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『52Hzのラヴソング』ウェイ・ダーション監督(Rooftop2017年12月号)

 映画の娯楽性や醍醐味を端的に伝える手法の1つとして古くからミュージカルがある。『雨に唄えば』『シェルブールの雨傘』などのクラシック作品から、近年に至っては、ブロードウェーでのロングランから映画化して大ヒットした『レ・ミゼラブル』、80年代ロックをMTV風に取り入れた『ロック・オブ・エイジズ』、ビッグバンドジャズスタイルの古典的ミュージカルを現代に甦らせた『ラ・ラ・ランド』など、優れたミュージカル作品が絶えることなく作られ続けている。そして今年、台湾で17曲の完全オリジナルのラヴソングを起用したミュージカル映画が公開され大ヒットを記録した。
 手がけたのはウェイ・ダーション監督。台湾の歴代興収1位を誇る『海角七号 君想う、国境の南』をはじめ、抗日暴動・霧社事件を描き日本でも大ヒットした『セデック・バレ』、プロデューサーとして日本の永瀬正敏、大沢たかお、坂井真紀などを起用し『海角』に迫る興収を上げた『KANO1931 海の向こうの甲子園』など、これまで台湾の歴史を背景にした作品を撮ってきたウェイ・ダーション監督だが、今作では、バレンタインの1日を視点に世代も性別も超えた様々な愛の形と出会いを描き、誰もが楽しめるエンターテイメント作品に仕上げている。今回、なぜミュージカル映画だったのか? タイトルの「52Hz」に込められた本当の意味とは? 来日したウェイ監督に訊いてみた。(TEXT:加藤梅造)

最後はハッピーエンドにしたかった

 
──台湾ではミュージカル映画は珍しいと思うのですが、今回なぜこの手法を選んだのですか?
ウェイ:ミュージカルを観るのは好きですが、まさか自分自身がミュージカル映画を撮ることになるとは思ってませんでした。今回は最初からミュージカルを撮ろうとしたのではなく、物語が先にあって、そのストーリーをどう見せるのが一番いいのか? いろいろ考えた時に、思いついたのがミュージカルでした。登場人物達の愛に対する期待、あるいは彼らが直面する現実、それらをミュージカルという手法でより深く描写できるのではないかと。実のところ、キャストは歌手が多くて、本来、ダンスはあまり得意ではなかったんです。だから映画では華麗なダンスシーンを魅せるというよりは、登場人物達が、暮らしの中で感じる嬉しさや躍動を表す表現として自然にダンスするという表現にしました。
──タイトルに使われている「52Hz」は他のクジラと周波数が違ってコミュニケーションが取れない孤独なクジラが発する周波数のことで、このクジラをモチーフに都会の孤独な若者のことを描いたそうですね。
ウェイ:物語は、私の周りにいる30代の若者達を観察して作った話ですが、もちろんそれぞれのキャラクターには私の経験が反映されています。売れないミュージシャンのダーハーについては、彼はかつての自分そのものだと思いながら脚本を書いていたし、撮影ではまさに自分を撮っているような気持ちでいました。彼は彼女から別れを告げられますが、一緒にいたいという気持ちを懸命に伝えます。
──監督にもそういう女性がいたのですか?
ウェイ:今の妻がそうです(笑)。僕も彼女といろいろあったんですが、結果的には円満になりました。映画を観た人の中には「実際、こんなにうまくいくわけないよ」って言う人もいるんだけど、いや僕は上手くいきましたよって(笑)。だから映画も最後はハッピーエンドにしたかったんです。
 
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愛については普遍的でそこには違いも国境もない

 
──映画の中にはメイメイとチーチーというレズビアン・カップルが大きな意味を持っていますが、監督の意図はどのようなものでしたか?
ウェイ:このテーマは都会を生きている若者の孤独ですが、実は人間はみな孤独です。同性愛の人は社会の偏見もあって孤独を感じることが多いと思うのですが、私の周りの同性愛の友人達の多くは明るくて前向きなんです。だからメイメイとチーチーのポジティブさは映画全体をすごく明るくしていると思います。
──台湾ではアジア最大と言われるLGBTプライドパレードが行われる一方で、保守的な人達の反対も大きいと聞きます。監督はそういう状況をどう感じていますか?
ウェイ:どこの国にも過激な集団はいます。同性愛に反対する人でもその多くは少し抵抗があるぐらいだと思うのですが、一部の過激な集団が大げさに煽るんです。一方LGBT側にも極端な人がいる。それはかえって反対派が攻撃する口実を与えてしまう。お互いに過激にやりすぎるのはよくないと思います。でも考え方を変えれば、肉体という事ではなく愛についてじっくり考えれば、おのずといい結果が生まれるはずです。つまり性別問題について様々な違いがあったとしても、愛については普遍的でそこには違いも国境もない。そういうことを伝えたいのです。
──今作では台湾での公開前にニューヨーク、ボストンなど、北米で先行上映ツアーを行ったそうですが、監督は「故郷を離れている台湾人に観て欲しかった」と言ってます。そこにはやはり台湾が持つ国際的な複雑さも関係しているのでしょうか?
ウェイ:台湾の国際的な事情はこの映画の直接的なテーマではないですが、若干はそういう意味合いもあると思うんです。太平洋の中でなかなか仲間を見つけられない孤独なクジラ、それは台湾の姿にも似ているのではないか。この映画は「愛と、孤独ではない」というメッセージのハッピーエンドな映画だけど、これをアメリカで上映して故郷を離れた台湾人に観て喜んでもらうということ、それ自体は孤独ではないですよね。ちなみに巡回上映中のキャッチフレーズは「太平洋上、孤独な声を無くすように」というものでした。ただ、中国で上映する時はこのテーマを大きく出すのは難しいかもしれませんね。
 
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今の30代の若者は夢はあるけどそれを実現できない

 
──監督はプレスリリースで「社会全体が暗い雰囲気に包まれた今、甘く幸せな映画を観て欲しい」と書いてますが、暗い雰囲気というのは具体的にどういったことでしょう?
ウェイ:今の30代の若者は夢はあるけどそれを実現できないという状況に陥っています。私達の世代はまだよかった。努力すれば夢が叶うような幻想があった。いまの30代はそこまで夢を見れない。だから何も信じられなくなり、結局そういう若者は孤独を選択してしまう。ひとりぼっちで自分だけよければいい。「暗い雰囲気」とはそういう世界のことです。
──それは日本の社会状況と似てますね。
ウェイ:それは深刻ですね。夢が見れなくなったのは社会に対してだけでなく、愛に対してもそうで、結婚って必要ですか? 恋愛って必要ですか? 子供って必要ですか? そういうことを考えなければいけなくなってしまった。でも結局の所、人間は一人じゃやっていけないんです。
──前作の『セデック・バレ』では日本統治時代の台湾で起こった先住民セデック族による抗日暴動・霧社事件を描いていました。今作は原住民そのものはテーマでないと思いますが、出演者には原住民の人が多いですね。
ウェイ:キャスティングの時にはあまり意識していませんでしたが、結果的に原住民の出演者が多くなりました。歌唱力という点で言うと、原住民の人は本当に歌が上手いですからね。前作『セデック・バレ』で主役のモナ・ルーダオを演じたリン・チンタイも原住民タイヤル族です。『セデック・バレ』の中では人をたくさん殺した彼ですが、今回はパン職人としてひたすらパンを焼いてます。この落差も面白いでしょ(笑)
──では日本の観客に向けてメッセージを。
ウェイ:この映画は今の世の中を生きている観客のために撮りました。単に、つらい、寂しいというだけの映画ではなく、最後は甘くてハッピーな気分になれるような、そういう作品です。この映画を観た人が、自分の生活について、愛について、あるいは命に対して、より前向きな気持ちになって、生きる自信を持つことができたらいいなと思います。
 
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