4人で作り上げた音として聴こえるのが重要
──そこへ行くと、若干インド音楽っぽい要素も感じられるコミカルなアレンジの「回転レストランの悲劇」は新機軸の部類ですよね。
M:ブラジルかどこかのニュー・ウェーブのコンピレーションCDを聴いていて、年代的にはその辺の音楽を意識したつもりが、出来上がってみたら訳が分からないものになっていた感じね(笑)。狙ったものとは別の方向に行っちゃったけど、まぁいいか…って感じの曲がキノコホテルには割と多いのよ。これはこれで悪くないわね、みたいな。
──本作は1曲目の超絶グルーヴィーな「反逆の季節」からいきなり心をわしづかみにされますが、このインストゥルメンタルは歌詞が載ってもおかしくないメロディ・ラインですよね。
M:たしかにちょっと歌メロっぽいわよね。「反逆の季節」は、実を言うと一昨年くらいから着手していたんだけど、なかなか落とし所が見つからなくてお蔵入りになりかけていた曲なの。自分でも歌詞をつけて歌モノにすべきか、インストにすべきか、ちょっと悩んでいたのね。でも最終的には、ワタクシのオルガンとケメ(イザベル=ケメ鴨川)のギターが拮抗し合うというキノコホテル本来の特性を活かしたインストにして良かったと思う。
──入社して早3年半が経つジュリエッタさんの存在感が前作以上に増しましたよね。ベースで始まる「おねだりストレンジ・ラヴ」でも「愛はゲバゲバ」でも曲全体を牽引しているのは縦ノリで硬質のベースですし。
M:リズム隊ふたりのフィット感がようやく実を結んだ感じね。ベースとドラムのアンサンブルだけで聴かせる瞬間が今回の作品には非常に多くて、ここはギターもオルガンも要らないのでよろしく、と任せられる部分が多かった。それと、今回はミックスでも割とベースを前に出してるの。ワタクシはそういう音作りが好きだし、ベース・ラインから曲を考えることも多いので。キノコホテルの楽曲で肝になっているのはやっぱりベースなのよね。
──楽曲の肝は転調の妙もあると思うんです。やさぐれ感のある「てのひらがえし」がサビになるといきなり夢心地なメロディになる展開もクセになりますし。
M:演奏している自分たちを飽きさせないための策でもあるわね。妥当に行きそうなメロディ・ラインを裏切りたい気持ちもあるし、かと言って訳の分からない、音楽的に破綻した方向には行きたくない。そのバランスを取る意味でも意表をつく展開を考えるのは楽しい。
──本作は全体的に音をむやみに詰め込みすぎず、隙間を活かした音作りになっているように思えますね。歪みすぎず、クリーンすぎることもない音も魅力ですし。その辺は意識されたんですか。
M:今回は小ネタとしてテルミンやスタイロフォン(小型の電子楽器)といった楽器を曲によって使ったり、アレンジに趣向を凝らしてはいるんだけれども、凝ろうと思えばいくらでも凝れるところをどの辺で止めるかのジャッジが非常に重要で、なおかつとても難しかったの。あまりやりすぎても良くないし、キリがないですからね。ひとつの基準としては、あくまでもワタクシたち4人で作り上げた音として聴こえること。今回もゲスト・ミュージシャンを入れず、4人だけで完成させたかったアルバムなので。4人以外の人がいろいろと手を加えているんじゃないの? って思われるようなことはキノコホテルでやろうとは思っていませんからね。
──中村宗一郎さんや南石聡巳さんといったエンジニアとタッグを組んだ諸作品の音も素晴らしかったですが、本作のエンジニアである杉山オサムさんとの相性がかなり良かったことが窺える作品ではないかと思うんですよね。
M:オサムさんは限られたスケジュールのなかですごく頑張ってくださったし、生みの苦しみと喜びを共に分かち合えた感があるのよ。連日の深夜作業に付き合ってくださるエンジニアさんなんてなかなかいませんからね。ジャッジに迷っている時にいろんな案を出してくださったりもしたし。ただ、あの方はドラムとボーカルを出すのが好きだとご自身でもおっしゃっていて、ワタクシはさっきも話したけどベース推しなの。その辺りの良い落とし所を理論的な説明と共に見つけてくださったわね。良い作品を生み出すのはとても苦しいし大変なことだけれど、それもまた一興と思えたのはオサムさんの力も大きかったと思う。
チョーヒカルのボディペイントを起用した意図
──オサムさんのアドバイスで化けた曲もあるんですか。
M:「赤ノ牢獄」がそんな感じだったかしらね。全体の音色とか、ドラムをちょっとデッドにしてみたりとかのアイディアを出していただいて。1番のサビが終わって音がじんわりと曇ったようになるところはオサムさんが勝手にやってくれたんだけど、あれも良かったわ。あと、オサムさんと相談してファズ・ギターの入れる場所を変えてみたりね。そういう遊びができるようにクリックを使って、上物の素材をいくらでもループできるような録り方をしていたの。ギターとオルガン、ボンゴにコーラスと上物の素材がたくさんあったので、それをパズルのように整理していく感覚が面白かった。
──「赤ノ牢獄」はちょっと人力テクノみたいなところもありますよね。
M:そうかもしれない。去年出した「夜の禁猟区」(会場限定CDに収録)というインスト曲で初めてパズルみたいな作り方のアプローチをしてみたの。その時は別のエンジニアさんに録ってもらったんですけど、その方があえてループさせたり、切ったり貼ったりするのもいいんじゃないかと提案してくださったのよ。普通にドラムも録ったのに、最終的には前半を全部リズムマシーンに差し替えちゃったのよね。最後の最後の大詰めの部分でようやくドラムが出てくるという、ファービー(ファビエンヌ猪苗代)の出番がほとんどない構成になってしまったのだけど(笑)。ただそういうのもやりすぎるとキノコホテルじゃなくなってしまうので、さじ加減が重要なんですけどね。
──その点、「赤ノ牢獄」は良い塩梅ですね。
M:そうね。どこまでが生の演奏で、どこまでがループの素材なのか分からないところが面白いのよ。
──アルバムは「月よ常しえに」という気高く美しい、荘厳な佇まいの楽曲で終幕を迎えますが、このコーラスは支配人による多重録音ですか。
M:ワタクシが分身の術を使って12人くらいで唄っているの(笑)。「夜の素粒子」は8人くらいだったので、ちょっと増えたわね。こういうのはレコーディングの現場じゃないと絶対にできないことだから、アルバム全体のお口直しのためにも1曲どうしてもやってみたくなるのよ。何なら自分のボーカルの多重録音だけでアルバムを作りたいくらい。
──山下達郎さんの『ON THE STREET CORNER』みたいに(笑)。このままいくと、次のアルバムでは16人編成とかになっていそうですね。
M:増える可能性はあるわね。東雲合唱団みたいなことになったりして(笑)。
──「月よ常しえに」を聴くと、聖歌隊が教会で唄う画が浮かびますしね。
M:オルガンの音色もパイプオルガンを意識していますからね。ちょっとベタな音作りかなと内心思いつつも、1曲くらいはそういうのが入っていてもいいだろうと思って。
──それまでが「暫くお黙り BITCH」とか「ほら跪きなさい」とか「投資しなさいよ」みたいな曲ばかりなので、恋人を月になぞらえて「寄る辺ないこの私を 照らしてよどんな時でも」とストレートに愛を唄う「月よ常しえに」には少々面喰らうところがありますね(笑)。
M:「支配人、どうしちゃったんですか!?」と感じる方が多々いらっしゃるでしょうね(笑)。このアルバムにはいわゆるドS的な曲が羅列されているので、聴いている人も途中から食傷気味になるかもしれないけど、最後にこういう直球のラブソングを聴かせるまでがひとつのプレイと言えるんじゃないかしら。ずっとおあずけをさせておいて、最後にいじらしい部分を見せてご褒美をあげるみたいな(笑)。もっと言えば、女ってこういう生きものなのよ、ってことね。世間ではドSやドMという言葉を表層的な意味で使う人が多いけど、何も直に踏んだり蹴ったりするのがドSじゃないのよ。しおらしい態度で男を上手く手なずけて従わせるのが本物のドSなんだから。
──ジャケットの奇抜なアートワークについても伺いたいのですが、チョーヒカルさんによるボディペイントは支配人の発案だったんですか。
M:そうよ。最近はメディアの露出が増えて有名でいらっしゃるけど、以前から注目していたんです。キノコホテルはいわゆるベテランのクリエイターの方々とお仕事をご一緒させていただくことが多いんですけど、チョーさんみたいに新進気鋭のアーティストと組むのは新鮮で面白かったわ。彼女の持つ若さならではのエネルギーをいまのキノコホテルに取り入れたかったし。実際に打ち合わせでお会いしたらやはり非常にユニークで、確固たる自我をお持ちの方だったわね。
──支配人の顔に施されたメカニックなペイントはチョーヒカルさんのアイディアなんですよね?
M:彼女が描くのはメカっぽいペイントばかりではないし、どちらかと言えばリアルな目や生々しい傷痕を描くことが多いわよね。今回はそういうモチーフではないメカニックで近未来的なものと言うか、キノコホテルと親和性が高くはなさそうなものをあえてぶつけてみたかったの。その話し合いをもとにしてラフ画をたくさん描いていただいたのよ。最終的にはいろいろ描いてもらったラフ画とは全然違うものになりましたけどね。