SIONの最高傑作は常にネクスト・ワン。それが僕の勝手な持論である。今この瞬間の燃え滾る想いを普遍性の高い歌として紡ぎ出すのがSIONという傑出したシンガー・ソングライターの魅力であり、儚い現実とそれに左右される内なる感情の渦を一糸まとわぬ姿で描写した歌だからこそ、僕たちはSIONの歌に激しく魂を揺さぶられる。そんな何処までも赤裸々で何処までも切実な歌の在り方は、通算21枚目となるオリジナル・アルバム『住人〜Jyunin〜』でも何ら変わることはない。堅い絆で結ばれた盟友バンド、THE MOGAMI(松田文、池畑潤二、井上富雄、細海魚、藤井一彦)、昨年からライヴが活発化しているTHE CAT SCRATCH COMBO(藤井一彦、清水義将、相澤大樹)、それに永田"zelly"健志、麻生祥太郎、町田隆之という制作布陣は前作『20th milestone』とほぼ同じだが、本作は近年の諸作品には珍しく、社会と自分自身に対する抑え難い怒りが通底したテーマとなっている。だがそれは、最終的に深い絶望の淵に立たされた者だけが手にできるやさしさ、辛酸を舐めてもなお生きることを肯定する力強い意志へと着実に昇華されていく。安直な頑張れソングには到底醸し出せぬリアリティとほろ苦さが歌の芯にあるがゆえに、明日からまた頑張ろうと素直に思えるのだ。SIONの歌はまるで労働の後の一献のようであり、聴き干せば得も言われぬ爽快さと活力が漲る。熟成された吟醸酒の如きコクと風味はこの『住人〜Jyunin〜』で一層際立ち、あの名作と誉れ高い『東京ノクターン』と前作を遙かに凌駕した風格が漂う。SIONの最高傑作はやはりネクスト・ワンなのである。(interview:椎名宗之)
野音の前に新しいアルバムを出したかった
──今年の3月、我が阿佐ヶ谷ロフトAで100名限定のアコースティック・ライヴを盟友・松田文さんと共に敢行して頂きましたが、ああいう狭い空間でのライヴは如何でしたか。
SION:最近はアコースティック・ライヴでも全部スタンディングでやってたんだよ。新宿ロフトでもそうだったし。阿佐ヶ谷ロフトAはお客さんもゆったり座って、しかもあの大きさというのは久しぶりだったから、凄く楽しかったよ。あと、"ああ、こういうライヴを昔よくやってたな"って思ったね。アコースティック・スタイルでツアーを回ってた頃はあんな感じだったのを思い出した。俺たちも座って演奏して、とても新鮮だったね。
──座って演奏するアコースティック・スタイルでも、気持ちは常にプラグ・オンですよね。
SION:うん。松田さんと2人で合わせて102歳、最近は限界に挑戦! って感じで張り切ってやってるけど、思いきり茨の道を歩んでるからね(笑)。降りたほうが負けっていう。でも、あの阿佐ヶ谷ロフトAの先輩にはびっくりさせられた。突然聴いたことないイントロが始まって、でも堂々と弾いてらっしゃるし、"俺が忘れてるのか?"っていう気持ちになったりもして。なにしろ俺がボケたのか松田さんがボケたのか、聴いたことのあるフレーズが全然出てこない。"どの歌をやってんだ、この人は!?"って思ったんだけど、挙げ句にはこっちを見て"なぜ唄わへんの?"みたいな顔をするわけ。ライヴ終わった後で「ごめん、ごめん」って(笑)。「何をやろうとしたんすか?」って訊いたら、「それが俺にもよく判らない」って(笑)。こんな感じでお互いボケとの戦いでもある(笑)。
──松田さんとはかれこれ20年以上の付き合いになりますよね。2人でやるアコースティック・ライヴは、それほどリハに時間を掛けないものなんですか。
SION:たいてい1日、と言うか数時間。でも阿佐ヶ谷ロフトAの時は結構まったりとしたリハだったね。余りガッツリはやらずに、ゆっくり行こうよっていう感じだった。基本的にリハはライヴの前に1日ちょっと掛けるんだけど、阿佐ヶ谷ロフトAの時は6時間くらいしかやらなくて、何だかボーッとしてたね。更年期の嵐が吹き荒れていたのかな(笑)。
──その阿佐ヶ谷ロフトAでのライヴと前後してレコーディングされた『住人〜Jyunin〜』なんですが、前作『20th milestone』から僅か10ヶ月でのリリースというのがまず驚異的ですね。
SION:毎年野音でライヴをやってるんだけど、去年はその野音の前に『20th milestone』を出せたから、今年も何とか野音の前にアルバムを出したいと思ってね。今年も野音は8月だと思ってたから。そしたら、イヴェンターの石川(石川純、ホットスタッフプロモーション)が「野音のスケジュール、取れましたよ! 6月になりました!」って。取れたのは嬉しいけど、何だって? 6月だって!? っていう(笑)。でもやっぱり、アルバムはどうしても野音の前に出したかったから、かなり急いで作ったんだよ。俺はともかく、アレンジャーやスケジュールを調整するスタッフが大変だっただろうね。「どうかひとつこの日までにアレンジよろすく!」っていきなり曲がドカン! とまとめて来るわけだから、もう堪ったもんじゃないよ(笑)。
──野音の前に新作を発表することは、SIONさんの中で大きな安堵に繋がるということなんでしょうか。
SION:何かね、去年のペースが気持ち良かったんだよ。新しいアルバムを持っていって野音でライヴをやるペースが。それが良かったから、今年も同じペースで行きたかったんだよね。今年も野音に新譜を持っていきたいと思って。
──最上のバンドであるTHE MOGAMI、SIONさんいわく"ひっかき楽団"ことTHE CAT SCRATCH COMBO、永田"zelly"健志さんらによるチームの3組でレコーディングするという手法は、前作の延長線上にありますね。前作から思いのほか短いインターバルで本作が発表されるのは、この鉄壁の3組から刺激を受けて次々と新しい曲が生まれる状況があるからこそではないかと思うんですが。
SION:歌もないのにアーアーウーウー言って、レコーディング中に一生懸命詞を考えるような作業は苦手なので、ちゃんと歌があってそれを出そうっていう姿勢は変わらないんだよね。だからアルバムが1枚出来るくらいの歌は常にあるんだけど、今回はプロデューサーのほうから「パンク・アルバムどうですか?」っていう提案があったんだよ(笑)。「怒っているところをちゃんと出しましょうよ」って。「おいおい、俺は天使だぜ?」なんて答えたら、「天使だって怒ってることはあるでしょう?」って言われてね。今回の『住人〜Jyunin〜』はそんなところから始まった。まぁ、取り立てて何かが変わったわけではないんだけど、『20th milestone』に比べたら"ふざけたことをぬかすな!"みたいな怒りの感情を込めた歌は多いね。リズムのノリだけを見ても、「夢があることの何処が悪い」っていうミディアム・スローの歌が1曲だけあるんだけど、それもスネアをバシバシ鳴らしてるし、そういうモードだったんだろうね。
今の時代の空気が如実に反映された作品
──プロデューサーの提案がなければ、怒りの発露は色濃くなかったわけですか。
SION:いや、多分ね、自分でもそういう時期だったんだと思う。プロデューサーからの提案がなかったら、もっと内側のほうに入り込んだ作品になったかもしれないけどね。
──もっと内なる情念の渦巻いた、重苦しい作品になったかもしれないと?
SION:うん。そんな歌は家で唄っとけ! みたいな感じだよね(笑)。とても人様に聴かせられるもんじゃないだろう、っていう。
──キャリアが四半世紀に及ぼうとしているSIONさんが、「同じ列車に乗ることはない」でリッチな暮らしを送る"すてきな庶民"を揶揄してみたり、「棚に上げて」で"寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ"と上から物を言う人間を咎める様を見ると、まだまだ丸くならない尖った部分が如実に窺えて嬉しくなりますけどね。
SION:最近さ、ニュースでもワイドショーでもそうなんだけど、司会の人もコメンテーターと呼ばれる方々も随分と素晴らしい発言をするよね。きれいなこと言ってね。で、自分の意見に興奮したり酔っちゃったりしてる顔を見ると吐き気がするよ(笑)。何が"私たち庶民"だ(笑)。だから最近、そういうニュースはもう見ないようになった。事実だけをきちんと伝えてくれ、オマエの講釈はいいよって(笑)。そんなこんなでNHKをよく見ます、おじいちゃんみたいに(笑)。民放のニュースは必要以上にうるさく感じてしまうんだよ。
──全くもって同感です。"こいつが何をした/運命とかぬかしたら/俺は暴れるぜ"と唄われる「ジョニーデップ以外は」は曲調もヘヴィなブルースで、理不尽な理由で人が人を殺める昨今の痛ましい事件を反映しているようにも感じたんですよね。
SION:この歌は、何の罪もないのに殺された小さい子供や、若くしてガンで逝ってしまう人たちもそうだし、テレビのニュースや番組からインスパイアを受けて作り始めたんだよ。
──と言うことは、この『住人〜Jyunin〜』は今の時代の空気が如実に反映された作品と言えそうですね。
SION:うん。凄く地味だけどね(笑)。でも、MOGAMI、CAT SCRATCH COMBO、zellyチームと、バランスはとてもいいと思う。今回は特に、一彦には頑張ってもらったね。
──藤井店長(アレンジャーは"店長"と呼ばれる)は、本作の全11曲中7曲を取りまとめていますからね。
SION:店長、大変だったと思うよ。自分のバンド(THE GROOVERS)のこともあるし、他にもいっぱい頼まれてるし...何かアイドルみたいだったもんな(笑)。「いろいろと忙しくて人気者だねぇ、一彦」って言ったら、「そんな冗談に付き合ってる暇はないですよ!」ってテンパってたからね(笑)。「でも楽しいですから」って(笑)。
──SIONさんのブログを拝見すると、「本日は松田・池畑・井上選手のトリオでつるっと3曲」とか、「本日はMOGAMI。でっかいのが2曲録れた」とか、録りが凄く早いことに驚きますね。
SION:後から録り直す歌もあるけど、バンドの演奏も歌もハープもみんな一緒に録るから、早いは早いよ。時間的な制約があるっていう理由もあるけどね。
──アレンジの細かい部分まで各店長が組み立てておかないと、それだけ早いペースでは録れませんよね。
SION:そうだね。MOGAMIの場合は、1回聴いてちょっとやればもうバッチリ。ひっかき楽団はそれよりもう少し練習が必要だけど、それでも早いほうじゃないかな。基本的に録りは早いよ。松田さんと一緒にやり出した頃からそうなんだけど、"俺はもっと凄いはずだ!"と思っても、所詮はこんなもんなんだっていうのがある(笑)。必要以上に自分を大きく見せてもしょうがないし、結局は身の丈に合うことしかできないからね。
──録りが早い一方で、その後のトラックダウンは何日かに分けて時間を掛けているのがブログから窺えましたが。
SION:トラックダウンは、一彦なら一彦の曲、MOGAMIならMOGAMIの曲を個別にやるんだよ。それぞれエンジニアも違うからね。
──それぞれのセッションを最終的に1枚のアルバムとして集約する作業は、やはりなかなか難儀なんでしょうか。
SION:そうでもないよ。たとえば、一彦に「松田さんとやってる歌、聴く?」と訊いても、一彦は「何かカンニングしてるみたいでイヤだから、いいや」って言う。俺もそのほうがいいと思うから、「俺の作った音を元にして、自分のイメージしたもので強くドカッと行ってくれ」って言う。松田さんも、zellyチームもそういう感じなんだよ。それでズバ抜けて方向性が変わることもない。統一性を持たせる音の微調整に関しては、マスタリングで「どうかひとつよろしく」と(笑)。
どの世界でもきれいな心を持ってるヤツはいる
──それにしても、本作は徹頭徹尾バンド・サウンドに特化したアルバムですよね。骨太でズッシリとした重厚感、疾走感、躍動感のすべてを兼ね備えた作風で。
SION:そこは凄く意識したね。どの歌もバンドありきで、今回は最初からそれで行こうと思ってたから。
──昨年からCAT SCRATCH COMBOを従えたライヴが活発になっていますが、本作でも5曲もの歌を担っています。SIONさんの中では、MOGAMIとの違いをどう捉えていますか。
SION:ひっかき楽団は、まず何よりも集合しやすい(笑)。全員が集まりやすいから動きやすいんだよ。重鎮たち(MOGAMIのこと)は人数も多いし、スケジュールも過密だからね。俺の中では、MOGAMIは無差別級。ひっかき楽団はそれよりも軽量級なんだけど、キレの良さばかりでなく重いパンチを打つこともできる...そんな感じかな。この間出た『ARABAKI ROCK FEST. 08』もひっかき楽団で、まだライヴは5回目くらいとかなんだけど、それにしてはかなりの手応えを感じてるよ。これからもっと面白くなると思うし、俺は凄く新鮮だね。一彦がMOGAMIでもやってない昔の曲を「これやりませんか?」って言ってくるのも面白い。一彦が新しくアレンジしてきたものがとても新鮮で、自分の曲なのに"いい歌じゃん"なんて素直に思ったりもする(笑)。だから、ヘンな言い方になるけど、ひっかき楽団では若返らせてもらってるよね。ちょっと息が上がる瞬間もあるけどさ(笑)。
──ベースの清水義将さんもドラムの相澤大樹さんも、SIONさんに携わるバンドマンとしては若いほうですしね。
SION:清水が32歳、相澤が27歳だからね。MOGAMIに比べたらうんと若いよ。MOGAMIはぼちぼち還暦を迎えるメンバーもいるから(笑)。
──演奏を聴いた印象から判断するに、最初の「住人」と最後の「Happy」の2曲がMOGAMIによるナンバーですか。
SION:いや、MOGAMIは「住人」と「Hallelujah」だね。「Happy」はひっかき楽団と魚(細海魚)でやった。「Happy」がMOGAMIっぽく聴こえるということは、ひっかき楽団が健闘してる証拠なんだろうな。MOGAMIはやっぱり、ひとつひとつの音がぶっといよね。後から処理を施すとか、ヴォリュームを調整するとかの次元じゃないところで太い芯のある音がドーン! と鳴ってる。
──「Hallelujah」はアイリッシュ・トラッドのテイストが採り入れられていて、とても新鮮でした。
SION:これも一彦がアレンジしたのかな。「こういうアレンジ、今まであまりないですよね?」って(笑)。素晴らしい。魚のアコーディオンがまた素晴らしい。
──「Happy」のように、全面的にレゲエのリズムをフィーチュアした曲も今までになかったですよね。
SION:なかったね。あのアレンジも一彦店長にお任せした。昔みたいにデモ・テープをバイク便で飛ばすこともなく、俺がデータをサーバーに上げて、一彦がそれを下ろして、「アニキ、すいませんけど、歌と演奏をLRで振ってもらえませんか」なんて連絡が来る。それで言われた通りのデータを上げると、それにアレンジを被せて俺の歌を乗せたデータが一彦から戻ってくる。それを聴いて"おお、何と素晴らしい!"と喜ぶ(笑)。アレンジは大体そんな感じで決まっていくね。
──失礼ながら、そんなIT技術を駆使されているとは全く思いませんでした(笑)。
SION:結構前からそうだよ。アレンジは基本的にお任せなんだよね。"おいおい、何処に行くとや!?"みたいなアレンジの時はさすがに言うけど(笑)。今回もそういうのはあったけど、「いや、これは絶対にこうしたほうがいい」って一彦に言われると、それはそれで嬉しくなる。"そうか、そこまで言うならもう一度聴いてみよう"って(笑)。
──アレンジがガラッと変わった曲もあるんですか。
SION:前回みたいにメロディが全部変わるほどのアレンジはなかったね。あれはマーク・リボー以来の衝撃だったな(笑)。"エッ、誰の曲や、これ!?"っていう(笑)。
──タイトル・トラックでもある「住人」は、"君が空の住人でも俺と同じ地に暮らす人でも/そんなことはどうでもいいのさ/きれいな心の君が好きだ/それだけだ"とやさしい眼差しで唄われていて、SIONさん流の人間讃歌とも言える雄大さがありますね。
SION:ホントは空の住人になれれば一番いいんだろうけど、空の住人は空の住人で地位や名誉を守り続けるためにシンドイみたいだしね。で、何もしないでそこに行けた人はいないわけだから。それでも地を這う俺たちに比べれば安泰じゃねぇかこの野郎、って妬いた気持ちもあるけど(笑)。でも空を飛んでいようが地を這っていようが、"こいつ、きれいな心を持ってるな"と思えるヤツはいるんだよね。その一方で、どんな世界に住もうと卑しい心のヤツもいる。要するに、きれいな心の人が好きなんだ。で、どんな状況に置かれても満足しきることはないんだ。空に向かって飛びたいと思っても、しょうがないこともあるわけだから。
怒りの矛先はまず自分自身に向けられる
──"空の住人"と聞いて、六本木ヒルズなどの超高層ビルに住まうブルジョアを連想しましたが。
SION:それもあれば、スターと呼ばれる人たちもそうだよね。一度上がったら落ちるものだから、落ちないようにもっと高いところを目指すんだね。音楽でも、もうこれ以上は売れないだろうってくらいに売れたら、落ちるしかないんだから、後はゆっくり落ちたいと思うか、何とか現状をキープしようとして四苦八苦する。最近は16、17歳くらいでピークを迎えるミュージシャンも多いけど、辛いだろうなと思うよ。
──"大切な人の苦しみは胸を掻きむしるけど/好きでもない人の痛みはただの世間話さ"と唄われる「Saji」は、"瓦礫の山に咲く花"や"汚水の川に暮らす水草"に目を向けられるSIONさんだからこそ説得力があると思うんですよね。
SION:やっぱり、基本的に冷たいからね、人は。
──「人の性は悪なり、その善なるものは偽なり」であると?
SION:人間はどうしようもないよ。もちろん、俺も含めてね(笑)。
──この"Saji"というのは、取るに足らない"些事"という意味ですか。
SION:俺の田舎ではスプーンのことを"匙"って言うんだよ。それを勝手に横文字にしたところからイメージして作った。本当は意味は同じだけど表現は全然違う歌詞だったんだけど、ライヴをやりながら変えたんだ。レコーディングの時にこの歌詞で唄って、「前のとどっちがいい?」って一彦に訊いたら、「前のほうが判りやすいけど、こっちが好きだな」って言うからこっちにしてみた。
──この曲も抑え難い怒りを内包した曲だと思いますが、16、17歳のパンク・バンドみたいに"クソッタレ!"と直情的な表現ではなく、心象風景の豊かな描写とその行間に怒りが滲んでいるからこそ余計に根の深さを感じるんですよね。
SION:まぁ、16、17歳でこういう歌を唄ってたら先が思いやられると言うか、心配になるよね(笑)。16、17歳の時は、"バカ野郎! この野郎!"でいて欲しい。俺もそうだったし。
──でも、怒りの根源としてあるものは、きっと十代の頃と余り変わらないんじゃないですか?
SION:うん。まず最初の怒りの矛先は自分自身なんだね。一番のクソ野郎は自分なんだよ。クソ野郎にならないために、何とか正気を保って頑張ろうとしてるところはあるかな。何とか自分の好きなものだけは守ろう、守れなくてもせめて傷付けないようにはしようとか、それで精一杯なんだけどさ。そういうスタンスでいると、「棚に上げて」の歌詞みたいに"寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ"って思うヤツがやたらと目に付くようになるんだよ。今まではそういう連中に対して面と向かって文句を言ってきたんだけど、時間もタクシー代ももったいないしさ(笑)。それこそ空に住む人たちは「私たち庶民は...」なんて言うけど、ガソリン代が下がろうが上がろうが関係ないでしょう?(笑) 物価の高騰にも生活は左右されないだろうしね。
──どの歌もそうですが、「棚に上げて」も視点を変えればいろんな受け止め方ができますよね。SIONさんの自分自身に対する憤りとも取れるし、僕ら聴き手に対するメッセージとも取れるし、空の住人に対する当て擦りとも取れる。そこが歌という表現の面白い部分のひとつだと思いますが。
SION:そうだね。どんな解釈もできると思うけど、仮に"テメェ、この野郎!"と唄ってみても、最後は自分に返ってくるんだよ。そんな偉そうなことを言ってみたところで、じゃあ自分自身はどうなんだよ!? ってね。結局、俺自身が寝ぼけたことを言ってるヤツなのかな? と思ってしまう。それは中卒の悲しい性なのかな?(笑) 何処かで必ず負い目があるね。
──何をやっても絶えず自己反省をしてしまう?
SION:でも、ちゃんと反省してたらもうちょっとまともになれたのかもしれない(笑)。何でもすぐに都合良く忘れちゃうんだよなぁ...。だから「1曲唄って、それで許されると思わないでね」なんて言われちゃうんだよ(笑)。
──「EQ」を聴くと、前作から始まったzellyチームとのコラボレーションがより有機的なものになってきたのが判りますね。
SION:うん、面白いよ。zellyは打ち込みしたものを持ってきてそれを生と差し替えて、打ち込みの面白い部分を活かしたりする。今回は全部生でやったけどね。新鮮は新鮮だよね、余り付き合いのなかったタイプだから(笑)。
──CAT SCRATCH COMBOがフットワークの軽さと重いパンチを兼ね備えたバンドだとしたら、zellyチームはどういった捉え方をしていますか。
SION:何だろうねぇ...。まだそんなに深い付き合いをしてるわけじゃないんだけど、街中にいる、怖い顔はしてないんだけど一本芯が通ってる人みたいな感じかな。とにかく、これまでの俺の暮らしの中で余り出会うことのなかったタイプだね。そこがまた面白いんだけどさ。この「EQ」だけ、去年書いた歌なんだよ。
歌を書いて唄うことでしか明日がない
──大半の歌は、急遽前倒しになった締切に合わせて書き上げたわけですね。
SION:締切だ何だと急かされたわけじゃないけど、野音の前に出したいって気持ちだけで一気に書いた。前から素材としてあった曲もあるんだけど、新しい要素を足したりしてね。実はもう次のアルバムの構想があって、この歌は次のに入れようってことで今回は外したのもある。「EQ」は前作に入れられなかったから、今回入れなきゃもう入れられないかもしれないと思ったんだよ。
──作品に通底している怒りの感情は、この「EQ」の"喜びを増やせよ ケチってないでドカッと""悲しみを減らせよ 遠慮しないでドカッと"という歌詞に昇華しているようにも思えますね。
SION:"しょうがないよ"とか"まぁ、こんなもんだよ"っていうふうに思いながらも、何処か悶々としてるところがあるわけじゃない? それを今回、"ちょっとくらい言うちゃろうかしら?"って言うかさ(笑)。
──どれだけ怒りの感情に駆られても、"昨日もダメで今日もダメだった/だから明日出来るかもしれないぜ"という「光へ」の歌詞然り、アルバムの最後を「Happy」という歌で締め括ること然り、SIONさんの歌は常に前を向いていて、聴き手としては大きな力を貰えるんですよね。SIONさんの歌を聴くと、明日もまた頑張ろうと素直に思えるんですよ。
SION:俺がそうだからみんなもきっとそうだろうとは思わないけれど、人ってやっぱり気の持ちようなんだね。人がちゃんと立ってられるのって、気持ちひとつなんだよ。ダメだと思ってると、ホントにダメなものしか見なくなって、ダメなところにしか行かない。だからカラ元気だろうが何だろうが、とにかく足を前へ一歩踏み出すしかない。俺だって、いいことばかりあるわけじゃない。でも、歌を書いてそれが出来ると、もの凄く幸せになれるわけ。俺にできることはそれしかないし、良くも悪くも歌を書いて唄うことでしか明日がないんだね、俺の場合。落ち込むことはありすぎるほどあるし、状況は何ひとつ変わらないけど、歌を書いてる間は凄く元気なんだよ。それも気持ちひとつなんだね。前を向いて自分で気持ちを明るくしないと、こんな50代手前のオジサンを誰かが何処か楽しい場所に連れてってくれるわけじゃないんだからさ(笑)。
──SIONさんの場合、歌を"作る"というよりも"生まれる"という感覚のほうが強くないですか。
SION:うん。あと、曲を書くのが単純に好きなんだね。毎日書いてるわけじゃないけど、集中して曲を書く時は何日も外に出なくてもいい。ずっと家に籠もって曲を書いてるよ。自分の気持ちをまっすぐに唄うことも好きだし、全く反対にして唄うことも好きだし...歌が好きなんだろうなぁ、やっぱり。
──曲作りの間は、酒も呑みませんか。
SION:うん。前の日の酒が残ってる時はあるけどね(笑)。昔は呑みながら曲を書いてたこともあるよ、何故ならその頃は1日中呑み続けてたから(笑)。でも今は、ライヴの本番中も呑まない。呑んじゃうと唄えなくなるっていう体力的なこともあるかもしれないけど(笑)、終わってから呑むのが好きだし旨い!
──歌という表現に対してストイックさが増せば増すほど、迂闊なことを書いたり唄ったりできなくなりますよね。
SION:ホントはもっと大恥をかくような歌を唄ってもいいと思ってるんだけどね。今度のアルバムも俺の恥の一部という言い方もできるけどさ。少なくとも、俺の音楽を聴いてる人たちに恥はかかせたくない。だからって、"SIONの音楽は誰にも教えたくない"っていうんじゃ困るんだけど(笑)。せめて隣の人に"こういう音楽があるよ"って言うて下さい(笑)。まぁ、聴いてる人にとっては、一番心が躍ったり動いたりした時のアルバムがどうしても後々まで残るだろうし、俺たちの年代でも"どんなバンドもファースト・アルバムが一番いい"っていう人は多いからさ。どれだけいいアルバムを作っても、常にファースト・アルバムと比較されてしまう。聴き手の好みと聴いたタイミングがあるから、それを越せないにしても、今もいい音楽を作り続けていることを知って欲しいとは思う。俺自身は、今のスタイルがいいと思ってやってるんだけどね。
──僕もそう思います。初期の作品ももちろん好きですが、特に近年のMOGAMIとのコラボレート作品は群を抜いてクオリティが高いと思いますし。
SION:何とかそこを保っていけたらと思うよ。キャリアだけが長くて新しい歌を発表できないのは自分でもイヤだからね。ただ、その昔ジョージ・サラグッドっていうアーティストがいて、彼は「世の中にはいい歌がいっぱいあるし、自分の歌なんて必要ない。自分のやるべきことは、そのいい歌を若い人たちに伝えることだ」って、カヴァーしかやらなかったこともあった。俺はそういうスタンスもアリだと思う。唄い手にはそれぞれのスタイルがあるからね。
俺はまだひとつも諦めたわけじゃない
──SIONさんにも『SONGS』という秀逸なカヴァー集がありましたけど、それよりも全く新しい歌に懸けることのほうが面白いわけですよね。
SION:うん。基本的に誰かの歌を上手に唄えないっていうのもあるけどね(笑)。俺はやっぱり自分の作った新しい歌を常に唄いたいんだよ。ただ、これは前から言ってることなんだけど、俺の歌に新しいことなんてないよ、と。何処かで見たり聞いたりしたことや、じいちゃんが話したことだったりを俺の解釈で歌にするだけだから、俺自身から新品の新しいものなんて生まれてこない。自分に入ってきたものを感じて出していくだけだから。にしても、そうやって新しい歌を作ったほうがやっぱり楽しいよね。
──前作『20th milestone』は通算20枚目のオリジナル・アルバムだったわけですが、そこで区切りを付けて本作に臨んだなんてことはないですよね。
SION:全然ないね。今さら真っ新になれないことはとっくに判ってるし、今まで自分がやってきたことをチャラにはできないから。あれもやっちゃった、これもやっちゃった、すまんこってす、っていう(笑)。もうね、しょうがないんだよ。その上を駆け抜けていかないとさ。追い付かれないように疾走していくしかない。たまに、逃げてるのか俺は!? と思うこともあるよ。だとしたら何から逃げているんだ? 俺自身からか!? なんてね。
──まさに「Hallelujah」の歌詞の通りですね。"コースには俺一人/そして敵もまた俺一人だけさ"っていう。
SION:うん、ホントにそうなんだよね。
──20年以上にわたって活動を続けるミュージシャンが、この『住人〜Jyunin〜』のように鮮度の高い作品を生み出せることが本当に素晴らしいことだと思うんですよ。それはやはり、肩肘を張りすぎることのない姿勢が功を奏しているように思えるんですが。
SION:23年唄い続けてきて何が変わってきたかと言えば、MOGAMIが形になった時から後ろで演奏する人が横並びになったことと、みんなを完全に信頼できるようになったことなんだよ。MOGAMIが固まるまではしょっちゅうメンバーが替わったし、名前を覚えてない人すらいるからね。もちろん前に一緒にやって今でも大好きなミュージシャンもいるよ。でもやっぱり、MOGAMIは大きい。信じたり好きになるっちゅうのは幸せだね。ひっかき楽団のメンバーも大好きだし(笑)、その辺は俺が変わったのかもね(笑)。
──と言うことは、初めてSION & THE MOGAMIとして取り組んだ『UNTIMELY FLOWERING』以降、流れが変わったんでしょうね。
SION:うん、変わったんだと思う。あのメンバーが固まった時は嬉しかったからね。よくもまぁあんなにクセのある面子が揃ったと思うけどさ(笑)。この間、ミックスの待ち時間に一彦と一緒に魚のホームページを覗いてたんだよ。魚のやってるアンビエント系(?)の音楽を試聴することにして、それを5分くらい聴いてたら、一彦が「サビはまだすかね?」って(笑)。俺は「いや、これ全部サビなんじゃないか?」って(笑)。
──音楽的志向の異なる細海さんと藤井さんが同じバンドの一員だという特異性を如実に物語るエピソードですね(笑)。でも、そんな顔触れが演奏に携わっているからこそ、この『住人〜Jyunin〜』はとても情報量の多いアルバムだと思うんですよ。総勢10人もの凄腕ミュージシャンたちが参加しているわけですから。
SION:そうだね。今回もアレンジャーとミュージシャンの色に自分の歌を染めてもらうのがいつもながらに面白かった。そうじゃないと誰かと一緒にやる意味がないよね。コンピューターを使えば、ある程度は自分だけでできちゃうんだから。
──『東京ノクターン』以降の作品は、本作も含めて完成した音源をご自身でも聴けるようになったとブログに書かれていましたね。
SION:メジャーを離れたことも大きいと思う。インディーで出すからこそ愛おしい部分もあるね(笑)。前も丁寧に作っていたけど、より丁寧に作るようになったのかもしれない。そういう意味でかわいい作品なんだろうね。あと、過大評価かも判らないけど『東京ノクターン』は自分でもかなりいいアルバムだと思ってるから、それを越えられるかどうかがひとつの基準としてあった。『20th milestone』は何とか越えられたけど、今回はちょっと不安なところもあったんだよ。デモの段階で"大丈夫か? 負けてないか?"って自分でも○×を付けてたんだけど、最後は一彦と「届きましたね!」「やったな!」って話ができたよ。
──どれだけ控えめに言っても、この『住人〜Jyunin〜』は現時点での最高傑作だと思いますよ。
SION:ありがとう。いっそ配って回ろうかな、女子高生を中心に(笑)。
──ははは。でも、こうして地に足の着いたペースで23年間唄い続けているSIONさんの後ろ姿に勇気付けられる後進のミュージシャンは多いでしょうね。
SION:俺みたいなヤツでもメジャーにいられることを若いミュージシャンには励みに思って欲しかったんだけど、それは外れてしまったからね(笑)。でも、問題ない。俺はまだひとつも諦めてないから。それをこれからも見せていきたいね。