これまでのビデオクリップやライヴ映像の数々、ワタナベマモルへのインタビュー等を収録したMAMORU & The DAViES初の映像作品集『Texas Punk』には、『夢の原子力』と題された新曲が冒頭に収録されている。言うまでもなく、昨年起こったあの福島の原発事故に触発されて生まれた歌だ。60年代のブリティッシュ・ビートのエッセンスを凝縮させた爽快なリズムとメロディに乗せて、原子力が消えてなくなる夢を歌の土台としながら「BYE BYE 原子力 今までどうもありがとう」と高らかに唄われるナンバーである。だが、その歌は原発を糾弾するシュプレヒコールの類では決してない。あくまで老若男女問わず楽しく踊れて心地好い実直なロックンロールなのだ。つまり原発も、マモル自身がこよなく愛するロックンロールも、お気に入りのキャデラックも、荒川の土手から見える情景も、おでんのシミがついたコンバースも、9回裏で無死満塁のピンチに陥ったピッチャーも、ついでに言えばしぼんだキンタマも、唄われる対象はどれも分け隔てなく等価なのである。ノーテンキな日常を生きる中で芽生える感情やそこから見える景色をありのままに、愛とユーモアを交えて唄いたいように唄う。これぞ炎のパブロッカー、ワタナベマモルの流儀なのだ。ただひたすらロックしてロールし続けるその流儀が『Texas Punk』には余すところなく収められている。同時期に発売されるマボロシハンターズのトリビュート・アルバム『マボトリ』を含め、快調にリリースを飛ばすワタナベマモルが体現するロックンロールの真髄に追る。(interview:椎名宗之)
原発がなくならない限り復興したとは言えない
──MAGIC TONE RECORDSから発売される映像作品としては、『ニッポンのロックンロール』(ドクター・フィールグッドのトリビュート・アルバム)の発売記念ライヴの模様を収録した『WHAT IS THE DEFINITION OF ROCK'N ROLL?』以来4年振りとなりますね。
ワタナベマモル(以下、M):今まで作ってきたPVが溜まってきたこともあるし、せっかくだから新しい素材を足して売り物にしようかなと思って。
──『MEXiCO MONK』(昨年9月に発表されたオリジナル・アルバム)の後に『Texas Punk』と、タイトルは韻を踏んでいるみたいですけど(笑)。
M:そのまんまの語呂合わせですよ。こないだ出したのが「MEXiCO」だから今度は「Texas」だ、「MONK」の後は「Punk」でいいだろう、みたいな感じで(笑)。
──「BYE BYE 原子力」と軽快に唄われる新曲『夢の原子力』がこのDVDの中ではやはり際立った存在ですが、福島の原発事故以降、これはいつか歌にしなければと考えていたんですか。
M:うん。歌にしなければって言うかね、唄いたくなりました。
──あの事故の直後、ライヴで忌野清志郎さんのカヴァーを唄ったこともありましたよね。
M:何回かカヴァーしたこともあったけど、それよりも自分の言葉で唄いたいことを唄ったほうがいいなと思って。
──紋切り型で「原発をなくそう!」と唄うのではなく、「BYE BYE 原子力 今までどうもありがとう」と唄うのが如何にもマモルさんっぽいなと感じたんですよね。
M:全くもって素直な気持ちですよ。今でも電気を使ってるわけだし。原子力はなくなったほうがいいとストレートに思うけど、いわゆるアンチ原子力っていう感じともちょっと違うんですよね。すぐにでも消えてなくなって欲しいけど、そういうわけにもいかないんだろうし。上手く言えないけど、原発がとにかく大変なものだったんだなと思い知らされたんですよ。昔からないほうがいいと思ってはいたけど、事故が起こってこんなにも大変なものだったんだなって。
──そう言えば、グレイトリッチーズ時代に作ったソロ楽曲『今週週末来週世紀末』には「原発」という言葉が歌詞にありましたよね。
M:まぁ、語呂でね。「原発 散髪 奮発お小遣い〜」っていう歌詞だけど(笑)。そういう言葉を使うのは好きですね。
──テーマは重いのかもしれませんけど、こよなく愛するロックンロールのことや野球やキャデラックのことを素直に唄うこれまでの姿勢と何ら変わることはないですよね。
M:重いテーマなんですかね? まぁ、感じたことをそのまま歌にしてるだけですよ。あの震災と原発事故が起きてから1年が経って、いろんなところで「1日も早い復興を!」って叫ばれてるじゃないですか。それはそれでいいんだけど、僕は原発がなくならない限り本当の意味で復興したとは言えないと思うんです。とても危険なものだし、僕らはまだいいとしても、将来的になくなってくれないと困るなぁ、と思って。だからと言ってデモに行くわけでもないし、ただテキトーな歌を唄ってるだけなんだけど(笑)。
──こういうことをストレートに歌として提示するバンドマンが少ないのが僕は不思議で。エンターテイメントとして成立させる以上、多分に婉曲的な表現をしなくちゃいけないのはもちろん分かるんですけど。マモルさんの他には、マモルさんと盟友関係にある山川のりをさん率いるギターパンダが『人類滅亡』という原発事故を風刺した曲を最近発表したくらいじゃないかなと。
M:ああ、その曲のPVは昨日たまたま見ましたよ。何て言うのかな、社会的なフォーク・ソングみたいに言葉だけが先行するような歌は唄いたくないんです。ちゃんとロックンロールしていて、ポップな音楽として成り立つものを作りたい。メッセージだけを届けたいんだったら詩人になればいいだけの話ですから。それか、フォーク・ギターを抱えて声高に唄ってみたりね。そういうのは僕にはできない。もしそんなことをやったら、“何だか暗いなぁ…”って悲しい気分になりそうで(笑)。
際限まで振り切らないと先に進めない性格
──『夢の原子力』を敢えてシングルとして出さずにDVDの中で初披露したのは何か意図があったんですか。
M:いや、そういうわけでもないです。最初から計画していたわけじゃないけど、DVDを出すタイミングで『夢の原子力』を録ろうと思ったんですよ。計画はいつも後から付いてくるって言うか(笑)、そこが毎回反省点なんですけど。DVDの中のインタビューも後から付いてきたしね(笑)。
──そう、このDVDにはグレイトリッチーズ時代のことにも触れたヒストリー・インタビューがいくつか挿入されていますね。
M:滑舌が最悪のインタビューがね(笑)。自分でも反省してます、あの滑舌の悪さに。一緒にDVDを作ったヤツが「インタビューも入れよう」って言うんで、じゃあやってみようかっていうことになって。
──マモルさんがこれまでの歩みを振り返る貴重なインタビューだし、もう少し長く見たかったと個人的には思ったんですけど。
M:本当はもっと長かったんだけど、内容が支離滅裂だったし、あまりに滑舌が悪いからあれ以上は見たくなかったんですよ(笑)。もうちょっと滑舌が良くなった頃にまた撮り直します。
──いつまで待てばいいんですか(笑)。あのインタビューで、ファンク色が強まったグレイトリッチーズの後期にマモルさんがかなり煮詰まっていたと話していたじゃないですか。確かにマモルさんの本来の志向性とは異なると思うんですけど、あの時期のグルーヴィーでゴージャスなサウンドがあったからこそ今のDAViESに繋がるシンプルなロックンロールに辿り着いたわけで、あれはあれで必然だったのかなと思ったんですよね。
M:僕としては、やっぱりグレイトリッチーズの後期は辛かったかな。当時はレッチリみたいなミクスチャーが流行ってて、そういうファンキーなロックももちろん好きだったんだけど、そのカテゴリーだけにバンドをハメるのは凄い大変だった。ファンキーな音楽性一辺倒になるのがね。だんだんとライヴも1曲=10分以上みたいな感じになってきて、その後に1曲だけシンプルなロックンロールをやるわけにもいかなくなっちゃって。
──それで息詰まってしまったと。
M:これはどうしたもんかなと。しばらくは意地になって「このまま行っとけ! 1曲=20分でもいいぞ!」なんて感じでやれるところまで行ったんですけどね。でも、最終的にはもうどうにもなんないな、ってところまで行っちゃったんですよ。行き着くところまで行ってみないことには納得できなかったっていうのもあるけどね。だって、ロフトの何周年かのイヴェントで渋公に出た時(1991年9月25日に行なわれたロフトプロジェクト20周年記念イヴェント「GO! GO! LOFT」)、持ち時間の30分は1曲か2曲しかやりませんでしたから。あの時期は末期的症状でしたね(笑)。それでバンドが解散して1人になった時に、自分だけで何ができるかなと考えたら、結局はシンプルなロックンロールだったというわけです。要するに弾き語りの曲にドラムとベースを加えて唄えばいいんだっていうね。何だ、グレイトリッチーズの一番最初の頃と一緒じゃん、と思いましたけど。まぁ、今は1曲=2分半くらいだし、極端に長くなるか短くなるかどっちかなんですね(笑)。そんなふうに僕はけっこう極端な性格で、一度際限まで振り切らないと先に進めないんですよ。