温かみのある音、ライヴに近い音が理想
──今回、ギターはギブソンのJ-45とエピフォンのテキサンのみでレコーディングしたそうですが、音色が変幻自在だし、もっといろんな種類のギターを使っているようにも聴こえますね。
卓偉:新井たけし君というギタリストに12弦を弾いてもらって、それはマーチンとかギルドだったんですけど、僕のベーシックはギブソンとエピフォンだけだったんですよ。今回とても勉強になったのは、アコギは何本重ねても役割さえはっきりしていれば干渉し合わないことなんです。エレキは重ねれば重ねるほど塊のようになって埋もれてしまう音も出てくるんですけど、アコギにはそういうところがない。凄く奥深い楽器だと改めて感じましたね。
──卓偉さんのこだわりとして、“錆びて死んだ弦”を敢えて使うというのがユニークですよね。そのほうが低音が出るとのことで。
卓偉:レコーディングは特にそうなんですけど、張り替えてすぐの弦の響きがあまり好きじゃないんですよ。それだとどうしても音が硬くて、あまりロウも出ないので。ライヴの時は新しい弦を使ったほうが音もでかいし、気分もいいんですけどね。でも、レコーディングはちょっと使い古した弦のほうがダーティな感じがして好きなんです。こだわりと言うよりも、それが純粋に好きな音なんですね。
──では、敢えてこだわったところを挙げるとするならば?
卓偉:温かみのある音、ライヴに近い音を作ることですね。ラジオでマドンナやレディー・ガガを聴いていても、音が妙に硬くてキンキンしているじゃないですか。そんなマドンナもレディー・ガガも、ライヴになれば自ずと温かみのある音になるわけで、ライヴ会場そのままの音が僕の理想なんですよね。それがここ何年間で自分が目指していることなんです。僕はパンクが好きなこともあって、どうしてもミッドからミッド・ロウな音がグーッと鳴っているほうが好きなんですよね。でも、それは聴く人にどうしても分かって欲しい部分じゃない。自分でアルバムを作る以上は自分が好きな音で聴いてみたいだけなんですよ。
──理想とする音は、アナログの質感みたいなものですか。
卓偉:そこまで行くとこだわりすぎた感じになってしまうんですけど、僕が好きだったロック本来の音と言うか。コンプをきつく掛けたとしても、“らしさ”が出るような音作りが理想ですね。
──ところで、本作には『記憶再生』というサブタイトルが付いていますが、これには「思い出を掘り返すのではなく、新たに再生して前に進む」という意味が込められているそうですね。
卓偉:実を言うと、このアルバムと同時に新曲のアルバム制作に取り掛かっているところなんです。『アコギタクイ』シリーズでもう1枚作ろうと思って。その新作との違いを出すために、今回は『記憶再生』というサブタイトルを付けたんですよ。次のアルバムは全部新曲で行くので、それに見合う漢字四文字の言葉を考えなくちゃいけないんですけど(笑)。[後日、8月29日に『「アコギタクイ ─共鳴新動─」』として発売することが決定]
──それにしても、畳み掛けていくような怒濤のリリース攻勢ですね。
卓偉:新しいアコギ・アルバムに入れる曲は、1月の時点で書いていたんですよ。最初はその新曲とセルフカヴァー曲を織り交ぜた構成にしようと思ったんですが、昔の曲と一緒にするのもどうかと思って。それで思いきってセルフカヴァーのアルバムと新曲ばかりのアルバムに分ける発想になったんです。
常に進化し続ける中島卓偉で在りたい
──新曲オンリーのアコギ・アルバムはどんな内容になりそうですか。
卓偉:今回のセルフカヴァー・アルバムを作ったことでまた進化できた手応えがあるんですよ。『BADLY NOOOO!!!!』みたいにリズムに比重を置いた感じで、アコギをベーシックとしつつ、エレキもをもうちょっと入れてもいいのかなと考えているところです。今回のアルバムを作ったからこそ見えてきたところもありますしね。いずれにせよ、これまでと違った自分のアプローチをどうにか形にしたい。今年はそんな1年なんです。
──“リアル・ファースト・アルバム”に取り組むまで、さらに熟成期間を設けるということですね。
卓偉:フル・アルバムを作る時はいつも「バラードはどれくらいあったほうがいいだろう?」とバランスを考えるものなんです。でも、こうしたアコギ縛りのアルバムの中でもしっとりとしたバラードもできるし、ファンキーな曲もやれる。“リアル・ファースト・アルバム”に関してはそういうジャンル的な縛りもなく、いろんなタイプの曲が入った幕の内弁当的な内容でもなく、たとえばバラードは一切なしでゴリ押しのロックンロール・アルバムでもいいと思うんです。1年というタームの中で自分が感じていることをありのままにアルバム単位で表現したいんですよね。
──卓偉さんの持つ様々な側面の中で、作家としての資質が高まってきたということでしょうか。
卓偉:そうかもしれません。今は詞が凄く重要だと思っていて、とにかくいい詞を書きたいんです。次のアルバムに入れる曲も、詞先が半分以上なんですよ。今回の『記憶再生』は曲が先にあって詞を後から付けた楽曲ばかりだから、「ああ、今とは作曲の仕方が違うんだな」と自分の変化に気づけましたね。そこでも刺激をもらえたし、この変化をいい具合に発展させていきたいです。
──規格外のシングルでありエモーショナルな大作だった『3号線』も詞先でしたよね。そう考えると、卓偉さんのキャリアは“『3号線』以前・『3号線』以後”という言葉で区分けができるような気がするのですが。
卓偉:今後そうなるといいですね。自分の中では『3号線』より前の『明日への階段』というシングルから新たな一歩を踏み締めることができたと思っているので、“『明日への階段』以前・『明日への階段』以後”でもいい気がしますけど。曲作りやアレンジももちろん楽しいんですが、それよりも今一番重要視しているのは詞なんです。こんな時代だからこそ唄える詞も絶対にあるでしょうし、自分の感じたことをまだ誰もやっていないアプローチでしっかり提示したいという思いが今は非常に強いんですよ。
──今後の目標は?
卓偉:何と言うか、「普通ならこういうのはまずやらないだろう」という固定概念の扉を開けたいですね。「この曲は絶対にアコギでやらないだろうな」と思われるような曲を敢えてアコギで挑戦したり、アコギ=フォーキーなイメージを覆すような表現をしてみたり。あと、『アコギタクイ』なのにアコギを使わず、アコベとリズムだけで演奏してみたり(笑)。当たり前のことを当たり前にやらないのが面白いし、そこに今まで自分が味わったことのない面白さと進化した自分を見いだせるんです。常に変化を恐れず、進化し続ける中島卓偉で在りたい。それが今30代の自分にとって一番大きなテーマですね。