キノコホテルの創業10周年記念作品『プレイガール大魔境』は単なる再録ベスト盤と片づけることのできない大変な意欲作であり、遊び心と実験精神を大いに注入して生まれ変わった楽曲の数々を堪能できる秀逸なコンセプト・アルバムだ。大胆すぎるスクラップ&ビルドを原曲に施しながらもバンドの振れ幅の大きさと懐の深さを如実に感じさせる手腕にはたしかな成長の跡が窺えるし、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、インド、沖縄、ハワイ、果ては宇宙に至るまで音楽の翼で巡る魔境紀行をさまざまな楽器と多彩にも程があるアレンジの異種交配で描き切るセンスと力量は感服の一言。バンドの才気煥発の極みとも言うべきこの10周年の総括盤をめぐり、キノコホテルの創業者にして支配人、マリアンヌ東雲に話を聞く。(interview:椎名宗之)
いまの4人の音で全部録り直すのが条件
──過去の楽曲の数々にお色直しした作品を発表する構想は以前から温めていたものなんですか。
マリアンヌ東雲(以下、M):そういうわけでもないの。ワタクシはやれ寡作だの、もっと短いスパンで作品を作れだのと執事から言われてきたんですけど、自分としてはよくこれだけの作品をいままで出してこれたなと思います。2010年に一作目(『マリアンヌの憂鬱』)を出して、去年の『マリアンヌの革命』で5枚目でしょう。ミニ・アルバムも2枚(『マリアンヌの休日』、『マリアンヌの逆襲』)出しているし。多作ではないけど寡作ではないと思うのね。それだけの枚数があると集大成的な作品を求められるものなのか、以前在籍したレーベルの方にベスト盤を出さないかと提案されたことがあるわけ。それは既発曲を並べるだけのコンセプトで、即刻お断りしたんです。
──時期尚早であるとの判断からですか。
M:それもあるけど、単にその企画に魅力を感じなかったの。ウチはこれまでに従業員が変わったり、アルバムごとにエンジニアの方や音作りの方向性が違うので、それを一緒くたにしたベスト盤を出すなんて甘く考えて欲しくないわと半ば怒り気味に断りました。ただ、その提案をきっかけに過去の作品をまとめることについて初めて考えてみたわけ。安易なベスト盤はイヤだけど、再録なら考えてみてもいいわ、って。でも録り直すとなると予算がかかるし、その話は立ち消えになったんです。そりゃこのご時世ですからレーベルも安く作品を作りたいんでしょうけど、そうは問屋が卸さないわよ(笑)。
──それが創業10周年を迎えて、過去の作品をまとめる機会が訪れたと。
M:そうなの。今回も再録は絶対に譲れない条件だったし、ジュリ島さん(電気ベースのジュリエッタ霧島)が入社していまの4人になった音で全部録り直す条件を呑んでいただけないことには実現しなかった。
──ジュリ島さんが2012年の暮れに入社することがなければ、そもそも『プレイガール大魔境』みたいな作品は生まれなかったようにも思えるし、電気ベースの交替はこの10年における大きなトピックの一つですよね。
M:ジュリ島さんはこちらの一方的な指示に対しても頑張って食らいついてくるの。言い訳や口答えを一切しない人だし、迷いや悩みを冷静に捉えてバンドに合うフレーズをちゃんと持ってくるスキルを持っている。彼女が入社したことでバンドが非常にやりやすくなったし、彼女がいることでだいぶストレスも軽減されたわ。ふぁびゑさん(ドラムスのファビエンヌ猪苗代)もジュリ島さんからいい意味で刺激を受けてプレイヤーとして向上したと思うし、そうやって相互作用が生まれるのはリズム隊の理想形よね。
──『マリアンヌの憂鬱』の録音時にエンジニアの中村宗一郎さんからコテンパンにダメ出しされたことを思えば、ふぁびゑさんの成長は著しいものがありますね(笑)。
M:あの時のふぁびゑさんはダメ出しに泣くし、リズム録りはとにかく難航しましたもの。でもあれはワタクシにとっても初めてのアルバムの録音で、自分のパートを録りながら全体像を組み立てる作業は手探りだったし、いま思えば初々しかったわ。
音楽的にも成熟したいまの姿を知らしめたい
──この『プレイガール大魔境』ではいわゆる定番曲をあえて外して隠れた名曲をピックアップしていますが、選曲はどんな基準で?
M:現在と過去のコントラストを強調したかったと言うか、いまの4人になってからのキノコホテルのアップデートが狙いで、ここ最近の実演会ではあまり披露されていないような古めの楽曲が割と多くなったわね。実演会の選曲に際してケメさん(電気ギターのイザベル=ケメ鴨川)やふぁびゑさんが古い楽曲をやりたがってもワタクシが却下するという場面はたびたびあったの。なぜワタクシが古い楽曲をやりたがらないのかと言えば、当時はもちろん真面目に作った楽曲ではあるけど、いま聴くとやっぱり自分の感性とズレがあるからなのね。バンドって、「結局はファーストが一番いい」なんてよく言われますけど、キノコホテルもそれに当てはまると思っている方が割と多いことを活動の流れで知りまして。それはリスナーの勝手なので別に構わないんだけど、自分としては非常に腑に落ちないところがある。著名なミュージシャンや歌手の方がコンサートで新曲をやっても反応が薄くて、古い曲をやると俄然盛り上がるなんて話をよく聞くじゃない?
──いまのジュリー(沢田研二)みたいな感じですね。
M:そうそう。ジュリーはそれでも新曲・新作にこだわり続けているイメージ。ちょっとおこがましいけれど、ワタクシはそういうジュリーみたいなスタンスにシンパシーを感じるんです。キノコホテルの胞子たち(ファン)の中にも初期の楽曲にこそキノコホテルらしさがあると感じている人がいて、それに対して反発したい時期もあったの。でも当たり前だけど昔の楽曲も自分で作ったものだし、それをあまり邪険にするのも可哀想だなと思って。ただ、いまのキノコホテルはあなたが好きで聴いていた頃からだいぶいろいろとブラッシュアップされて世界観も広がって、音楽的にも成熟して面白いものになっているのよって言いたいし、そのことを意外と知らない人が多いので。昔の楽曲もそれはそれでいいんだけど、いまの4人の空気感やいまのワタクシの気分でアップデートするとこうなるんだから、というのを半ばお遊び気分で残しておきたかった。それをやるなら10周年というタイミングが相応しいと思ったのね。こうして作り終えてみると、当時の仕上がりに未練のあった楽曲が集まった気がする。楽曲自体は優れているけど、当時はバンドを率いるリーダーとして未熟だったり、いちプレイヤーとしてスキルが伴っていなかったりね。
──それは表現者である以上、一生付いて回るものなんでしょうね。
M:「ガールズバンドはヘタで荒削りなくらいがちょうどいい」なんて言われ方をされるのがイヤだったし、ここで一度バンドの仕切り直しをしたい気持ちもありました。それで今回は半分本気、半分お遊びみたいなアルバムを作ることにしたわけ。10年間バンドを続けてきた自分へのご褒美になるような、制作過程も楽しめるような作品にしたかったのよ。
──コアなファンほどオリジナル楽曲至上主義と言うか、原曲を壊さないで欲しいと願う人も多いと思うんですよ。でもこの『プレイガール大魔境』はかなり大胆に攻めたアレンジをしているにも関わらず、イヤな気持ちにはならないんですよね。むしろこれだけ豊富なアイディア、振れ幅の大きいアレンジの才に感服することしきりと言いますか。
M:分かりますよ。90年代にリミックスものが流行りましたけど、自分のすごく好きな曲がリミックスで逆にダサくなってしまった時の失望感は自分もリスナー時代に経験したことがあるので。今回の『プレイガール大魔境』はそういうリミックス盤に近いんだけど、オリジナルのほうが…なんていう失望感を味わわせることは絶対にないという根拠のない自信があったの。
バンドの歴史や自分の音楽遍歴がうまく融合した
──「悪魔のファズ」は“ファズ”なのに「ジンギスカン」をベースにしたミュンヘン・ディスコ+スカのアレンジという異色のナンバーじゃないですか。でも妙な中毒性があるんですよね。
M:あれは半ばギャグだけど確信犯ですね。「これは『ジンギスカン』でいくわ」と3人に伝えて原曲を研究させて、ワタクシの独断で一方的にアレンジを進めていったわ。どの楽曲もそんな感じ。3人がそのやり方にちゃんとついてくるのが面白いの。
──「球体関節」は浮遊感のあるスペイシー・サウンドだし、タンブーラが起用された「おねだりストレンジ・ラヴ」はシタールっぽい鍵盤も相まってラーガ・ロックみたいだし、フランソワーズ・アルディの「さよならを教えて」のフレーズが加味された「還らざる海」はフレンチ・ポップスの趣もあるし、やりたいことを思うがまま縦横無尽にやっているのに不思議と統一感があるんですよね。
M:単なる思いつきとひらめきだけで強引に突き進んだ感じもあるけど、一曲ごとの音の世界観は自分でも面白いと思うわ。バンドの歩んできた歴史や自分の音楽遍歴がうまく融合して、こういうまがまがしい世界を形成していると言うか。
──これだけ多彩に一曲ごとに異なるアレンジを施すとなると相当な労力でしょうし、もしかしたら新曲だけのオリジナル・アルバムを作ったほうがラクだったのかもしれませんね。
M:そのことは途中で気づいたわ。過去の楽曲だから勝手知ったるものだし、どんなアレンジにしようがすんなりいくだろうと踏んでいたのに、いざ作業に取りかかってみると厄介なことに手を出してしまったなと思って(笑)。まぁ、そういうスリルも含めて楽しんで作りましたけどね。
──一番厄介だった楽曲はどれなんですか。
M:完全未発表曲の「惑星マンドラゴラ」かしら。作品としてちゃんと着地するかは割と実験だったので。ぼんやりとできていたメロディも大幅に手直ししたり、歌入れの直前までいろいろと調整したの。コントロール・ルームでエンジニアの杉山(オサム)さんが待機している中で即興でコーラスを付けたりして。あと意外と苦戦したのは、「あたしのスナイパー」の歌入れですね。
──アレンジではなく歌ですか。
M:この歌、すんごい唄いづらいの!(笑) ファーストに入っているオリジナルはちょっと歌謡曲っぽく、ややねちっこい歌唱スタイルで、あのアルバム全体がそういうテイストなんだけど、いま聴くと個人的には非常にクドい。今回はできるだけドライにしたくて、その落としどころをあれこれと考えあぐねたわね。ドライなんだけど、多少ムードもないとな…ってところで。暑苦しくなりたくもないし、その微妙なニュアンスの方向性で迷う部分はあった。
──「惑星マンドラゴラ」の話が出てきたので伺いますが、楽曲の原型はいつぐらいからあったんですか。
M:原案を思いついてデモを作り始めたのは去年の頭くらい。アイドルに楽曲提供をしたいと思って作ることにしたの(笑)。
──だからサビで視界が開かれていくようなキラキラした感じがあるんですね。これ、お蔵入りさせていたのがもったいないくらいの名曲じゃないですか。
M:おかげさまでそう言っていただくことが多いです。MVも作りたいと思っているところなの。
──MVもこの「惑星マンドラゴラ」で来るのかと思いきや「あたしのスナイパー」で、その外し方もキノコホテルらしい“アッカンベー!”だなと思ったんですよね。
M:「あたしのスナイパー」は非常にヴィジュアル化しやすい楽曲ですからね。聴いているだけで画が浮かんでくる力が楽曲にあるし、そこは素直に乗っかろうと思ったんですね。MVで分かりやすい世界観を見せることで今回のアルバムに興味を持ってもらって、いざ聴いてみるとどの楽曲もリード曲になり得るくらい一曲一曲が濃密であることを知っていただきたいの。
──もし「惑星マンドラゴラ」でMVを作るならどんな内容になるのでしょう?
M:構想はすでにあるのよ。まず、唄っているのは自分じゃないの。『スター誕生!』みたいなセットの中でスターを夢見る歌手の卵がオーディションを受けて、最後にワタクシが札を挙げる。ヘッドフォンを片耳に当てて険しい顔をしながらその子の歌を聴いてね(笑)。
──審査員とスカウトの一人二役ですか(笑)。
M:キングレコードのスタッフもこの曲を非常に気に入ってくれているので、ワタクシの希望がある程度叶うのならそういうMVをぜひ作ってみたいわ。