲つくったところで全部採用されるわけでもないので、レコーディングまでの期間を考えて事前に40曲つくることにしたんです。そこから15曲まで絞ってメンバーに聴かせたんですけど、その15曲を練習する時間がなくて。つくりすぎたのはいいけど、10曲しか練習できないってことになったんですよ。それが最終的に9曲になって、もう1曲なんとかならないかなぁ…と思っていたところへレコーディングの前々日くらいに1曲できたんです。ギターとかは練習できないままレコーディングに突入しちゃって。
──最後の最後にできたのはどの曲なんですか。
たつ子りん:「東海道本線」です。
荒川貴文(electric guitar):あれは本当にギリギリにできましたね。
たつ子りん:生まれて初めてケータイのボイスメモで録音して、メンバーに聴かせました。それまではカセットテープを駆使した人生だったのに(笑)。
──短期間の曲づくりとレコーディングが逆に功を奏したところはありませんでした?
たつ子りん:ないです(きっぱりと)。ぼくは基本的に急かされてもケツに火がつかないタイプで、むしろゆっくりさせてくれって思っちゃうんですよ。
トム:ぼくらは急かされるのは慣れてますけどね。今回も「ああ、いつものこの感じね」みたいな。
サコ:ただ今回はあまりの急ピッチだったので、自分は元から曲を書けなくて良かったなと心底思いましたけど。
──「などわ」以外の9曲もどれも純粋にいい曲ばかりだし、よくそんな短期間で完成にこぎつけましたね。
たつ子りん:ショックなのは、レコーディング用に15曲つくって、そのなかに「SMILE」って曲があったんですよ。練習までたどり着かなかったっていう。
──前のアルバムのタイトル曲が次のアルバムに入るって、バンドにはよくあるじゃないですか。
たつ子りん:次に入れるときは「SMILE 2」か「続 SMILE」になってるでしょうね。それか「SMILE ビヨンド」。
トム:それじゃ『アウトレイジ』だよ!(笑)
──「東海道本線」では清水駅から東京駅までの35の駅名が連呼されていたり、「ROGUE 1」は生まれて初めて新宿ロフトへ行ったときの思い出が語られていたり、みなさんのお里を知れるような曲が図らずも並んでいますね。
たつ子りん:特に意図したわけではないんですけどね。トムと貴文は千葉生まれで、錦糸町まで1時間で来れちゃうんで。そもそも2人は東海道本線に乗ったことがないだろうし。
トム:ないですね。
貴文:縁もゆかりもないですね。
たつ子りん:サコは静岡で、ぼくは清水に住んでたんですよ。それで清水駅から駅名を早口で言ってるんですけど、静岡駅は入れてないんです。
サコ:だからぼくとしては物申したいところがあるんですよ。清水の前に、静岡、東静岡、草薙も入れろよって(笑)。