バンドを初めて組んだ時の感覚で音楽をやりたい
──学さんはファウルの『アシスタント』以来、実に12年振りのレコーディングだったわけですよね。
平松:そうなんです。ジョー・チカレリにプロデュースしてもらって以来でした。その間に『極東最前線2』でニノさん(二宮友和)がMTRで録ってくれた音源(「decade」)はありましたけど。
──それも6年前の話だから、緊張しますよね。
平松:うん、しましたね。
射守矢:でも、全然そんなふうには見えなかったけどね。ベーシックを録るのも淡々としてたし、俺もあまりやり直さないしさ。間違えた部分をちょっと弾き直す程度だったし。
──せっかくなので射守矢さんが描いたジャケットの水彩画についても聞きたいのですが、自ら筆を執ることになったのはどんな経緯で?
射守矢:もともと風景画を描くつもりでもなかったんだけど、ジャケットをどんな感じにするか、自分なりにイメージがあったわけ。ちょっとモヤッとしたダークなグラデーションで表現したいという漠然としたイメージがね。そのイメージを伝えるために自分が試しに水彩で描いた絵をマネージャーに渡したら、「自分で描けばいいんじゃないですか?」って言われたんだよ。エッ、ちょっと待ってくれよと思ったけど、真剣に描いてみることにしたの。その時も具体的な風景画を描く予定じゃなかったんだけど、どんどん風景画に寄っちゃったんだよね。しまいには夕陽まで描いちゃって、風景画から逃れきれなくなった。何か写真を見て描いたとかじゃなく、頭に浮かんだイメージを描いていっただけなんだけどさ。昔見た記憶の中にああいう構図があったのかもしれないね。
──てっきり黄金岬から見た日本海の水平線に沈む夕陽なのかと思ってましたが。
射守矢:なのかな? まぁ、あの辺の海や空をイメージしたのは確かだね。暗くて寒い所だけど、夕陽という救いがあったって言うかさ。留萌にいた10代の頃も仲間っていう救いだけはあったから。そこで培ったものが俺にとっては凄く大きいんだよ。
──アルバムを通して聴いてみると改めて実感しますが、編成も楽曲もとてもユニークで、並び立つ存在がない個性の塊だと思うんですよ。だから資料にあった「ロック・ベースを再発明した鬼才ふたり」という文言もあながち大げさじゃないのかなと思って。
射守矢:俺もいろんな音楽を聴くほうじゃないから分からないけど、ベースだけのバンドっていうのは他にも過去にあったとは思うんだよね。ただ俺の勝手なイメージで言うと、そういう人たちはテクニカルなことに走ってる感じがあってさ。俺はそういうのがやりたかったわけじゃないし、「あんな感じでやりたい」っていう手本があったわけでもない。学とふたりでやってみて、どんな曲ができるか? ってことに興味があっただけだから。自分の中にある曲のイメージを具現化する上で、たとえばそれがギター・インストでも良かったのかもしれないけど、たまたまふたりともベース弾きだったってだけでさ。その中でやれることをやろうっていう発想なんだよね。
──こうして話を伺っていると、射守矢さんが以前と比べて伸び伸びとリラックスしながら音楽を楽しんでいるのを感じますね。
射守矢:最初に学に言ったのは、「ストレスのない、楽しいだけの音楽活動をしよう」ってことだったの。学がブランクと呼ばれる間に作ってきた今の生活のリズムを壊したくないし、焦らず急がずやれればいいなと思ってる。学との活動は自分でも凄く気に入ってやってることだし、すでにライフワークのひとつでもあるんだよ。活動を続けていれば曲も作るだろうし、曲が溜まればまたパッケージしたくなる欲も出てくると思うけど、何が何でも作品を残すとか、急ぎ足みたいな活動の在り方は望んでない。まぁ、作品を望まれた時に応えられる体力はつけておきたいから、活動は地味ながらも続けていきたいけどね。
──アルバムを完成させたことで、まだまだこんなことがやれるぞという感触も大いにあるんじゃないですか。
射守矢:次の段階への構想は膨らむよね。このふたりでベースのフレーズを弾き合う、バスドラを真ん中に置くスタイルは貫き通すつもりだけど、この先も思いついたことを自由にやれたらいいなと思ってる。たとえばリコーダーしか吹けない人だってリコーダーだけでやれることがあると思うし、定型のバンド・スタイルじゃなくたって面白いことはやれるから。俺だって50を目の前にしてこうしてまた新しいことがやれてるしね。バンドを初めて組んだ時って、ただみんなと集まって一緒に演奏すること自体が楽しかったんだよ。その感覚のまま音楽をやりたい。いろんなしがらみや利害関係に縛られずにね。今はそれがやれてるから楽しいよ。
平松:スタジオでも「このフレーズ、いいね!」ってニヤけてばかりですからね(笑)。それは単なる自己満足なのかもしれないけど、聴いてくれる人も同じように「いいね!」と思ってくれたら嬉しいですね。