"TAKUI"時代を含めて通算9枚目となるオリジナル・アルバム『STARDUST VOX』は、中島卓偉が織り成す"聴くプラネタリウム"だ。「流星歌」「スピカ 〜Looking for my star〜」「DANCING STARDUST」といった収録曲のタイトルからも判る通り、本作では"星"が重要なモチーフとなっている。ギターのフィードバックからいきなり歌が始まる疾走感溢れるロック・チューン、ハードなリフレインで押しまくるパンキッシュなナンバー、情感豊かに唄い上げるミディアム・バラッド、そしてレゲエのリズムとヒップホップのブレイク・ビーツを融合させた秀逸なラヴ・ソング。まるで宝石箱のようにヴァラエティに富んだ全12曲の楽曲は、互いに有機的に絡み合って1枚の良質なエンターテインメント作品として帰結する。夜空に舞う星屑はそれ単体でも美しい輝きを放つが、複数の恒星が形を成せば星座という壮大な星屑の集合体となる。それと同様に、星屑に彩られた卓偉の歌声と煌星のメロディがなだらかな流星群となって放たれるのだ。天の川のように流麗かつ荘厳な歌もあれば、宙(そら)のキャンバスに描いた荒々しい一筆書きのような歌もある。『STARDUST VOX』という作品は、まさに中島卓偉の小宇宙そのものなのである。(interview:椎名宗之)
"STAR"はロックンロールの良さが詰まった言葉
──昨年は『僕は君のオモチャ』と『SMILER』という2枚のミニ・アルバムを発表するリリース・タームでしたが、こうしてフル・アルバムとして一気に新曲を発表するのは2年振りになりますね。
卓偉:毎年1月から3月までは曲作り期間を設けていて、それは今年も変わらなかったんですよ。ただ、去年は7曲入りのミニ・アルバムが続いたこともあって、今回はフル・アルバムで行きたいと思ったんですね。ほぼ連日、缶詰め状態になってスタジオ作業を集中したんですよ。後半は結構ピッチを上げて、4月の終わりにはすべてを録り終えた感じでした。
──共同プロデュースの鈴木賢二さんは、卓偉さんのライヴではお馴染みのベーシストですね。
卓偉:彼との付き合いも10年に差し掛かろうとしているし、同い年でもあるし、何よりも自分の音楽に対する一番の理解者でもあるので、一緒になってとことんレコーディング作業に没頭したいとかねてから思っていたんですよね。
──4月に配信限定でリリースされたシングル「明日はきっと風の中」は、この『STARDUST VOX』に収録されている曲がすべて出揃った上でリード・チューンとして選んだんですか。
卓偉:そうですね。配信限定の第1弾シングルでもあったし、2008年最初のシングルということもあって、やっぱり自分なりに力は入ってましたね。2008年をスタートさせる意味合いの強い歌詞を書いたつもりだったし、シングル的なエッセンスを強く持たせたんです。6月にリリースした配信限定シングル第2弾の「LOVE MERMAID」は夏っぽさがあって踊れる感じなので、開放的な今の季節を意識してチョイスしました。まぁ、今回のアルバムの中で個人的に一番好きな曲ということもあったんですけど。
──「明日はきっと風の中」はU2を彷彿とさせるイントロのディレイが印象的で、卓偉さんの音楽的ルーツが如実に反映された曲ですよね。
卓偉:U2はもちろん、ポリスやスミスといった80年代前半のバンドの影響が色濃いですね。80年代中盤以降の、スネアが"パーン!"と残響するサウンドになる前の音楽的な要素を採り入れてみたと言うか。
──『STARDUST VOX』というタイトルは"星屑に彩られた声"、そこから転じて"星空をスパンコールのようにまとって唄うヴォーカリスト"という意味が込められているそうですが、つまり卓偉さん自身のことですよね。だから、いっそのこと『中島卓偉』というタイトルにしても良かったんじゃないかと思うんですよ。それだけ完成度の高い作品だと思うし。
卓偉:そう思って頂けるのは嬉しい限りですね。"STARDUST"="星屑"で、僕としてはその星のひとつひとつが1曲1曲であるという意味を込めたつもりなんですよ。"VOX"も"自分の声"という意味を持たせつつ、僕の好きな"VOX"というイギリスのアンプと掛けた部分もある。それと、"STAR"という言葉の付いたアルバムをいつか作りたいと10代の頃から漠然と考えていたんです。
──ああ、たとえばバグルスの「ラジオ・スターの悲劇」のような?
卓偉:うん。デヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」もそうですよね。クラッシュの一番格好いいロゴもレッド・スターじゃないですか? そういったものに対する憧れもあるし、それこそ"ロック・スター"という言葉もある。"STAR"は僕にとってロックンロールの良さが詰まった言葉なんですよ。
──本作の方向性を決定付けた「流星歌」「スピカ 〜Looking for my star〜」「DANCING STARDUST」といった星をテーマにした曲は、割と同時期に生まれたんですか。
卓偉:いや、バラバラですね。「DANCING STARDUST」と「スピカ 〜Looking for my star〜」は今年に入ってからのレコーディングで書き上げたんですけど、「流星歌」は去年から詞を書いていたんですよ。ただ、この3曲のアレンジが定まって形になってきた時に、念願だった"STAR"というワードを入れた作品にしようという思いが芽生えたんです。特に「DANCING STARDUST」が出来た時は、散らばっていた点が線になって結ばれた気がしましたね。
楽曲も演奏もシンプルに徹することを目指す
──本作の特徴のひとつは、サビで同じ歌詞を繰り返すことによってキャッチーさを強めたことですね。歌詞もシンプルな構成にしているのが窺えますし。これは、去年発表した2枚のミニ・アルバムの歌詞が語彙の多いストーリー仕立てになっていたことと関係していますか。
卓偉:それもあるし、自分が子供の頃に聴いてきたロックや歌謡曲を振り返ると、サビは同じ歌詞の繰り返しが多かったように思うんですよ。特に、僕が一番影響を受けた60年代の音楽...ビートルズやストーンズもそうでしたから。サビのリピートする部分が曲のタイトルだったりすることも多かった。それが子供ながらに判りやすかったんですよね、凄く覚えやすかったし。歌詞を書いていると、最初のサビの後の2度目のサビは何か違うことを書かなきゃとつい思ってしまいがちなんですが、最近はそういうことを思わなくなってきたんです。歌を唄う自分が覚えやすい歌詞が一番なんですよ。情けない話なんですけど、自分で書いた歌詞なのに、リハ中に自分が歌詞を覚えられなくなることがたまにあるんです(笑)。ということは、自分の書いてきた歌詞はそれほどキャッチーじゃないのかな? と。意味が強いからこそ書いてきた言葉なのに、これはどういうことだ? と。だったら、もっとダイレクトに伝えられる言葉を重複したほうがいいんじゃないかと思ったわけですよ。Aメロとサビしかない2セクションの曲でも、歌詞がリピートになったって何が悪いんだろう? って。
──前作は「お願い胸騒ぎ」や「コードネーム1091」のように物語性の強い歌詞が大きな聴き所のひとつで、その方向に特化するのかなと思っていたから、ここまでシンプルさを追求したのは少々意外でしたね。
卓偉:歌詞に限らず、演奏もシンプルさを目指したんですよ。特に僕の弾くリズム・ギターなんて、寝てても弾けるくらい簡単なものですから(笑)。いろいろとやり続けてきてこのシンプルさに辿り着いた感はありますね。ファッションと一緒で、アクセサリーをもっとたくさん身に付けていないと気が済まない時期が僕にもあったし、それと同じように曲にいろんな服を着させていろんなアレンジを施さないと安心できなかった頃もあったんですよ。でも、ファッションにしても音楽にしても、だんだんと一発で勝負できるものを好むようになってきた。それに加えて徐々に着崩しができるようにもなってきたんです。
──そうした嗜好の変化ゆえの"リズムはすべて一発録り"なんですね。
卓偉:そうですね。リアルなライヴ感のあるレコーディングをしている人の音楽にもの凄く心が震える自分がいるんですよ。純粋に格好いいと思えるし、何よりもリアリティを感じるんです。自分が憧れていた音楽はいい意味で歪だったし、決して正解はない演奏だったと思うので、自分が音楽と向き合う時はそういう方向に行きたい。だからこそ、ちょっと時代錯誤かもしれないけど今回はアナログのテープ・レコーダーでベーシック・トラックを録ったんですよ。テープの長さの都合で2テイクしか録れないし、もし3テイク目を録るなら最初のどちらかを消さないといけない。そこまで自分を追い込んだんです。
和田唱さんのギターには鳥肌が立った
──"3度目の正直"なんて最初からなかったわけですね。
卓偉:うん。いい演奏ができたと思うテイクよりも、演奏していて面白かったテイクを優先したりもしましたね。2回しか録れないからいい意味での緊張感がプレイに好作用したし、何より腹が決まりますよ。何回でも録れると思ったらキリがないですから。2回やってできないものは、多分10回やってもできないと思う。たとえ演奏の拙いテイクでもライヴで育てていければいいし、パンクやロックはそういう瞬発力や潔さが反映されないと純度が薄まる気がするんですよ。だから今は、やり直しやエディット、ダビングっていう行為からどんどん遠くなってますね。
──だからなのか、演奏はラフだけどしっかりと体温を感じますよね。
卓偉:録りに関しては、いい意味でガサツなんですよ。何も整えていないし、全員が同じ部屋で録っているんです。クリックも聴かずに、実際にドラムを叩いているのを見ながら弾いているだけなんですよね。僕のギターも全部一発録りなんです。今までもこういう手法で録ったことはあったんですけど、ここまでトータルで一発録りに徹したのは初めてですね。
──今回ギターでゲスト参加しているトライセラトップスの和田唱さんも、ワン・テイクで決めてくれたそうですね。
卓偉:そうなんです。和田さんも1時に来て3時には帰りましたから(笑)。相当早かったですよ。でもやっぱり、流石だなと思いましたね。和田さんはやり直しじゃなくて幾つもテイクを録るタイプで、そこから好きなのを選んでよっていう感じなんです。凄く潔いですよね。
──「DANCING STARDUST」の間奏とアウトロの和田さんのギター・ソロは流石ですよね。あれだけ簡潔にキャッチーなソロを弾くわけですから。
卓偉:うん。誰でも口ずさめるポップさがあるし、僕も鳥肌が立ちましたよ。あと、「真夜中のパラノイア」のワゥを使ったギターも素晴らしい。これも和田さんに好きなように弾いてもらって、もちろんワン・テイクです。和田さんは僕より3つ上でほぼ同世代なんですけど、この世代であれだけキャッチーなギターが弾けて唄える人は他にいないと思いますよ。今の音楽シーンで間違いなく五指に入るギタリストですね。
──和田さんとは以前から面識があったんですか。
卓偉:トライセラトップスはデビュー当初から凄く好きで、セカンドが出た後のツアーからずっと観ているんですよ。嬉しいことに僕がトライセラトップスのファンであることを先方のスタッフの方が知って下さって、ライヴに招待して頂くようにもなったんですけど、差し入れは持っていっても楽屋まで挨拶には行かなかったんですよ。接点もないのに楽屋まで行くのもおこがましいし、そこは内気な九州男児なもので(笑)。ただ、去年の10月からインターFMで『FIVE STARS』という番組をやらせてもらっていて、僕からのラヴ・コールで和田さんにゲストで出演して頂いたことがあったんです。そこからの付き合いで、今では一緒に食事に行ったり酒を呑んだりしているんですよ。この間は一緒にギターを探してくれたりとかして。今回はその縁でレコーディングに参加してもらったんですよね。
──本作もとにかくヴァラエティに富んだ粒揃いの楽曲が詰め込まれていますね。性急な8ビートの「トップランナー」はサビのメロディが美麗で個人的にも好きなんですが、こうしたパンキッシュなナンバーは久し振りですよね。
卓偉:随分と久し振りですね。こういうタイプの曲は自分にとって一番の得意分野なんですよ。パンキッシュなんだけど、サビになるとジャズっぽいコードになるのがアトラクションズっぽいですね。凄く好きです、こういう曲は。余計なことは一切やっていないし、気合い一発でしたよ。
どれだけ遊び心を持ってデフォルメできるか
──そうした気合い一発でグイグイ引っ張っていく曲もあれば、「もっとそばに 〜it's a real love〜」のようにレゲエのリズム・パターンとヒップホップのブレイク・ビーツとループを融合させて間合いを活かした真逆の曲もありますね。
卓偉:結果的には幅の広がった作品になりましたね。今のレゲエはループを貼るので打ち込みが多いんですけど、ドラムはやっぱり生で行きたかったんですよ。そこにはこだわったので、「もっとそばに 〜it's a real love〜」は凄くいい音像になったと思いますよ。この曲もそうですが、ちゃんと現代的なアレンジを採り入れた上で、僕の好きなルーツ的な音楽を自分なりに昇華した曲が全体的に多いと思いますね。
──「OCTOPUS SOLDIER」はストーン・ローゼズやシャーラタンズといった90年代のマンチェスター・ブームの立役者的バンドからの影響も色濃いですが、ちゃんと今日性のあるアレンジが施されていますよね。あと、ちょっとストーンズの「悪魔を憐れむ歌」っぽいところもありますけど。
卓偉:ああ、"フー、フー"っていうコーラスが入ってますからね。やっぱり僕は90年代のクラブ・シーンで育ったところがあるし、今でこそクラブって言うとヒップホップ一辺倒ですけど、僕が18、9の頃はクラブでパルプやブラーがよく掛かっていたんですよ。リフ一発で押しまくりながらもポゴ・ダンスができることを、あの時代のイギリスのバンドが証明したと思うんですよね。パンクだけがポゴ・ダンスじゃない、っていう。跳ねた16ビートの曲でも一緒になって踊れるっていうのが少年時代の僕にはとても格好良く映ったので、それをこの「OCTOPUS SOLDIER」で採り入れてみたかったんですね。
──こうして見ると、『僕は君のオモチャ』と『SMILER』に比べて全体的にサウンド志向が強まったようにも思えますね。
卓偉:そうかもしれないですね。ただ、去年のミニ・アルバム2枚のほうが歌詞は濃いですよ。『STARDUST VOX』に入っている曲は全体的に歌詞のタッチが軽いし、余りシリアスな曲もありませんからね。すべて一発で録る、瞬発力ですべてを補うことも含めて、今回のほうがサウンド志向であることは間違いないですね。なるべく歌詞を簡潔にしたかったんですよ。歌詞の世界観も、3つあるとちょっと多いくらいですね。去年のミニ・アルバムはAメロでひとつの展開、Bメロでまた違った展開を見せて、どんどんストーリーを大きくしていったんですよ。でも今は、自分の身の周りの半径10メートル以内に転がっている1つないし2つの世界観で完結させる歌詞にしたかったんです。
──「OCTOPUS SOLDIER」では、"目の前の坂を転がり 立つべき舞台を目指せ"というメッセージ性の高い歌詞が繰り返されていますね。
卓偉:このアルバムの中で一番遊んだ曲なんですよね。こういう曲に政治的なメッセージを入れ込むのは簡単だと思うんです。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのように曲を通じて政治的思想を盛り込むバンドは僕も好きだけど、聴けて年に1回なんですよね。レイジの音楽には人間の根源的な怒りが内包されているし、同じ表現者として魂を激しく揺さぶられますけど、日常的にレイジの政治的な歌詞は聴けない。それよりも僕は、「OCTOPUS SOLDIER」みたいにメッセージ性のある曲でもどこかに遊び心を採り入れたいんです。真剣に演奏して真剣に唄うのと同時に、真剣におかしなこともやると言うか。そういう音楽のほうが聴き手を選ばず、いつ何時でも場所も選ばずに聴けると思うので。
──スタジオの近くにあったタコ焼き屋にハマって、タコ焼きをモチーフに歌詞を書いてみたというのだからユニーク極まりないですね(笑)。
卓偉:そうなんですよ。一番最後に作った曲だったんですけど、「明日はきっと風の中」や「LILY」、「流星歌」とずっとシリアスな歌詞を書いてきたから、最後までまともなことを書いてもつまらないなと思って。まぁ、余り歌詞の意味を限定させたくないんですけどね。ビートルズの「オクトパス・ガーデン」は"現実世界なんてつまらないから、タコのいる庭でみんなで仲良く暮らそうよ"っていうユニークな歌詞で、リンゴ・スターが唄うから余計に面白味が増す曲ですよね。でも、子供の頃に聴いた時はそこまで訳詞も読まなかったし、普通にいい曲だなと思っていただけだった。それが後になってビートルズの詩集を読むと、"こんなナンセンスなことを唄っていたのか!?"って驚く。そのギャップが面白いんですよ。ビートルズは特にそういう曲が多いですね。「ラヴリー・リタ」も一見ラヴ・ソングに思えるけど、実はポール・マッカートニーが婦人警官に駐車違反で切符を切られたことをモチーフにしているし。
──それもポール一流の遊び心ですよね。
卓偉:うん。曲作りのモチーフは日常の些細なことだし、それをどれだけ遊び心を持ってデフォルメできるかなんですよ。僕には「ラヴリー・リタ」みたいな曲が『サージェント・ペパーズ〜』という世紀の名盤に収録されているのが痛快なんですよね。
達成感のあった「LOVE MERMAID」の歌詞
──そんな話を伺っていると、卓偉さんも無意味なものに意味を見いだす境地に達したのかなとも思いますね。「ビー・バップ・ア・ルーラ」とか「ダ・ドゥー・ロンロン」とか、ロックやポップスのスタンダードには意味不明な言葉を羅列したものが多いじゃないですか。
卓偉:ああ、"マイ・ベイビー・バラ・バラ"(「バラ・バラ」)とかもそうですよね。ロックンロールの良さっていうのは、何かよく判らないけど格好いいところなんですよ。プレスリーやチャック・ベリー、リトル・リチャードといったロックンロールのオリジネーターの歌詞は、結構どうでもいいことが書かれていますからね(笑)。でも、それが何とも言えず格好いい。
──ただ、日本語だと必要以上に意味を帯びてしまうハンデはありますよね。「トゥッティ・フルッティ」なら意味は成さないのに。
卓偉:英語のほうがメロディにも乗りやすいですしね。日本でも桑田佳祐さんのような成功者がいらっしゃるから一概には言えないですけど、英語のほうが羨ましいと思う時はあります。それでも、なるべく英語よりも日本語が多い歌詞にしようとは思っていますけど。
──もっと日本語独特の響きを大切にしたい、と?
卓偉:そこは凄く意識していますね。どれだけノリが良くても、聴こえが悪かったらもったいないなと思いますから。
──「LOVE MERMAID」は、卓偉さんいわく「言葉の羅列ではなく、ようやく"詞"というものが書けたような気がする」とのことですが。
卓偉:これまでも評価してもらえた歌詞はあったんですけど、自分の表現力だけで想像力を掻き立てられるような美しい世界観をようやく描写できた気がするんですよ。最近のJ-POPは説明が多すぎると思うし、聴く人に想像の余地がないんですね。歌である以上、説明ではなく小説でなければならないと思うんですよ。「LOVE MERMAID」は簡単な言葉で物語性もあって、そこに季節感や匂いもふんだんに採り入れることができたので、自分では凄く達成感があったんです。歌を録るまで何度も推敲したし、歌を録っている間も書き直しましたね。
──夏の盛りを描いた「LOVE MERMAID」の後に夏の終わりをテーマにした「LILY」が来るという構成もニクいですね。
卓偉:中盤にそういう流れが欲しかったんですね。「LILY」はレコードで言うA面の終わりを意識したんですよ。
──ストレートなロックンロールである「DANCING STARDUST」がB面の始まりなわけですね。
卓偉:そうですね。本来なら「DANCING STARDUST」みたいな曲がアルバムの1曲目を飾りがちなんですけど、今回はギターのフィードバックからいきなり始まる「スピカ 〜Looking for my star〜」を選んだんですよ。CDショップの試聴機でCDを聴く時、店員さんのポップを読み切ってもまだイントロが続いていると、凄くせっかちになっている自分に気付くことがあるんです。たかだか15秒か30秒くらいなんだけど、"早く歌が始まらないかな?"ってちっとも待てない自分がいる。逆に、いきなり歌が始まるような頭サビの曲が1曲目に来ると胸を鷲掴みにされるんです。要するに、最初から判りやすい曲が来るに越したことはないんだな、と。「DANCING STARDUST」はライヴの1曲目に置いても成立するでしょうけど、CDにおいては「スピカ 〜Looking for my star〜」を置いて唐突に始まるほうがいいと思ったんですよ。
──確かに、あのイントロなしの始まり方はアルバムの世界へ一気に引き込む効果がありますね。
卓偉:音楽の良さはイントロの長さとかではなく、歌モノをやっている以上は歌が良くないとダメなんですよね。曲の構成が良くないと、どれだけいいメロディでも損をすると思う。最近のヒップホップは"イントロ"って付いているトラックが多くて、どこからがメインかよく判らないことが多いんですよ。それよりも僕は、ストーンズの「スタート・ミー・アップ」のように"ジャー、ジャジャ!"って判りやすいイントロが来るほうが好きですね。
自分のやりたいことが年々形になってきている
──本作における叙情性の高さが随一な「流星歌」は、卓偉さんのお父さんの命日にメロディが出来た曲だそうですね。
卓偉:一番パーソナルな曲ではありますね。王道と言えば王道な曲ですけど、やっぱりこういう判りやすいコード進行や世界観の曲が好きなんですよ。こういう曲こそ自分の持ち味を存分に出せるという胸を張れる部分もありますし。曲が出来る時って、向こうからポーンとやって来ることが多いんですよ。何も考えてなくても聴こえてくる。「流星歌」は唄い出しの部分がパッと降りてきて、絶対にいい曲になる自信が最初からありましたね。一気に書き上げてふと気付いたら、父の命日である6月11日だった。"ああ、きっと親父がこの曲をくれたんだな"って思えて、こういう詞になったんです。
──自分自身を触媒としてメロディを降ろすような感覚ってありますか。
卓偉:作曲には2パターンあって、"作るぞ!"と意気込んで臨む曲と、どこからともなく降りてくる曲があるんですよ。どちらもいい曲になる可能性はあるんですけど、可能性が高いのは降りてくるパターンの曲なんですね。ある瞬間に急に浮かぶ、降りてくるパターンは、一体どういう現象なのか未だによく判らないんですけど。「スピカ 〜Looking for my star〜」も降りてくるタイプの曲でしたね。作ろうと思って作った曲のほうが今回は少ないかもしれないです。ギターを抱えて"さぁ作るぞ!"っていうよりは、街を歩いている時にふと浮かぶものを形にすることが今は多いですから。曲の作り方も年々シンプルになってきていますし。
──共同プロデューサーの鈴木さんと共有認識としてあったのは、そういった"シンプルであること"でしたか。
卓偉:そうですね。ライヴでいざやろうという時に再現しづらいものはもういいかな、と。ライヴでできるものが音源になっているほうがいいなと思ったんですよ。それに、昔のバンドのファースト・アルバムやセカンド・アルバムはほとんどが一発録りですよね。MC5なんてライヴ盤がファースト・アルバムじゃないですか? そういうのも前代未聞ですけど、自信がないとできないことだと思うんですよ。自分はそういうことをやってこれたわけじゃないけど、今からだって遅くないと思っているんです。そういうふうに気持ちが前に向かっていることは財産だと思うし。
──バンドのファースト・アルバムに傑作が多いのは、アルバムを発表する前に散々ライヴをこなしていることも大きいんでしょうね。
卓偉:ライヴをやっている回数と、あとは他に比べるものがないからでしょうね。ファースト・アルバムが出る時にセカンド・アルバムは存在しないわけだから。
──ファースト・アルバムにはバンドの初期衝動が内包されているとよく言いますよね。キャリアを積んだバンドが初期衝動を取り戻そうと躍起になることがありますけど、卓偉さんもそうした試みを考えたことはありますか。
卓偉:いや、僕はないですね。初期衝動は二度と戻ってこないものですよ。ただ、初期衝動のような手法を使うことは可能だと思います。音楽を始めた頃の空気は再現できないものだし、逆に初期衝動は10年のキャリアには決して太刀打ちできない。どちらも尊いものだと思いますね。
──10年経てば10年分のスキルが増すだろうし、初期衝動では生み出し得ないコクや深みのある表現になるでしょうからね。
卓偉:うん。色気も出てくるでしょうしね。僕自身はまだまだそのレヴェルに達せていませんけど、自分のやりたいことが最短距離で掴めるようになってきたし、それが年々形になってきている実感はありますね。毎回アルバムを作る度に、完成度が今ひとつで入れられない曲があるんですよ。それを"次こそは何とかしてやるぞ!"っていう気概があって次に繋がっていくんです。1枚のアルバムが完成したら"次はもっと上のレヴェルに行くぞ!"ってやっぱり思うし、その気持ちだけで続いているところはありますね。
シンプルさを極めた表現者になりたい
──過去の作品にとらわれることなく前へ進んでいけるほうですか。
卓偉:前の作品を乗り越えようっていう意識も余りないんですよ。だからいつもフラットな気持ちで新しい作品に取り組めるのかもしれませんね。僕の場合、一度完成した作品は少し聴いたらもう聴かなくなるんです。きっと自分の中ですでに消化されているからなんでしょうね。今日は取材日の初日なんですけど、この『STARDUST VOX』も昨日の夜に凄く久々に聴いたくらいなんですよ。だからなのか、ツアー・リハをする時に自分でもびっくりするくらい歌詞を忘れているんです(笑)。
──今回、簡潔な歌詞を繰り返す作風にしたのは大正解でしたね(笑)。
卓偉:自分は完全にリセット派だと思うんですよ。何かを作ったら何かがポーンとなくなる。前に使った歌詞やコード進行はちゃんと覚えているんですけど、1回作ったらそこで完結するタイプですね。
──たとえばポール・マッカートニーみたいにロックからクラシック、テクノ、ヒップホップと変幻自在に音楽を紡ぎ出すミュージシャンは単純に飽きっぽい性格だから多種多様な表現に向かう気もするんですが、卓偉さんの場合はどうですか。
卓偉:飽きっぽいっていうのとはまた違いますね。まぁ、ポールの場合はいい意味で飽きっぽいからこそ次に向かえるんだろうし、何かに依存してしまうと次に進めないですよね。僕の場合は、やりたいことが次から次へと出てくるんですよ。年にフル・アルバムを2枚出すくらいのアイディアは常にありますから。ただ、ちゃんと消化する時間がないとそれも無駄な産物になると思う。ライヴを1本1本大事にやらなければオーディエンスにも浸透していかないですし。だからこそたくさんの曲を作って、いいアルバムにするために厳選していく手法が僕には合っているんでしょうけどね。
──『STARDUST VOX』に収録された曲は歌詞もメロディも徹頭徹尾判りやすくてシンプルだからオーディエンスもノリやすいだろうし、今からツアーが楽しみですね。
卓偉:そうですね。唄いやすいこととライヴで聴きたいと思えるような作りは徹底したつもりですから。ライヴではずっとエンターテインメントに徹してこれた自負があるんですけど、これからはCDでももっとエンターテインメントするべきかなと思っているところなんですよ。楽曲にしても姿勢にしても、もっと下世話でもいいのかな? とも思う。僕が好きだったロックンロールは、フーにしてもピストルズにしてもみんな下世話でしたからね。
──"下世話"や"節操がない"というワードは、ロックンロールにおいては最高の褒め言葉ですからね。
卓偉:うん。だから今は、下世話なのにもの凄く格好いいロックンロールをやれるミュージシャンになりたいですね。シリアスになりすぎず、ユーモア・センスも持ち合わせていないとダメだろうし、格好良さの角度を見抜けないと真のエンターテインメントとして成立させるのは難しい。なるべく剥き出しで、なるべくアクセサリーを外して、勝負する心を持って音楽に取り組みたいですね。音楽もファッションも料理も同じだと思うんですよ。手の込んだ味付けよりも、シンプルに塩・胡椒で味付けした食べ物のほうが美味しかったりする。天ぷらもつゆに付けずに塩で食べる...いや、もしかしたら塩すらも要らないのかもしれない。素材の味そのままを口に含んで、"このままが一番!"と思えた瞬間が人を酔わせると思うんですよ。無理に背伸びする必要はないけれど、いずれはそういうシンプルさを極めた表現者になりたいですね。