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INTERVIEW

トップインタビュー「三里塚のイカロス」代島治彦(監督)インタビュー

“あの時代”は何だったのか? 三里塚の農民とともに国家権力と闘った若者たちの記憶

2017.10.02

 森田童子の『みんな夢でありました』という曲がある。「あの時代は何だったのですか」という歌い出しが印象的なこの曲は、過ぎ去った過去へのノスタルジアと悔恨を歌ったもの悲しい曲だが、1952年生まれの森田童子にとって「あの時代」が60年代末から始まり70年代初頭に終焉していく学生運動の時代だったことはよく知られている。この曲がリリースされたのは1980年だが、金銭的、物質的な豊かさを享受し、後のバブル時代へまっしぐらに向かっていく当時の社会の中に、森田がこの曲で歌った「何もないけど ただひたむきなぼくたち」の居場所は、もうどこにもなかったのかもしれない。

 世界的にも「政治の季節」だった60年代後半、学園キャンパスや国会議事堂前以外に、多くの学生達が集まった場所があった。千葉県成田市の「三里塚」だ。戦後の開拓農民によって開かれた静かな農村地区が、突然、全国的に注目されたのは、1966年、佐藤栄作内閣が、数年前から構想していた国際空港の建設地を、それまで進めていた別の地域から、急遽、三里塚に変更したからだ。事前に何の相談もなく、ある日突然「ここから出て行け」と言われた農民達は当然のように反発し、「空港反対同盟」を結成して抵抗運動を開始した。それに呼応したのが、全国の学生達だった。大学の不正や日本政府のベトナム戦争への加担などに反対していた学生にとって、日本政府が三里塚で行っていることは社会不正義の象徴であり、抵抗する農民達に協力することはごく自然な流れだった。

 あれから50年。長い闘争の末にようやく開港した成田空港からは、毎日多くの人達が飛び立っていく。かつてそこで何があったのかを気にする人はほとんどいないだろう。戦後の引き揚げ者たちが必死になって開墾し、そして守ろうとした田んぼや畑があったことも。

 三里塚の人々は、なぜ国が計画した空港建設に抵抗したのか。相手は国家権力という、とうてい勝ち目がないかにみえる闘いを、なぜあれほど長期間闘えたのか。そこでいかに悩み、苦しみ、傷ついたのか。この途方もない抵抗の記憶が忘却され、権力者によって都合のいい歴史に書き換えられる前に、お上に屈しなかった抵抗者達の記憶を次の世代へ伝えたい。焦燥感にも似た思いから、映画監督の代島治彦は現在の三里塚を訪れ、かつて空港反対運動を闘った農民達への取材を粘り強く重ねて、2014年にドキュメンタリー映画『三里塚に生きる』を公開した。それから3年。代島監督はもう一本の"撮らねばならなかった"三里塚のドキュメンタリー映画を公開する。それがこの『三里塚のイカロス』だ。代島監督にとって三里塚とは何なのか? 成田空港の滑走路の下に一体どんな記憶が埋まっているのか?(TEXT:加藤梅造)

一人の女性の不条理な人生

代島「私は1958年生まれなので、小学校高学年の時に全共闘運動が盛り上がっているのは感じてましたが、自分が大学生になった頃にはもう終わってしまってた。その後、小川プロ制作の三里塚に関するドキュメンタリー映画は見ていましたが、僕が直接三里塚と関わることになったのは、カメラマンの大津幸四郎さんから現地に行こうと誘われたからです」
 
 小川プロとは小川紳介監督が作った映画制作プロダクションで、三里塚で闘う農民と共に生活しながら撮影した一連の「三里塚」シリーズはドキュメンタリー映画として高い評価を受けている。シリーズ第一作の『日本解放戦線 三里塚の夏』(1968年)でカメラマンを務めたのが大津幸四郎だった。この時、大津が三里塚を訪れたのは実に45年ぶりだった。
 
代島「実際に行ってみるとただの空港がある街でしかない。ところが60代、70代の農家の人に会って話すと、かつては闘っていたということがわかるわけです。ただほとんどの人は当時のことを話そうとはしない。もう他の場所に移転しているし、今さら話した所で何が変わるわけでもないと。そんな状況の中で、逆にもし彼らが今まで語ってこなかった話を掘り起こせたら、歴史的な証言が得られるんじゃないかと思い、それで作ったのが前作『三里塚に生きる』でした。実際、1971年に自殺した青年行動隊のリーダー三ノ宮文男さんの母親をはじめ、貴重な証言がたくさん集まった。今まで話したくても話せない状況だったんだと思いました」
 
 代島が大津幸四郎と共同で監督した『三里塚に生きる』は、小川プロが残した膨大なアーカイヴ映像と大津が3年がかりで撮影した現在の農民達の姿をマッシュアップ的に重ね合わせ、三里塚の歴史を今に伝える新たなドキュメンタリー映画として大きな反響を呼んだ。一方、本作は農民と共に闘った若者達の人生にカメラを向けている。
 
代島「前作を撮っている中で、外から支援に入った若者達がたくさんいたことを知りました。政治の季節だったあの時代、社会変革の理想を持った多くの若者達が農民を支援するために三里塚に集まっていた。彼らは一体、今どうしているんだろうという思いが湧いてきたんです。パンフレットにも書いたんですが、2013年に元活動家のある女性が自殺したことを知ったんです。彼女は辺田部落の農家へ嫁に入った支援の女性で、夫と一緒に最後まで反対闘争を続けていたんですが、2006年に移転したことで、責任感の強い彼女はずっと罪悪感を持っていた。「同志に顔向けできない」と。そんなことが今でもあるのかとショックを受けました。お通夜の間、僕は『一人の女性の不条理な人生』に強い憤りを覚えたんです。この時の気持ちが今作を撮ろうと決めたきっかけです」
 
 三里塚ではその長い闘争の中で、農民、警察、学生のそれぞれの側に多くの死者が出ている。
 
代島「前作は、闘争の途中で自殺した三ノ宮文男という青年の無念さを今でも抱えながら生きている農民達の姿を描きましたが、今作では、支援者の中にも死者を弔う気持ちで生きている多くの人がいるということを描きたかった。逆に、元中核派だった岸宏一さんに対しては自分の組織が人を傷付けたり、死に至らしめたことに対して、今どう思っているのかを聞きたかった」
 
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そんなに簡単に忘れていいのか

 農民の三里塚闘争を支援する左翼団体には複数の党派があったが、その中の一つ、中核派が起こした一連の内ゲバ事件は、運動全体に暗いイメージを落とした。
 
代島「僕は小学生の時に全共闘運動を見て、単純にカッコいいと思いました。子供が軍隊に憧れて軍国少年になるのと同じです。それが、70年代になって連合赤軍事件があり、中核派による内ゲバ事件があり、社会運動に対して社会がどんどんシラけていった。僕等が学生の頃は〝シラケ世代〟って呼ばれてました。ただ、自分の精神としてはずっと社会変革や革命に対するある種のあこがれはあって、それをどう実現していくかを模索しているうちに、気がついたら映画の世界でフラフラしていた(笑)。それで50歳を過ぎて三里塚に行ってみたら、ああ、やっぱり自分はあの時代に影響を受けていたんだと思うわけです。あの時代って何だったんだろう、あの頃の若者達の昂揚感は一体何だったんだろうと。僕は三里塚を舞台にそれを描きたかった」
 
「1969年から1971年には赤軍派や京浜安保共闘(革命左派)から多くの若者達が援農に来ていた。その中の一人に大槻節子さんという女性がいたんですが、彼女は後に連合赤軍事件で殺されてしまう。当時は三里塚の農家の人達も大変なショックを受けたそうです。それで、連合赤軍と三里塚の関係も聞きたくて、大槻さんと一緒に援農に入っていた女性に何度か話を聞きに行ったんです。ただ、彼女は大槻さんのことをずっと心の中に抱えてきて、今まで他人に話したことはないと。結局、映画に出てもらうことはできませんでした。だから今回は連合赤軍のことまでは描けませんでしたが、三里塚という場所には本当にいろんなものがあるんだと思いました」
 
 1972年の連合赤軍事件で悲惨な同志殺しが発覚したことで日本の学生運動が完全に失速した。だが、革命を目指した当時の若者達の純粋な思いまでも葬り去ってはならないという思いで、若松孝二監督が映画化したのが『実録・連合赤軍』だった。この『三里塚のイカロス』にも若松監督と同じ動機があるように感じるのは私だけではないだろう。
 
代島「三里塚闘争に対して過激なイメージしか持っていない人は多いし、今はそれすらも忘れられている状況ですが、あそこですごく大事なことが行われて、いろんな人が傷ついたり死んでいったりしていることをそんなに簡単に忘れていいのかという思いはあります。僕自身も取材する前は、活動家に対して恐いというイメージを持っていました。(元プロレタリア青年同盟の)中川憲一さんは、管制塔を占拠した人だから相当過激な人なんだろうなあ、と(笑)。でも会ってみたら全然そんなことなかった。それは元中核派の岸宏一さんに対してもそうでした」
 
 映画を見て思うのは、登場する元活動家の人達は決して特殊な存在ではなく、おそらくは社会的関心が少しあって、ちょっとだけ正義感が強い人なんだろうということだ。時代が違えば、おそらくもっと平凡な人生を送っていたのではないかと想像してしまう。
 
代島「昔はセクトが主流だったからオルグされると純粋な若者はそこに入っちゃったけど、でも精神としては今も昔も同じだと思うんです。三里塚の援農に入った人も、管制塔を占拠した人も、みんなたまたまなんです。誰かのために何か力になりたいという気持ちですよね。今回登場する元活動家の中で、本当にセクトでバリバリと働いた人は岸さんぐらいで、他のほとんどの人は、国が農民から土地を奪って空港を作るのはおかしいと思って始めた人達です。今、世の中がすごく保守的になっていて、特に若い人は、決められたルールに従って真面目に生きないとすぐに脱落してしまう恐怖があると思います。本当は若者こそ、自由に生きたり、自分を探したりしていいはずなんだけど。今のような社会だと、何かが間違っていると思った時に、ちゃんと社会を訂正する力、修正するエネルギーが生まれづらいんじゃないかと逆に心配になりますね」
 
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LIVE INFOライブ情報

『三里塚のイカロス』
シアター・イメージフォーラム他にて全国ロードショー
 
監督:代島治彦 
出演:加瀬勉、岸宏一、秋葉恵美子、秋葉義光、前田深雪、ほか 
撮影:加藤孝信|音楽:大友良英|写真:北井一夫
2017年/日本/カラー&白黒/138分/DCP/5.1ch
 
問い合わせ:シアター・イメージフォーラム 03-5766-0114
© 2017 三里塚のイカロス製作委員会
 
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