自分の持ち味としてのパンク的なアプローチ
──直情的な「3号線」がメインとしてある一方、「キャンディの涙」や「4時20分」みたいに物語性の強い曲もあって、今回のシングルも卓偉さんの持ち味がよく出ていますよね。
卓偉:「3号線」で初めて僕を知った人は何て詞を書いているんだ!? と感じるかもしれないけど(笑)、そう思ってくれても全然構わないんですよね。それも含めて自分なので。カップリングに関して言うと、どんな曲を入れても自分自身なんだという意識があるんです。曲はヴァラエティに富んでいてたくさんあるし、“さぁ、どれを入れようか?”くらいのものなんですよ。まぁでも、物語性のある詞は飽きないように作るのが難しいですね。『Sgt. Pepper's〜』みたいに明確に掲げたテーマに基づいて書くことも必要なんでしょうけど、その曲に合った面白いテーマがあるならそれに準じたほうがいいのかなと。
──時間を見れば“4時20分”に“4分20秒”、コンビニのレジのお釣りは“420円”、ホテルの部屋は“420号室”、誕生日は“4月20日”…と、“420”という数字に追い立てられる「4時20分」はレゲエのリズムに乗せて唄われるユニークな1曲ですが、トータル・タイムまで4分20秒なのは笑いました(笑)。
卓偉:その辺は徹底して遊ぼうと思って(笑)。いろいろとアイディアを詰め込んでパンパンになってしまう曲もあるんですけど、この「4時20分」は時報を入れたりいろんなアイディアを詰め込んでも面白かった曲ですね。実はこの曲も詞先だったんですよ。あと、「キャンディの涙」も何気にそうでした。
──「キャンディの涙」が詞先とは意外ですね。
卓偉:「お前なんて顔が可愛いだけ」っていうワードが浮かんで、これに合うサビを作ろうと思ったんです。ふと浮かんだ言葉からメロディを広げていく手法もアリなのかなと最近は思うんですよ。
──カップリング曲もほとんどの楽器を卓偉さん一人で演奏したんですか。
卓偉:「Long Way」はサイド・ギター以外をバンドに頼みました。「4時20分」もベースを(牧田)拓磨君に弾いてもらったので、「キャンディの涙」と「3号線」がドラム以外は全部僕一人で演奏した曲ですね。
──「キャンディの涙」の憂いを帯びた流麗なメロディ・ラインが個人的にツボだったんですが、終盤のコーラス・ワークが殊の外美しくて、ずっと聴いていたくなりますね。
卓偉:ドゥーワップのコーラス・グループみたいな重ね方を意識したんですよ。「キャンディの涙」は僕が昔から好きなスウィート・ソウルっぽい感じですね。テンポもずっと四分だし、フォー・トップスの曲のようにリズムが最後まで変わらないっていう。でも、コード進行にフックを入れてあるから一本調子では終わらないんです。メロディは変わらないのにバックのコード進行だけ展開していくっていうのが個人的に好きで、それが上手く反映された曲ですね。
──最近は曲作りや音作りにおいてどんなことに気を留めていますか。
卓偉:70年代の初期から中期頃までのロックの音作りを意識しています。レッド・ツェッペリンやフー、ピンク・フロイド、ELO(イー・エル・オー:エレクトリック・ライト・オーケストラ)といったバンドが、60年代にビートルズやストーンズが確立した音をさらに発展させようと頑張っていた時期ですね。当時の組曲みたいな作品を発表するバンドが多かった中で、ポップなメロディを書いていたバンドに注目しているんです。ポール・マッカートニー&ウイングスで言えば、『Venus And Mars』みたいな大作がある一方で、同じ時期に「Silly Love Songs」というポップの王道を行くシングルを発表しているじゃないですか。あと、ELOのジェフ・リンの書くメロディや曲の作り方には注目していますね。ポップなんだけど一捻り利いている感じと言うか。彼がいなければビートルズの「Free As A Bird」や「Real Love」も生まれなかっただろうし、間違いなく天才ですよね。日本のバンドにも絶対に影響をもたらしていると思うし。
──奥田民生さんは確実に影響を受けているでしょうね。ユニコーンの「ヒゲとボイン」やパフィーの「アジアの純真」なんかを聴くとよく判りますけど。
卓偉:民生さんって“一人ELO”ですよね。僕としては、ELOやウイングスが体現していたポップなロックンロールを目標としつつ、ビューティフル・メロディの中に自分の持ち味としてパンク的なアプローチを採り入れたいんです。実際、「3号線」のギターもコードしか弾いていないし、ガーッと弾いているだけなんですよ。その代わり、分数コードはちゃんと押さえている。僕の場合、ギターを弾く上で初期衝動が欲しくなるので、音が叫んでいるほうがいいんですよ。
30代の今しか書けない歌を思い切り書きたい
──今回のシングルは現時点での中島卓偉のベストだと思うんですが、次のアルバムへと繋がる布石のニュアンスもあるのでしょうか。
卓偉:1枚のアルバムとしてトータル性を持たせた作品を作りたい気持ちと、シングルという名刺代わりの1枚で聴き手の心に突き刺さるような作品を作りたい気持ちと、今は両方あるんです。それに、せっかくならシングルの表題曲を含めたアルバムを作りたいと思う反面、アルバムはアルバムとしてシングル曲のない作品にしたい思いもあったり、自分の中ではいろんな気持ちが飛び交っていますね。今までたくさんのアルバムを作ってきて、瞬発力で作ってきたものがほとんどなんですけど、次に出すアルバムはちょっと腰を据えて考えながら作りたいんですよ。自分自身がこの時代に何を唄いたいのかをじっくりと考えたいし、時流にも周囲の喧噪にも惑わされないくらいの揺るぎない作品を出したいんです。20代の頃は毎年必ず1枚アルバムを出していましたけど、極端な話、30代は自分が心の底から納得の行くアルバムを多くて3枚出すくらいでもいいのかなと思って。絶対に揺るぎのない作品を明確に構想できない限り、無理にアルバムを出したくないんですよね。それなら、今のように4曲入りのシングルを続けて出すほうがいい。
──作品のコンセプトを充分に熟成させてから作業に入りたいということですね。スティーリー・ダンみたいに寡作になるのも困りますけど(笑)。
卓偉:曲自体はたくさんあるんですよ。言い方は悪いですけど、寄せ集めればすぐにでもアルバムを出すことはできるんです。でも、今はどうやらそういう作り方がピンと来なくて。この曲がオープニングを飾ることの意味とは何なのか? とか、エンディング前の1曲が果たす意義だとか、そんな細かいことまで徹底して突き詰めたいんですよ。「バーッと曲を録って12曲を並べてみました」っていうのではなく、「6曲目にハマる曲を書きたいんです!」って言うか(笑)。70年代に活躍したバンドって、そんなふうにして作っていた気がするんです。最初にコンセプトありきで曲作りをしてトータル性を持たせる…『Sgt. Pepper's〜』もそうだったじゃないですか。いずれは自分にとっての『Sgt. Pepper's〜』を絶対に作り上げたいし、歌詞のテーマももっと濃いものを作りたい。誰しもが感じていることを書いて共感を呼び起こすことはしたくないんです。
──不特定多数よりも一人のリスナーにしっかりと突き刺さるような歌を唄っていきたいと。
卓偉:そうですね。今の時代、救ってあげようとする曲が多い割に聴き手が救われないことが多いから、いろんな事件や暴力的な出来事が起こるような気がして。だから僕は起承転結がない曲を書きたいんですよ。もう完全にドツボにハマッたままって言うか(笑)。でも、絶望すぎるほどの絶望を書かないと共感なんて得られないと思うんです。ドツボの状態なのに、「最終的に光が見えたから明日からまた頑張ろう」なんて一行が締めにあると腹立たしくなる。そんな簡単に立ち直れるかって。少なくとも10代の頃の僕はそう感じていましたよ。別に救ってあげる必要なんかないし、「もう何もかも消えちまえよ!」っていう叫びの歌があってもいいんじゃないかと思うんです。安易な共感も要らないですしね。ラヴ・ソング自体を否定するつもりは全然ないし、愛がなければ世の中が成立しないことも判っているし、愛があるからこそ僕らもこうして生きているんでしょうけど、僕自身はもっとヒリヒリした歌を唄いたいし、今以上に内なる声に耳を傾けたいんですよ。誰もがやっていないからやりたいんじゃなくて、それが今の僕にはごく自然なテンションなんです。
──ドツボのまま終わる曲を聴いて受け手はどう感じるのかというのりしろがある音楽が個人的には好きだし、卓偉さんの音楽はまさにその類だと思いますよ。音楽を通じて聴き手と想像力の交換ができる側面もあるし。
卓偉:さっき話に出た民生さんのような40代の諸先輩方が5、60代になった時に、20代の甘ったれた連中に対して「お前らは甘すぎる!」って唄う歌を作って欲しいんですよね。その歳になったからこそ唄えるメッセージ・ソングには説得力があるし、聴き手も共感しやすいと思うんです。だから自分も30代の今しか書けない歌を思い切り書かないと、後々後悔するような気がして。
──30代は面白いですよね。無軌道に突っ走るエネルギーは減るかもしれないけど、積み重なった経験値からにじみ出る味わい深さが加味されますから。
卓偉:実際、30代は面白いですね。周りからとやかく言われてもあまり気にならないようになったし、人は人だと素直に思えるようになったし、自分の立ち位置がだんだん判ってきたので。20代の時は、自分がまさか「3号線」みたいな曲を作るとは思ってもみなかったんですよ。ということは、40代になったらまた今の時点じゃ想像もつかない曲が書けるかもしれない。それが凄く楽しみなんです。中島卓偉のレパートリーは人によって好きな時期が違うかもしれないし、常に前のアルバムと比較され続けるものですけど、そんなことに惑わされることなく、自分の中から湧き上がってきた思いや感情をありのままに提示していきたいですね。