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INTERVIEW

トップインタビューキノコホテル

格段の進化と深化を遂げた恍惚必至の近未来的大衆音楽

2011.04.01

完膚無きまでの傑作である。キノコホテル待望のフル・アルバム『マリアンヌの恍惚』は、従来のバンドのパブリック・イメージを良い意味で覆す楽曲がふんだんに盛り込まれた極上の一枚だ。ポップでキャッチーな大衆性はそのままに、有機的なアンサンブルと肉感的なグルーヴはより豊饒に、愛らしい小品からダイナミズムに満ちた規格外の大作までめくるめく万華鏡の如く変幻自在に。紋切り型のイメージを抱いていた輩を冷笑するかのように一層の成熟をしなやかに見せ付けた本作を聴けば、キッチュで妖艶なキノコホテルの深淵なる世界に思う存分耽溺できることを約束しよう。ただし、抑え難い情念から精製されたキノコホテルのエキスは中毒必至、"キノコノトリコ"という名の禁断症状が出るのはまず間違いないのであらかじめお断りしておく。(interview:椎名宗之)

聴き手に対して挑戦状を叩き付けたかった

──創業以来初のフル・アルバム、期待はしていましたが、まさかこれほどまでに完成度が高いとは…期待を遙かに超える出来でした。

東雲:あら、本当に? ワタクシ自身は完成させた時点で頭の中が真っ白になっちゃって、未だに客観的には聴けないのよ。今回は今までの録音の手法を変えて、ワタクシとエンジニアとディレクターで籠もって作り上げたの。今まではミックスの段階でいろいろと音をいじくるのを楽しむ感覚だったのだけれど、今回は収録曲がとにかく多彩でしたからね。10曲全部が違う方向性の曲だったし、ワタクシの抱くイメージを事細かにエンジニアにお伝えして、それを理解して頂いた上で形にするのが本当に大変だった。従業員4人で作業を進める時間よりも、ワタクシが「ああでもない、こうでもない」と何度も自問自答を繰り返していろいろと試しながら録っていく過程のほうが長かったので、全工程を終えた時は虚脱状態になってしまったわ。

──しかも、録音作業の合間に実演会も随時敢行されていましたね。

東雲:実演会と録音の頭の切り替えが大変だったわね。正直、録音していた時の記憶があまりないのよ。忙しいのは別に構わないのだけれど、如何せんここまで頭の切り替えを強いられたのは初めてだったので。

──実演会の勢いやテンションを録音物に封じ込める狙いもあったんですか。

東雲:いえ、全然。今回は実演会と録音物を全く切り離して考えていたの。実演会での再現性というのはあまり考えずに鍵盤もいろんな音色を重ねているし、再現性を考慮せずに録音物を作ろうと思えば何でもできるわけです。ただ、ストリングスだのラッパだのを過剰に入れ過ぎるとキノコホテルのサウンドではなくなってしまうので、「この程度までかしら?」という程良い線引きをしながら音を足していった。従業員の3人には普段と同じことをやってもらった上で、ワタクシが思い描いていたイメージに向けて味付けをしてもらいつつ完成させたことが前作までとは明らかに違うところね。

──今回のフル・アルバムを発表するタイミングでキノコホテルのパブリック・イメージを良い意味で覆そうという思惑も事前にありましたか。

東雲:そうね。『マリアンヌの憂鬱』を出して以降、やれ昭和歌謡っぽいだのGSみたいだのと言われ続けてきて、それももちろんキノコホテルの音楽的要素としてあるのは確かなのだけれど、結局その部分だけで片付けられてしまうのがとても面映ゆかった。昨年はそういう紋切り型の語られ方に強い苛立ちを覚えていた一年だったので、その先入観に対して挑発したい気持ちがあったの。ただ、あまり突飛な方向へ行き過ぎて聴き手を置いてきぼりにしてしまうのは本意ではないし、キノコホテルとして良い塩梅に幅を広げる挑戦をしたかったわけです。と同時に、聴き手に対しても挑戦状を叩き付けたかったと言うか。良い意味での緊張感を保ちつつ作り上げた作品だと思うわよ。

──本作における白眉はやはり『風景』と『マリアンヌの恍惚』という2曲の長尺楽曲だと思うのですが、こうした大作志向は前作の『山猫の唄』ですでに芽生えつつありましたね。

東雲:確かに『山猫の唄』がああいう手法に目覚めさせてくれた部分はあるわね。『山猫の唄』のアレンジは普通に終わらせるのがつまらないということで、スタジオで思い付きでやったのよ。それを3人が「こういうやり方も凄く楽しい」と感じてくれたみたいで、それに味を占めて今度はオリジナル曲でもやってみようと思ったわけ。

──『風景』は8分、『マリアンヌの恍惚』は6分を超える異例のナンバーなんですが、冗長な部分をまるで感じさせずに一気に聴かせるのが見事だと思うんですよ。

東雲:何もプログレみたいな音楽に慣れ親しんでいる人ばかりが聴くわけではないし、聴き手が飽きてしまわないように気を留めたの。J-POPしか聴いたことのない若い胞子たちもたくさんいますからね。そのためにもある程度ショーケース的にまとめるのが不可欠だったのよ。録音物での形を実演会で何倍にも膨らませることはできるし、ひとつの作品の中のこの位置付けでやるのならばこの尺がベストということね。実際、録音した『風景』も実演会でやる尺より少しだけ短くしてあるし。

あくまでこの4人で成り立っているバンド

──長尺の曲でも弛緩なく聴かせられるというのは、4人のスキルが格段に向上したことの表れとも言えるのではないでしょうか。

東雲:それもあるのかもしれないわね。ギターのケメ(イザベル=ケメ鴨川)は自由に弾かせておけば自分の引き出しを目一杯使って頑張れるタイプなんだけど、ベースのエマ(エマニュエル小湊)はあらかじめ決められたことを黙々とこなすタイプなの。でも、『マリアンヌの恍惚』の途中から入るベースのフレーズはなかなかのものだし、「この子、いつの間にこんな達者なことができるようになったのかしら」とミックスしながら感心したわ。

──『非情なる夜明け』の肉感的なベース・ラインもファンキーなグルーヴをしっかりと際立たせていますしね。

東雲:『非情なる夜明け』は普段使っている楽器を持ち替えたのが功を奏したのかもしれない。ベースの音色はほとんどいじっていないのよ。今までならパンチが足りなければコンプを掛けたりもしたのだけれど、今回のベースはほとんどが録り音そのままを使っているの。ファービー(ファビエンヌ猪苗代)のドラムとの音的な力関係を敢えてステージと逆転させて、ベースは太く、ドラムは軽く。個人的な好みね、これは(笑)。

──従業員各自がプレイに対してより意欲的になったことがアンサンブルの妙味として結実しているように思えますね。

東雲:キノコホテルの一員として求められていることを各自理解してきたのかもしれないわね。単純なリズムの曲から特にビートを決めないフリーな曲まで凄く幅広い音楽をやっているし、それにしっかりと付いていこうという意識がとりわけリズム隊の2人は強くなってきたんじゃないかしら。

──キノコホテルは支配人のワンマン・バンドに思われがちかもしれませんが、実際のところは支配人が他の3人に対して的確な指示を出すことで彼女たちの持ち味を最大限まで引き出し、4人の特性を取り混ぜて昇華させている。少なくとも音作りの上では4人対等のバンドだと僕は思うんですよね。

東雲:あくまでこの4人で成り立っているバンドですからね。バンドのコンセプトやスタンスはワタクシ主導だけど、音に関してはパートごとにそれぞれの主張があるし、ワタクシはそれを良い形で引き出したり引っ込ませたりする調整役だと思っているの。このバンドにおける自分の在り方についても最近はよく考えていて、自分は調整役で良いと思っている。演奏に関してはエキスパートが各パートに揃っているわけだから。

──鍵盤の音色も、全体のサウンドの中で方向性を決めていくような感じですか。

東雲:鍵盤に関しては単純に自分の使いたい音を使っているだけね。リズムとギターまでとりあえず入れてもらって、それを聴きながら「じゃあ、こうしようかしら?」と鍵盤の音を決めることもあるけれど、鍵盤奏者として今までは割とノリを重視してやってきたんです。あえて事前にあまり考えずに直感を頼りに演奏してきた。少なくともワタクシに関してはそう。他の3人はきっちりと練習して作り込んでくるけど。

──支配人は実演会でのパフォーマンスもノー・プランで臨むと以前仰っていましたしね。

東雲:実演会でケメがギター・ソロを弾いていると、「あら、この後はオルガンじゃないの。何を弾こうかしら?」なんて本番中に考えていることもありますからね。そういうふうにヘンに緊張感を自分に強いているところがあるの。歌録りの本番直前になってやっと歌詞を完成させたりとかもするし。

──想定外の何かを生み出すためにスリリングな状況にあえて身を置くことを己に課しているのかもしれませんね。

東雲:そうみたい。あらかじめ何かを用意したりプランニングしておくことが子供の頃から苦手なのよ。どうにかこうにかピンチをくぐり抜けて、火事場のバカ力だけで乗り切ってきたと言うか。本当はそういうのが好きなわけじゃないんだけど、結果的にそういう節になっている。そんなワタクシを3人がしっかりと支えてくれているので、行き当たりばったりでも何とかなっているんでしょうね。

──本作でもアレンジや歌詞を極限まで追い込んで作り上げたんですか。

東雲:そうね。たとえば『マリアンヌの恍惚』という曲をアルバムに入れようと決めたのは録音の1ヶ月前くらいだったんです。ワタクシが「こんな感じの曲を作りたいんだけど」と伝えたら、3人は「エエッ! 間に合わなくないですか!?」と恐れをなしていたんだけれど。今までにないタイプの曲だから、頭の中で曲の世界観はちゃんと掴めているのに伝えるのが凄く難しかったの。そのイメージを何とか3人に伝えて、それを噛み砕いて各自のパートを構築してもらったんだけど、そもそもインストにしようか歌詞を入れてみようかという次元の曲だった。ヴォーカルは添え物程度で良いと考えていたし。だから仮歌で一度唄った歌詞は本番でかなり変えたし、最後の最後までどうなるか分からないドン詰まりの状態だったわね。

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マリアンヌの恍惚

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08. 荒野へ
09. 愛人共犯世界
10. マリアンヌの恍惚
作詞・作曲&プロデュース:マリアンヌ東雲/編曲:キノコホテル
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