先月号に続いて、旅の話である。昨年前半は、Loft PlusOne West 開店後、しばらく大阪に住み着いて、仕事の合間をみては、近年になく関西方面を中心にたくさんの旅をした。やはり私はあちこちに出かける「旅好き」なのである。一人旅の魅力を書き出したら止まらない。
ここ10年ほどで長いものでは、四国お遍路通し歩きの旅(48日間)、真冬の北海道終着駅制覇の旅(15日間)、沖縄本島ママチャリ一周(10日間)などにチャレンジしてきた。
海外には、ピースボート世界一周(104日間)をこの3年で二回も挑戦。かつてのバックパッカー時代に訪れることが出来なかった、憧れの地にも行った。パナマ運河、スエズ運河、喜望峰、マゼラン海峡、パタゴニア、南極……。ガラパゴスとマチュ・ピチュにも足を運んだ。
寒さに震える11月の終盤。「時間はたっぷりあるから、旅に出たいな。オススメはないか?」と『ニッポン放浪宿ガイド』編集部の今田に聞くと、「悠さん、紅葉もいいけれど、青森から関西まで、日本海側をローカル線でたどるのはどうですか?」との提案があった。しかも、鈍行で行ってみませんか、ときた。「『放浪宿ガイド』も前回の改訂から5年。新しい宿も探して来てくださいよ」と。
確かに、ローカル線でも急行や特急だと、その土地土地の風土や歴史を知ることなしに通りすぎてしまう。鈍行でのんびり旅をしながら、気に入った駅で降り、宿屋を探し泊まる。旅を深く楽しむには、そんなスタイルが面白いかもしれない。
そう思い、まずは青森へ向かうことにした。
<11月19日 初日から出遅れる・大宮>
朝から準備を始めたが、うだうだとしているうちに、もう午後になってしまった。今日の出発は取りやめにしようかと思いつつ、意を決して小さなザックをかついで、夕刻にようやく、東京の自宅を出発する。当然、そんなに遠くまではいけない。初日は結局、大宮で下車し一泊することになる。ビジネスホテルを探すが、みんな満室。仕方がないのでカプセルホテルに泊まることにした。
カプセルホテルは20年ぶり。繁華街のど真ん中にあって、古くてカビ臭い。泊まり客も酔っぱらいばかりで雰囲気も悪く品がない。風呂とサウナがついているのが、せめてもの救いか。深夜に前のオヤジのいびきが聞こえる。耳栓を買ってくれば良かった、と何度も思う。素泊3200円。
もう私は若くない。「宿には極力お金をかけず、寝れればどこでもいい」という若きバックパッカーではないんだ、と思うことしきりの一夜だった。
<11月20日 秘湯の一軒宿・酸ヶ湯温泉>
結局、あまり寝付けずまんじりともしないで、大宮から青森行きの東北新幹線に乗った。今回のスタート地点・青森までは、鈍行でなくてもいいだろう。しかし、このしょっぱなの「鈍行拒否」が、後々まで尾を引いてしまうことになるのだった。
数時間後、新青森駅に到着。さらに在来線に乗り換え一駅の青森駅へ。しばらく、町を探索する。これが楽しい。かつてはここから、青函連絡船に乗り換え、北海道に向かった。その活気は今はない。感じのいい床屋で散髪をした。
青森は八甲田山麓にある、酸ヶ湯温泉という一軒宿の予約が取れた。青森駅から宿の送迎バスに乗り、八甲田方面に走ること1時間半。
なんとも温泉らしい湯だ。あたりはすっかり雪景色。白色の湯と硫黄の香り。宿の名物の檜造りの大浴場は、千人風呂と豪語するだけあって、浴槽はとんでもなく大きい。ここは混浴だ。こんな素晴らしい所だったら最低2~3日は逗留したいと思った。
多くの観光客の中で湯を堪能し、豪華な食事と酒を一人ぽつねんと飲むのも、なかなかいいものだ。まわりは皆、家族連れか団体客ばかりが目につく。こんな時、本当に一人になれる。群衆の中の孤独(=Alone togather)の極意はここにある。そんなことを思いながら、独り、杯を重ねる。
食事が終わり、部屋に戻る。東京での生活と同じテレビ番組を見る気はしない。読みかけの本を読んでは、また風呂へ。それを繰りかえす。明日からの計画を練る。多分今頃、ゲストハウスではお客や宿主達が酒を飲み交わしているんだろうが、なんだか、そういうところには行きたくなくなってくる。
酸ヶ湯温泉では、八甲田の山肌が一面の白い雪に覆われていた
酸性が強いため石鹸は使えないが、湯で体を洗うだけでツルツルになる
酸ヶ湯温泉の夕食。豪華だ
<11月21日 黄金崎不老ふ死温泉>
昨夜、酸ヶ湯ですっかり温泉モードになった私は、さらにみちのくの名湯を訪ねてみたくなった。青森でどこかいいところはないか、と探しているうちに、「不老ふ死温泉」という、ミステリアスな名前の温泉が私の心をとらえた。
再び青森駅までバスで向かい、奥羽本線・五能線と乗り継ぐ。津軽平野を走る。左手に雄大な岩木山、右手にリンゴ畑を眺める風景が続く。「あっ、こんな駅で降りたいな」と思っていてもただただ通り過ぎる。本来、鈍行列車に乗るはずだったが、なんだか温泉に早く着きたい気持ちが勝ち、特急に乗ってしまった。
海が見える駅に着くと、そこは何もない風景が広がり、一台の送迎バスがぽつんと私を待っていてくれた。一人送迎バスに乗る。ほとんどの泊まり客は車で来るらしい。
ホテルの部屋からも日本海の荒波が展望できるが、ココの目玉は波打ち際の混浴露天風呂だ。波が高ければ水没してしまうという。
その名の通り黄金色の湯に浸かりながら、ひしひしと思った。もう年寄りな自分には、『放浪宿ガイド』に載っているような安宿や、ゲストハウスのように旅人同士の交流が生まれる宿、農家民宿などの特別な体験のできる宿には泊まることができないのではないか?(次号に続く)
真ん中奥の竹囲いの向こう側に、不老ふ死温泉の露天風呂がある