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三十八回 実に恐ろしい歌をヨタって唄うニック・ケイヴの恐ろしさ

第三十八回 実に恐ろしい歌をヨタって唄うニック・ケイヴの恐ろしさ

2018.06.01

 「Long Black Veil」(ロング・ブラック・ヴェイル)という曲があって、いろんな人がカバーをしています。最初はレフティ・フリゼルというカントリー歌手が発表したらしいのですが、ザ・バンドやジョニー・キャッシュのものが有名なのではないでしょうか。
 わたしが最初に「Long Black Veil」を知ったのは、ニック・ケイヴが唄っているものでした。高校生の頃、Nick Cave & The Bad Seedsの『Kicking Against the Pricks』というアルバムを聴いて、もの凄くぶっ飛んだのです。このアルバムはカバー集なのですが、ニック・ケイヴが唄うと、こんな凶悪になってしまうんだといった曲がたくさん詰まっています。「Hey Joe」なんて、地獄で閻魔さんが唄っているみたいだし、ラム・ジャムというバンドがヒットをさせた「Black Betty」(原曲はレッドベリーらしい)なんて、鞭を打ちながら唄っているのですが、拷問されているような気分になってきます。
 そんな中で、「Long Black Veil」は、ちょっとヨタった感じで唄っているので、ニック・ケイヴの凶悪さが抜け、このアルバムの中では、オアシスみたいな曲でした。しかし、当時は(今もそうですが)、英語がわからなかったので、歌詞の内容を知りませんでした。それに、ザ・バンドやジョニー・キャッシュの「Long Black Veil」も、のんびりした感じなので、わたしは牧歌的な歌なのかと、勝手に思っていました。
 けれどもだいぶ後になってから、「Long Black Veil」の詞が、凄まじいものだというのを知ったのです。歌詞の要約をしますと、「ある男が殺人の容疑で捕まります。男にはアリバイがありました。殺人が起きた時、男は友達の妻と浮気をしていたのです。でも男は、そのことを言いませんでした。そして絞首刑になります。そして、長い黒のヴェールで顔を覆った女が、丘の上を歩き、死んだ自分の墓の前に佇んでいる」といった感じです。
 つまりこの歌詞は、死んだ男の墓の中からの目線になっています。「わたしのお墓の前で泣かないでください」ではなく、「わたしの墓の前で、女が悲しんでいる」といった感じです。
 とにかく、歌詞の内容を知ったとき、この歌を、ヘラついた感じで唄っているニック・ケイヴが、余計に恐ろしいと思えてきました。まぁ、曲調が、のんびりした感じなので、言葉がわからないと、牧歌的に聴こえるのですが。
 それと、ジョニー・キャッシュの『At Folsom Prison』に入っている「Long Black Veil」も凄い。なんせ、殺人の歌を、刑務所ライブで唄っているのですから。ジョニー・キャッシュは唄っている最中、「あははは」と笑っていたりして、最後に「お水ちょうだいな」と言ってるのも録音されていて、ふてぶてしい。でもジョニー・キャッシュのアルバムは今度、お勧めするとして、今回は、Nick Cave & The Bad Seeds の『Kicking Against the Pricks』をお勧めします。
 
戌井昭人(いぬいあきと)
1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。
 
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