本物とまがい物の比率にバンドの個性が出る
──「惑星マンドラゴラ」はこの『プレイガール大魔境』を象徴するような楽曲で、AメロとBメロはすごくマニアックなアレンジと展開なのに、サビになった途端一気にポップになるじゃないですか。アングラな雰囲気から大衆性のあるものへ変幻自在にはじける感じがいかにもキノコホテルっぽいなと思って。
M:その辺の狙い撃ちは毎回確信犯よ(笑)。キノコホテルはサイケだGSだガレージだ昭和だ何だと言われますけど、自分が志向しているのはどう転んでもいいからポップでありたいということなんです。そのさじ加減があえて言葉にせずともキノコホテルのテーマにしてきたことだし、本能的にポップなものを目指してきたところがあるの。
──本作の特筆すべき楽曲はやはり14分弱の大作「風景」だと思うんです。支配人の三線、ケメさんのスチール・ギター、ふぁびゑさんの島太鼓という編成も謎ですが、中盤以降のジャーマン・テクノっぽい展開もさらに謎で(笑)。
M:今回の「風景」には沖縄、ハワイ、ドイツの要素が入っているわけ。最終的にはまた沖縄に戻ってくるんですけどね。沖縄の浜辺でウトウトしている間にヘンな夢を見て、気がつけば日が暮れていたみたいな感じかしら(笑)。ちなみにあの三線は、沖縄へ行くといつもお世話になっているOutputの上江洲(修)から強奪したものなの。
──ああ、やっぱり(笑)。だけどあのサイケデリックな展開はキノコホテルのジャム・バンドとしての側面の面目躍如といった感じですね。
M:「風景」の原曲は、冒頭のゆったりした部分のギターに琉球音階っぽい要素が取り入れられてはいたんだけど、今回は欲張って三線と島太鼓を露骨に入れてみたの。その後ろで鳴っているスチール・ギターはハワイっぽいし、自分でも訳が分からないわね(笑)。
──ある種のフェイク感と言うか、「風景」の琉球っぽさ、「荒野へ」のジャズっぽさ、「あたしのスナイパー」の英国スパイものっぽさといった具合に、その道を突き詰めることなく“〜っぽい”で終わるという絶妙なプラスチック感がいいですよね。
M:あくまでもパロディが良いの。そこは本物を目指してもしょうがないし、そもそも目指せないし、無理はしない主義なので。無理せず面白いものを作るのが第一。でもその程良い塩梅が重要で、本物とまがい物の比率にキノコホテルの個性が出ているんだと思う。
──そう言えば、「荒野へ」ではアーバンギャルドのおおくぼけいさんがピアノでゲスト参加されているんですよね。ゲスト・ミュージシャンを起用しているのはキノコホテルとしては異例だと思うのですが。
M:そう、非常に珍しいことです。でもどうしてもピアノの音を入れたくて、おおくぼくんにお願いしたわけ。
──ご自身で弾いても良かったのでは?
M:ワタクシにはピアノの素養がないんです。「荒野へ」を似非ジャズっぽい方向に持っていく構想が浮かんだ時点で、これはピアノを弾ける人がいないとダメだなと思ったの。それで真っ先に思い浮かべたのがおおくぼくんだった。ゲストを呼ぶのはたしかに異例なんだけど、アーバンギャルドとキノコホテルは何かと癒着があって(笑)仲がいいし、彼なら何でもやってくれるはず! と思って。
──冒頭で「ゴーゴー・キノコホテル」が始まる前にキノコ航空からの無情な機内アナウンスがあるように、キノコホテルならではの音楽の翼に乗った世界紀行が全体を貫く本作のコンセプトとしてあるわけですよね。
M:バンドの音楽を通じて巡る魔境の旅とも言えるし、作品全体がキノコホテルという世界の周遊とも言えるわね。いずれにせよテーマパークみたいなトラベル感、レンジの広さを今回は打ち出したかった。
珍スポットも王道の観光名所も決して外さない
──キノコホテルの世界紀行は東南アジアの怪しい裏通りにも踏み込むけど、アンコール・ワットとか誰もが知る観光名所は絶対に外さないみたいなところがありますよね。
M:そうね。決して珍スポットだけではなく、割と王道な場所もしっかりと押さえていると思います。それが結局ポップであるということなんだけど、この『プレイガール大魔境』はただポップなだけのアルバムではないし、だからこそハードコア・パンク調の「愛と教育」みたいに途中で奈落の底へ突き落とす楽曲もあるわけ(笑)。魔境には何が潜んでいるのか分かりませんからね。突然裏の路地に連れ込まれるかもしれないし、巨大な落とし穴に落ちてしまうかもしれないし。
──古今東西のポピュラー・ミュージックの作品を見渡しても類型がないですよね。過去の楽曲を取り上げてはいるけど、これも紛れもなくもう一枚のオリジナル・アルバムですし。
M:過去の楽曲を再録するにしても、そこに明確なテーマを据えたコンセプチュアルな作品に仕上がっているのは自分でも非常に気に入っているわ。まぁ、それも特にヒット曲がないことが幸いした部分もあると思うの。誰もが知る大ヒット曲はいじりづらいし、そこまでの大ヒット曲がないことを逆手に取ってみたわけです。ベスト盤なんていうものはヒットメイカーの人たちが作るもので、キノコホテルみたいなバンドにベスト盤なんか必要ないから。そう言うとネガティブに聞こえるかもしれないけど、でもだからこそ『プレイガール大魔境』みたいに面白い作品を作れたんだと思う。結果オーライよね。
──先ほど支配人が、キノコホテルのことをいまだにGS歌謡だ昭和だと言う人がいるとお話しされていたのが意外なんです。音楽的にもこれだけ振れ幅が大きく新しいことに果敢にチャレンジしているのに、色眼鏡で見るのは単純にもったいないですよね。
M:単にいまのキノコホテルをご存知じゃないんでしょう。ワタクシたちのことをよく知らなくても「キノコホテルってアレでしょ? 昭和だよね?」なんて話している輩は己の無知をさらけ出しているようなもの。そういう方にこそ『プレイガール大魔境』を聴いて欲しいですけどね。このアルバムを聴いてもなお「昭和」の一言で片づけるのだとしたら、そもそも昭和のこと自体よくご存知じゃないのねと思ってしまうわ。
──仮に「昭和」と言われることをプラスに転じるならば、キノコホテルの音楽は肉感的であり、実体の得られないバーチャル感とは無縁ということじゃないですかね。バンドとリスナーの摩擦係数が高いと言うか。
M:そうね。人間がやっている音楽の生々しさがあるって言うのかしら。いま思えば、初期のキノコホテルの音はアナログ感がちょっと強すぎた気もするの。当時はあれで良しとしていたんだけど、昔の音楽をそのままやっているバンドではないので、3枚目(『マリアンヌの誘惑』)辺りから程良くリッチで現代的な音の質感も欲しくなったのよね。
──『マリアンヌの革命』以降、いまのキノコホテルが求める音のバランスや音圧の雰囲気を嗅ぎ取ることに長けたエンジニアの杉山さんとの相性もいいし、理想的なアナログ感のアップデートに近づけたとも言えませんか。
M:実を言うと、今回のマスタリングでアナログ記録方式のオープンリールテープを通しているの。「風景」みたいに長い楽曲はテープが途中でなくなって大変だったけど(笑)。でも非常にいい経験ができた。杉山さんみたいに現代的かつ立体的な音を録れる方に録音をお願いして、それにオープンリールテープという音の魔法をかけてあげることでいい風合いに仕上がったので。
──魔法のかけがいがある作品ですよね。詳しくは書けませんけど、最後の最後にとんでもない仕掛けまで用意されていますし。
M:まさかのオチが待ってますからね(笑)。創業10周年の節目に出す大切なアルバムなのに、どうしても悪ふざけをしたくなっちゃうの。