このインタビュー記事を読んでいるあなたと僕は何の面識もない。だが、HAWAIIAN6の音楽を触媒として、あなたと僕は今確かに繋がっている。二度と訪れぬこの瞬間を共有している。それこそが音楽の魔法であり、活字を通したコミュニケーションなのだ。フル・レングスとしては『BEGINNINGS』以来4年振りとなるHAWAIIAN6のニュー・アルバム『BONDS』は、そのタイトルが示す通り"絆"を主題としている。メンバー間の絆、バンドとオーディエンス間の絆、あるいはオーディエンス同士の絆。それらはすべてHAWAIIAN6が生み出す激情と哀切の塊のような音楽によってより一層深まる。目には見えない音楽が人と人の縁を手繰り寄せ、それが強い結びつきとなるなんて、なんて素敵なことだろう。一度きりの人生を精一杯謳歌するために、僕らには仲間が要る。明日へ手を伸ばす希望が要る。"囚われの身"となる運命に抗うためには、鎖を断ち切る刃と足を一歩前へ踏み出す迸る情熱が要る。だが、僕らにはHAWAIIAN6の音楽があるのだ。ひたむきで純真な彼らの"人間讃歌"さえあれば、人生劇場において如何なる暗転を喰らおうが腐ることなく夢を信じることができるし、いつだって新しく生まれ変わることができる。彼らの豊饒なる音楽を聴いた後、この色のない世界にあなたはどんな色を付けるだろうか。(interview:椎名宗之)
自主レーベルの舵を取る充実感
──シングル『Days』、ミニ・アルバム『RINGS』、DVD『10years』とリリースは頻繁にあったものの、フル・アルバムとしては『BEGINNINGS』以来実に4年振りの発表となるんですね。正直、そんなに経ったのかという感じですけど。
畑野行広(ds):僕らもそんな感じですよ。4年振りと言われて初めて"ああ、そうですか"って感じで。
──この4年間で一番のエポックはやはり自主レーベル"IKKI NOT DEAD"を立ち上げたことだと思うんですが、これはそろそろ独り立ちしなければという思いがあっての旗揚げだったんですか。
畑野:Hi-STANDARDが自ら"PIZZA OF DEATH RECORDS"を作ったところも引っくるめて憧れみたいなものがあったし、独り立ちしたかったと言うよりも、自分たちで組織を作ってみたいという気持ちが強かったんですよね。
──発足から早2年が経過しましたが、何から何まで自分たちの手で押し進めていくのはなかなか難儀じゃないですか。
畑野:大変すぎて何が何だか判んないですね。こんなに大変なのか!? ってくらい大変ですけど、それでもまだ全部は知れてないし、やってることが追いついてないのが現状です。リリースにあたっていろんな段取りがありますけど、それを一個一個やってみて"こういうことだったのか"と学ぶ感じですね。『RINGS』やDVDを出した時にそういう段取りを全然判ってないことに気づいたからこそ、今度のアルバムも自分たちのレーベルで出そうと思ったんですよ。自分たちでできないのに人様に預けるのは、これからもレーベルを続けていく者として美しくないなと思って。
──採算面を疎かにすることができないシビアさもありますよね。
畑野:僕以外のメンバーはレーベルに直接関わっていないので、バンドとして頭を抱えることは特にないんですよ。僕はレーベルにどっぷり浸かっちゃってるので、そういう部分も頭を使わなきゃいけないんですけど。
──でも、困難を極めるがゆえの充実感は今まで以上にあるのでは?
畑野:手応えは大きいですね。達成感という言葉とはちょっと違うんですけど、"やってるな"という充実感はあります。それがいろんなことに対するやる気に繋がってるところもあるし。
──それは勇太さんも徹さんも同じ気持ちですか。
小鷹 徹(b, cho):うん、そうですね。
安野勇太(vo, g):僕と徹はレーベルで特に何かをしてるわけではないんですけど、曲作りにしてもライヴ一本にしても、心持ちが今までとは全然違いますね。
──以前よりも自由度が増した感覚はありますか。
畑野:"PIZZA〜"も、それ以前の"STEP UP RECORDS"も凄く自由にやらせてもらえてたし、縛られてる思いも全然なかったんですよ。だから、如何にいい環境でやらせてもらえていたか、その有り難みがよく判りましたね。実家を出て独り暮らしを始めた息子が"親って凄いな"って思うような感覚に近いですよ。メシって待ってれば出てくるわけじゃないんだ、みたいな(笑)。
──今回の『BONDS』ですが、ずっと待ち望んだ甲斐のある会心の出来ですね。楽曲のクオリティ、アンサンブルの妙味、真に迫る音作り...どれを取っても過去随一だと思うんですが。
畑野:自分たちでは冷静な判断を下せないんですよ。気持ちいいものは作ったつもりですけどね。ただ、時間を掛けてやり切った感じじゃなくて、駆け足しながら曲作りをして、あっと言う間に録って...みたいな感じだったんです。
──この夏場にライヴと並行しながら録る行程でしたよね。
畑野:本来はそういう予定じゃなかったんですよ。曲作りがどうしても2曲ほど間に合わなくて、レコーディングの日程を若干ずらしたんです。ライヴをやりながら録るのは初めての経験で、頭の切り替えが凄く難しかったですね。ライヴの日は凄く楽しいんですよ。でも、終わった瞬間に現実が待ってると言うか(笑)。ライヴでリフレッシュできると言えばできるんですけどね。ただ、いつ録ってもいい状態でライヴが入ってるなら何とも思わないんでしょうけど、実感がないままレコーディングを迎えてしまっただけに、ライヴの当日もライヴが終わると気持ちが少し焦った感じになるんですよ。"録りはどうなるんだろう?"って。
──ライヴの勢いや熱量をレコーディングに活かせるという利点はありませんでしたか。
安野:そこは意外と切り替えちゃうもので、余り影響はしなかった気がしますね。
"人間が人間であること"を唄いたい
──有り難いことに、今回は我がロフトプロジェクトが誇るスタジオインパクトをご利用して下さったとのことで。
畑野:友達のバンドがそこで録ったと聞いて、僕らみたいな暴れたサウンドを録るのに向いたスタジオなのかなと思ったんですよ。"STEP UP〜"のオムニバスに提供した1分以内の曲(『Fire』)を録る時に一度使わせてもらったんですけど、何せ曲が1分以内なので何とも言えなかったんですよ(笑)。その後に配信用の曲を録った時に、ここでアルバムも録ってみたいと思って。
──専任エンジニアである杉山オサムの仕事振りは如何でしたか。
安野:結構イケイケで、やってて凄く面白かったですね。その場で思いついたことを言うと、「じゃあ、とにかくやってみましょうよ」みたいな感じで。使うか使わないかはさておき、まずはやってみるっていう勢いが凄くあったんですよ。
──音のニュアンスは事前に細かく話し合ったんですか。
安野:サウンド的なことは特に話さなかったですね。今のライヴでやってる感じをそのまま録れればいいのかなっていう程度で。実際にライヴで使ってる機材をメインにほぼ録ったり。
──それにしても、冒頭3曲の尋常ならざる絶望感たるや凄まじいものがありますね。まさに2曲目の『Abyss』というタイトルにある通り"奈落の底"と言うか。哀しみの淵に在っても一握の希望だけは忘れないのがHAWAIIAN6の楽曲に通底する世界観だと思っていたのに、いきなり"I hate you all"(みんな大嫌いだ)ですから(笑)。
安野:曲順に関してはマスタリングの最後の段階で決めて、偶然そんな流れになったんですよ。歌詞の内容も関係なく決めた曲順なので。ただ、今回は歌詞を書く面で物の見方や切り口をちょっと変えてみたんです。それは自分なりのトライで、凄く面白くできたと自分では思ってるんですよね。僕は"人間が人間であること"を唄いたいと思って歌詞を書いているんですけど、今回はそれを凄く生々しく書けた気がするんですよ。今までは少しでも暗闇の出口を歌詞の中に置きたかったんですけど、奈落の底で塞がった気持ちのままでいたい時も人間は絶対的にあるわけで、その部分は上手く表現できたと思ってます。
──哀愁のメロディに彩られた『The Misery』で描かれる悲運の蜘蛛は、限られた命を生きる人間のカリカチュアとも取れますよね。
安野:蜘蛛は単にメタファーであって、そこにいろんなことをなぞらえて書いてますね。
──この『The Misery』のイントロや『Blackout』の中盤でアコギが絶妙な隠し味になっていて、曲の持つ情感をより一層引き立てていますね。
安野:その曲にどういう音が合うのかを純粋に考えて入れた結果ですね。曲の持ち味を活かすと言うか。
──冒頭3曲の世界観から一転、『Miracles』以降は希望を抱き続ける強い意志を感じさせる楽曲が並びますが、これもあらかじめ意図したことではないわけですね。
安野:アルバムを通してのストーリー性みたいなものは、今まで一度も考えたことがないんですよ。ライヴの曲順を決めるのと同じように考えてるんです。
畑野:ライヴの曲順もその日に決めるんですよ。その日の気分次第でやる曲が変わるのと同じように、アルバムもその時の気持ちで並び順を決めるんです。
──それは気持ちの鮮度の高さを保ちたいということですか。
畑野:予定を組んで物事を進めるのが僕らの性格には向いてないんですね。何万人規模の大きな会場でやるイベントだとゲネリハという本番を想定した練習がありますけど、僕らはそれを一度もやったことがないんです。それをやると、"そういう練習をしてきたんだな"っていうのがライヴに出ちゃうと思うし。まぁ、僕らが不器用なだけですよ。
──一度きりの人生なんだから牙を剥いて走り続けろと唄われる『Egoist』然り、自分の中で暴動を起こせと唄われる『Revolutions』然り、聴き手の背中を押してくれるメッセージ性は不変ですが、人間は"間違いから産まれ、間違いを積み重ね、間違いを忘れる"ものだという『A praise Of Human』は文字通り大いなる"人間讃歌"ですよね。負の部分ですら全面的に肯定する、これまでにないスケールの大きさを感じさせる名曲だと思います。
安野:希望を見いだせないまま終わる曲を今回はかなり多く書いたつもりなんですけど、そういう閉塞感みたいなものを描くことで希望や色彩のある世界が浮き立てばいいなと思ったんですよ。逆説的な表現をすることでダイレクトに伝わることもあるんじゃないかと思って。聴く人によって捉え方はいろいろあると思うんですけど、そう言ってもらえると凄く嬉しいですね。やった甲斐がありますよ。
──綺麗事ばかりじゃなく、清濁併せ呑むからこそ人間の面白さがあるという懐の深い歌ですよね、『A praise Of Human』は。
安野:その曲に関しては凄くフラットな立場で歌詞を書きたかったんです。特に何ができるわけでもないし、毎日が楽しいわけでもないし、いろんなものに麻痺していったりもする。でも、それが日常であり、人間なんだってことをフラットに捉えようと思って。
人と人の繋がりを実感できたレコーディング
──スットコドッコイな人生劇場の"暗転"を描いた『Blackout』も深みのある歌ですね。
安野:タイトルの通りの曲ですね。『ハムレット』みたいな悲劇がひとつのメタファーとしてあって、そこに人間の生きる姿を投影させたと言うか。判りやすい構成だとは思うんですけど、内容がどうしても暗い方向へ行っちゃうんですよ。多分、僕自身そういうのが好きなんでしょうね。
──音作りにおいて試みたアプローチとかはありましたか。
畑野:何も考えてなかったですね。とにかく曲を覚えてドラムを叩き切ることだけで精一杯でした。それくらい厳しい状況だったんです。何せ、レコーディングの3日くらい前まで曲を作ってましたから。曲の展開を覚える時間も全然なかったので、やりながら覚えた曲もあるんですよ。
小鷹:曲が身体に全然染みてなかったから必死でしたね。
畑野:腹を括って、とにかくいいものだけを作りたいという一心でした。音色がどうとかもうそんなことじゃなく、今の在る自分を全部入れられるかどうかがずっと頭にあったんですよ。本来は身体に染みたものを自然に録るのがレコーディングだし、その意味では時間が足りなすぎたとは思うんですけど、限られた時間の中でどれだけ最善を尽くせるかという凄くポジティヴな気持ちでレコーディングに臨めましたね。
──もう干支が一周するほどのキャリアですし、限られた時間はスキルでカヴァーできそうな気もしますけど。
安野:いやぁ...そうでもないですよ。
畑野:やっぱりRECはRECですからね。気にしてる部分が3人とも違うし。僕がドラムのテイクを録って「今の良かったじゃないですか」って言われても、自分がイヤだと思ったらそれでダメだし。逆に自分がいいかなと思っても、周りの反応がイマイチだったらそのテイクはダメだし。ホントはファースト・アルバムみたいに、3人が同じ視点で積み上げてきたものを録るのが一番いいんですよ。でも、曲作りが年々難しくなってきているのでそれもおぼつかない。ただ、今回はそれをマイナスに捉えるのではなく、気持ちの部分で成長ができたと思うんですよね。今できることが10あるなら、その10をちゃんとやり切ろうとこの時点で思えたことが良かった。だから、僕はレコーディング自体やって良かったと思ってるんです。
──マスタリングが終わったのは9月の終わり頃だったし、リリースに間に合うのかという冷や汗の連続だったと思いますけど...。
畑野:媒体各社さんにも大変なご迷惑をお掛けして、冷や汗を通り越して心臓が止まりそうでしたね(笑)。でも、凄く気持ちの入ってるアルバムだと思いますよ。12曲ある中で最初に出来た曲と最後に出来た曲の温度差は全くないし、どの曲もがむしゃらな感じがあるので。
──成熟とは程遠いムキになった感じと言うか、徒手空拳で突き進む意気を感じますね。
畑野:さっき言った"冷静な判断を下せない"というのはそこなんですよ。気持ちの温度を凄く上げてレコーディングをして、その温度が冷めやらぬまま今に至ってるんです。今でも録り終わった曲と練習スタジオで闘ってるし、まだ冷静に振り返られないですね。いい意味で緊張感が持続してるんですよ。
──知恵熱をずっと引きずっているような感覚と言うか。
畑野:そうですね。バファリンがさっぱり効かない、みたいな(笑)。
──ファースト・アルバムは『SOULS』というタイトルでしたけど、今回のアルバムほどバンドの迸る魂を体感できる作品はないと思うんですよ。燃え盛る不断の情熱を流麗なメロディと荒削りな音に叩きつけるという意味では、HAWAIIAN6の姿勢は一貫していると言えますよね。
畑野:要するに、これしかできないんですよ。そういう不器用さを良しとしたいと自分たちでは思っていて、ホントはもっといろんなことができたらいいんだけど、それをやる知恵も技術もない。そういうのは向いてないんです。何枚も作品を出してきて、自分たちの音楽性からよそ見をしてしまった時期も正直あったんですよ。曲を作っても何がやりたいのかよく判らなくなったりもしたし。でも今回は、一体何のために3人でこのバンドをやっているのか、どういう意図でこういう曲を作ろうとしているのか...そういう本来の意味と意義を振り返ることができたんです。疑心暗鬼を繰り返して暗闇の中を走り続けるような曲作りの期間でしたけど、録り終えた時には"やって良かった"と純粋に思えましたから。ファースト以降の作品にはその部分が感じられなかったんですよ。録り終えて良かったと言うよりも、"これでレコーディングが終わった"という気持ちのほうが強かったので。もちろん、レコーディングして嬉しいは嬉しいんですけど、『SOULS』以降の作品で今回のアルバムほどレコーディングできて良かったと思うものはないです。いい曲が録れたとか、そういうのは僕らの中では度外視していて、レコーディングに費やした時間が純粋に素晴らしいものだったんですよ。
──そこまでの手応えを得たのは、準備期間の遅れもあるんでしょうか。災い転じて福となすと言うか。
安野:今まで以上にいろいろと話す機会が多かったことも良かったんでしょうね。今までも話し合ってはいたけど、たとえば曲作りの辛さは歯を食い縛って独りで乗り越えてきた部分が多かったんですよ。でも、今回はそれを何気なく話すことができた。バンドを抜きにしたところで人として対話ができたと言うか、人と人の繋がりを実感できたんですよね。その思いを『BONDS』、"絆"というタイトルに込めたんです。これまでになくメンバー間の"絆"を感じた作品だったので。
小鷹:今回は特に、技術よりも気持ちで持っていったような部分があったんですよ。今も魂が『BONDS』に持っていかれちゃってるんですよね。だからもうスッカラカンです(笑)。スッカラカンになれるまで打ち込めた作品が出来たと思いますね。
曲を生み出すことと花を育てることの相似点
──"BONDS"には"囚われの身"という意味もあって、がんじがらめになって必死に藻掻いている様は頭の3曲によく出ていると思うし、まさに"名は体を表す"ですよね。
安野:もうひとつの意味は実は後から知ったんですけど、そういう捉え方もできますよね。タイトル然り、歌詞も曲も然り、いろんなふうに捉えてもらったほうが面白いと思うし、聴く人の好きな聴き方で僕らの音楽が溶け込んでくれたら嬉しいですね。
──この色のない世界を自分の色に染め上げろと唄われる『Color Of Love』に鼓舞されるところが個人的には多々あったんですけど、せっかく表現する場であれば何かを伝えたいという思いは強いですか。
安野:いや、余りそういう思いはないですね。自分たちが楽しめるものを作るのがまず第一なんですよ。歌詞も自分自身に投げ掛けている節があるし、世の中に訴えたい気持ちが特にあるわけでもないんです。それが結果としていろんな意味に取られるのは面白いですけどね。
畑野:バンドって、伝えたい思いがあるからCDをリリースするわけじゃないですか。ただ、その"伝える"というのは、"こういうやり方のこんなバンドもいるんだよ"という程度のことなんです。"こんなヤツらもいるんだ"みたいに選択肢のひとつとして伝わってくれたら凄く嬉しいですね。
──これだけ充実した作品を聴くと、さっき畑野さんが仰った「曲作りが年々難しくなってきている」という発言も凄く納得できますよ。
畑野:今回のアルバムに関しては、「いい曲を作ったのか?」と訊かれたらまだ答えられないんですよ。ただ、いいレコーディングはしたつもりなんです。バンドで曲を生み出すのは花を育てるのとよく似てるんですよ。花は陽が差して水を与えて初めて育つし、陽も水もなければ枯れてしまう。僕らがバンドを続けていく上で、陽が差すのはいろんな音楽を聴くことだったり、水を与えるのは練習することだったりするんです。陽や水のバランスが崩れると育っていく環境も変わっていくし、そういうことをちゃんと考えなければバンドをやれないようになってきたんですよね。昔みたいにバイトの合間に集まって、ただがむしゃらにバンドをやるのを繰り返していた時代とは気持ちの部分も違うし、変わらなきゃいけなかったんだと思うし。ひとつのバンドを12年も続けさせてもらっている現状は凄く幸せなんですけど、幸せであるためには貪欲であり続けなくちゃいけないんだという気はしてます。自分たちが考えてる以上にもっと貪欲でいなければ曲は生み続けられないと、ここ3、4年凄く感じてるんですよ。
──満足してしまえば、そこで歩みが止まってしまいますからね。
畑野:今思えば、『ACROSS THE ENDING』の頃はまだ上手く回ってたんですけど、『BEGINNINGS』を録った時に曲作りが余り上手く行かなかったんですよ。それからだんだん真綿で首を絞めると言うか、曲作りに対して苦手意識みたいなものがちょっとずつ強くなってしまって。それが今回、曲作りに手間取った原因なんでしょうね。苦手だったらもっと早くやれよっていうだけの話なんですけど(笑)、夏休みの宿題は8月の末にしかやれないバンドなんで。でも、バンドに向かう気持ちが強くなれたし、バンドの絆が強まったのを実感できただけでも僕らとしては録った甲斐があったんですよ。この先がまた明るくなってきた作品ですね。ただ、こういうことをやり続けていく以上、新しい作品を生み出すのは今までの倍、もしくはそれ以上の時間が掛かって当たり前だろうとは思ってます。それをやっと素直に思えるようになったんですよね。
──なるほど。花の養分の喩えはよく判りますよ。酒を呑んだり、友達と話したりするバンド以外の時間が実はバンドへ還元し得る大きな栄養素だったりしますからね。
畑野:昔なら、好きなCDを聴いて「スゲェ格好いい!」とかギャーギャー騒いで酒を呑めたんですよ。でも今は、誰かのCDを聴いても「これ、凄く格好いいな。どうやって演奏してるんだろう?」って聴き込んじゃうんです。そうやって考え込むのがちょっとずつ溜まると、最後は錆びちゃうんですよ。単純に聴いて良ければそれでOK!みたいな感覚は、曲作りの時に迷いを断つ決め手になると思いますね。自分たちの曲を作ってる時も、頭の中ではいいなと思ってても「いいじゃん!」とは断言できないんです。「これはどうやって演奏するんだろう?」っていうのが先に来てしまうので。
──それは経験値が上がったがゆえの、乗り越えるべき壁なんでしょうね。
畑野:そうなんですかね。自分たちではずっと答えが出せなかったんですよ。ただ、今回のアルバムを作り終えた時に曲作りに対する苦手意識もクリアになったんです。"ああ、こういうことだったんだな"と言うか。
──2年前に発表したライヴDVDはベスト・アルバムとしても楽しめる内容でしたが、10年間の総括を終えたHAWAIIAN6がこの『BONDS』でまた新たな扉を勢い良く開いたのが頼もしく思えますね。
畑野:あのDVDは"らしい"ものが出せた感じですね。僕らは器用なバンドじゃないし、演奏が巧いわけじゃないし、ルックスがいいわけでもない。それを小綺麗に見せたくないと思って作ったDVDなんです。今の時代、作り込もうと思えばいくらでもできるじゃないですか。それをやったところで、買った人が喜んだとしても作った僕らが喜べないんですよ。あのDVDも、自分たちが見て楽しいものを作ろうっていうだけですね。それは曲を書く行為を含めてすべてに繋がるんですけど、外に向けて評価を求めるためにバンドをやってきたわけじゃないんですよ。自分たちがいいと思った曲を書いて、それをライヴでやり続けて今がある。それはこの先もずっと同じだし、CDにしろDVDにしろ、自分たちがいいと思えるものをただがむしゃらに作って、それを外に向けて発信していきたいですね。
好きなようにただ一生懸命やるしかない
──今回はアルバム発表前に3ヶ月連続の配信限定曲をリリースする一方で、アナログ盤をCDと同時発売する試みがユニークですね。デジタルとアナログを巧みに使い分けて。
畑野:アナログはずっと出したかったんですよ。それこそ、今までも『SOULS』から全部出したかったくらいで。でも、アナログが今の時代に必要なものかと言えば必ずしもそうじゃないですからね。ただ、今は自分たちのレーベルだし、そこは大人の諸事情を考えずに出してしまおうっていう。配信でリリースしたのもそうなんですけど、自分たちが疑問を抱いていることとかしたいことは全部やるべきだと思うんです。自分たちで出資して責任を全部負える場所でやっているのであれば、どんな結果が出ようがやってみるべきだなと。
──自ら運営するオフィシャル・サイトが長らく存在しなかったHAWAIIAN6が配信リリースをするなんて、凄く意外だったんですよね。
畑野:特にやってみたかったわけでもないんですけど、携帯電話で音楽を聴くことがただ疑問だったんですよ。メジャー・アーティストがよくやってるイメージが強いけど、僕らみたいなバンドがそれをやって何かが変わるのかな? と。でも、やらないうちに批判するのは良くないし、判断の良し悪しはやってから決めようと思って。
──実際に配信リリースをやってみての答えは?
畑野:結局、よく判らなかったですね。目に見えないものだから、どう判断していいのか判らないんですよ。ただ、この間イベントをやった時に500人くらいお客が来ていて、MCで「配信をやって良かった?」って彼らに訊いたら、誰ひとりとして手を挙げなかったですね。返事も返ってこなかった。逆に「配信って必要ない?」って訊いたら、「ウォーッ!」って雄叫びを上げてましたけど(笑)。だから多分、地域によると思うんですよ。情報化の進んだ中心部に住んでる人は配信がなくても困らないんでしょうけど、近所にレコード屋がない地域に住んでる人にとっては便利なツールなのかなと。ちゃんとした答えを出すには僕らもまだ時間が必要ですけど、誰かがやり始めることが大事だと思うんですよ。このレーベルでのトップバッターは僕らでありたいし。
──"ちゃんと形として残るもの"を手にしたいと思うのは、もう古い考え方なんですかね? こんな時代だからこそ余計にCDパッケージを売りたいと個人的には考えてしまいますが。
畑野:僕らはケースから中に入ってる歌詞カードの紙質に至るまで考えて決めてるし、パッケージを持っていてくれたら凄く嬉しいですけど、だからと言ってどうしても所有して欲しいとも思わないんです。やっぱり、時代の感覚っていうのは自分たちが思ってる以上に速く動いてるんですよね。カセットテープにビックリしてた僕らが今はデジタルなんてものを相手にしているし、平成生まれの子たちにしてみればアナログの存在なんて判らないわけだし。そういう世代の異なる人たちと一緒に時間を共有しているんだから、こっちも新しいメディアのことを考えるのは必要ですよね。押し売りも良くないし、鵜呑みにするのも良くない。自分たちのやったことに対してちゃんと答えを残せることを、いちいち悩みながらやりたいなとは思いますね。バンドを10年後もやっていたいと思っても、絶対にやれる根拠や保証はないわけですよ。好きなことをより一層好きなように長くやるためには、好きなようにただ一生懸命やるしかないんです。今日を一生懸命生きて、明日が来たらそこでまた一生懸命生きる。その積み重ねが向こう10年に届くと信じてやるだけですね。
──HAWAIIAN6は皆さんにとって人生を楽しむ手だてという意識が強いですか。
畑野:無責任に聞こえてしまうかもしれないけど、趣味ですね。人様から「仕事でしょ?」と言われても、やってる本人たちにしてみれば趣味なんですよ。売れるものを作る意識で作品を作ってないし、お金を儲ける意識でライヴを決めたこともないし。もう自分の歳の1/3をこのバンドに使ってるから、クサイことを言えば人生なんですよ。目の前にHAWAIIAN6という形はないですけど、見えない塊をこの3人で手を入れて育てている感じなんです。
──音楽という目に見えない絆が3人の結束となり、その絆がリスナーやオーディエンスとの結びつきとなり...『BONDS』とはまさにコミュニケーションを育む橋渡しのような作品ですね。
畑野:後づけでどんどん頓智が効いてますね(笑)。でも、そういうのっていいですよね。僕らの音楽を通じてこうしてインタビューをして下さる方と繋がれたり、CDが出ればリスナーと繋がれて、ツアーをやれば会場に来たお客同士で繋がれたりもするし、僕らは対バンで新しいバンドと結びつきを持てる。人が生きていくってそういうことじゃないですか。ひとりだけで何かが成し得るわけじゃないし、人と人が結びつくツールが音楽であることが嬉しくて僕らはバンドをやってるんですよ。自分たちがこだわりを持ってやってる音楽でいろんな人たちと出会えて、それが大きな輪となって、その輪の中でまたこだわりを持って音楽を続けていけたら、ただそれだけで幸せですね。