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首相官邸の前で Tell the Prime Minister

 国会会期を戦後最長に延長して審議された安保法制が、世論の強い反対を無視して9月19日未明に採決された。国会議事堂の前では学生団体SEALDsを始め、多くの市民が抗議の声を上げていたことはマスメディアでも連日伝えられたが、8月30日に10万人以上の市民が国会前や霞ヶ関周辺に集まり、国会正門前の車道を埋め尽くしたニュースはとりわけ大きく報じられた。この光景を、日米安保が改訂された1960年の学生運動と比較する向きもあったが、2011年以降に社会運動に参加するようになった人の多くは3年前の首相官邸前を想起したはずだ。2012年6月29日、関西電力大飯原発の再稼働を進める政府に抗議するために、およそ20万人の市民が首相官邸前に押し寄せたあの光景を。それは福島原発事故以降、日本各地の草の根で沸き起こった脱原発運動が、1つの大きな民意として可視化された瞬間だった。

 社会学者の小熊英二は、以前より戦後史や60年代の社会運動などをテーマに研究していたが、東日本大震災後は市民による被災地支援や脱原発運動を熱心に取材し、自身もそうした活動に積極的に参加してきた。それらの取材を基にした著書『社会を変えるには』(講談社)や編著『原発を止める人々』(文藝春秋)も上梓しており、現在のデモや市民運動についてのオピニオン的な存在と言える。

 その小熊が初監督を務めたドキュメンタリー映画『首相官邸の前で』が9月から公開され大きな話題になっている。今まで映画を作りたいと思ったこともないという小熊がこの映画を制作したのは「私は、この出来事を記録したいと思った。自分は歴史家であり、社会学者だ。いま自分がやるべきことは何かといえば、これを記録し、後世に残すことだと思った」と自ら語るように、社会学者としての使命感にも近い想いからだったのだろう。そこまでして彼が記録したかった社会現象とは一体何だったのだろうか? (TEXT:加藤梅造)

10年前ならあり得なかった

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 2011年3月の福島第一原発事故でまだ日本中が深刻な状況に置かれている4月10日に高円寺で1つのデモが実施された。「原発やめろデモ」と題されたこのデモは主催者の予想を遥かに上回る1万5千人の人が集まり、高円寺という小さな街にこれまで見たこともない光景が出現した。小熊もこのデモに参加し「予想以上に多い参加者と、各自が色とりどりのプラカードを用意してくる真剣さに驚いた」と振り返る。このデモは、DJやバンドがトラックの荷台で演奏しながらアピールするサウンドカーや、ドラムを叩きながら行進するドラム隊など、音楽やサブカルチャーを融合した「サウンドデモ」のスタイルが取られていたが、見ようによっては不謹慎と言われるようなお祭り騒ぎの中に小熊は「旧来の殻を破ろうというエネルギー」を感じたという。
 
 映画の前半は、この高円寺のデモから始まった「原発やめろデモ」の一連の流れを追っている。同じ年の6月11日に新宿アルタ前に3万人が集まった街頭宣伝(エジプト革命のタハリール広場をもじって「原発やめろ広場」と呼ばれた)、警察の不当ともいえる弾圧で大量の逮捕者を出した9月の新宿デモなどについて、関係者の証言を交えながら振り返っている。
 
 ちなみにこの映画に挿入されるデモや抗議の映像のほとんどはネット上の動画を撮影者の許諾を得て使用しており、これらの映像に併せて、志向や地位や出身地の違う男女4人ずつに小熊がインタビューを行って当時の状況を回想するという編集方針が採られている。「ネット上の映像を集めて作るというのは、10年前ならあり得なかった」と言う通り、クラウドソーシング的な手法がこの映画の斬新さの1つでもある。さらに言えば、音楽でいうヒップホップのサンプリングに近い映画の作り方ができたのは、小熊が学者という顔の他にミュージシャンとしての顔も持つ人物だからかもしれない。一般的にドキュメンタリー映画では膨大な素材映像が撮られることが多いが、それを監督がすべて撮影するのではなく、ネットに無数に存在する既存の映像から取捨選択するという小熊の手法は今後も増えていくのではないだろうか。
 
 
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映画『首相官邸の前で』から
 

試行錯誤の末に、手探りで獲得された盲点

 映画の後半は、新宿デモの大量逮捕で一旦は低迷した脱原発運動が、2012年3月以降に再び大きな流れとなる「首相官邸前抗議」とそれを主催する首都圏反原発連合(通称「反原連」)の一連の動きが中心となる。
 毎週金曜日に行われるようになった官邸前抗議は、研究者の小熊もはじめて経験する斬新な抗議形態だった。
 
「世界的にもないですね。『国会前の歩道に立って抗議する』というデモンストレーションのスタイルは、私の知る限り、外国にはありません。大通りを行進したり、中央広場に集まるというのが一般的です。映画でも描かれているように、東京ではそれができなかった。2011年には、新宿駅前を広場にしようとしたけれど、警察の規制でできなくなった。それで運動が低迷したあと、経産省前の歩道に立って数十人が抗議していた延長で、官邸前に場所を移した人たちがいた。それが自然発生的に、万単位までふくれあがってしまった。そのあとは『官邸前・国会前の歩道に立って抗議する』という政治文化が定着したわけです」(*2)
「官邸前で抗議活動をはじめたのも一種の偶然なら、それが多くの人に受け入れられる受け皿だったというのも偶然だった。運動にかぎらず、成功する方法というものは、理論的に予測できるものではない。それは状況と歴史的文脈に沿って、その場その場で最善を尽くす試行錯誤の末に、手探りで獲得された盲点だった」(*3)
 
 さらに小熊にとって予想外だったのは、官邸前抗議が一時的なものでなく、今に至るまで継続していることだった。
 
「官邸前抗議は2012年冬まで続かないと思っていた。祝祭的ともいえる大規模な民衆運動が継続するのは1ヶ月から長くて半年です。日本の60年安保は約3ヶ月、フランスの68年パリ五月革命は約2ヶ月、87年の韓国民主化は約1ヶ月、2011年のエジプトではムバラク政権倒壊まで約20日」(*3)
 
 官邸前抗議が定着した理由の1つは、今でも世論調査で脱原発が7割、再稼働反対が約6割を占めるという民意の存在があるからだが、もう1つ大きな理由として、金曜夜の国会周辺が、皮肉にも現代日本でもっとも自由な広場になっているということだ。
 
「職場や地域で孤立している人の場合には、官邸前に来ることでエネルギーをもらっている人もいるだろう」(*3)
 
 
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映画『首相官邸の前で』から
 

Live info.

「首相官邸の前で」

渋谷アップリンクほか全国で公開中
上映スケジュールはこちら

 

企画・製作・監督:小熊英二

撮影・編集:石崎俊一
音楽:ジンタらムータ

出演:菅直人、亀屋幸子、ヤシンタ・ヒン、吉田理佐、服部至道、ミサオ・レッドウルフ、木下茅、小田マサノリ ほか
配給宣伝:アップリンク ©2015 Eiji OGUMA

 

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