トップ > コラム >おじさんの眼 > 第230回「海に佇つ」世界一周の船旅−その1

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何を犠牲にしても旅立つのだ!
 

 8月の暑い最中、104日にも及ぶ船旅をすることにした。帰国するのは11月末だ。私は7月に、「TALK is LOFT 新宿ロフトプラスワン事件簿」という本を我が社のこじんまりとしたロフトブックスから出版したばかりだ。
 出版部営業の小柳から、「悠さん! 本を出して一番プロモーションをしなければならないこの時期に3ヶ月以上も日本にいないなんて。さらにはネットもなかなか繋がらない船旅に行くなんて、困ります!」と、苦情というよりも猛然とした抗議を受けた。新社長の梅造さんからも、「それはないですよ」と苦々しく言われた。
 「ダメだ、もう300万という大金を払い込んでしまって今からキャンセルしたら、全額没取されてしまう。あのな、俺はもう70歳をすぎて、先が短いんだよ。うちの小林社長が重たい病気にかかって、俺はそれが気になってなかなか旅に行けなかったんだ。前社長の死を見届けて、俺はまたどうしても旅がしたくなったんだ。昨年は見られなかったオーロラを見るんだよ。本が売れるかどうかはもう俺の興味の範囲にはないんだ」と子供のように拗ねた。「そんな~! 昨年も船旅に行ったばかりじゃん」という声が社内から聞こえた。
 そんな声を背中に受けながら、私は平然と会社を去った。私はもう、会社の社長でも幹部でもない。第一、長年の希望により、今年いっぱいでロフトを退職するつもりなのだ。
 
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大発展する中国は厦門(アモイ)の夜景はすごい。
 

出立の日……

 
 朝、出立する時から海の香りがした。山下埠頭寄りの駅を降りるとまるで気圧が変わったように、さらに強く海の香りがした。夏の海の香りだ。今日一日、蒸し暑い日になりそうだ。
 この日から3ヶ月半もの間、海と暮らせることに幸せを感じていた。私はこれから世界一周船に乗るのだ。朝も昼も夜も船は航行していて、6つの海とスエズ運河とパナマ運河を見ながら、素敵な音楽と酒と、誰にも邪魔されない個室でたったひとりの世界にいられるのだ。旅のテーマは北極海のオーロラなのだが、24時間、自分だけの世界が作れるのがさらに嬉しい。三食ハウスキーパー付き、ドアを蹴ればほんの数分で酒場にも行けるし、満点の星空の下、ほとんど電話もネットも繋がらない。家庭も会社も友人たちも、新聞もテレビのニュースもない、「無の存在」になるのだ。私は本当に自由なのだと実感できる時がまたやって来たのだ。
 
 
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サングラスにヘッドホン、ほとんどヤクザな私(笑)

 

4回目の航海だから……

 
 個室のキャビンに案内されるとそこには大きな窓があって、レインボーブリッジ越しに東京湾の大海が展望できた。船は最初の寄港地・神戸に向け操舵するはずだ。
 104日に及ぶ海との暮らしは、これで4回目になる。悲しくもこの世界一周船にハマってしまった自分を見る。午後四時、積み込んだ荷物を整理してデッキに出ると、船からボ~っという骨太い汽笛が鳴り響き、出航記念の楽団がやかましくがなり立て、お祝いのシャンパンが配られて行く。陸と船をつなぐ色とりどりのサヨナラテープが切れて行くのを眺めて一人感傷的になりながら、誰とも言葉を交わさずにぽつねんとデッキに佇む。
 出航の日の深夜、私は閑散とした暗い海が見えるデッキのバーに座った。初日のせいかあたりは閑散としていて、手持ち無沙汰のインドネシアクルーたちが暗い海を見ている。海があり、潮風があり、酒と音楽が心地いい。
 船上で私は、昼でも夜でもキザにサングラスをかけ、ひげを生やし、ノイズキャンセリングの派手で大きなヘッドホンとipadを片手に現実逃避を試みる。「ドアーズ」が軽快なロックを海に放っている。サングラスをかけた私の顔立ちはなんとも外国人に見られるので、こういうスタイルでいると誰も近寄ってこない。私のこの大きなヘッドホンは「今の自分は誰とも話さない」というサインなのだ。流れている曲は浅川マキの「かもめ」。過去に戻れるのはこの瞬間なのだ。

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どうする憲法9条のイベントで司会をやる平野さん
 

出会い

 
 どのくらい酒と海と音楽の世界にいたのだろうか。あたりはもう真っ暗だ。暗い海の向こうに大島が大きく見える。ヘッドホンから流れる曲は、細く悲しい森田童子に変わっていた。こんな瞬間を享受するために私はこの船に乗ったと思った。
 ふと気がつくと、近くで静かに本を読んでいる中年女性がいた。三杯目の焼酎の水割りを注文した時だった。突然、私の孤独な世界が破られた。ふいにその中年女性が顔をあげて「あの……」と話しかけてきた。私はヘッドホンを外して、びっくりしたように声高く「あ、はい」と返事をした。なんとなく上品な白い半袖のワンピースを着た女だ。
「失礼ですが以前にこの船でお会いしたことがありますよね」
その女性は聞いて来た。
「そうですか、僕はこの船に乗るのは4回目なんです。あなたは?」
「2回目です。7年前でしたか、リーマンショックの最中に船が壊れて動けなくなってしまって、ギリシャに二週間もいることになって。結局、船は交換されて、予定より1ヶ月近くも遅れたときです、その船でご一緒になって、平野さんを何度もお見かけしました」
「あ……そうでしたか」とだけ答えた。
「そのヒゲとサングラス……あの時も平野さんは船内では有名人でしたから。私、何回か平野さんの主催する船上イベントに参加しました。平野さんが企画した「討論番組、全共闘世代対若者世代」でしたか、今でも覚えています」
「あの船旅は面白かったですね。混乱続きでしたね。船内のお客から船側に抗議する「反乱軍」ができたりして、でも僕は反乱軍に入らなかった。あの時から私はこの船のファンになったんですよ。あの時のクルーズディレクター(船では船長の次に偉い)、不良の上野よしのりは今でも付き合っていますよ。先月、二番目の子供ができたようで」
「上野さん、平野さんの会社に就職したと聞いていましたが……」
「彼はうちの会社を辞めて、カミさんのチイちゃんの故郷の三河安城で「かぜのイチ」という酒場をやっています」
「はい、知っています。私、東北大震災の時はピースボートに応募して石巻でボランティアをしていましたから」
「あっ、僕も石巻でピースボートのボランティアをしていました」
私はちょっとはにかんでいた。ピースボートの常連になりつつある自分の存在が恥ずかしかったのだろう。
「それにね、わたし、平野さんのブロクをとても楽しく読ませてもらっていて、それで今回また一人で乗ることにしたんですよ。また会えましたね。今回もよろしくお願いします」
「はあ、なんとも恥ずかしい限りです」
 
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ミャンマーの寺院にて、女子高校生盗撮(笑)
 

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