世界中から注目される釜芸(釜ヶ崎芸術大学)
今やココルームよりも有名になったとも言えるのが、ココルームが2012年から始めた釜ヶ崎芸術大学(略して「釜芸」)だ。「学びあいたい人が集まれば、そこが大学になる」という主旨のもと、市民会館や公園、学校など、釜ヶ崎にある様々な会場で様々講座やワークショップが開かれ、釜ヶ崎の日雇い労働者はもちろん、地域を問わず誰でも参加できる自由大学だ。
上田:釜芸を始めたきっかけは、スタッフの発案なんですよ。釜ヶ崎の人達の高齢化がどんどん進んで、なかなかココルームまで足を運んでもらえなくなり、こっちから街に出て行こうと思ったから。街を大学に見立てたのはこの街自体が人生の学びの場所だと思うから。あと「釜ヶ崎」と名付けることにも政治的な意味があったんですね。つまり釜ヶ崎という名前にネガティブなイメージを持つ人達は、この名前を消していこうと考えているようです。私たちは運動を名乗れる程の活動はしていませんが、しかし、このまま釜ヶ崎をなかったことにされるのではなく、この名前から考えてもらいたい。あと、釜ヶ崎という言葉は地名であると同時に、人間誰もが釜ヶ崎的なるものを持っていると思っています。孤独だったり、人生の困難だったり、自分が辛い時にひとりぼっちで寄る辺がない時、そういう状態を釜ヶ崎的と言っていいんじゃないかと。だから東京にも釜ヶ崎的な人がいるし、イギリスにもシリアにもどこにでもいる。自分の中のそういう部分に気づくことで、いろんな人との関わり合いの糊代ができるんじゃないかなと。
芸術大学と言っても難しい議論ではなく、おしゃべりしたり、習字を書いたり、朗読をしたり、みんなで絵を描いたり、遊ぶように時間を共有することが、釜芸のめざす芸術だ。
上田:すごく敷居は低いです(笑)。誰でもすぐ参加できますから。それに、小さなささやかな体験が芸術振興に資すると思うんです。例えば私たち時々、釜ヶ崎のおじさん達と一緒に美術館に行くと、すごく面白い見方をするし、アーティストの人もおじさんたちにすごく刺激を受ける。それは文化政策的には言っておきたいですね(笑)。
ココルームも釜芸も非常に創造的なカオス空間と言えるが、そういう場所を一時的ではなく継続的に維持していくことはなかなか難しいことではないだろうか。
日当たりがよく気持ちのいいシングルルーム
上田:難しいです。でも私が自分自身の表現を諦めてないので、しぶとくやっています。この経験は私の表現の肥やしになると野心的に思っています(笑)。利己的なことと利他的なことは両方必要で、そこは自分の野心を自覚していれば、常に冷静でいれるはずだし、何かあった時にどう心のバランスを取るかに役立つんだと思います。
アートは社会に対して何が出来るのか? この難しい問いかけに対してココルームほど多様で先進的な取り組みをしてきたものもなかなかないと思うが、この先、ココルームは何をやろうとしているのかを最後に聞いてみた。
上田:そんなにやりたいこともないんです(笑)。ただ、2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されますよね。当然そこではアートも活性化されるわけだけど、そこでさまざまな人が切り分けられて、表現しづらい人達、わかりにくい人達、例えばホームレスや元犯罪者、寄る辺ない人などが切り捨てられたら、イベントに消費されて後になんにも残らないと思うんです。その状況は避けたい。ココルームを15年やってきて思うのは、私たちのような団体はすごく少なくて、必要とされてないのかもしれない。ただ、希望の部分では、ミッションや目指してる方向が根源的に共通している人達は世界中にたくさんいることもわかってきた。そういう人達と出会って知恵を出し合ったり手を携えてやっていけるといいなあと。あとココルーム単体としては、今の活動をもう少し継続することで次のフェイズに行きたい。この社会の中で仕事場を作るという裏ミッションがあるんですが、今はゲストハウスというハードを作ったので、あとはそれをどう運用していけるのか、挑戦です。基盤を分厚くしたい。あまり表にでないことだけど現実にはお金の問題、担い手・スタッフ体制の課題がある。ここに沢山の人が宿泊して、出会ってもらうことで、お金にもなる。関わる人が増えれば、いろんな知恵も動きも増える。そして、地域との関わりをもっと模索したい。地域と世界、両方ね。欲張りだけど、大変だけど、でもその行き来がないと面白くないんだよね。
ココルームには、いつも問いかけがある。
答えられないような問いを持ってやってくる人がいる。
いっしょに話していると、自分の奥にある問いが起き出して、
さらに問いは深くなってゆく。
答えはひとつではないと、思っているけれど、
迷いすぎると体に毒だ。
ふくらみのあることばで答え、
迷ってもいいよ、と背中をそっと押してくれる人がいると、
さっきまでのこわばりがほぐれて、
ほんのすこし、見えている景色が明るくなる。
そう思えたとき、こころにやわらかな風が入ってくる。
(上田假奈代)
中庭にて。假奈代さんと、ココルームに行くとたいてい会える画伯・安藤さん