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【イベントレポート】ボ・ガンボス初アナログ盤『BO & GUMBO - 2017 LP』の発売記念イベントでDr.kyOnと担当ディレクターが制作当時のエピソードを語る 2017.04.04

1.jpg3月31日(金)、ボ・ガンボスの初アナログ盤『BO & GUMBO – 2017 LP』の発売を記念したスペシャルトークショー&サイン会が、HMV record shopの第3号店舗として開店した「HMV record shop コピス吉祥寺」で行なわれた。

司会の音楽ライター・今井智子氏の紹介を受けて、ボ・ガンボス元メンバーのDr.kyOnと、『BO & GUMBO』制作当時の担当A&R名村武が登場。制作当時の裏話を語った。

1989年のオリジナル発売時は、レコード会社のCD推進の方針もあってアナログ発売はなかった。「ややショックだった。どんと(vo)も望んでたと思う」(kyOn)

1987年の結成以来2年間はひたすらライブでレパートリーを増やし、CDデビュー後もライブはバンドの活動の大きな軸になった。函館のライブ会場で、客席の女の子をステージに上げてバンドと一緒にマラカスやコンガを演奏させるコーナーで、どんとが指さしてステージに上げてマラカスを振らせた中に、後にJUDY AND MARYを結成するYUKIがいたというエピソードに驚きの声が上がる。

2.jpgエピック・ソニーとの契約時、1stアルバム録音はニューオリンズでボ・ディドリー参加、という新人バンドとしては異例の条件をつけて、それを実行したが、実際に憧れの地に赴いてのレコーディングはハプニングの連続だった。

「スタジオでヘッドホンしていても、雨が降ると天井から雨音が聞こえる。ボ・ディドリーのギターのピッチが狂ってて、本人に言っても“いや、これでいい”と。そこで本人が席を外したすきにこっそり直したけど、本人は全然気づいてなかった。でもドラムのマイキングを自分でやったりして、エンジニアリングに関しては繊細で真面目だった」(kyOn)

3.jpg「導入されたばかりのデジタルレコーダーの操作に手間取って録音日程が遅れ、ダビング作業の多いkyOnは最後の2日は徹夜。その状態でミックス場所のマイアミに向かう飛行機に乗って、機内で倒れちゃった。ミックスはどんとの希望でロンドンから呼んだ黒人のクラブ系ミキサーを起用したが、こちらの意図とは違う仕上がりになって、ドラムなどは原型をとどめてない。それ以来ずっとやり直したいと思っていて、結成25周年記念ボックス『1989』(2015年発売)でやっと当初思い描いていた形にできた」(名村)

アナログ化に際しては、収録時間の制約のため曲順変更と一部エディットを施したが、その結果AB両面の収録秒数が全く同じになったというエピソードを明かした時には、期せずして拍手が起こった。

4.jpg「ボ・ガンボスはライブバンドの側面が強かったので、録音物にするハードルがすごく高かった。このアナログの音は理想。やっと完成したという感じ」(名村)というコメントでトークが締めくくられた後は、アナログ盤購入者へのDr.kyOnのサイン会が行なわれ、イベントは盛況のうちに終了した。

bo.jpg【BO GUMBOS Biography】
どんと(Vo, G)、Dr.kyOn(Kb, G, Vo)、Dr.Tosh?(B, Vo)、岡地曙裕(Ds)により1987年結成。
1989年ニューオリンズ録音の1stアルバム「BO & GUMBO」をEPIC・ソニーより発表。
同作で第31回日本レコード大賞アルバムニューアーティスト賞を受賞。
黒人音楽をベースに、ボ・ディドリーとニューオリンズのビートを導入した音楽性と、どんとを中心に祝祭的に盛り上がるライブで人気を博し、多くのロックバンドに影響を与える。
1995年6月解散。どんとは沖縄に移住しソロ活動を展開するも2000年1月ハワイで急逝。Dr.kyOn、Dr.Tosh?、岡地曙裕は現在も各々活躍中。

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