Rooftop ルーフトップ

INTERVIEW

トップインタビュー森 達也×平野 悠 〜2016年新春特別対談〜(Rooftop2016年1月号)

これからの日本に展望はあるのか?
私たちはどこから来て、どこへ行くのか?

2016.01.04

 2016年最初のルーフトップ、その記念すべき巻頭対談は、作家の森 達也とライブハウス「ロフト」グループ創始者の平野 悠。森 達也のファンである平野 悠のたっての希望により実現したこの対談は、終始和やかなムードで行なわれたのだが、話題は戦後日本の過ちから二人の死生観まで正月気分を吹き飛ばすディープなものばかり。昨年の10月には3冊連続で単著を出し、今年には誰もが驚くあの人を追ったドキュメンタリー映画を公開する予定の森 達也に、71歳にしてなお好奇心旺盛の平野 悠が迫りまくる。予定調和なしの二人の対談を是非お楽しみあれ![構成:小柳 元(LOFT BOOKS)]

日本人は楽なほうに行きすぎる

平野:明けましておめでとうございます。森 達也さんを新春にお迎えしたことがとても嬉しいですが、新春のテーマが「日本人よ! もっと絶望しよう!」みたいになりそうでちょっと怖いかな? でも、後半は森さんの素敵な本の話なので読んでくださいな。さて、東日本大震災からもうすぐ5年が経ちます。震災とその後に起きた原発事故は戦後最大の危機だと思っているんですけど、みんな全部忘れちゃってますよね。震災直後は危機感を持って節電しようと試みたはずなのに、今はじゃぶじゃぶ電気を使って、原発再稼働。これは何なんでしょう?

森:確かに日本人は忘れやすい。でも忘却は大事なことで、辛いこと、悲しいこと、全部覚えていたら生きていけないでしょう。記憶することと忘れることっていうのは両方大事。ただ確かに日本人は楽なほうに行きすぎる。いま悠さんが、福島の原発事故は戦後未曾有の危機だと言ったけど、他にもいくつか、戦後のエポックメイキングがありました。95年のサリン事件もそうでしょうし、あるいは世界で初めて公式に認定された公害である水俣病。70年代の安保闘争とかもそこに含まれるかもしれないし、いろいろターニングポイントはあったと思うんですけど、その時はとにかくお大騒ぎするのに、あっという間に忘れてしまう。それはいい意味でも悪い意味でも、この国の特質だろうと思いますね。だからその結果として、何度も何度も同じことを繰り返してしまっている。

平野:戦争で敗戦した前から日本は何も変わっていない、と。

森:子どもから大人になる時って、いろいろ記憶して成長するよね。いろいろな失敗をして思い悩む。学習しなければ子どものままです。この国ってとっても未成熟で本当に幼稚だなと思うことがあるけど、でも実はこれは日本だけじゃない。東アジア全般がそうですよ。中国も韓国もそう。

平野:そうなんですか。日本だけじゃない現象?

森:血なまぐさい歴史は、たとえばヨーロッパも同じだけど、彼らは東アジアに比べれば学習しているような気がする。そう言えばヨーロッパから来た人が、東に行けば行くほど夜が明るくうるさくなるって言っていたけど、なるほどって思いました。ヨーロッパの都市は押しなべて夜は暗いじゃないですか。たとえば、ベルリンにしてもロンドンにしても。

平野:確かにパリなんかも暗いですよね。

森:節電とかそういう意識じゃなくて、無闇に明るくしない。東京は極東です。世界で最も夜が明るくてうるさい街。気づかないけれど相当にストレスがあるんじゃないかな。だから震災直後、節電をしていた時、僕はとても居心地が良かった。

平野:あの時は、「原発はもうたくさんだ。電気が使えなくても何とかしよう」と多くの国民が思ったはずなんだけど。

森:思ったはずですよね。でもやっぱり忘れちゃうんですね。

平野:終戦時も同じで、あれだけの敗戦にあって何千万の人間が死んだのに、本当の反省はできていない。政府関係者とか権力はあの戦争に対して、総括してないですよね。「もう二度と戦争はしない」といった決意がない。

森:でも戦争の時には、戦犯として責任を取った人がいましたよね。僕はそれも間違いだったと思う。東京国際法廷が示したように、一部の戦犯だけが日本を軍事国家にすることを目論んで、天皇や国民は被害者だって言いきれれば楽だけど、でも現実はそうじゃない。この責任の押しつけの後遺症は大きいです。福島第一原発の事故もそうだけど、直後には僕たちも加害者だっていう意識を持ったと思う。ただ加害者意識っていうのは辛いからすぐに振り払ってしまう。一部の悪い奴が犯罪を起こした、戦争を起こしたって思えば後は楽ですよ。でもオウムにも言えることだけど、実はそうじゃない。麻原彰晃は中心にいたけれど、側近たちが必死に麻原を持ち上げようとして、忖度して、それで結果としてああいうことになってしまった。要するに相互作用です。これは日本の戦争も同じだし、ナチスもそうかもしれない。一人のラスボスじゃないんです。それは子ども向けのアニメや活劇の世界。現実にはほとんどの組織の間違いは、組織のメカニズムから、言い換えればたくさんのアイヒマンから生まれるんじゃないかなと思っています。

 

SEALDsのことを出会い系とか茶化している人がいるけれど、別にいいじゃん

平野:2015年を総括するためには、国会を軽視し、平然と憲法を要らないと言ってのけてしまう安倍政権。民主主義なんてぶっ飛ばしての強権政治。そしてそれに対抗して誕生した市民運動やSEALDsについても語らなくてはいけないですね。

森:悠さんはSEALDsって画期的だと思います?

平野:昔の学生はエリートで、社会について考えなくてはいけないという責任感みたいなものがあった。でも今の若い子が大学に行く率っていうのは8割くらいでしょ。これはもう特殊な存在でも何でもなくて、ただの街を歩いている若い子ですよ。そんな普通の若い子たちがデモをするようになったということは評価するべきなんじゃないのかな。何と言っても40年ぶりです、学生が動き始めたのは。こうなったのはたぶん、安倍政権がここまでむちゃくちゃやったからですよね。

森:僕も似たような意見かな。SEALDsの奥田愛基さんが国会で政治家たちに「グループに属する前に、一人の個であってください」と言ったじゃないですか。あの発言を聞いて、「ああ、この人は分かっている」と思いました。特にオウム以降、不安と恐怖を燃料にして日本社会の集団化がとても強くなってきていて、その延長に安倍政権があると思っているんだけど、奥田さんのあの発言は、その流れに見事に水を差しました。でもSEALDsを、セクトを離れた日本で戦後初めて生まれた学生の団体みたいな言い方は違いますね。だって、かつても「ベ平連」とかあったものね。

平野:僕が学生の時は、クラスの2割がデモに行っちゃう時代だったからね。みんなクラスやサークルの討論を経て個々で全部判断して、デモへ行くかどうか決めたりしてたんだよ。1969年くらいかな。楽しかったな〜。僕も過激派に入っちゃったけど、むちゃくちゃ青春してました。デモに行けば可愛い女の子もいるしさ、オルグと称して喫茶店にも一緒に行った(笑)。

森:SEALDsのことを出会い系だとか言って茶化してる人がいるけれど、別にいいじゃん、と思う。それがスタートです。映画『いちご白書』ですね。

 

日本人は堕ちるところまで堕ちたほうがいい

平野:あと、「これからの日本に展望はあるのか?」という命題に入りたいんだけど、僕はますますヤバくなっていくニッポンと思っています。森さんはどう思いますか?

森:……敢えて言うけれど、僕はもう希望を持たない。堕ちるところまで堕ちて、絶望しきったほうがいいと思っている。今日、最初にも言ったように、きちんと絶望してないから、また同じことを繰り返すわけで、たぶん敗戦でも日本人って絶望しなかったんですよ。だってこの体たらくだもん。

平野:新年早々、「絶望して事に当たれ」ですか? 敗戦後はみんなけっこう生き抜くためにやたら頑張って生きようとしてたよね。だって自殺者なんて、あんまりいなかったんでしょ?

森:それはいなかったでしょうね。個は再生したかもしれないけど、社会全体としてさっきの戦犯の話も含めて、日本人は戦争というものをあんまり直視しなかったんじゃないかな。その結果として現在があるわけでしょ。ドイツは憲法を、正確には基本法ですけど、その改正の際に国民投票をしないんです。かつてヒトラーを支持した過去があるドイツだからこそ、国民投票すべきじゃないかと考えていたので、それを知った時は驚きました。「憲法変える時、どうして国民投票しないのですか?」ってドイツ人に訊いたら、「僕たちは自分たちに絶望したからだ」って。つまり、集団となってヒトラーを選んだ過去があるからこそ、集団の怖さを思い知った。自分たちのそういう部分に絶望したからこそ、自分たちを信用していないって。

平野:……それは深いねぇ。

森:深いです。日本人とドイツ人って、集団化しやすいとか生真面目であるとか、けっこう似ている部分が多いのだけど、絶望の深さはまったく違います。

 

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