新宿ロフトでの男子限定GIGも大盛況のうちに終えた中島卓偉が8ヶ月振りに発表するニュー・シングル『3号線』は、彼がこの先突き進む表現者としての長き道程──本人曰く"My Winding Long Way"において間違いなくターニング・ポイントとなる作品だと断言したい。タイトル・トラックの「3号線」は、彼の出身地である福岡県古賀市を通る国道3号線を舞台に、母と離ればなれになった幼き兄弟の深い悲しみと葛藤をセピア色の情景と共に描いた渾身のノンフィクションである。
両親の離婚に伴い、父と一緒に暮らすことになった5歳の兄と3歳の卓偉のもとへ、厳格な父に気づかれないように会いに来てくれる心優しい母。その母を乗せたバスを兄弟が見送り、親子を遮る最終地点が「3号線」という幹線道路だった。会えば余計に悲しみは深まるが、会えないでいるのも辛い。その思いは母も同じだったはずだ。ちりぢりになった親子が悲喜こもごもを味わう「3号線」、それは年端のいかない兄弟にとってこの世の果てだった。30年間ずっと自身の心の片隅にしこりのように残っていた、そんな国道3号線の記憶。それを作品として昇華させることは、今の中島卓偉にとって必然だったのではないか。
ソロのキャリア12年を誇る彼のレパートリーの中には実話に基づいた楽曲がこれまでにいくつもあったが、この「3号線」は過去随一の説得力を有している。ジャンルにとらわれることなく、洒脱なメロディ・センスで普遍性の高いポップなナンバーを矢継ぎ早に発表してきた彼が、ここまで実体験に基づく話を一篇の歌として赤裸々に綴ったことはない。これはつまり、機が熟したということなのだろう。彼は遂に内なる"病み"と"闇"と対峙する覚悟を決め、臆することなく心の傷を叫び始める時が来たのである。
何ともやるせない心の機微と親子を取り巻く日常の風景が余すところなく描かれた「3号線」は、胸を締め付ける憂いを帯びたメロディ、高まる感情を音で具象化するかの如きストリングス、そして抑揚を付けながらも迸る思いの丈を振り絞るように唄う卓偉の歌力が群を抜いて素晴らしい。しっかりと地に足を着け、真正面から堂々と唄いたいことを唄う。小手先に頼らず、中島卓偉にしか唄えない歌を唄う。光も影も包み隠さず等しく唄う。それらが見事に果たされた意味でも、これはただのシングルではない。自身が自身であるために歌を選んだ男がこれからも歌を拠り所として長く曲がりくねった道を歩み続けることを誓った、大いなる決意表明なのである。(interview:椎名宗之)
男子限定GIGに懸けた特別な思い
──8月末に我が新宿ロフトで行なった男子限定GIG(『Real Hot Bollocks! 俺達だけのCherry喪失Night!』)は予想を遙かに上回る盛り上がりで、卓偉さんもツアー日記に「本当に本当にマジでマジで最高なライブでした。ロフトに来てくれた野郎全員と出会えて本当に良かった」と興奮気味に思いを綴っていましたが、念願の企画だっただけに感慨もひとしおといったところでしたか。
卓偉:感無量でしたね。ただ、ライヴがどれだけ盛り上がってもどこか冷静な自分が常にいるんですよ。だから男子限定GIGも、“凄くいい光景だな、いい空気だな”って冷静に感じながらやっていました。今度出るPV集の特典映像として男子限定GIGの一部を収録することになったので編集に立ち会ったんですけど、一番盛り上がっている「PUNK」を客観的に見ても、自分が冷静にやっているのが判りましたね。お客さんはダイヴの嵐で熱狂的なんですけど。でも、自分がずっと望んでいた光景や空気が確かにそこにあったのを実感できましたね。面白かったのは、ダイヴで僕の近くまで上がって来た連中が決まって「お疲れ様です」って小声で言うんですよ(笑)。ダイヴでワーッと盛り上がっているのに、ちゃんと礼儀があるっていう(笑)。やっぱり男って真っ直ぐで可愛い生き物なんだなと思いましたね。
──とにかくお客さんが特別なライヴを心底楽しんでいるのがよく窺えたし、演る側も見る側もとてもいい笑顔をしていたのが印象的でした。
卓偉:ライヴが終わって、ステージを降りてお客さんの一人一人に握手して回ったんですけど、「この日を待ってました!」と話してくれた野郎が非常に多かったんですよ。いつもは女の子の手前、ダイヴやモッシュを抑えてくれているんだなと思ったし、あの日は男だけのご褒美感みたいなものをひしひしと感じましたね。
──お客さん一人一人に握手を求めたのは、居ても立ってもいられず?
卓偉:“打ち上げCherry会”と称して、みんなで打ち上げをやりたかったんです。最初は樽を割ってお祝いしようと考えていたんですけど、取り寄せるのが大変だということで。車で来ている野郎は呑めませんしね。それで、各自ドリンク券で乾杯しようということになったんです。僕が入口に立ってお客さんを見送るんじゃなくて、一人一人と話をしてみたかったんですよ。感謝の気持ちを直接伝えたかったし、普段のライヴとは違う特別感をそこでも出したかったんですよね。
──卓偉さんよりもずっと年上と思しき年輩の方も多々いらっしゃいましたよね。
卓偉:いっぱいいましたね。サラリーマンの人もたくさんいて、「娘にも聴かせているんですけど、全然理解されないんです」っていうお父さんもいましたよ(笑)。バンドをやっているヤツも多かったですね。「僕らもいつかデビューして、男子限定ライヴをやった時に卓偉さんの曲をカヴァーさせて下さい!」って言ってくれたヤツもいました。
──ああ、あの日卓偉さんがボウイ、ブランキー・ジェット・シティ、ジギーをカヴァーしたみたいに。
卓偉:嬉しいですよね。まぁ、「オンリー・ユー、お前だけに」って唄っても、周りは男しかいないっていうのがシュールな光景でしたけど(笑)。
──個人的にはこの男子限定GIGを今後是非シリーズ化して頂きたいところですけど。
卓偉:是非やりたいと考えているところです。と言うか、ああいう企画はシリーズ化していくことに意義がありますからね。今回、僕を含めたフロントの3人はシングルのライダースにブラック・デニムという出で立ちで登場したんですけど、男子限定GIGでは毎回その格好でもいいのかなと思って。
──そのうち、お客さんも同じ格好をするようになったりして(笑)。
卓偉:それも面白いですよね。ちなみに、シングルのライダースの中に着ていたフレッド・ペリーのポロシャツは僕が15の頃から着ているものなんですよ。黒地に赤と白の線が入っているヤツで、それを着てロフトでラフィン・ノーズやニューロティカとかを見に行ったんです。散々色落ちもしたし、縮んじゃってボロボロなんですけど凄く愛着があって、今でもここぞって時に着るんですよ。せっかくロフトでライヴをやるならその衣装で行きたいというこだわりが自分の中であったんです。ただ残念だったのは、そのことをMCで言うのを忘れてしまったんですよね(笑)。
──このインタビューでしっかりお伝えしておきます(笑)。そんな男子限定GIGでも披露された「3号線」が今回シングルとして発表されることになったわけですけれども。
卓偉:男子限定GIGはアッパーな曲ばかりの構成で、「3号線」みたいなミディアム・スローの曲をやるかやらないか迷っていたんですよ。ラヴ・ソングの類は極力削ったんですけどね。「3号線」は曲が長い上にロッカ・バラードだし、駆け抜ける曲だけのセットリストを最初に提出したら、メンバーやスタッフが「『3号線』はやったほうがいいよ」って言ってくれたのでやることにしたんです。実際、やって良かったと思いましたね。演奏する前に「3号線」に対する思いを男には伝えたくて語って、アウトロの大合唱のところでみんなが両腕を掲げた時にレディング・フェスティバルかと思いましたから(笑)。あの場面でそういうリアクションをするのが判っている野郎たちで良かったなと思って。ストーン・ローゼズのライヴかと思いましたもん、マジで(笑)。みんなライヴにおけるキメをちゃんと研究しているんだなと思ったし、それが非常に嬉しくて感動したんですよ。両腕を掲げてウェイヴになったらアウトだったんですけどね(笑)。
──やはり女性とは反応が異なるものなんですね。
卓偉:ロフトの前日に赤坂ブリッツで「3号線」をやった時、女子は両手を結んでじっと見守るような感じだったんです。それももちろんいいんですけど、男子の中には両腕を挙げながら笑顔になっていたヤツもいたんですよ。もしくは、歌の痛みを自分でも感じ取りながら聴いていたりとか。考えてみれば、僕も10代の頃はそんなふうにしてライヴを見ていたなと思って。シンガーやバンドが伝えたいメッセージを真摯に受け止めていたし、歌が内包する痛みを共有しながら耳を傾けていたなと。そういう姿勢みたいなものを恐縮ながら継承できているのかなと感じたんです。